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42.ハプニング②

「ぐっ……」

「……~っ」

 普段の整えられた転移とは違う空間の跨ぎ方、いや混ざり方に何とも嫌な感触が背中を走る。

 水音さんの方も同じなのか心持ち強めにシャツを握られ……これは意地でも戻らないといけないぞと歯を食いしばって元の場所へと空いた穴を押し広げるようにこちらも力を籠める。

「!」

 沈殿物を搔き混ぜたかのように濁った周囲が一気に収まり、先ほどまで見ていた廃教会の建物が目に入る。

「しっかり、掴まって!」

「はい」

 二階くらいの高さに放り出されたと判断した瞬間、そう促した後幸い足元に障害物がないのを見て取って脚部の筋力を補強する。

 一人で落ちる時ならともかく、このまま全身の硬度を上げるとただでさえしんどそうな子にダメージを与えてしまうので上手く着地するしかないと腹を括った。

「セージ!」

「お姉さま!」

 ここ最近で耳慣れた声に戻って来れたと一瞬だけ安堵しながら奇妙な浮遊感と共に徐々に落下速度が上がる。

 そういえば昔、一度だけ子供会の企画でジェットコースターに乗って……その時も怯えた人に掴まれたか、等と思い出すがそれも追い出し足元に集中し出来得る限り膝のクッションを効かせ、次いで片膝を付いて勢いを殺すように着地をした。

 ほぼ叩きつけるような感じになった膝を中心にかなりの衝撃が走りはしたけれど、それを顔に出さないようにしながら確認する。

「痛かったりは、しませんでしたか?」

「はい」

 そのことについては我慢はしていない様子に、今度こそ大きく息を吐いた。




「お姉さま!」

 普段大切に扱っている弓さえ放り出しそうな勢いで駆け寄ってくる栗毛ちゃんに。

「ごめんね、大丈夫だから」

 気丈に笑いかけながら身を起そうとする様子に、判断を迷う。

 軽すぎるくらいの体重だけれど自力で支えられる体調なのかが不安で、このまま下ろしてよいものかどうかと。

 まあ、支えられるにしたって標準より背の高い栗毛ちゃんに男性顔負けのレオさんと面子は揃っているのでわざわざ野郎がするものではないか……とゆっくりと足から降りれるように注意しながら腕と上半身を傾けた、ところでもう一つ気付く。

 虎に二番隊の男性陣の気配が周囲に散っていて俺たちを探してくれているのかと推測されたが……ざっと数えて五名、二名ほど足りなくないか?

 特にそのうち一人はご主人様……もとい、水音さんのところに真っ先に駆けてきそうなものなのに。

「あ」

「!?」

 そんな時、噂をすればではないだろうが所在を探した相手の声がする……頭上、から。

 何故? と思う間もなく……いや、何故とは思えたけれどとっさに対応できず屈み気味になっていた体勢の後頭部に柔らかい衝撃が落ちてきた。





「ごめんね」

「……済みません」

 ワンコちゃんからは俺に、俺からは退いてもらった瞬間に慌てて跳ね起きながら誠心誠意水音さんに。

 丁度水音さんを下ろしている最中に、軽いとはいえ後頭部から背中にかけて女の子に落ちてこられいつぞやのように思い切り前につんのめってしまっていた。

 一応、右肘と左手を突っ張って圧し潰してしまうことは回避したものの……組み敷くような体勢になってしまったのは否めない。

 というか、一番の問題は一瞬とはいえ鼻先にもとても柔らかな感触が生じたこと。

 こちらとしても混乱中なので何処かは定かではないものの、どこだろうと完璧にアウトだろう。

「そ、その……」

「はい」

「征司さんに悪意は無かったと思いますし」

 栗毛ちゃんに背中を支えてもらいながら顔を伏せながら真っ赤にしつつ……も、こちらを慮った物言いをしてくれる。

「その、色々と、事故でしたから」

 後ろから刺すような目線を送ってくる栗毛ちゃんの方もその目線だけなので、事故という解釈で納めてくれる模様だった。

「まあ、色々と大変なことになったけれど」

 努めてだろうか、いつものように笑いながら身を屈めたレオさんが水音さんの頭を撫で、こちらは頬を軽く抓られる。

 やや理不尽だ、と思わなくもないがアレについては弁解の余地はない。

「二人とも、無事でよかった」

「ですね」

「はい」

 一応辺りを見に行っている虎ちゃんたちにも知らせないと、とレオさんが背筋を戻したその時だった。

「姐さん、ちょっと落ち着けって」

 そんな声に追いかけられながらもう一人気配を察することが出来なかった人がこちらに向かって駆け寄ってきた。




「水音!」

 そう言いながら屈んで妹の顔を覗く彼女の呼吸と髪はあの距離を走った以上に乱れており表情は完全に家族を案じるものだった。

 そして皆大なり小なり消耗が見られる中、こちらの検知ですぐには見つからないほど力が底をついていた。

 隊長として先陣を切った以上に、激情のようなものがあったのだろうと察せられる。

 多少前後はあるだろうが、これだけの時間であの複数体の相手をするにはそれなりに手間取る魔物が跡形もなく片付いている理由もそれだろう。

 砕かれたりした残骸もあるが六割ほどは水に濡れた断面を晒している。

「大丈夫、だったか」

「は、はい……」

 心配された方が若干及び腰になるくらいの勢いで確認をした後。

「……よかったぁ」

 両手を握りながら脱力して座り込む……そうしたところで。

「あれ?」

「お姉ちゃん?」

「あんまり熱く……ない?」

「そういえば……」

 手を握った流歌さんと背中を支えている栗毛ちゃんが水音さんの頭上のポイントで顔を見合わせた。

「お姉さま、その……」

「その消耗具合は、使ったんだよ、ね?」

 少し言葉を濁した確認に水音さんは小さく頷いてから。

「ただ、征司さんが」

「え?」

「おじさま、お姉さまに一体何を?」

 二人の視線に射すくめられる……。

「いや、応急用に持っていた冷却材を使っただけですが……」

「「……」」

 水音さんが手に握っているハンカチを指差すも二人の目が「そんな訳があるか」と更に鋭くなる。

 この二人はあの状態を何度か見ただろうし、それにその後で水音さんの容体が改善するように手を尽くした筈の側だろうから。

 順次二番隊の皆も疲労の色が見えながらも安心したように戻ってくる中。

「あ、あれ?」

「ねえさま?」

「ごめんなさい、またちょっと……」

 額にハンカチを当てながら若干呼吸が苦しそうになる。

「大丈夫ですか?」

「は、はい」

 心配する風を装って近くに身を屈め、そこで地面に一房流れていた髪を巫女装束の上に避難させるふりをして手の甲にほんの一瞬触れる。

 これで多少は楽になる筈だが……再度飛んできた二人からの視線はやや厳しくなる。

 それでも。

「気になりますが、まずお姉さまの回復を」

「ああ、そうだった……杏、頼めるかい?」

「りょーかい」

 ワンコちゃんが水音さんを中心に踵で地面に線を引きながら一周する……綺麗な真円だな、と感心したところでその中に碧いオーラが満ちはじめて。

 転移の術、それだけの準備で単独でしてしまうのか!? と薄々こちらもかなりの実力者だと感付いていたけれど改めて驚いていると。

「ほら、お兄さんもこっち」

「え?」

「そうですね、おじさまにはたくさん詰問したいことがありますので……先ほどからの不埒も含め」

「いや、待って」

「お? またボクの可愛い妹に何かしてくれたのかい?」

「また、とは……?」

 栗毛ちゃんの目がスッと細くなる……いや、どちらもわざとじゃないんですって。

「ホッシー」

「はい」

「そんな訳で、家事都合で早退するけれど」

「後処理はお任せあれ」

「ヨロシク」

 二番隊の副長格が分厚い胸板を叩いて即答する。

「あ……お清めがまだ」

「ねえさま、それを心配する体調じゃなくない?」

「そうそう、あたしも一応資格持ちだからね」

 案ずるな、と送り出す姿勢になっているレオさんの台詞に、そういえば黙っていれば清楚なシスターに見えるよなこの人、とふと思う。

「ちょっと、セージ、何その顔……虎ちゃんも」

 思っただけのつもりだったが顔にも出ていたらしい。

「いえ、別に」

「何もないっすよ」

 なあ? と男同士頷き合う。

「レオさん、お願いしますね」

「うん! 本当、水音ちゃんはそこの男たちと違っていい子」

「あはは……」

「早く、良くなってね」

「はい」

 その返事を契機に円の内側の碧いオーラが濃さを増していく。

「あ、オジサン」

「はい」

「一応、誰かに掴まってて」

「……はい」

 栗毛ちゃんがワンコちゃんのコートの端を掴んでいることで栗毛ちゃんが支えている水音さんとその手を持っている流歌さんまで繋がっている状況。

 その方が転移が安定するのだろう。

 まあ、これなら無難かと立ったままこちらの鳩尾くらい位置にあるワンコちゃんの巫女装束の上にモッズコートを羽織っている細い肩にツインテールを弄ってしまわないように注意しながら失礼のないようにそっと触れる。

 本当、体格はおろか髪質まで似た感じなんだが……双子でも、本当の姉妹とも違うんだよな?

「あれ? 私に掴まるんだ」

「何か拙かったでしょうか」

「いや、どさくさ紛れに……とかね?」

「しません」

 冗談めかした笑いが一転真面目な物になって。

「じゃあ、行くね」

 視界がセルリアンブルーに塗り替えられた。





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