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39,CheapTrap

「今日は静かだな」

 ケーキ店二階のイートインコーナーでチョコレートケーキを口にしながら内心で呟く。

 周囲の状況が、というわけではなく……今も展開している結解の外縁では直接手を下すほどでもないランクの穢れを焼き払っていて。

 静かなのは自分の目の前。

 まあ、一人だからこそ客も少ない時間帯にこっそり甘いに全振りのものを食することが出来るわけなので一長一短、といったところか。

 なお、お疑いの方は無事に晴れ……ただし、予算の上限はあるので加減するようにというお達しが下されただけで済んだ。

 オーバーしたところで成功報酬満額とはいかず一定ライン以上は八掛けらしい、それは残念。

 髭にならないように注意しながらカプチーノを半分ほど飲んだところで。

「!」

 思い出したくはないのだけれど初めての愛車で縁石をソフトに擦った時の感触に似た違和感が展開している魔力に伝わる。

 これは直接視認したほうが良いな、と判断し少しペースを上げて残りのケーキをそれでも存分に楽しんだ。




 ケーキ店の自動ドアを潜って徒歩三分くらいで異常を感じた場所に辿り着く。

 「いかにも」と言った感じの、弔う人もそんなに入っていないような廃墟になりつつある古い墓地と併設されている教会の奥に割合強めの気配が居座っている。

 強め、というよりかは群れているために評価として上がるような感じか。

「C……いや、C+?」

 すぐにはタブレットを見ず、漂ってくるものから判断し、裏付けにアプリは使う。

 それをしながら物珍しさを装いつつ「崩れる危険のため立ち入り禁止」の札の前に立って内部を伺う……一応、上の方で話は通っているので侵入して警察の御厄介になっても無罪放免されるらしいが。

 何か不動産の鑑定員辺りに見えるのかな? などと想像しつつ、アンデッドの類らしい気配を観察する。

 単独で何とかできなくもないレベルだけれど何があるかはわからない以上規定により隊での討伐になるだろう、そしてそのランクの中ではやや下位のため明日にでもウチの隊に回されるのだとも判断できる。

「なるほど、ね」

 そんなおあつらえ向きな環境の中、派手に気配を漂わせている群体以外に小さな種のようなものが幾つか撒かれているのに気付いたことは決して表に出さず、普段通りを心掛ける。

 必要事項を記録した後、努めて冷静にその場を去った。




「尻尾を出してきた模様」

「兄上が言うなら間違いないでしょうね」

 電波や魔力などいろいろな意味での防諜その他が完璧に整えられている自室をそれでも念入りに確認してから本邸の義弟の部屋へのホットラインを開く。

 前々から注文していた本が届く知らせを受けたかのように軽く表情を輝かせる暁、とその傍に控えているお師匠への連絡。

「では、どのようにしましょうか」

 本当にうきうきしている暁に苦笑いしてから、こちらから提案する。

「まあ、トカゲの尻尾のその先っぽの可能性は高いので、切り札は温存で」

「……」

 露骨にシュンとしなさるな、次期当主様。

「ただ、本家の『お使い』で使わせてもらいたいものがあるのだけれど」

「許可します」

「ちょっと、華さん?」

「ご自分のお立場をお考え下さい」

 基本、暁の望みは全部叶えに行くけれどこと格に関することには厳しいよな、この人。

 そう思いながらも手短に打ち合わせをし通話と電気を落として自室を出る。

 果たして通信を回復した業務用タブレットには例の場所の掃討にはウチの隊が明日当てられることへの通知が着信した。

 本当、整い過ぎていることを案じないのかな? トカゲ……いや、蠍の尻尾さんは。




「お待たせしました」

 翌日。

 例によって立花さんのところで預かっていてもらった箱を携えて第三会議室に入れば。

「オジサン! それ何?」

「ちょっと美味しそうなどら焼きを見つけたので、差し入れに」

 やったー! とパイプ椅子から立ち上がったワンコちゃんに箱の蓋を開けて見せてみると。

「あ、トラ、ちょっと見てみなよ」

「何すか? って……おおー!」

 虎模様の焼き目に虎も歓声を上げる。

「こいつは縁起がいいっすね」

「ま、これを食べて今日も頑張ってくれ」

「オッケー」

「うっす」

 事実、今日は少々頑張ってもらう必要がありそうなのでこのくらいは……というか。

「ん?」

「どしたの?」

「……いえ、別に」

 展開次第ではこの後、隊の解散や派遣の終了などという事態も考え得るのか、ということに思い至ってやや意識がそちらに持っていかれる。

 感慨、といってもいいのだろうか。

「飲み物は私が配りますね?」

「……」

「征司さん?」

「あ、はい、お願いします」

 適当にお茶や紅茶のペットボトルを詰めていた袋を手渡した。




「こちらですか」

「うわー、居るね」

 おおむね皆に満足してもらえたどら焼きの品評の後、打ち合わせを終え近くまで転移し最終準備を整える。

「虎さんや」

「うっす」

「一応、重要事項の確認」

「怨霊かアンデッド系なのでいきなり涌いて増える可能性があるので周囲に注意、っすね」

 墓地あるあるだけに少々笑えないが……大事なことなので頷いてから軽く拍手する。

「よく覚えてたな」

「ついさっき打ち合わせたじゃないっすか」

「まあ、念のためだ」

 「お前さんが覚えているなら大丈夫だろう」「え、それひでぇ」等と軽いジョークを交えつつ。

 全員が各々の武器を携えいつもの順番に並び直した、その時だった。

「あれ?」

「おや」

 昨日のうちに軽く人払いの術をかけていた空間に大人数の気配が入ってくる、想定より二分ほど早いが予定通り。

 理由は簡単でそんな術など意に介さない人たちだから。

「どうしたんだい、水音達」

「アニキたちじゃないっすか」

「おう、虎」

 二番隊の面々が臨戦態勢の姿で現れていた……水音さんが小さく「お姉ちゃん」と呼んだのには少し口元がこっそりと緩む。

「いや、ウチの今日本来の討伐は終えたんだけれどその近くから別の気配が逃げて行ってね……追跡したんだけど今し方見失ったんだ」

 何て逃げ足の速い奴だ、と狩衣姿の中で女性らしさを匂わせるリボンで結わえて肩から下げている髪をいじりながらそんな風に説明してくれる。

「こちらは、特に妙な気配は感じていませんが」

 皆もそうかな? と見回せば全員そうだ、と頷く。

「んー、もやもやする」

「しかし、手がかりもないものは仕方ないでしょう」

 結んだ唇のあたりをグニャグニャさせて考え込む流歌さんに宥めるようにホッシーさんが話しかける……この人も苦労してそうだな、とほんのり思う。

「姉御、どうしやす?」

「んーむ」

 青龍刀を担いだたっちゃんことタイガー兄にも尋ねられた流歌さんが、ぱっと顔を上げる。

「そうだ!」

「?」

「折角だから、水音たちの手並を見学させてもらおうかな! この前は止めの直前くらいしか見れなかったし」

 いいこと考えたー! という顔でこちらの面子を眺めつつ、俺に目を止めて。

「特にお兄さん、ボクに帰って欲しくなさそうだし」

「……そんなこと思ってはいませんよ」

「またまた」

 表面上適度にあしらいつつ、も。

 今回ばかりはその通りなので最近把握した性格からも期待通りの発言に内心では胸を撫で下ろした。

「あ、もしも手に余るようなら手伝うけど?」

「……」

 そして追加されたからかうような言葉に今度は六人で顔を見合わせてから……水音さんが代表して答える。

「私たちだけで、大丈夫です」




「若い隊だから気にはなっていたんだけど、改めて良い練度してるね」

「それはどうも」

 B級映画のような死体の群れと渡り合う様を見ながらの満足そうなコメントに、主に前衛二人にフォローが必要かどうかをチェックしつつこちらも二体ほど焼き払ったところで頷く。

「何? その微妙な顔」

「若いと言われると自分は除かれているんじゃないかという気になりましてね」

「おっと御免よ」

 言葉だけ見れば謝ってくれているようだけれど、鋭い目以外の表情は面白がっている成分の方が圧倒的に強い。

「これなら心配しなくても大丈夫だったかな」

「老婆心ってやつですか?」

「おー、言ってくれるじゃないか」

 軽くやり返せば、特別サービスと一体切り伏せるふりをしてさり気無く足を踏まれそうになり、半歩ずらしてそれを避ける。

 それには成功したけれど、すると踵で踝の辺りを後ろ蹴りされる……ブーツと革靴のふりをした安全靴、どちらもノーダメージだがそれで満足してもらえたらしい。

「例の逃げて行った奴の行方は気になるけれど一旦……」

 納刀つつ仕方ないか、と少し力を抜いた表情が一瞬で切り替わる。

「全員、構えろ!」

 その反応の速さに内心で驚嘆する、こうなることを知っていた俺と同時とは。

 突如地面から生えてきた石の魔物……ガーゴイルは三体。

 そのうち一体を水の刃が両断し、突出してたレオさんとタイガーに横から襲い掛かったのはそれぞれ錫杖と青龍刀がガードする。

「俺の弟になにしてくれてんだ!」

「女性に手出しはさせませんぞ」

 一応こちらでどうにかする手も考えていたけれど、それを出す必要もなかった。

 目の前に敵がいたのと見に徹していた違いはあるけれど、この前は花を持たせて貰ったのがよくわかる。

「こいつら……」

「一体!?」

 時間差を置いて更に数は増え……。

「Bクラスが、七体といったところかな?」

「本来八のところが早速一体減っていますが……お見事です」

「いやいやどうも」

 前衛二人がそれぞれ模擬戦の相手と即席のコンビを組んで一体ずつ受け持ってくれている……その間にこちらは。

「流石に単独は無理がありますよ」

「……はい」

 背後から至近に迫られ間合いを外すのに苦慮していた栗毛ちゃんのところに横入りして蹴り飛ばす。

「走れます?」

「はい」

 余り固まるのも良くはないが、一旦二人で碧いヴェールの内側まで後退する……こちらにも二体ばかりガーゴイルが来ているが二番隊の後衛コンビが呼び出した式神と交戦中。

「ちづちゃん、征司さん」

「そちらも大丈夫で?」

「え、ええ……」

 若干顔から血の気配の引いた水音さんに迎えられる。

「こんなことって……」

「お姉さま」

 確かに、異常な事態ではあるが……引き起こした方にとっても想定外のはず。

 本来なら八番隊を圧倒できるだけのものを投じていたが、こちらは数なら倍、実質なら三倍以上の戦力で迎え撃っている。

 このまま引き下がるか、それとも。

「更に三体!?」

「どうなってやがる!」

 龍虎兄弟のところに流歌さんが助太刀して一体減らしたところに上から追加が。

 それにほぼ全員の意識が上を向く、が。

「水音さん!」

「え?」

 広げていた魔力検知が捉えた次なる異常は下からだった。

 突然生じた黒い染みが水音さんの小柄な体を覆い飲みこもうとする瞬間。

 こちらも手を伸ばし細い手首を捕まえていた。




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