37.カフェオレ(紙パック)とクリームパン
「じゃあ、セージ、今日はよろしくね」
「了解しました」
隊としての討伐の予定がない平日、本社ビル一階ロビーで約束通りレオさんと落ち合う。
本日の服装はシスター服と飲みに出る時の中間点ややお堅め寄り……で昨日懇願した通り上に薄手の長袖を着て貰っている。
ほぼ一日行動を共にしようというのに露出が高すぎるのは色々と良くない、色々と。
そんなこっちの内心を知ってか知らずか……いや、多分知られている筈だし、面白がられているとも思う。
「じゃ、お手並み拝見、と行こうかな」
「大したものじゃ、ないですよ」
***
「不正疑惑、ですか?」
「いやー、まあ、有体に言うとそうなるね」
一昨日の晩。
解散した後色々と考え事をしていた時にレオさんから入った連絡に基づき総務部に顔を出したところ、その部長さんたるレオさんの御父上に応接室に連れられそんなことを言われる。
しかし娘さんもそうだけれど非常に日本語が達者な方で目からの情報と耳からの印象の差が特大でわかっていてもちょっと戸惑う。
「その、向こうに居たときから優秀だとは聞いていたんだけれど」
「恐縮です……まあ雑魚専ですが」
大物のカウントはほぼないし、ね。
何でも母国の方から連絡要員で出向してこられたものの戦力としては無論だったがそれ以上に各種折衝から事務処理に才能を発揮して総務部長に就任されたやり手さんから緑茶の入った湯飲みを手渡される……なお、注いでいるのは洋風のティーポットでこれまた矛盾した情報に頭が混乱する。
「セージはそんなことする人じゃないよ、パパ」
で、ちゃっかり飲み物とお茶菓子の自分の分をキープしながら休講日とのことで着いてきてたレオさんがそんな風にフォローを入れてくれる。
「勿論、そうだとは思いたいんだがね……如何せん」
「数が多すぎ、ですか?」
「……まあ、ね」
一応、色々と胡乱ながらも公金で諸々討伐やお清めを行っているスタイル上、成果によってお給料に上乗せが行くシステムであり……まあ、事務方が少ないので総務と経理を兼任しているこの方の目に触れた訳だろう。
「え? じゃあ、セージ、結構高給取りだったりするの?」
「そんなことはありませんよ」
「……あるんだよ、向田君」
「……はい」
すっとぼけようとしたものの、それは許しては貰えないらしい。
まあ、ちょっと取り過ぎだしそこら辺を裁定するお立場的には頭が痛いであろうことはわかる。
「いや、言いたいことはわかったけど、ちょっと待ってパパ」
「どうした」
「セージのお給料締め付けたら、あたしあんまり奢ってもらえなくなるじゃない!」
「……と、娘さんも申されておりますが」
「そういう問題じゃないんだよ、二人とも」
ここは娘さんに免じて穏便に……とは行かせてもらえないらしい。
「まあ、自分がどれだけやっているかはコレの通りだと思いますが」
支給されているタブレット端末を鞄から出す。
仕組みはよくわからないが技術部肝いりで開発のアプリは脅威度判定のみならず発生や消滅までも観測し集計してくれている。
「まずは誰かに実際のところを見てもらって事実確認から、ですかね」
「まあ、妥当だね」
ナイスミドルな部長さんと頷き合い、そして同時に気付く。
「ねえねえ、パパにセージ」
面白そうなこと見つけた、と顔を輝かせる存在に。
「あたし、明日も大学休講なんだけど」
「……」
頭の中で天秤にかける、誰か他の職員さんが付いてくるか、割と気心知れてきたこの人か……露出控えて貰えればいい人かどうかの籤引きより大分分が良いよな、きっと。
「娘さんの目なら、信頼していただけますか?」
「ああ、それはまあ、そうだけれど」
「ふっふー、じゃあ明日はセージとデートだね」
「!」
おいおい、そういう表現をするんじゃありません。
お父様の目が、今日一複雑なんですけれど。
***
「さて、じゃあお手並み拝見と行きましょうか」
「お手柔らかにお願いしますよ」
通勤ラッシュの時間帯がとうに過ぎた地下鉄を使い目的の地域へ到着し階段から上に出る。
その日どの辺りを掃除するかは前回のそれからの間隔とネット上の関係ありそうな噂の集計を自動判定してアプリが指示を出してくれている……そっちはあまり詳しくないものの、なかなか能力高いよな、ウチの技術部。
「じゃあ、早速出発する?」
「いえ、その前に軽く準備が」
通りに立ち止まるのもアレなので軽く裏路地の入口に入って足を止める。
「早速、連れ込まれるのかと思った」
「……軽く集中してますので、冗談はほどほどに」
苦笑いしながら数秒瞼を落として周囲に魔力を展開する……正確には普段から呼吸するように張っている自己防御の領域を広げる。
会得するときに色々感覚のイメージを言われたけれど個人的には鍋にルーを溶かすように。
「お、おおー」
まず自分で感知し、確認のため渡してあった俺のスコアが入るタブレットに目を落としてレオさんが感嘆する。
「一気にスコア入ったね」
「半径一キロ以内のEクラス以下は自動で焼き払いましたから」
「……すごっ、ってか、え? マジで?」
「我が家伝来の結解術の一つなのでぼかして伝えてくださいね?」
我が家というには若干複雑な感情もあるけれど、そう言うのが一番手っ取り早い。
ともあれ、口元に人差し指を当ててお願いする……あと、焼却のプロセスが本家本元とは違うのだがそれは如何にレオさんと言えど内緒だ。
故に威力は半減しているものの……。
「はあ~、これをしばらく歩いて繰り返せば確かに圧倒的に稼げるよね」
「いいえ」
「え?」
「このまま、散歩します」
燃費は四分の一なので広げっぱなしでそういうことができる。
「マリオがスター取った時の曲頭に流れてきたんだけど……ううん、範囲攻撃だから更にエグイ」
「ご理解頂けました?」
「うん、よーくわかった……パパは戦果も手当ても通常の人と一桁違うって言ってたのが」
「ははは」
返却してもらったタブレットを形だけのビジネスバッグ……実は強化樹脂と繊維を使った防弾防刃仕様、に仕舞いながら。
「じゃあ、このまま一帯を綺麗に掃除して今日は終わりますので」
気を付けてお戻りくださいね……と言おうとしたものの。
「ちょっと、ここで解散する気?」
「レオさん、折角のお休みでしょう?」
「だから家でごろ寝するより有意義な方に来たんでしょ?」
「そうなんです?」
「運動出来て、バイト代出る上に、割と謎なセージの普段の生態が観察できて、美味しいランチ食べれそうじゃん?」
おーい、三つ目と四つ目。
「まあ、わかりました」
何に対してかはよくわからないけれど両手を挙げて降参する。
そうなる気は、していたので。
「うわー……一時間散歩しただけで高級ワイン一本分稼いでるじゃん」
うん、むしろ一本でそれだけの額がするワインというのも飲んでも酔えない気がして如何なものかと。
ほどほどに味がいいお酒を気軽に心行くまで、というスタイルの方が個人的には合う。
「さて、そろそろ休憩しますか」
「うん、ってセージ?」
「ここのクリームパン、美味しいらしいんですよ」
籠にたっぷりパンを持った女の子のイラストが描いてあるベーカリーのドアに手を伸ばしながら、一応弁解する。
「たまたま、通りかかったんじゃ仕方なくないですか?」
「その割に下調べしてたじゃん!」
「……バレましたか」
まあ、隠すつもりもなかったけど。
「ちゃんと周囲が念入りに焼け、パン屋さんは儲かり、こちらは美味しいものが食べられる」
すべて丸く収まるでしょう? と主張してみるが、レオさんは細い顎に指を当てながら別のことを考えている模様だった。
「ちなみに、セージ」
「はい?」
「お昼食べるところも、ちゃんとリサーチしてある?」
「一応、女性をお連れしても問題なさそうなところを幾つかは」
「なるほどなるほど」
「お飲みください、というわけではありませんが……きちんと置いてあるところですね」
「やだもー♪」
スパーン、と背中を叩かれる。
「わかってるじゃない」
「仕事のチェックをしてもらう人への賄賂かもしれませんよ?」
「そっちはそんなつもりも、無いくせに」
笑った後。
「じゃ、入店を許可します」
「レオさんはどうします?」
「あたしは、昼を楽しみにするかな」
「じゃ、失礼をして」
「それ、さ」
「はい」
「外でやったら完全に刑事ドラマの張り込みだよね」
「これ、クリームパンですけどね」
イートインコーナーにて。
右手のパンを二口食べてから、パン屋さんのレジの隣に置いてある冷蔵庫から勧められるまま購入した紙パックのカフェオレをストローから飲む。
滑らかにほの甘いクリームの後、ちょっとチープだけどだからこそいい苦甘いコーヒー味が口に広がる。
うん、満足……と思いながら。
「そういうそちらは女優さんでも通じそうですけど」
「そう?」
同じく紙パックのレモンティーをストローで吸いながらレオさんが小首を傾ける。
「まあ、実は何度かそういう声を掛けられたことはあるかも」
「でしょうよ」
納得を通り越して当然だと首を縦に振る。
「それもよくお似合いだったと思いますが?」
自然と疑問を口にしてしまった後、そこまで尋ねて良かったかと内心ちょっと焦る。
けれどそれが何か引っ掛かったような素振りは微塵も見せずに。
「でも、さ」
「はい」
「そっちだと、コレの機会全然少なそうじゃない」
片目を閉じながら右手を銃の形にしてこちらに向けてくる。
「それ、ですか」
「うん、そう」
撃ち終えた後、銃口に唇を添えて軽い音を立てる様は全く持ってあっち向きだとは思うけれど。
思い返せば割合楽し気に引き金を引いている節も無くは無さそうな気がする。
「まあ、でも」
「うん」
「本当に女優さんなら一緒に飲む機会とかも有り得なかったと思えばこの方がよかったですね」
そう言ってからもう一口パンを口にしたところ。
真向いでは長い睫毛の青い瞳が二回ほど瞬きをしていた。
「え? セージも一緒に飲むの楽しんでいてくれたの?」
「そりゃあ、そうじゃなければあんな頻度で行きませんよ」
「そっかー、うん、そっかー」
うんうん、と今度も二度頷いた後。
「だったらもうちょっと誘ってよ!」
「そんなことしたらそれこそレオさんのお父様に目を付けられるでしょうが!」
「あー……うん、そっか」
指三本分ほど浮いていたレオさんの腰がストンと落ちる。
「パパ、あたしのこと大好きだし」
「わかりますよ、何となく」
「そう? ありがと」
その後、半分残っていたパンを平らげ、紙パックを飲み尽くす。
レオさんの方もパックを丁寧に平たくして分別してごみ箱に入れた後。
「ふふっ」
「どうしました?」
「セージは、やっぱりいい人だな、って」
「……褒められてます?」
「うん、もちろん」
そんな笑顔に、一瞬身構えたことを恥じる。
「それは光栄です」
店舗入り口付近でこちらの脇を器用にするりと抜けて。
「じゃあ、お散歩を再開しよっか」
そんな風に手招きをされる。
「いや、一応俺仕事中ですが」
「ふふふ、そうだったね」




