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35.一人暮らしと広い部屋

「さすがに、食べ過ぎたな」

「もう入らねーっす」

 結構なペースで量産したたこ焼きの山を最後まで討伐して虎とソースと青のり味の息をつく。

 一昔前ならまだ行けたはずだけれどもう食い気の方は減退していくのみ、か。

「私も、お腹いっぱいです」

「……」

 少し照れながらとうに割り箸を置いていた水音さんが告白してくるけれど、どう見ていても俺の半分どころか四分の一も食べてない筈だった。

 女の子の体重はよくわからないし失礼だろうから推測しないけれど、体重はどう考えてもダブルスコアだろうからそれもそうなのだろうけど……にしても、僅かに心配になるくらいに食が細いな、この子。

「同じくお腹いっぱいで動きたくないけど」

 こちらは時折一緒に飲んだり食べたりするときの量とスタイルが良い意味で矛盾しているレオさんがぐいーっと身体を伸ばしながら宣言する。

「先に片付け、しちゃおっか」




 とはいえ、紙皿や割り箸を中心に準備はしたので。

「結構出てしまいましたね」

「今度の収集日に少し大きめの袋で捨てるだけなので問題ないですよ」

 軽く縮むように押し込みながらゴミ袋の口を締めていると。

「洗い物、終わりました」

「全部かごに入れてあるけど、それでいい?」

 断固として水場に水音さんを入れさせなかった栗毛ちゃんとレオさんから声が掛かる。

「あとは片付けますのでそれで構いませんが……」

「うん? どーしたん、セージ」

「いや、普通に片付けしていたな、と思って」

 確か自宅で自分で家事をしようとすると壊滅的だからとか何とか言ってた割に……と言外に言うと。

「いやー、使わせてもらったところなら頑張れるんだけど、自分の家だと別にこのくらいいいかなー、ってなっちゃって」

「まあ、わからんでもないですがね」

 こちらもいつ人が来るかもしれないという緊張感で余り物を増やさずにいて、掃除が楽になっている一面も否定はできない。

「さあ、あんまりお邪魔しても悪いですから行きましょう……杏? 大河さんも」

「うっす」

「んー、やっと慣れてきたところだけど、わかった」

 テレビの前でゲームをしていた……つまり片付けの戦力から外されていた二人に栗毛ちゃんが呼び掛けて皆が荷物を纏め始める。

「気に入ったなら、しばらく持って行ってもいいですよ?」

「ううん、それよりはまた遊びに来る方がいいなー」

「……まあ、考えておきます」

「あ、じゃあじゃあ、あたしも今度こそここで宅飲みしたーい! 凄そうだからどうせなら夜景も見たいし!!」

 目のやり場に困るので上半身の露出が多い方がそんなに元気に手を挙げないでほしいのだけれど……。

「…………一応検討だけはします」

「えー! 何その返事」

「タコパやゲームやりに来るのとは話が違うでしょうが!」

 思わず素で受け答えしてしまうけれど、この中で飲酒可能年齢なのが二人しかいないのはもう少し弁えてほしい。

「……時間帯や面子もお考え下さい、うら若いお嬢さん」

 咳払いして再考を促すも。

「じゃ、流歌さんも呼ぶ」

「はい!?」

「お姉ちゃんを!?」

 思わず頓狂な声を出してしまう……一人は極小だけれど、二人して。

「ならいいでしょ?」

「いや……別の意味で危険になるので止めましょう」

 こっちの肝臓とか、我が家の在庫が壊滅するとか、そういう意味で。

「そんなことより、行きますよ?」

 で、そういうことに全く興味無さそうに栗毛ちゃんがお洒落なストラップの踵の高いサンダルを履いて真っ先にドアに手をかけて呼びかける。

 それを皮切りに今度こそ皆が順に退去していく流れになって。

 一応、奥にある棚の所定の位置から部屋と車の鍵、それと財布をポケットに入れながら最後に続こうとすると。

「……」

「忘れ物ですか?」

「い、いえ」

 部屋の方を振り返っていた立ち位置の差でいつも以上に低い位置の瞳と目線が合う。

「お邪魔……しました」

「いえいえ」

 名残を惜しみたくなる程度には楽しんでもらえたのかな、と思いながら首を振って幅広のシューズに足を突っ込んで軽く爪先を蹴って押し込みつつ、開いた状態をキープしてくれていた扉を受け取って廊下に出た。




「俺、チャリで来たんで」

「あたしはちょっと本屋によって買い物しつつパパに拾ってもらうつもり」

「先ほど迎えの車を呼びましたので」

 念のため車は出せるようにしていたものの皆交通手段は確保済みで。

 自動ドアの向こうで手を振って行った虎とレオさんを見送った後、主によくしゃべるワンコちゃんとそれに相槌を打つ二人の声を聞きながら一人分空けて近くに佇む。

「そんなに時間もかからず来ますので戻られても大丈夫ですよ?」

「……一応、女の子を放って置くのは主義に反するので」

「ですか」

 そうこうしているうちにもう少し時間が経って近くの角まで到着した旨の連絡が来たらしくもう行くことを告げられた後で。

「そういえば」

「はい」

「本当にお一人で暮されてるんですね」

「……?」

 またエレベーターの方を振り返っての呟きに、少し答えに迷いながら応える。

「まあ、確かに……子供がいたりしてもおかしくない年齢ではありますが」

「……え?」

 すると短い記憶にある中でも一番面食らった顔を見ることになる。

「そ、そういうことを言いたかったのではなくってですね」

「……はい?」

「一人でご飯とかは寂しいですよね、って思っただけです」

「ああ」

 頷きながら、この子はやっぱり家でそういう悲しさを知っていたのか……と思う。

「人によるとは思いますが、割と慣れますよ」

「……」

 そう答えたタイミングで、ちょうど通りに面したところに一台これも高そうなセダンが停まり、会釈して出ていく彼女たちを送り出した。




「……ふむ」

 そうしてから、自室の玄関に戻ると……確かに彼女の言う通り矢鱈と部屋が広く静かに感じる。

 実際、高層階なので騒音とも縁遠くフロア面積も広い部屋なのだけれど、そういうことではないのだろう。

「どうなんだろうね、姉さん」

 一つしかなかった長テーブルにぎゅうぎゅうに座り、それでも全然スカスカだった皿の枚数をふと思い出しながらその記憶を共有できる人に問いかける。

 食べる物には全く困らなくなったものの、果たして今の方が良いのか否か、とか一瞬考えてしまったものの。

 今の方が間違いないだろうと結論するし、そもそもこの歳になってもあの教会の孤児院にまだ居る筈がないだろうと苦笑いする。

 そもそも、これを望んで手に入れたのだからそうじゃないと困る。

「さて、と」

 元気な二人が消し忘れていたゲーム画面をソロプレイに切り替えコントローラーを手に取りながら。

 今夜はいつもより早めにとっとと酒を飲んで寝よう、と決めてソファーに身体を沈めた。





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