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32.懐刀とチェーンソー

「さて、話が纏まったところで」

「はい」

「悪いけど、これをよろしく」

 手拭いを一枚、渡される。

「目隠し、ということで?」

「家の者以外に見られたらマズいものとかあるからね、色々と」

「わかりました」

 顔の前にしっかりと巻いてから。

「これでいいですか?」

「うん、悪いね……水音、先導してあげて」

「はい」

 先ほどまでのように袖を、先ほどと違ってそっと握って引いてくれた。




「あの」

「はい」

「本来ならご一緒するべきかもしれませんが、明日は学校に行くので……」

 そういえば、忘れかけていたけれどまだ学生さんだった。

「ちゃんと病院には行きますので安心してください」

「はい」

 彼女にはそういう意図はなく、むしろそういうまじないがされているのだろうけれど、歩数と曲がった回数がそろそろ覚えきれなくなってきていた。

「そうしたら、お好きなものをたくさん食べて下さいね」

 そんな頃合いで、顔は見えないもののあの控えめな笑顔を浮かべているのだろうと思える声色で言われる。

「ははは……」

「お、可笑しかったですか?」

「いえ、別に」

「あと、さっきのだって意地悪で言ってないですから」

「大丈夫、ちゃんとわかっています」

 そこで丁度。

「外に着いたよ」

「段差、ありますから気をつけてくださいね」

「はい」

 確かに、妙に綺麗すぎてむしろ違和感がある空気が一変して、普段味わっている世界の感覚がした。




「お姉さま!」

 許可を得て目隠しを解いているとそんな声がして栗毛ちゃんが小走りより少し手前の歩調でこちらに……というか、水音さんのところに駆け寄ってきた。

 見回せば邸宅と門の間のような中庭のような場所の模様で、栗毛ちゃんはここが見える縁側に腰かけていたようだった。

「長い時間、お疲れさまでした」

「ううん、大丈夫だから」

「……」

 その言葉に考えれば三、四日治療にあたってくれていたわけで……あらためて感謝の気持ちが生じる。

「確かに、本当にありがとうございました」

「いいえ、いいえ」

「おじさまも、ご無事で何よりです」

「まあ、おかげさまで何とか」

「私は何もしていませんけれど」

 素っ気ない言葉だったが、案じてくれたのは伝わらないわけではなかった。

「あ、ねえさま戻ってる」

 そして建物の方からこちらは完全に走っている子が現れる。

「えーっと、まずオジサンにこれ」

「ああ、どうもありがとうございます」

 まだ中身から温かみが伝わってくる包みを渡される。

 小振りのおにぎりが四個入りといったところだろうか。

「作ったの杏じゃないけど、お腹に穴空いた後だからちゃんとゆっくり食べてね」

「はい、了解です」

「あと、それと」

「はい?」

 いつもの元気よさが一旦仕舞われる。

「私が、ちゃんとみんなを守らないとダメだった」

「いや、そんなことは」

「必要のなかった怪我をさせてごめんなさい」

「それを言えば、こちらももっと上手く防げればこうならなかったので」

「……今度から、私を含めてもっと慎重に、ね」

 口を添えた水音さんに頭を撫でられて本当に子犬のように顔を上げてこちらを伺う様に頷いて見せる。

「うん、今度は誰も怪我させない」

 その言葉の後、瞳にいつものように力が戻っていくのを見ていたところ、門の辺りから声がかかる。

「皆様」

「!」

「お迎えの方が、いらっしゃいました」

 門番と思しき人に案内されて姿を見せたのは耳元にガーネットを飾った年下のお師匠で。

 深々とお辞儀をした後。

「瀬織の家の方々、今回は大変お世話になりました」

 静かながらも通る声で、そんな言葉を発したのだった。




「失態でしたね」

「まあ、はい」

 本家の人間がこちらに来た時に使うハイクラスセダンの助手席に乗せられ、出発した後バックミラーから門が消えた辺りでお師匠が口を開く。

 静かな言葉がぐさりと今度は胸に刺さるものの事実は事実なのでぐうの音も出ない。

「ええと……向こうの家から盗聴器や使い魔辺り付けられたりは?」

「してないと判断します」

 恐らく今から聞かれたくない話題になるので一応、気を遣う。

 こちらの方でも車の周囲をチェックするけれど師匠が気付かないものを俺が感付くのはまあ無理なので間違いないと思うことにする。

「ちなみにこちらは一匹だけ置かせてもらいましたが」

「……流石っすね、いつものアレで?」

「ええ」

 そこら辺で自然発生する程度の魔力しか持たず、成長することもなくごく自然に消滅していくような塵芥のような。

 ただ、放たれてから五分程度その場の音を飛ばしてくる。

「……早く戻るように、と彼女が言われていますね」

「あそこ、瀬織家の本宅ではなかったですかね」

「その筈ですよ」

 折角家があるのに帰れとはどういうことだい、と溜息が出る。

 やはり大切には扱われていないのだろうか。

「何か、推測できることは」

「まだ材料が足りないので」

「……まあ、いいでしょう」

 少し流れの悪い右折レーンでしばし無言で信号待ちをし、そこを抜けたところで彼女が再び口を開く。

「では、今回の征司の大怪我の件について」

「一つだけ言い訳をさせてもらえば、間違いなく確実にあの蠍は絶命させていました」

「まあ、そこを抜かるようでしたら一から鍛え直しですね」

「……本気で勘弁して下さい」

 臓物がきゅっと締まる感覚と共に冷や汗がドバっと出る。

 引き取られてから約五年の訓練期間はもう二度と体験したくないくらいの過酷なものだった。

「いや、そういうことを言いたいのではなくて」

「外的要因があった、ということですね」

 単刀直入な答えにやはりこの人切れ味良いよな、と内心で再確認する。

「手段がどうだったかは後でよく思い返すことにします」

「ともあれ、若様の望みの展開にはなりつつあるということですね」

「本当に奴さんたちかの確証はないですが」

「それも含め、今度はちゃんと引き千切らずに尻尾を掴むように」

「……肝に銘じます」

 チクリとした一刺しに苦笑いが出るものの。

「まあ、あの時は征司に説明していなかったこちらの落ち度ですのでそこまで気にせずに」

「助かりますよ」

 やや柔らかくなった物言いに安堵してシートに完全に身を預ける……座り心地良いな、この車。

 あと、運転の腕も良くて滑るように発進停車、車線変更をしながら我が家のある方向へ近付いていた。

「では、また連絡をしますし、あの件にかかわることであれば可能な限り便宜を図りますので確実に遂行するように」

「あき……いや、若様のお望み通り」

 本人がいるところだと弟だからと面白がって呼び捨てさせられるけれど、いないところでうっかりそうすると怖いんだよな、この人。

 本当に、主人至上主義。

「どうしました?」

「いや……」

 ちらりと盗み見た目線を戻しながら感想を述べる。

「本当に、懐刀というのが似合うと思って」

「その為の鍛錬をしてきたのですから、当然です」

 ぴしっとした答えに、こちらは逆に軽口を叩くしか出来なくなる。

「ま、俺もそこら辺で拾われた鉈なりに頑張りますよ」

「何を言っていますか」

「へ?」

 精々若様の役に立ちなさい、といった応えが来るとばかり思っていたのでちょっと間抜けな声が出た。

「貴方には手間もお金もかけてあるのですから……そうですね、電動のこぎりくらいの価値はありますよ」

「……左様でございますか」

「バリバリ働いて若様の進路を拓くように。なるだけ壊れずに」

 倉庫の片隅にでも放って置いて下さい、とはとても言わせて貰える感じではなかった。




「ただいま」

 一人暮らしゆえ当然無人の部屋に帰り着けば数日閉め切っていたため特有の淀んだ空気が溜まっていた。

 一旦換気をしつつ、窓が気にならない高層階ゆえに楽な部屋着に着替えながら向こうで渡された服を見れば水色のシャツにアイボリーのスラックスと本気で休日のお父さんみたいなチョイスで苦笑いが出る。

 ポットに半分強残っている麦茶は作り変えたほうがいいよな、と思ってそうしながらこういう時のために買い置きしてあるペットボトルを部屋の隅から取り出す。

 そんなこんなをしつつ、頭に浮かぶ感想は……色々あるものの、色々あり過ぎて疲れた、に収束する。

 腹を満たしたら寝よう、と決めて渡されていた包みを開けておにぎりを手に取って……。

『お腹、びっくりしますよ』

 そんな指摘を思い出して普段より小さめに一口口にして、いつもより回数多く嚙む。

 軽い塩味と中心に少しだけたどり着いたから一欠け混じった昆布を味わって呑み込めば喉の奥をゆっくり下って胃に到着するのがわかる。

 ああ、やっぱり食事ができるのは有難いな、と心から思いながら氷を入れて強制的に冷やした烏龍茶を流し込んでからもう一口おにぎりを齧る。

 今度は更に昆布の比率を増した程よい味を楽しみながら……作ってくれたのは状況的に向こうの家の料理人の方とかかな、とふと考える。

「……」

 いや、別に特定の誰かに作って欲しかったというわけじゃないぞと一人なのに言い訳してから、食べることに支障がなさそうなことに心から感謝して、残りはほぼいつものペースに戻して完食する。

 それを待っていたかのようにスマホに水音さんから明日診てもらう病院の情報と受付でそう申し出ればよい旨が伝えられて……最後に添えられた「お大事にしてください」を二回見返してから、シャワーを一浴びして早めに眠ることにする。

 一応、その前にお礼の返事は入れても問題はないよな、と考えて無難な文面で返信する。

「……疲れてるよな」

 そしてその文章はシャワーの後も既読にされていない模様だったけれど、ああいうことがあった後なのでもう先に休んだのだろう、と枕元にそっと置いて身体を横にした。




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