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28.水の音

「では、これからお互いの隊、良い感じに切磋琢磨しよう! ってコトで」

 主催者というか首謀者というべき隊長さんのお姉さんの隊長さんの音頭の後、向かいの席に彼女が座る。

 三つ使っている四人掛けテーブルの内真ん中に俺は座っていて、右側には二番隊男子の面々、左側にはノンアルコールの女子高生三人が固まり、こっちにはあとはレオさんと虎が面子となっていた。

「じゃあ、あらためて」

「カンパーイ」

 お猪口に入った日本酒に白が入ったワイングラス、あとはジョッキのビールとコーラでガラスの合わさる音を出した……と思ったら日本酒とワインがどちらも器の中からあっという間に消える。

「剣裁きだけじゃなくてこっちもお強い感じですね」

「いやいや、レオカディアさんほどじゃないよ」

「またまた~、レオでいいですよー」

 強者同士初太刀で力量を把握している……?

 とすれば居合わせた俺もタダじゃすまない感じ? 美人同士が並んでアルコールのメニューを選んでいる様が突然不穏な景色に見え始める。

「それで、なんですけど」

「うん」

「そこのセージもゼッタイ強い筈なのに飲み比べ付き合ってくれないんですよー」

「おやおや、つれないのはお酒の方も、なのかい?」

 ほーら、早速飛び火してきたぞぉ?

「女性もいる酒の席で醜態晒したくはないですから」

「おや、晒したことはあるのかな?」

「嗜み始めたころ、加減がわからず……二日酔いとかで酷い目にあいまして」

「二日酔い?」

「なにそれ?」

 うわ、この人たち怖い。

「あたしよりお酒強い人に彼氏になってほしいんですけど、なかなか巡り合えなくて」

「あー、ボクとしても恋人になってもらうならボクより腕っぷしが強い人がいいけどなかなか居ないよねー」

 この二人、初対面のはずだよな?

 なんか波長が合い始めている、危険なことに。

「そちらにとても強そうな方々がいらっしゃいますが?」

 そっと隣のテーブルにも被害を分担してもらうと振る。

 丁度あちらと目が合ったところに女性二人のお代わりが届いて皆でにっこりとグラスを掲げ合う……も。

「でも、みーんなボクがぶちのめしちゃったんだよね☆彡」

「左様でございますか」

 頷きながら隣のテーブルを見れば「面目ない」って感じにそれぞれに笑われる。

「飲み比べでもね」

「そうなんですか、残念」

 くぃーっと二杯目も空にしながらレオさんも呟く……お猪口と顎の角度が本日もお綺麗なことで。

「別に、強いことがそこまで絶対条件ではないのでは?」

「でも、折角だったら」

「ねー?」

 お銚子とグラスをチンっと合わせて笑い合う……混ぜるな危険が確定した。




「こちら、鮎の塩焼きになります」

「……待ってました」

 そんなこんなしているうちにホールの中心で料理人の方が焼いてくれた串に見事な曲線で刺された売りの逸品が届けられる。

 まだ熱を持った串を摘まんで思い切り真ん中からかぶりつけばパリパリに焼かれた皮の食感と粗塩の味がまず来て、そこからじんわりと脂の甘みが広がってくる。

 で、そこで左手でジョッキをひっつかみ思い切り呷ればそこにほろ苦い刺激と喉越しが流れ込んできて……。

「うまい……」

「ホント、セージって美味しいもの食べてると良い顔するよね」

「そりゃあ、美味いですから」

 応じつつ、もう一回同じローテーションを。

「く~っ」

「本当に、美味しそうだね」

「良い店を教えて頂きありがとうございます」

「はい、そういうわけでご飯美味しいんだからセージももっと飲むの」

「わかりましたわかりました」

 残り三割位まで減っていた二杯目のビールを飲み干しながらレオさんに押し付けられたドリンクのメニューに目を落とす。

 模擬戦がやや消化不良で元気余ってるな?

 適当に開けばノンアルコールのページだったけれど……ここの頼んだら目の前の二人に張り倒されるんだろうなぁ。

「じゃあ、ジントニックで」

 しっかりと焼かれた味の濃いものが来るので爽快感のあるもので……。

「じゃあ、あたしは次はこの冷酒で」

「ボクもお猪口もう一つ貰ってご相伴に預かろうかな」

「いいですねー」

 キャッキャと両手の平を合わせながらチョイスしている二人は、まあそこだけ見れば微笑ましく見栄え良い、かな?

 最初にシーザーサラダを二人で取り分けてくれたところまでは平穏な女子大生と新卒OLの佇まいだったのにどうしてこうなった。

「セージもおいでよ?」

「もう少ししたら日本酒にするかもしれませんが、自分のペースでやりますよ」

 レオさんが「えー」という風に唇を尖らせるけれど、こちらだってそこまで捨て身になれない。

「ちなみに、こっちもいつでもリベンジお待ちしてるよ?」

「考えてはおきます」

 グラスを置いた手首を竹刀、というよりはサーベルを構えるように曲げて首を傾げて見せられる。

 リベンジ……腕を上げて再挑戦、といったところか。

 でも、少なくとも剣の腕前という意味ではもう頭打ちを自覚しているんだよな、肉体も衰えるのを食い止めるだけで精一杯で。

「あ、でも!」

 と、ここで黙々と唐揚げとポテトと焼き魚を食べていた虎が手を上げると真っ直ぐな目をして発言する。

「俺も今度一回試合って欲しいです」

「お、いいねいいね、そういうギラギラしたの嫌いじゃないよ」

「あざっす」

 一方でそっちはどうなのさ? と肩に掛けた黒髪を指先で遊びつつ流し目で見られるけれど……いいですよ、俺はもう色々と枯れかけてます。

「おう、将虎」

「アニキ?」

「姉御に挑むんなら俺から一本取ってからにしな」

「お、なら明日にでもリベンジっす」

「はっはっは、その血の気の多いところ、本当に龍臣君の弟ですなぁ」

「あ、モチロンホッシーさんにも挑戦したいっす」

「無論、歓迎ですぞ」

 本当、こやつの体育会系後輩力凄いなぁ、と感心しているうちに自分のジョッキを持ってあちらの席の空席に行って向こうにまだ残っていた唐揚げを平らげつつ筋トレ談義を始めている。

 どんだけ唐揚げ食うんだよ、と思ったところで気付く。

 ん? あっちの席のロン毛君が居ない?

「じゃ、じゃあまたの機会に」

 その姿を探してみれば反対側の女子席に向かっていた彼はまたも栗毛ちゃんにあしらわれてもと来た道を帰っていき……。

「……ヤバ」

 こちらを一瞬見たけれど一言呟いただけで華麗にスルーして男子のテーブルにお誕生席のように座り直して向こうがパンパンに膨れる。

 実は虎に続いて目の前の蟒蛇二人から逃れたかったけれど、これは無理か?

 まあ、今のところ二人で盛り上がっているから時々飛んでくる流れ弾を往なしながら飲み食いしていればいいのか、と考え直して鮎の残りに齧り付いて頭の直前の脂の多い部位を楽しむことにした。




「食べ方」

「?」

「お上手、ですね」

 そんな時、隣のテーブルから声を掛けられる。

 さっき一瞬だけ見たときは小さな口で悪戦苦闘中だった彼女は「煮魚なら得意なんですが」と照れたように笑う。

 その向かいではワンコちゃんが頬に塩のかけらをくっ付けながら頬張っていて―そう、もうツインテールの姿より犬系の印象が強い―栗毛ちゃんは中座中の席にずれてこちらに少し近付いた模様だった。

 ……こちらのテーブルの誰かに、話しかけたかったのだろうか。

「昔、近くの海で良く釣って食べていたので」

「そうなんですね」

 とても立派とは言い難い孤児院だったため、空いた時間があればそうして食べるものを増やしていた記憶がある。

「お、セージの昔話?」

「自然が豊かだとは聞いたことがあるね」

 やっと少し顔が上気し始めた二人組も肴とばかりに興味を示してくる。

 まあ、聞いたことあるというのは引き取られた先の家のことだけれど地方は同じなのでわざわざ言うことでもないだろうか。

「……」

 そんな話題に、一瞬だけ隣の小さな女の子が迷ってから引きかけるが、構わずに口を開く。

 この場の全員に話しかけるように。

「皆さんは、釣りをしたことは?」

「パパと船に乗って沖に出たことはあるよ」

「ボクは無いかな」

「……私、もないです」

「ねえさまが無いから当然私もー!」

 船か、何か仕事に役立つ機会があるかと船舶免許も取っていたけれどそういう使い方の方が余程健全かな……と思いつつ。

「機会があれば皆で海釣りに行くというのも悪くないですね」

「あ、それいいそれいい!」

「クーラーボックスにビールとか詰めてね」

 ぶれないっすね、レオさん。

「つ、釣れるでしょうか……」

「別に釣れなくても良いんですよ」

「え?」

「のんびり海を見て波の水音とか聞いてるだけで充分です」

「……ですか」

 今は普通に腹を満たすことができるものな……満たされていないものはむしろ。

 まあ、あの海辺のボロ教会に気持ちを随分と置きっぱなしにしている自分も余り人のことは言えないか。

「ボクはどうしようかな」

「……」

 そして、そんな実の姉の発言に手に取りかけた何かから指を引っ込めるような目をする隣の女の子。

「まあ、いきなり団らんの時間に割り込むのもアレだけど……今日みたいに隊同士の交流が深まればそういう日もあるかもね」

「!」

「それに、同じ隊長同士色々と相談することもあるかもしれないし、それはお父様の言いつけがあるからってお父様やお姉様に諫められる筋合いのある話では無いと思うんだ」

 そう言うと知り合って間もない仲ではあるものの、間違いなく一番柔らかい表情をして微笑んだ。

 そしてそれを聞いた小さな女の子は、確かめるように二度頷いてから。

「はい、お姉ちゃん」

 大切そうに、そして久しぶりに使うかのようにそんな言葉を口にしていた。




「え、ええと、それで、せいじ……さん」

「はい」

 愛称を作っているお姉さんに比べて十分の一、くらいだろうけれど……触発されたのか、あとそれと少しは色々あったからか遠慮がちにそんな呼ばれ方をする。

 やや不自然さはあるけれどそれに何か反応を示さずにさらりと流すのが一応大人ということかとは思う。

「本当に海に、行くんです……か?」

「まあ、皆がそういう意見ならそういうこともあってもいいと思いますが」

「行く行くー!」

「モチロン!」

「よくわかんないけど行くっす!」

 近場にいたノリのいい二人は勿論、反対側から虎も元気に挙手する。

「もちろん、隊長さんの意思も大事ですが」

「そりゃボクもモチ行くけど!」

「「……」」

 確かに貴女は二番隊の隊長さんだけれど、今のは断言できるレベルで意地悪だろう。

 もしくは、今まで表す機会が乏しかっただけである意味妹に甘い、のか?

「お嬢さんの……」

「ボクもそれなりにお嬢だけど?」

「くっ……」

「ちなみに苗字呼びしたらもう一人対象増えるからね?」

「ね?」

 わざわざワンコちゃんのところまで移動して頭を撫でながらそんなことをのたまう。

 ……こういう時に利用できそうな栗毛ちゃんの気配はまだホールには入ってきていないし、レオさんはこういう場合論ずるまでもなくあちら側だろう。

「その……」

「ええと、みなと、とお呼びください」

 水の音で、と付け足される。

 一応、自己紹介はし合ったし知識として知ってはいたけれど。

「……水音さんが行きたいなら」

「行きたいです」

「なら、皆でいずれ」

「はいっ」

 今までの遠慮がちな振る舞いから少しだけ明るく、隊長さ……いや、水音さんは笑顔を浮かべてくれた。





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