27.擦り傷の記憶
「二番隊に入らないかというのは?」
「ウチの隊においでよ、ってことだよ?」
我ながらいつも以上に間抜けな顔をしているんだろうな、と頭の片隅で思いながらオウム返しをすれば言葉を変えつつ同じ内容を愉快そうに返される。
「マッチョメンは幾らいてくれてもいいし」
「はぁ……」
「八番にいる時よりヤバい現場に放り込めば否応なく全力のところ見れるだろうしね」
「ですから、割と一生懸命やりましたよ、さっきのも」
お出かけ先を選ぶような軽さでとんでもないことをおっしゃられる。
そんなうちに言われたことの中身が浸透してきて……一応ちらりと皆の方をそれとなく確認して。
「まあ、それはそれとして光栄で魅力的なお誘いですね」
急ごしらえではなく正規の隊に誘われるのは。
「うん、だろう?」
「ですが、この隊を抜けるつもりはありませんので」
平均した上で最大限ポジティブに解釈すれば居なくなるよりは居ていいような反応をしてくれていたし、そういえば実家からのご命令もあってそういう意味でも許され無さそう。
それに、まあ、最初期と違って悪い居心地ではないんだよな、此処は。
「そうなのかい?」
「はい」
「それはまた何で?」
「そう言われましても……」
無論目論見があることなど口に出せないし、居心地の件も皆に多少は受け入れられているとか思ってしまったことも恥ずかしいが過ぎる……。
「その」
上手い言い訳を考えようとして、そちらに意識が行ってしまい……。
「あ」
気づいた時には全員の注目を集めている状態で、盛大に腹の虫が鳴いていた。
「くくくっ……」
「な、なんでしょう?」
「そ、そこでそれはズルくはないかい……?」
しばらく口元とリボンで縛った髪を乗せていた肩を小刻みに震わせていたかと思いきや……臨界点を突破したのか一気に爆笑が始まる。
「って言うか、そのナリで可愛く『ぐー、きゅるるー』はないんじゃないの!?」
鳴ったものは仕方ないだろう、と肩やら背中やらを派手に叩かれながらも思いながら……そっと再度皆の方を確認すれば。
虎の野郎は床を転げながら腹を抱えているし足をばたつかせているワンコちゃんも同様……こら、袴履きの女の子がそんなことしちゃいけません。
レオさんはなんか目元を拭っているけどそんなに可笑しかったですか!? ……あ、栗毛ちゃんのいつもの視線はむしろ安心できる。
そんでもって、隊長さんはそんな微笑ましいものを見る目で見ないで! 一応こちら一〇歳以上年上だからね!!
「あー……おっかしかった」
「それは、何より、です」
こちらとしては手からじゃなく顔から火が出るところだけれどもうそう返すしか手がない。
「おっちゃんおっちゃん」
「お、おう……」
そんな中、床に座り直して虎が声をかけてくれる、この際誰でもいいが話を変えてくれるのはちょっと助かる。
「それで、今日の晩飯決めた?」
前言撤回、何を言い出しやがるこの野郎。
「おや、たっちゃん弟、どういうことだい?」
「このおっちゃん、その日戦った相手にインスパイアされて献立決めてるんですよ」
「ほほう?」
目の前の成人女性としては心持ち低い背から切り上げるように細まった視線が来る。
さっきまでの模擬戦で飛んできたどれよりも鋭い。
「ボクと一戦交えて何が食べたくなったか、是非教えてもらいたいものだねぇ」
「は、ははは……」
姉さん、女性はこんな時どんな答えを返せば満足してくださるのでしょうか? あ、こんな特殊な事態は聞いても困るか。
こうなったら、印象と腹に正直に行くしかない……。
「鮎、とかですかね」
「その心は?」
「流れるような切れ味をたっぷり味わっていたので」
「清流をイメージした、ということで良いかな?」
「はい」
「そっかそっか!」
満足そうに頷いて笑顔を見せてくれる。
あ、何とかセーフだった?
「じゃあ、ホッシー、今日はあの店で決まりだね」
「炉端焼きのあそこで、一一名ですな」
「そうそう、あそこの塩焼き、美味しいからね」
「ん?」
懐から出したスマホを太い指で誤タップもせずに操作しながら山伏スタイルの大男さんが電話をかけ始める。
その展開にこちらの全員が頭に疑問符を浮かべていると。
「一汗かいた後は美味しいもの食べて交流を深める!」
親指を立ててそんなことをおっしゃれる……この人、見かけによらず結構体育会系だな?
まあ、美味いものが食べられるのは魅力的、だけれど。
「少々お待ちを」
「おや? 二人でランチはいいけど大人数じゃあNG? ボクとサシ飲み希望?」
「そういうことは言ってないです」
即座に否定してから。
「こちら半数以上が未成年ですが」
普段通りならこちらに戻ってきて最後の打ち合わせをしている頃合いの時間帯。
多分お酒も出るであろうというか、おそらく居酒屋形式の店に引き連れて行くのは少々よろしくないのでは? と疑問を呈する。
「おや、そういうの気にする人なんだ」
「しますよ、そりゃ」
なんだか若い子たちと組むことになると知らされてから一通り条例は見て気を付けていますとも!
「ま、大丈夫じゃない?」
「え?」
「ちゃんと実の兄弟か親族の保護者居るからね、引率の先生?」
「誰がですか、誰が」
思わず声が大きくなってしまった後、咳払いをしてから。
「あと、急にそういうことになると家の方が困るのでは?」
「ああ、この子たちの方にならボクが先に連絡しておいたよ?」
色々と確信犯だったか……。
「虎は……帰ってからでも普通に食べれるんだよな」
「育ち盛りっす!」
胸を張って帰ってきた答えに、まあそれならばいいのか、と一息吐きながらちらりと他に目をやれば。
「大人の人多いってコトは飲酒アリだよね」
「炉端なら焼いたお餅とかないかな?」
「お店でメニュー見ようね、杏」
君ら人のこと食欲の権化とか言えないよね? と欲望に正直なレオさんとワンコちゃんの隣でこっそりと嬉しそうにしている姿。
食べ物自体というよりは外食が好きなのかな?
「じゃ、話が纏まったところでノルマこなしたら出発しよう」
「ノルマ?」
何だろうか? と思ったところで向こうの面々の野太い返事が聞こえた。
「本当にやるとは……」
道場の片半面に円になって腕立て伏せを始める向こうの面々に思わず感心した声が出る。
「すればするほど身になるのが鍛錬ですからな!」
「根性見せるぜ!」
「……そっすか」
ホッシーさんたっちゃんさんの隣でスキンヘッドさんも無言で頷く……二番隊マジ男臭いな。
「如何ですか? 皆さんも」
「あ、じゃあ俺もやるっす!」
スカジャンを脱いで肩を回しながら円陣に加わり、一緒になってカウントを刻み始める虎……若さって眩しいな。
「「「……」」」
さて、腕立てに加わってない男性が俺一人になったぞ……そして周囲からの視線がやんわりと刺さる。
「行かないの? セージ」
「別に加わったからって即うちの隊の人間だなんてケチ臭いことは言わないけど」
「てか、流歌に降参してたよね? オジサン」
「……その際に腕にダメージが入っていまして」
確実に青あざが五つ六つは出来ている自信がある。
「えっと、その」
「はい」
「治し、ます?」
ほんのりと指先に柔らかな光を集めた隊長さんに尋ねられる。
『まーたせーちゃんは傷作って帰ってくるしー』
そしてそんな様にもう一五年は前の記憶がふと蘇って……。
「こんなの平気だって!」
「!?」
「……と、言いたいところでしたが、お願いします」
思わず昔別の人にした口調と答え方がポロリと出そうになって……いや、八割方出てしまっていて慌てて繕う。
「はい」
それには無論気づいてはいるのだろうけれど、一拍置いて快く頷いてくれて。
「では、どのあたりですか?」
「主に右の手首周辺ですね」
「袖の下とかは?」
「……ああ、そこは大したことはありません」
スーツを脱いでシャツの袖口のボタンまで外して普段より少し肌を出す。
さっきとは別の種類の動揺は……そちらは、幸い、伝わって無さそうだった。
「沁みませんか?」
「どちらかというと心地いいですね」
「よかった」
赤チンでぐりぐりされたあの時とは色々なことが違うな、とか考えてしまって。
「じゃあ、仕上げるので屈んでください」
「うn……はい」
また失言をしそうになり慌てたので、素直に膝を屈めてしまい……中盤で付いた頬まで治療をされてしまう。
さすがにこれは気恥ずかしい……そして栗毛ちゃんの目が怖い。
「これで、大丈夫ですよ」
『これで、大丈夫だね』
「……」
そして、そんな訳なので。
「じゃあ、もう少し腹を空かせますか」
「おお、待ってました」
そそくさと男子の円陣に加わって汗を流すのだった。
勢いで最低百回のところを半分くらい誤魔化せたのは、幸いだった。




