25.二と八③
「もう動けねぇっす……」
「まあ、経験の差とかを考えれば善戦したんじゃないか?」
最後に礼をした後、フラフラになってこちらにやってきた虎が座るのに手を貸しつつ労う。
「虎ちゃん、頑張った」
「ナイスファイト」
「まあ、負けは負けですけれど」
「んがっ!」
そして皆も口々に……栗毛ちゃん容赦ないな。
「こ、これどうぞ」
そして隊長さんの方は小さな冷気の塊を作って顔に当てたりも……気持ちよさそうだな、それ。
はい、栗毛ちゃんはそんな目で見ない。
そして。
「なーんか、こっちが負けた気がするんだけど!」
向こうサイドでは野太い祝福を受けていた龍のスカジャンを着たタイガー兄さんが不服そうにその様を見ている。
……一応俺も男なので言いたくなる気持ちはよくわかる。
そんな彼に。
「そういえば、たっちゃん」
「あ、姉御?」
「いいものは見せてもらったけれど、ボクの希望としてはもう少し格上感のある戦いを希望しかったかなぁ?」
「……へい」
さっきまでの威勢はどこに行ったのやら。
自分の肩ほどまでの高さのあちらの隊長さんの前で萎んでいる。
「あとで腕立て一〇〇回ね」
うわ、エグい。
「あざっす!」
え? ご褒美なの?
「さ、次鋒戦だね」
模擬戦用のゴム弾を装填しながらレオさんが進み出る。
向こうの方からは先ほどレフリーをしていた修験者姿の男性が軟質素材で出来た一メートルばかりの棒を携えて出てくる。
背は俺のほうが気持ち高いくらいだけれど肩幅はかなりゴツイ。
「間合いの外からどう崩すか、かな」
「レオちゃんかなーり素早いもんね」
一礼の後、トンっとその場で軽く足を浮かせた……と思った瞬間トップスピードで棒を持っていないサイドに回り込む。
任務時と違って観戦モードでよく見ればいつものブーツを脱いでいるつま先に一瞬風の魔力が小さく渦を作り加速や急転換を補助している。
単に身体能力を上げているだけじゃなくそういう小技を効かせて俊敏な立ち回りを見せてくれている。
ただ。
「あ、惜しい」
もう完全にレオさんの方が素早いとみて相手の方は初手から無理に追おうとはせず防御を固めながら間合いを一気に詰めるチャンスを伺う体制に入っている。
現に上手く後ろを取って放った弾も素早く振り向き様に棒に弾かれて決め手とはならなかった。
「ってゆーか、あっちのオジサン、ゴムの弾だったらどれだけ入っても平気そう」
「こ、こら、杏」
ちょっと慌て気味にツインテちゃんを窘める隊長さん……いや、確かに俺も彼も君たちより一回り上だけれどね。
ただこの辺りは非常に繊細な問題なので細かいことは言わずにおこう。
「まあ、なので、今回のルール上何らかの方法で『参った』と言わせるべきですかね」
「そっか、それだね」
さて、俺ならどうすべきか……例えば完全に虚を突いて急所に銃口を突き付ける、とかかな? もしくは相手の武器を手から完全に落とさせる、か?
そんな風に考えている間にも緩急をつけながら足を止めずに崩す糸口を探るレオさん……の動きの先を読んだか。
「あぶなっ!」
最初以外ほぼ無音だったレオさんの足音とは好対照な重い踏み込み音と共に巨躯がそれこそ大砲の弾のように一気に肉薄する。
それを二か所空中に足場を作り軽やかなステップで回避する、その方向に風を切る音とともに棒が突き出される。
その激しい突きを綺麗に身体を捻って避けたものの、更に追撃の薙ぎ払いが襲い掛かる……けれどそれも届く直前に紙一重で天井に届きそうなくらい大きく跳躍して道場の反対側にスカートの裾をふわりと浮かせて着地体勢に入る。
「すご……」
「さっすがレオちゃん」
そんなウチの女子たちの呟きと、あちらの太い感嘆のどよめき、の中に小さく「ピリッ」という音が混ざった。
「あ」
「!?」
余裕そうに見えて完全にそうでもなかったのか、ちょっとタイムお願いします、とジェスチャーしたレオさんがほんの僅かに裾を上げると下に履いていたストッキングの足首とふくらはぎの間くらいの位置に僅かに解れが生じていて白い肌が指三本分ばかり露になっていた。
「……」
街を歩けばそれ以上の露出をした女性などいくらでもいるのだけれど……何だか無性に気まずく無意識に目を逸らす。
それと同時に。
「参りました」
「えっ?」
棒を床に置く音と共に巨漢の人が見事な座礼を決めていた。
「やっぱホッシー女の子ダメだったか~」
「相変わらず免疫ゼロじゃん! 山に籠り過ぎだって」
すごすごと向こうに戻ったホッシーさん(?)が大爆笑で弄られている。軽いな? 仇名は。
「いや、その、やはり悪霊付でもない妙齢の女性の肌は、その……隊長以外慣れておらず」
多少気持ちはわかるけどプライベートのレオさん見たら卒倒するんじゃないか? あの人。
下半身は俺の腕も通らないくらいのジーンズに覆われているけど肩とか完全に出していて俺も正直困ってるんだから。
「まあ、わかってはいたけど負けは負けなので」
「はい」
「そっちも腕立て一〇〇回ね」
「えーと、勝ちました」
で。
そんなレオさんが苦笑いのピースサインと共に戻ってくるけど、こちらも何か迎え方に困る微妙な笑みを浮かべるしかない。
「ま、まあこれで一対一に追いついた、ということで」
「ですね」
それでも何とかコメントを搾り出した隊長さんに同意して頷く。
「お疲れさまでした、レオカディアさん」
「レオ、っていつも言ってるでしょ?」
「は、はい」
いまだにちょっと硬さが抜けない隊長さんの鼻を軽くつついてから。
「んー……」
「?」
「チラッ」
「お止しなさい」
俺の方にやってきて悪戯っぽく片目を閉じながら破れた部分を見せるようにほんの少し裾を持ち上げてくるので目を閉じながら手を横に振る。
「セージはセクシーよりキュート派だったか」
「そういう問題じゃありません」
派閥を超越するくらいド級にセクシーなのは間違いないけれど……それを今やられても困るって話。
いや、いつやられても困るんだけど、おじさんはおじさんだから。
「よろしくお願いします」
「……願います」
中堅戦。
元気よく進み出たツインテちゃんに先ほどまでの烏天狗スタイルとはまた違う修行僧姿のスキンヘッドさんが頷く。
極端に無口で見るからに真面目そうな人だけれど、まさかとは思うがさすがにさっきのような決まり手は……。
「……」
無いな、ツインテちゃんには悪いがダイナマイトとマッチの火。
そんな女子の皆さんにはとても言えない想定をしている中。
「それで、ちょっといいですか?」
そのまま、一つ年下の女の子らしいポーズをして提案が出る。
「ちょっと私、攻撃の術に乏しいのでそちらの攻撃を五分耐えたらこちらの勝ちでも、オッケーですか?」
「……承知した」
「そろそろ、でしょうか?」
「そうだね」
防音もしっかりしているので外にはご迷惑になっていないと安心しているものの、人形に切られた紙から生み出された天井に角が当たるくらいの鬼が二体、床を踏み鳴らしながら金棒と鉞で碧いヴェールを突破しようと腕を振るっている。
そんな中なのでちょっと大き目の声でストップウォッチをアプリで立ち上げていたレオさんに聞けば残り三秒、といったところになっていて。
「?」
タイムアップになれば声をかけたほうが良いかな? と考えた瞬間、派手に鳴っていた音が止まり鬼は元の紙に戻っていた。
ワンテンポ遅れてレオさんがカウントを止めたけれどほぼ指定時間ぴったり。
「参った」
「ホントにいいの?」
「約束は、約束」
口の端を少しだけ緩めてスキンヘッドさんが手を合わせ頭を下げる。
それにワンテンポだけ遅れて礼を返した杏ちゃんが戻ってきて。
「やったよ、ねえさま」
「うん、おつかれ、杏」
いつものように思い切りご主人様……じゃなかった、お姉さまに飛びついていた。
「さーって、副将戦」
向こうからは先ほどまでとは打って変わって長髪の男性が出てくる……服装は、登山行くんですか? と聞きたくなる感じにアウトドア系でまとめている、最近の山籠もりのトレンドとしてはそれもアリなのか?
いや、でもむしろキャンプの動画を配信する人? みたいな感じだな。
「お手柔らかによろしくね、お嬢ちゃん」
「はい」
表面上柔らかく頷いているけど……これ多分、栗毛ちゃんが苦手なタイプの人な気がする。
実際、下ろしている指先に一瞬電撃が走ったのが見えたぞ……。
「それで、今度はこっちから提案なんだけど」
「はい」
「女の子に手を出すのちょっと気が引けるから、今度はこっちが五分間耐えるルールでどう?」
「なるほど」
こくりと一つ頷いて栗毛ちゃんが笑う。
「私は一向にかまいません」
それから四分後。
「え? ちょっと、マジかな?」
「この形式を持ち出されたのはそちらですよ?」
口元を引き攣らせて笑うロン毛君にこちらもまた栗毛ちゃんが弓を引き絞りながら笑顔で応じる。
そう、一矢も放たず弓をこの四分間ただ引いているだけ……その間に番えている雷の矢はみるみる大きく、そして激しいスパークを散らすように成長している。
明らかに迂闊に触れたらただでは済まない、というか明るいを通り越して目が痛いくらい激しく輝いている。
「私、割と溜め込むタイプなんですよ」
「そ、そうみたいだね」
「そろそろお時間ですが、どうしましょう?」
「いやー、多分大丈夫だよ? 大丈夫だと思うんだけど、万が一があったら大変なことになりそうだなー」
確かに防ぐのをミスすれば痛いでは済まなさそうだった。
「どうしましょう?」
「……えーと」
なおも考える彼に、ボブの毛先を揺らして栗毛ちゃんは首を傾げて見せた。
「見事に墓穴を掘ったね」
「面目ないです」
見かけは軽そうだけれどしっかりとした正座をしてロン毛君が反省の意を示す。
「さすがに格好悪かったので格さんは腕立て二〇〇回かな?」
「が、がんばりまーす」
ん? そう呼ぶということは?
「そうそう、言い忘れてたけど助さんも負けは負けだから一〇〇回ね」
「……」
スキンヘッドさんが無言で頷く。
やっぱり助さんもいるんだ……。
「戻りました、お姉さま」
「うん、おつかれさま」
優雅に戻って一礼した栗毛ちゃんに隊長さんがにこりと返した後。
「千弦、いえーい」
「一応三連勝であたしたちの勝利ね」
喜びを表すツインテちゃんレオさんと小さくタッチして。
「やったっすね! ……って痛ァ!!」
「あ、ごめんなさい、まだ帯電が残っていたみたいで」
「理不尽っす!」
勢いに乗って続いてガバッと腕を振り上げた虎が悲鳴を上げる。
三人目でそんな訳はないだろうと思うけれど、やや男性苦手そうな子にそう勢いよくいくのは止めといたほうがいいだろうよ。
しかし、これで三勝一敗。
確かにこれで俺が負けてもひっくり返ることはないわけで。
「じゃあ、勝負ありということでこの辺りで……」
「何を、言っているのかな?」
お開きにしましょうか、という提案は言い切る前に素敵な笑顔で却下される。
あちらの大将さんはやる気満々だ……というか、そもそもの言い出しっぺがこの人だった。
「メインディッシュは、これからじゃない?」
そしてその笑顔の向こう側ではあちらのメンズが一様に「諦めろ」「ご愁傷様」と表情で伝えてくれている。
やっぱりそういう人、という認識で間違いないのね。
「わかりました」
ただまあ。
メインの料理と言われてしまっては……こちらも多少引き下がれない気持ちには、なるかな?
ただ食われるのも芸がないぞ、って。




