22.来客用コーヒー
先日の奇妙な成長を見せた死霊の討伐から三日後、気持ち暑い日が多くなってきたな、と思いつつ外回りから戻る。
下級なものを滅しながら単独では係ってはいけないモノがいれば詳細を確認し情報を共有する、そんな業務を学生たちが居ない日中はこなしている。
今日の昼にぶらりと立ち寄った蕎麦屋もなかなかの当たりだったな、と満足感を覚えながらエントランスの自動ドアを潜る。
「?」
いつもはそこで受付に居る立花さんに軽く挨拶したり二言三言喋ったりして皆が学校から戻ってくるまでデスクワークをするのだが、今日は他の人が話をしているようなので邪魔にはならないように片手だけ挙げて通過しようか、と思ったのだけれど。
立花さんの様子が軽く困っている感じなので必要ならば、と少し意識を向ける。
時々しつこいセールスなんかが来るらしいがそこは結構上手にあしらっているらしいし、第一相手の二人も弊社の社員の模様だが?
「だから立花さんも思うでしょう? 私の方が新設部隊の隊長職に相応しいって」
あー……そういう奴か。
隊のメンバーに選出されることは本人は勿論、その家にとっても箔が付くことにはなるだろうから中堅所の家系ではかなり拘るところはあるらしい。
特に隊長職に値する者を輩出したとなれば尚更だが。
「親戚筋とか他の有力な家からの助っ人とか加えれば本人が多少弱くったって周りが倒してくれるじゃない」
ただまあ、それを言うなら立花さんじゃなくてもうちょっと上に言わなければならないだろう……我らが受付嬢さんは印象が柔らかいから言い易いのだろうけれど。
「第一、昔から目立っていた四姉妹の下にもう一人いましたとかいきなり言い出してメンバーをガチガチに固めて……そんなの、そこらから適当な子を拾って」
「お疲れ様です」
おっと、滅多なことを言い出すんじゃないぞ? と顔に似合わない明るく朗らかな感じを意識して立花さんとその前にいる二人に声を掛ける。
他の顔、というかかなり当事者が姿を見せればそれ以上は続けることもないだろうと考えてのことだったが。
「え、あ、その……」
幸い、こちらに全く気付いていなかった模様からして効果は覿面らしい。
本当、そういう話は周りをよく気にして言うものだ……もうちょい遅ければ廊下の奥付近から雷撃が飛んできかねなかったぞ?
「何か、ウチの隊のことでありましたか?」
我ながらわざとらしい……あと、厭味ったらしい聞き方だと思いながらも、立花さんと同年代くらいのその人に尋ねてみる。
「別に……強い人を固めて、ちょっと狡くないかってだけよ」
「まあ、討伐任務に当たるので人員はそうなるでしょう」
「……」
「ああ、自分の方は巡回にも当たっていますのでお二人が脅威度の高い相手を発見した時などは連絡頂ければ助太刀も勿論させてもらいますよ」
これは、同じ仕事をしている相手のこと、助力すること自体は吝かではない。
「ただ」
「?」
「我が家の当主が認めた八番隊隊長に助力することは最優先事項なので、その点は承知頂ければ」
普通に理詰めしても良かったが、そういうのを重視しているであろう相手に一番効き目のありそうなモノを出す。
そこに異を唱える勇気はあるかい?
「……」
口の端を噛んで目を逸らす姿に、もう一言付け足す。
これは目の前の相手だけでなく、偶々下校時刻が何かで早まったのか最悪のタイミングで耳に入れてしまったかもしれない子に。
「あともう一つ」
「何よ」
「八番隊の討伐後の地点を見回ったことはありますよね?」
「……一回か二回くらいは」
「長く清浄な状態が続いているとは思わなかったですか?」
つまりそれだけあの神楽に込められた清める力が強いのだろう。
「再度穢れた状態になれば再び討伐の必要が生じたりするかと思いますが、それを抑制できているということは考え方を変えれば戦闘力よりよほど意義ある力かと」
「ありがとうございました」
「いえ、大したことはしてませんので」
不満を隠せない足取りで件の二人組が去って行った後、同期入社だという立花さんからフォローが入る。
「仕事はきちんとされる方々なんですけれど……色々とプレッシャーがあるみたいで」
「ああ……」
実家からの期待とかあれやこれやか、俺は気軽な立場で良かったな、と微妙に昨晩剃ったばかりの無精髭が存在を再主張し始めている顎を撫でていると。
立花さんから見上げられていることに気付く。
「意外と、というと失礼なんですけれど」
「はい?」
「穏便に対応されていたな、って思います」
微苦笑、と言った感じの笑い方にふと昔を思い出す。
……うら若き女性を見て老シスターを連想したとはとても失礼で表には出せないが。
「喧嘩っ早そうに見えます?」
「……ほんの少しだけ、そう見えないことも」
結構配慮というか遠慮をしてくれた表現なのが伝わってこちらも苦笑いする。
「まあ、実際そんなこともあったので」
「あらら」
「それをやると色々と迷惑をかけることを身をもって体験したので自重できる感じですかね」
上級生二人のパンチより余程効いた脳天に振り下ろされた姉さんの拳骨、とその後のあれやこれや。
さっきの立花さんより派手に苦笑して頭を掻いて、彼女たちの気配が更衣室等のある女性専用フロアに上がっていったのを確認してからこちらも集合時間まで片付けられるものを、と一言言って奥に行こうとしたところで。
「あ、待ってください」
「え?」
「すぐ戻りますから」
一旦奥に引っ込んだ立花さんが戻ってきて、トレイから紙コップと小さな包みを渡される。
「来客用のアイスコーヒーなんですが、ボトルに半端に残っていたのでよかったら飲んじゃってください」
「ありがとうございます」
ほんのり上がってくるアロマの香りにちょっといいものじゃん、と内心で頬を緩めながら大きな氷の二つ入ったカップを覗いた後、隣の包みに目を移す……小振りのチョコレートか?
「こっちは私たちの休憩用からおすそ分けです」
「良いんですか?」
「総務女子全員的に今の対応は高得点でしたので」
それじゃあ有難く、と受け取ってエントランスから階段へ。
うっかり事故を防ぐために一口アイスコーヒーを減らしてから上に向かいつつ。
「うまっ」
よく冷えているというだけでも上々なのに味も良い、それに一番敵に回すと怖い方々に良い評価を頂けたのも思わぬ僥倖だった、と思いつつ。
単純な俺とは比較にならないほど繊細そうなあの子が気にしないのはどうしたって無理だろうがあまり気に病んでいなければ、と後引く苦みも覚えるのだった。




