20.道明寺といちご大福③
「よっしゃ」
「やったね」
「姉貴、フォローサンキューっす」
「いやいや、美味しいとこ貰っちゃってゴメンね」
怪異が完全に崩れて消え去った後、そのまま場の瘴気が軽減されたのを感じれば同じ見解なのか前衛二人が片手でタッチを交わしている。
多少手古摺らされた分達成感はあるか、と感想を持ちながらそれを見ていると。
「あ、ちょっと、ねえさま?」
背中側で多少困惑の声がした後。
「あの、向田さん」
「はい?」
「これ……」
「ああ!」
若干遠慮がちに声がした後、隊長さんが小さな両手を揃えた上に眼鏡を乗せて差し出してくれていた。
集中する際に眼鏡を外すときはいつも弦の辺りを銜えていて、ソロの時はそれで問題なかったがさっきは声を出したときに落ちていたらしい……そりゃ、考えてみれば当たり前だがこれからはポケットにでも入れるようにしようか。
「あ」
「うん?」
「屈んで頂いた方が良いですか……?」
うっかり彼女の手に触れてしまわないように取るのは気を付けないとな、と少々指先が迷っていると何かに気付いたように尋ねられた。
「え?」
「うちのばあやが眼鏡が無いと全く駄目な人で、その、落としてしまった時は私が探したりかけたりしているんです」
「……視力は悪くないので、大丈夫ですよ」
目付きは悪いと評判ですが、とは内心だけで呟いて咳払いを一つしてからお礼を一言言ってかけ直す。
それはそれとして、やっぱりお世話の方がいるくらいのお嬢様ではあるのね。
「というかほぼほぼ伊達なので」
「邪魔じゃないの?」
「……最近、長時間パソコン仕事をすると目に来るのでブルーレイカットなんですよ」
「お年の方の発言ですね」
あとは密かに視線を合わせることで入れてくる魅了や呪等避けのまじないもかけてあるのだけれど、それはわざわざ言わない。
そういう搦め手の術を弾くのはやや苦手なので身に着けるものの方で対策を入れてあるという寸法だった。
そんな表向きの眼鏡事情にちくりと一刺ししてから栗毛ちゃんが荷物の中から神楽鈴を取り出して促してくる……けれど何かいつもより急かしているというか俺の近くからお姉さまを引っ剥がそうとしている気がしてしまうのは考え過ぎか?
「あ、ちづちゃん」
「はい?」
「こんなことがあったし、今日の場所はしっかり綺麗にしてしまいたいから、三人で」
「わかりました、杏」
「うん」
神楽鈴をツインテちゃんに渡して仕舞っていた弓の包みを再度解き始める。
「もう間違いなくやっつけたっしょ?」
「儀式に弦の音も入れるんだろ、あれもお払いになるし」
「なるほど」
邪魔にならないように掃けながらタイガーに説明する。
戦闘時と違って前衛後衛が入れ替わったな、と思うとほんの少し可笑しい気持ちになった。
「俺も火で多少は祓えるけれどやはりずっと昔から神事をやっている家は本格的だな」
弦の加減を整えている栗毛ちゃんと巫女装束の上に着ていた厚手のコートを脱いで準備しているツインテちゃんたちを見ながら呟く。
いや、周辺を念の為警戒しているだけだからそんなに睨まないで、栗毛ちゃん。
「ウチは代々刀一本っす」
「うん、何となく知ってる」
でもこいつもなかなかのビジュアルの持ち主だからメンチ切れば大概の悪霊は逃げ出すんじゃないかな、とか考えたりする。
そういう荒っぽい若武者の勢いで悪いものを退ける神事は結構各地に残っていたりするし。
「姉貴はどうすか?」
「ちょっと、仮にもあたし、聖職者の端くれよ?」
そんなことを考えたりしているうちにレオさんの方に呑気に話を振ったタイガーが軽く頭を小突かれていた。
「そりゃあワインをお清めに使うくらいならあの子たちにやってもらってあたしが消費したいなー、とは思ってるけど」
「あ、いつも持ち歩いてるあのスキットル、一応真面目な用途だったんすね」
「え? ちょっと虎ちゃん、あたしのことなんだと思ってるのよ」
「それはちょっと言えないっすよね? おっちゃん」
「俺に振るなよ」
肩を竦めて逃げを試みるが。
「じーっ」
「……まあ、不浄な地面に撒かれるよりは美味しく頂かれる方がお酒の方もきっと本望でしょう」
「だよね!」
「完璧に言わせてるじゃないっすか」
美人の視線の圧に負けて多少忖度したコメントを残す。
ただの人間には容器の中身の進路志望など知れる術もないけれど。
「それはさておき、なんだけど……セージ?」
「お、そろそろおっちゃんの今日の晩ごはんメニュー決定のお時間っすね」
「話題的にワイン飲みたい頃合いでしょ?」
「何だそれは」
いや、確かに自分の常日頃の言動が原因なのはよーく理解しているけれど。
「献立を決める前に気になっていることがあって」
先日潜在能力の事の話題が出たばかりでこのいきなり脅威度を上げてきた相手が出現したこと、それと。
「今日はすんなり解散して食事に行かせて貰える流れなのかな? って」
「「?」」
「どうでしょうか? そこのところ」
「ふふっ、そうだね」
「え?」
「はい?」
俺が問いかけた、いつの間にか二人とは反対側の隣に立っている女性の存在にレオさんとタイガーが驚きの表情で瞬きする。
「その前に、いつから気付いていたかご教授願えるかな?」
「こいつに突っ込んで貰う直前くらい、で良いですか? 万が一向こうに想定外の反撃手段があった場合は……」
「うん、フォローさせて貰うつもりだったんだけど、結局必要なかったね」
「いらっしゃるのはわかっていたので、安心して止めに行ってもらえましたよ」
屈託のない笑みにお礼を言うものの、一応あの時の判断基準は明言しておく。
「多少何かあってもこいつの根性と防御力なら問題ないとも思っていましたが」
「違いないね、とても頑丈そうだしいい太刀筋だったよ」
「え? そっすか?」
「空振りしちゃったけれどね」
「んがっ」
褒められて嬉しそうになったタイガーが面白がるような物言いに一転がっくり崩れる。
その向こうから。
「あ、あの……もしかして」
「うん」
レオさんの問いかけに頷いて。
やや中性的な整った居住まいを少し改め、舞台のスターもかくやという華のある笑みで教えてくれる。
「遠征から本部に戻ったら新規の部隊にやや想定外の事態が起きているようで、少し見に来させて貰ったよ」
「二番隊隊長瀬織流歌。妹がいつもお世話になっているね」




