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2.四月一日の失態

 日付は四月一日、業務内容はかなり特殊ながらも一般企業の皮を被っているからには転勤転属には相応しい。

「では、本社の設備としてはこんなところですね」

「ありがとうございます」

 突然の辞令……というか横紙破りの人事を受けて本社に呼び出され、受付のお嬢さんに声を掛けたところ「伺っておりました」との笑顔からそのまま本社ビルを案内され今に至る。

 見たところ割合福利厚生の設備が充実した普通の社屋と言ったところか、カメラとかセンサーの類が地味に多く防火扉が矢鱈厚いけれど。

「あと、申請関連はこちらのサイトに纏めてありますので一度目を通して下さいね、わからないところはいつでも聞いて頂ければいいですから」

「ありがとうございます」

 本社ビルに詰める人員は少ない故総務兼受付なのかその辺りまでも教えてくれた。

 絵に描いたような受付嬢さんの首に下げたタグにある名前は立花さん、か……色々お世話になるだろうからしっかり覚えておこう。

「部長」

「うん」

「建物のご案内は終わりました」

「ああ、ありがとう」

 立花さんが声を掛ければ、エントランスの奥にある総務部の奥のデスクから四十代半ばから後半かといったナイスミドルが顔を上げる。

「じゃあ、配属先の方には私が案内しよう」




「過去の戦績を見させてもらったけれど」

「はい」

 業務が業務だけに評価基準はまあそこだろう。

「大物の実績こそ少ないもののかなりの件数を堅実にこなしている印象だね」

 そこでエレベーターが止まり後ろに付いてフロアに出る。

「何より長年任務に当たりつつも君自身は勿論、同行者がいた場合にも全員無事なのが素晴らしい」

「恐縮です」

「上の方が君を本社派遣した意図は全て理解している訳ではないけれど、私個人としてはその辺りにとても安心させてもらったよ」

「新設の部隊ですからね」

「ああ、八番だ」

 強大複雑な相手に対応するために複数の系統の能力を持つ退魔師を混成して編成される実戦部隊。

 ここ二年ほど手が足りない状況が続いており新たに編成されることになったのだが。

「何せ、どこも出せるものは出しているとのことで若い子が多くなってしまってね」

「聞いておりますよ」

「正直、危険を感じたなら実績などどうでもいいから君を含めて無事に帰ることを優先して欲しい」

「善処します」

 魑魅魍魎の巣窟と聞く上の方と比べてこの部長さんは好感が持てる。

「特に、その……言いにくいんだけれど」

「はい」

「中心メンバーは有力な家のお嬢さんたちなので、その、万が一でもあれば」

 胃の辺りを抑えながらハンカチで脂汗を拭う姿、に好感の次に同情心が湧いてしまう。

 現場責任者の悲哀、という奴か。

「まあ、何とかして見せますよ」

「よろしく頼むよ……あと、その、設立の経緯の中で心無いことを言っている者も居るけれど」

「別段気にしてはおりません」

 個人的にはそちらではなく「若い」の持つ別の意味に不安を抱いているのだけど、ね。




「じゃあ、私はこれで」

 その後、第三会議室との札が下げられた部屋のドアをノックした部長さんが中の人と二言三言話した後、片手を上げて去っていく。

 その後ろ姿を軽く見送った後、視線を戻せば会議室の壁。

「?」

 ならさっきは誰と話していたんだ? と思ったものの視界の下に映った黒いものに気付いて目線を下げれば。

「……」

 緊張の面持ちをした巫女装束の女の子と目が合った。

「あ、あの……」

「貴女が、隊長さんでよろしかったですか?」

「は、はいっ」

 ああ、ガッチガチだ……怖がらせて申し訳ない。

 街を歩けば大抵の相手に道を譲られるこちらに対して、彼女は確か高校生のはずだがその年頃でも間違いなく小柄に分類されるくらいだった。

 身長もそうだが、肩幅が際立って細く俺とは正反対。

 っと……まじまじと観察している場合じゃあないか、見た目上の印象もあって間違いなくこっちが悪にされてしまう。

「八番隊への所属を申請する向田(むこうだ)征司(せいじ)と言います」

「あ」

 一度瞬きをしてから胸元を押さえ一息吸ってから応じてくれる。

「隊長を務めさせていただく瀬織(せおり)水音(みなと)と申します、よろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ」

 出来る限り朗らかな感じに応じたものの、心への負荷が大きいのか隊長さんは言い切った後まだ呼吸を整えている。

「あの」

「はいっ」

「他の方にも自己紹介させていただきたいのですが」

 あと、そろそろ廊下から室内に入りたい。

「で、ですね」

 慌てたように踵を返したことにより見事な黒髪が視界で主張する。

 膝裏まであろうかという長さの先を紅白の結い紐でしっかりと括った、あらゆる髪を褒める言葉を受け止められそうなそんな艶やかさをしていた。

「あっ」

 そんな感想を抱いたのも束の間、泣き所を並べてあるパイプ椅子にぶつけたような音がしたかと思えば正にその様子で少し痛そうな仕草を見せる。

「大丈夫、ですか」

「は、はい」

 緊張している中、慌てさせて申し訳しないことをしたな、と思って軽く駆け寄るように入室したところ、鋭い視線を感じる。

 いや、その、年下の女の子を虐めたりしたわけではない……ですよ?




「では、八番隊はこの六名で結成することになります」

 円形に並べられた椅子に座って隊長さんが静かに宣言する。

 それは良いのだが……彼女の両脇を固めるように同じような巫女装束の女の子二人がぴったりと座ってこちらに厳しめの視線を送られている。

 不可抗力な部分もあったが、初手から躓いた感が無きにしも非ず。

「あらためて、みなさん自己紹介の方をしましょうか」

 その提案に、他五人が各々頷く。

「瀬織水音です、主に浄化と回復を担当させて頂きます」

 パイプ椅子の上で綺麗に座って固めながらも微笑んで。

 それから時計回り側にお隣の子を促す。

「瀬織(あん)だよ! ガード系は杏に任せてね」

 明るい声で元気に挙手ながら黒髪のツインテールを揺らして隊長さんと同じくらい小柄な子が笑う、巫女装束の上にモッズコートを羽織っているのがなかなか個性的だ。

 よく見ると二人とも髪型は違うものの一部を編んでいるのと結い紐で縛っているのが共通点だが何かのまじないだろうか。

 そんなことを考えているうちに順番は進む。

「レオカディア・ゲレーロです、銃器を使うけれど前に出て戦うスタイルかな」

 他の女子とは対照的にシスター服を纏った明るい濃い目の金髪の女性だった。

 俺の他に一人だけ成人がいると聞いていたけれど彼女で間違いないだろう……その彼女からお次どうぞ、と手付きで順番を渡される。

「向田征司と言います、剣術と火を少々……やや前衛寄りです」

 手短に戦闘スタイルを伝えるならこうだろうか、と言いながら隣に譲る。

 するとでかい声が響いた。

大河(おおかわ)将虎(まさとら)っす! タイガーと呼んで欲しいっす! 刀は得意だけど術の類はさっぱりなんでヨロシク!!」

 良かった、俺以外に男居たよ……と思うも束の間、襟足まで伸びた髪に入れられた金メッシュと名前のままの虎の刺繍のスカジャン、そして自己紹介の内容に若干の不安を覚える。

 若い、新設の、隊ね。

 そんな彼から「次どうぞ」とまた大きな声で言われて最後の一人に回る。

鳴瀬(なるせ)千弦(ちづる)と言います、弓と雷を使って後衛をさせてもらいます」

 最初の二人と同じような装束ながらも髪の色は濃い栗色でボリュームのあるボブカットの少女が落ち着いた声色でそう口にした、彼女も髪に結い紐を飾っている。

 薄く笑顔ではあるもののあまり笑っている感が無いな、と思っていると目が合ってやや圧のある感じで見返される。

 いや、隊長さんに悪さをしようという意図はこれっぽっちもありませんでしたよ、と心当たりはそれしかないので内心で乾いた笑いをするしかなかった。




 しかし、改めて顔を合わせると大体が一回り以上歳の違うメンバーか。

 仲良く、とはいかずとも壁が出来ないように円滑な関係を心しなければ。

 そう、思ったのだけれど。





「今夜は炭火焼ホルモンが食べたいな……」

 手始めに熟練なら一人で問題なく討伐できるレベルの猪の魔物を討伐に向かったものの。

 連携の拙さから半端に手負いにしてしまい臓物を撒き散らしながら暴れるそれを炎で仕留めた後、つい口にしてしまった言葉で場が固まるのを感じた。

「おっちゃん、マジで?」

「嘘でしょ?」

「……信じられない」

「有り得ませんね」

「いや、あの、その……」

 恐る恐る皆の所を振り向いたものの、言葉通りのドン引きされた表情で冷たい視線を浴びることになる。




 かくして、ただでさえ歳の差という不安要素があったところに自ら特大の墓穴を掘って新たな部署での新生活はスタートを切ったのだった。





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