18.道明寺といちご大福①
「少し遅れましたか?」
「いえいえ、大丈夫です」
敢えて一番遅く第三会議室に入室する。
ほぼ気後れは無くなった感じに隊長さんは応じてくれるし、レオさんと虎が「やっ」という感じに手を上げてくれる。
当初はどうなることかと思ったけれど、何となく何とかなり始めた感が無きにしも非ず。
後はお姉さま大好きな二人組とももう少し何とか……。
「ところで、なんですが」
「「「?」」」
「この前休日に、ちょっと街をぶらぶらしていたら美味しいお店を発見しまして差し入れにと」
まあ、リサーチした上ではあったのだけれど、そこは伏せて。
立花さんにお願いして外回りから帰った後、一階の事務室の冷蔵庫に預かっていてもらった和菓子屋の箱を右手でそっと前に差し出す。
なお、勿論、総務部の皆さんにも別箱で差し入れてある。
「道明寺、なんですけれど……とても餡が丁度いい甘さの塩梅で」
「!」
「わぁ」
「セージナイス」
両手を合わせて顔を綻ばす隊長さんに、小腹が減ってたところなんだとレオさん……の奥で真っ先に反応した存在を見逃さない。
どれ、もう一押しか。
左手に持っていた包みを、箱の上に乗せる。
「あと、苺大福も絶品だったのでついでに買ってきてしまいました」
「!!」
ガタっというパイプ椅子の音と共に口元を緩め切ったツインテちゃんが立ち上がっていた。
「食べたい! っていうか、食べる!」
「勿論、皆さんへのお土産ですので」
予想通りなのを除いても小気味いい反応に心の中でしてやったりと思いながらも、顔に出すのは普通の笑みを意識して続ける。
「一服してから、打ち合わせとしましょうか」
「あ、あの……オジサンさ」
「はい」
打ち合わせを終え、転移室の扉前で話し掛けられる。
相手はさっきまで一番ホクホク顔をしてた子。
「今日はありがとね」
「満足頂けたなら幸いですよ」
「うん、とっても」
自分の割り当て分は勿論として。
食べきれないからという栗毛ちゃんの道明寺を半分と隊長さんの苺大福を四分の三ペロリと平らげた時点でわかってはいたけれど、改めて口にしてもらうとそれはまた別の満足感になる。
「これで杏ちゃんもセージの魔の手に落とされた訳ね」
「え? なにそれ」
「そこにいる暴食の化身は自分が食べたい風を装いながらこちらの食欲を刺激し自分と同じ暗黒面に引きずり込むという悪魔なのよ」
「そうだったの!?」
「何を言ってるんですか」
シスター服でそんな真剣な顔で言われたら小さい子が信じるじゃないか。
いや、流石にその直後の笑顔の質的にも悪乗りしているだけだろうけど。
「大体」
「うん」
「レオさんのお酒への渇望もいい線行ってると思いますが」
「何のことやら」
繕った顔をされてももう知ってしまっているので通じない……最初は見た目が整っているのもあって話し掛けにくいくらいきちんとした人に思えたのも今は昔。
「私は絶対にそちら側には行きませんので」
そんな俺たちに眉を顰めながら栗毛ちゃんがそう告げる。
「それはそうと、この前はお茶も、ごちそうさまでした」
「いえいえ」
確かに取り付く島もない感じだけれど、でも本当の最初の頃ならこんな会話すらなかった筈だった。
「そういえば」
「はい」
そんな俺とみんなのやり取りを嬉しそうに聞いていた隊長さんに尋ねられる。
「この子の好物、知っていらっしゃったんですね」
「まあ、知っていたというか、わかりやすかったというか……」
先日の自販機前での迷いの無さを思い出しながらそう言うと柔らかに口元を抑えながら笑われる。
「杏の二番目と三番目に好きなお菓子ピンポイントだったので、本当にそういう悪魔さんなのかと思いました」
「ちょっとねえさま、そこはばらさなくていいよ」
何時の間にかくっ付いているほぼ同じ身長だけれどじゃれている分低くなっているツインテールの頭を撫でながらそんなことを言う。
じゃあそのうち一番も当ててみようか、とこちらとしては思わざるを得ない。
「本当にそうならあの神楽を見ているうちに消し飛ばされていますよ」
「悪い悪魔さんでないなら、そうならないように気を付けて舞いますね」
「……おや?」
「ん?」
「!」
跳んだ先で。
漂ってくる気配の濃さにすぐに違和感に気付く、皆もそれぞれの仕方で反応する。
「Dってこと、だったっすよね?」
「午前中に周囲を掃討した時には」
虎からの確認に頷き返す。
その時の記録も出せるが信じてもらえていると信じてわざわざタブレットは開かない。
「C相当?」
「今回は悪霊系なので瘴気とかが強めに出ますが概ねその認識で良いかと」
小首を傾げて揺れたツインテールの呟きを肯定しながら補足する。
「集合体のタイプなら他から移動してきた個体を吸収するか何かして一気に脅威度が上がることは在り得ますね」
「そういうコトね」
懐から銀の弾頭を取り出しリボルバーの中身を入れ替えているレオさんが相槌をしてくれる。
流石に話が早い……けどホルスターが長いおみ足の太ももなのは戦闘行動中ならともかく平穏な時は直視し辛い。
「さて、隊長さん」
「は、はい」
内心で咳払いしてから振り返り隊列の最後尾に居る小柄な彼女に話し掛ける。
「事前の確認とは異なる状況になりましたので、一旦戻り応援を仰いだり、あるいは他の経験値の高い隊に討伐を委ねるという選択も可能です」
「あ……」
唇と、腰に佩いている白木の護身刀をキュッと締めてこちらを真っ直ぐに見上げてくる。
普段とは少し違う凛々しさだな、と妙な感動を覚える。
「私たちの中で一番経験のある方として、向田さんにお聞きしていいですか?」
「勿論」
「事前の予想より危険な相手かとは思います、でも」
「はい」
「私たちで対処不能な事態でしょうか?」
「このまま行く、つもりですか?」
聞き返せばしっかりと頷き返される。
「時間をかけている間に更に脅威が大きくなったり、何より実被害が出ることは避けなければいけないと考えます」
「ですね」
「私たちでは、無理ですか?」
もう一度の問いかけに、この厳つい表情が笑っているように見えるよう意識して返事をする。
こんな決意なら幾らでも喜んで支えますとも。
「しっかりと連携すれば十分に可能です」




