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17.休日の過ごし方

「威力の方は及第点ですが、速度の方がまだまだですね、征司さん」

 今より若い見かけの義弟と、何よりその呼び方で、これは過去の夢だろうと想定しながら状況を確かめる。

 一先ず最初に目を落とした自分の腕が生傷だらけなのが見える……お師匠に足腰立たなくなるまでしごかれていた時期のものだった。

「力を収束させて、投射し易い形に変換し、放つ……この各段階を思考せずに息を吸うように可能にならなければ」

「……」

 それを鍛えぬいた暁が手のひらに瞬きする一瞬で五羽の火の蝶を出現させる。

 形状は人それぞれだが最初にこれを出来るよう徹底的に指導される基本の動作。

「あの、暁さん」

「はい?」

 それまでは黙って頷き黙々と練習するのみだったが、その日はどうしても理解できていないことがあって数か月間で初めて彼に聞き返したのだった。

「どうしてもそれに、違和感があって」

「……?」

 ゆっくりと、自分の手順で、火を灯して見せた。

「今のは!?」

 怪訝な眼差しが、一気に見開かれる。

「だから、言っただろう」

 その時、鍛錬場の入り口から笑いを含んだ声がかかる。

「父上……」

「面白い火種を見付けたぞ、とな」




***




「……やっぱり夢だよな」

 テレビのチャンネルを切り替えるように新しい方の自室の天井が視界に入る。

 昨日の朝方、奴さんならそもそも自宅まで転移で一瞬だろうにのんびり帰るからと言うので新幹線の駅まで送った後、どの駅弁にしますかねと改札に消えていった二人の後ろ姿を思い出す。

 こちらも負けじとカフェで朝食と洒落込んでから出社したけど。

 それはそうとして、寝る前に必ず定位置に置いているスマートフォンに手を伸ばして確認する時刻は起床予定の二〇分強前。

 じゃあ睡眠時間は足りているしもう構わないか、と内心で頷き身を起こして室内灯のスイッチを入れながら欠伸が出てしまう……と同時に何となく痒みを感じてシャツから手を入れて脇腹の辺りを軽く爪で引っ掻く。

「……」

 今のは完全に言い逃れのできないオジサン仕草だったな、と思い慌てて手を引っこ抜き口を紡ぐ。

 一人はとてもいい子だから苦笑いで済ませてくれそうだけれど、他からは非難轟々だったり冷たい目線が飛んで来るんだろうな……いや、外ではこんな醜態は晒すまい。

 冷蔵庫から烏龍茶のペットボトルを取り出して中身がそれなりに減っているからそのままラッパ飲みをした後中を濯いでラベルを剥がす。

 分別の袋にシュートしその足で窓に近付いて指でカーテンの隙間を作り外を見るもこの前まで暮らしていた所とは段違いの数の街灯と暗い空では天気の機嫌がわからない……のでトップ画面のアプリを確認すればほぼほぼ晴れで間違いない。

「じゃあ、行きますか」

 手早く着替えて鍵と財布、スマホをポケットに突っ込む。

 昨夜のうちに準備しておいた包みを冷蔵庫から取り出し保冷バッグに移しつつもう一つ纏めておいた帆布のトートバッグを肩に通した。

 今日は久々の休日、ならば楽しまなくちゃ損だろう。




 愛車でまだスカスカの高速道路と一般道を走ること二時間強。

 ほんのわずか東の空に夜明けの気配を感じ始めるくらいの時刻に目的地の河川敷に滑り込む。

 手近な石に腰を下ろして川の水音に耳を傾けながら頭を空っぽにして空を見上げる。

 物心ついた時からいた孤児院も引き取られた古い家も海がすぐそこにあったから潮騒も好きだがせせらぎの音も良いな、と内心で呟く。

 食生活のバリエーションでは革命的だった都会暮らしだけれど時折無性にこういうのが恋しくなり……休日の過ごし方は数度目にしてこれが定番と化していた。

「ん……」

 そうしているうちにみるみる空が白んで行き、川向の木々の隙間から今日最初の陽光が差し込んでくる。

 なんというか、命が洗われていく気がする。

 そう、生きているという実感。

「……」

 だから。

 腹の虫が鳴ったっていいじゃないか、別に。




 一旦車に戻り後部座席から荷物を取り出す。

 ミルを手で回しながらポット下面に力を流して中身を加熱する……火気使用オーケーなのは確認済み、手品みたいなものだが一応分類は火気で良いよな?

 抽出に合わせてホーロー製のカップから漂ってくる香りを吸い込みながら、直火式ホットサンドメーカーに家の近所で気に入っているベーカリーで購入しておいた薄切り食パンとこれまた割高ながらも良い品を置いているスーパーで入手したハムとチーズを挟みこちらは一気に炙る。

「あー……」

 金属製の折り畳みドリッパーを一旦避けて珈琲の苦みを楽しんだ後、ホットサンドメーカーから直接カリッと焼けたパンの耳を抓んで口に運ぶ。

 溶けたチーズは普段なら少々冷ます熱さだけれど今は息を少し吹いただけでそのまま齧り付く。

 トロトロのチーズと弾力あるハムの厚みと軽く焦げたパンの口当たりがもう最高。

 さらに、保冷バッグの中にはバナナとナッツ入りのチョコレートが待機していて、勿論食パンもまだ残っている。

「勝ったな」

 一体何に対してかはよくわからないけれど、そんな気分。




「さて、と」

 そのままのんびりと持ち込んだ食材と珈琲を消費し切って、ドリッパーの中身とフィルターを持参の袋に片付ける。

 そんなことをしていると遠くから聴こえてきたラジオ体操に何だか笑えてしまい第一第二とこなして身体を伸ばす。

 そして最後にもう一つ片付けを。

「……」

 誰の目も無いことを確認し、もう一度最初に腰掛けた石の上に座り直して瞼を七割ほど閉じる。

 一時間半ほどゆったりと過ごした中でどうしても周囲で気付いた幾つかの澱みに向かって力を視界が届き限りの大きな球体をイメージして展開すれば……篝火に夏の虫が焼かれて落ちるようにして敢無くそれらは消えていく。

 休日は休日であるのだけれど、どちらにしろそれを放置して成長されたらこちらから出向くことになるのでこの方が結局早い。

 流石に寝ている時までは広げられないが幾度も改良を重ねて今では意識が覚醒しているうちはそれこそ呼吸をする感覚で広げていられる、それなりに疲れもするが一つ一つ蠅叩きをするよりは断然効率が高い。

「ドライブして帰りますかね」

 本当はあの子の神楽のように生まれたものを消すのではなく生まれないようにキレイにできればさらに長持ちするのだけれど、そこは才能の違いのため仕方がない。

 助手席に置いてあった昨日した調べ物のメモを確認し、のんびりと一般道を寄り道しながらの帰途に就くことにした。




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