16.shaved ice
「いらっしゃいませー……あ」
「どうもこんばんは」
弐玖と大書された暖簾をくぐり店内へ。
まだ片手の数で数えられる回数の来店にも関わらず虎のクラスメイトのお団子ちゃんが虎抜きでも見覚えある相手へのリアクションをしてくれる。
まあ、大抵の人には一度で覚えてもらえる体格をしているのだけれど。
「また来てくれたんですね」
「とても美味しかったし、実家の義弟が上京してきていて普段地元じゃ行かないような店を希望だったので」
「なるほど、ありがとうござい……ま、す!?」
後ろから入ってきた暁たちを見てそのこちらの弟というにはあまりに違い過ぎる見かけに目を白黒させている……これが普通だよね。
「え、ええと、あちらのお席にどうぞ」
「どうも」
「ありがとうございます」
「い、いいえ」
通って行く際にサービス満点の笑顔を見せた暁、もう自分の見た目を解ってやっているとしか言えない。
まあ、人当たりの良さは代表者として様々なことを行う上で必要なことなのだろうけれど。
「さて、征司さん」
「はい」
「どういう店のチョイスですか」
そして席に着くなり、今まで無言だったお師匠が口を開く。
眼光と同時に耳元のガーネットの耳飾りがラーメン店の照明を返して光る。
「いえね、お師匠」
テーブル備え付けのメニューを二人が見やすい向きに置きながら壁にもそこにないメニューがある旨を伝えつつ。
「普段二人とも行って料亭とかでしょ?」
そもそも、本家の方は超過疎地帯でもあるのでこういった少し雑多な賑わいのある趣の店は遠出しないと無い。
そう言う心遣いをしてみた体を取る。
「それはそうですが」
「いいじゃないですか華さん、僕は兄上のこういうところ嫌いじゃないので」
「……若様がそう言うなら」
んー、若干意地の悪い意図もあってここを選んだけれどむしろ若当主にはウケてしまっている……そうなるんじゃないかとも確信していたけれど。
それはそうとして、とりあえず大切なことを確認しよう。
「二人ともお酒は?」
「明日の朝早くには向こうに戻るつもりなので……ただ、折角久しぶりに兄上と食事ですから一杯だけ」
「私は遠慮します」
じゃあ基本通り生かな、と思いながら壁の方のメニューも一応見れば「かち割りジョッキワイン(赤)」と書いたまだ新しい紙が付け足すように貼られていた。
多分その発端になった人の顔を思い浮かべながら、柔軟な店だなと更に好感度があがるのだった。
「そういえば、向こうはどうです?」
「兄上が指導してくれた後任がしっかりやってくれていますよ」
「それは何より」
ジョッキワインとレモンサワー、烏龍茶のジョッキを軽く合わせてから故郷の話を切り出す。
少々中身は物騒だけれど。
「全国的には荒れているようですがこちらのテリトリーに手を出す覚悟のある者は少ないのか静かなものです」
「……」
「何です?」
「いえ、相変わらずお師匠がそう言うと必要以上にマフィア映画チックに聞こえるなぁ、と」
全身ぴっしりと決めたダークスーツの格好で……俺のオーダースーツと同じところに発注した色々と特注の品。
さっき店の近くの通りでショーウィンドウのガラスに反射した俺たちは完全にどこかの若頭とその護衛二名状態だった、そしてその実態はそこまで外れても居ない。
「そういう兄上の方こそどうなのですか?」
やんわりと俺の此方への派遣を決めた張本人が聞いて来る。
「とりあえずここは細かい案件が大量に発生してはいるから本部に手数が要る状況というのは間違いない」
「ふむ、兄上と同じ部署の子たちは?」
「大物は他のベテラン達が対処しているのもあって駆け出しの新設にはまだDクラス案件程度の対処しか与えられてないので未知数なところが多いかな」
「ふむ」
そこまでは想定通りですね、と頷いた後。
目を細め人当たりの良さを引っ込めて尋ねてくる。
「……例の、五女さんはどうですか?」
「言った通り未だ脅威度の低い相手にしか当たっていないのもあって他の皆が全部処理してしまっている形……」
一応周囲を見回し、それとあと使い魔の類も居ないかを確認してから潜めた声で報告する。
そもそもこの会話を始める前に軽く音漏れを防ぐ術をかけているが念には念を。
「祓い以外に力を行使している様子がないんだ」
神楽によるお祓い自体はそこまで魔力が直結する行為でもないので猶更。
「成程、まだ見えませんか」
一口サワーを飲んで残念そうに呟く、いや……対応する案件を決められるほどの強権は俺にはないから。
かといっていきなり強敵を宛がって皆に怪我などをさせるのも本意ではない。
「先ほども彼女のお父様と話しましたが、あれだけ長女や次女を自慢する方が彼女のことになると露骨に話を逸らしましてね」
「どちらもかなりの実力者、という噂だけは聞いてるけれど」
「兄上もこちらに居れば機会はありますよ……ともあれ、貢献を前面に出していく方針ならば今まで秘匿する必要は無かった筈」
「力をそこまで濃く受け継がなかったか」
「それなら今更外に出してくる理由がわかりませんね」
汗をかいたジョッキを氷の音と共に一回傾けて、口に出す。
「何らかの隠し玉か何かにしていたかった……」
「だとすれば、俄然興味の対象です」
幾ら子供をそういう風に扱うところがある家だとしても。
自分を守ることもままならない可能性がある少女をこんな場に出さないでほしい……そう思うものの、口は別の言葉を出していた。
「ま、それを言うと俺も何やら胡乱な存在になるんだけどな」
新しい隊の結成に当たりあまり本社に協力的ではなかった家が送り込んできた露骨に養子だとわかる男……実際、レオさんには軽く探られもしたし。
そんな軽口に企ての首謀者は愉快そうに笑う。
「ふふっ……そうかもしれませんね」
「……」
暁本人は間違いなく善性のある人間だけれど、ただ心の内側にそこより優先順位が上になるものを秘めてもいる。
「現状ではこのくらいですか」
「ああ、ただ……」
「何です?」
「いや、何でもない」
とても綺麗な神楽を舞うことは……今回の件には、暁の望みには関係がないことだと引っ込める。
「では、引き続き様子を見てくだ……いえ」
「?」
「もう少し、踏み込んで調べて頂けますか?」
「……了解」
頷かせるような圧を感じさせる笑みに少しだけ抗ってから、不承不承頷く。
そのタイミングで着信の振動があり、断ってから画面を見れば隊長さんから。
「無事に二件目も終わったようで安心しました、お疲れ様でした」というメッセージが。全社共有のデータベースがあるから更新をチェックしていたのだろう。
溜息が出るくらい良い子だ。
それを知ってか知らずか、いやほぼ確実に感付いているだろうけれど暁が続ける。
「兄上が年下の子に優しいのは良く知っていますが、良しなに」
「不満ですか? 征司」
「いや、そんなことはない……けれど」
「「?」」
「絵面が最悪な仕事だ、って思っただけさ」
そう嘆息したところで、ラーメンの丼を持ったお団子ちゃんが湯気といい匂いと共にやって来てくれて自然と仕事の話も終わる。
「はい、とんこつチャーシュー大盛と、並の味玉入りです! 魚介つけ麺と刻みチャーシューライスはこの後お持ちしますね」
「わかりました」
「ありがとうございます」
お団子ちゃんがきびきびとお仕事をこなし、置かれた味玉入りをさっとお師匠が暁の前に設置する。
「美味しそうな匂いですね」
「実際、美味いから」
「それは楽しみです……兄上の部屋から近いのも高ポイントですね」
レモンサワーを一口飲みながら頷く暁の隣から、お師匠が確認してくる。
「帰り道、少し買いたいものがあるのでコンビニがあるとありがたいのですが」
「丁度角にありますよ、俺も買いたいものがあるので寄りましょう」
「兄上」
「うん?」
「私と華さんも兄上と同じもので」
にっこりと、わかってますよ? と顔に書いて笑いながら注文される。
「買うんでしょう? かき氷系の何かを」




