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14.緑茶お汁粉レモンティー

「セージ」

「ああ、はい」

 腹減ったっす! とあんだけ喫茶店で食べたのに勢い良く下宿先に帰って行った虎を見送ってから三分後くらいに軽く休憩するかと階段を下りていると上から声が降って来る。

「今日は追加のお仕事とそちらの家族の団らんみたいだから諦めるけど今度ちゃんと燻製食べさせてね!!」

「……」

「セージ?」

「ああ、すいません……家族の団らんと言われてもあんまりピンと来なくて」

 腹ペコ虎とは別ベクトルで良い奴ではある暁とはそれなりにそれっぽくはやっているつもりだけれど、そう他の人からカテゴライズされても咄嗟にそうとは認識できては居なかった。

 そんなことをしているうちに追いついてきたレオさんと並んで少し会話する時間になる。

「色々とあるんだね」

「まあ、これでもそれなりの年月生きているので」

 先程少々色々思い出していたのもあってそんな軽口を言えば。

「それこそ燻製食べさせてくれるまではしっかりしててもらわないと困るんだけど」

「ははは……流石に妙齢の女性を部屋に招く勇気はありませんよ?」

「じゃあ皆で外で食べる機会を作って持ってきてもらおっかな?」

「花見とか良いかもしれませんね」

「鬼に笑われるよ」

 新年度にこの隊が発足してまだ一ヶ月と少し。

 確かにその季節が訪れるのはちょっと遠いかもしれない。

「まあ、そこまで誰も欠けずに居られれば、という願掛けも込みで」

「これは絶対にご馳走して貰わないと」

 そう話しているうちに、階段の折り返しも越えて一階フロアが見えてくる。

「とりあえず今日の所はどうしよっかな」

「カルパスでも買って帰ったらどうです?」

「あー、それ採用」

 そんな軽口を叩きながら立花さんに軽く挨拶をしてロビーを抜けて建物の外へ……。

「いいの?」

「良くはないですね」

 いっその事このまま帰ってしまおうかとも思ったけれど、そうしてしまうと暁もそうだしその護衛のお姉さんが更におっかない。

「じゃ、またね」

「はい、お気をつけて」

 結果として片目を閉じて手を振ってくれたレオさんを玄関先までお見送りする形となった。




「さてと」

 一旦外に出てしまうと戻ってくる気持ちにはあまりなれないな、と思いながらも。

 一応そのうちしなければならない書類仕事や経費の申請準備等をやればまだ有意義かな、と頭の中で結論して。

 その前に軽く喉を潤して小腹も満たしておくことにして「おや?」という顔をした立花さんに残業しますと声を掛けた後、三機並んでいる自販機の前に。

 良く飲むペットボトルコーヒーのボタンを押した後、チョコ菓子がいいか、と企業価格で外で買うよりは少々お得なラインナップを眺めていると。

「どれになさいますか?」

「……」

「今日も忘れ物、してしまって」

 小さな、それでいて聞き取り辛いことは全くない声に話し掛けられる。

「忘れ物の内容を聞いたら野暮でしょうか?」

「そんなことはないです……ええと」

 どうしても隣を見ようとすれば見下ろしてしまう形になるのは本当申し訳なく思う……も、今までなら後退っていた彼女が軽く上半身が反るくらいで耐えてくれてほんの少し感動してしまう。

「先日のお茶、とか」

「あのくらいは気にして貰うと却って困りますね」

「じゃ、じゃあ今日の……喫茶店、の」

「なら、せっかくなので」

 小さなバッグからこれまた小ぶりの財布を取り出して硬貨を投入するのを待ってから、選んでいたチョコレートのボタンを押す。

 ペットボトルや缶に比べて軽い落下音の後、その箱を取り出し差し出される。

「ど、どうぞ」

「ご馳走になります」

 ふと思ったことは、今日がもし二月の半ばだった日には雷が落ちるだろうな、という仕様もない想像。

 いやでも、この子の場合お義理でこのくらいは在り得るやも。

「それにいつもいろいろお世話になってしまっているのも……」

 ほらそれっぽい。

「一応、年上なのでそのくらいは」

 それに、と付け加える。

「頑張っている人は自分なりに助けたくなりますよ」

「あ……ありがとうございます」

 漸く見ることのできた少しは緩んだ顔にもう一つ内心で付け加える。

 小さくとはいえ関わった小さな子が笑ってくれるようになることは、割と大事にしていること。

 昔身を寄せていた孤児院で何人もそんなことがあったっけ? 姉さん。

「……」

「えっと?」

「いえ、何でも」

 とは言え、いくらなんでも一桁の子と高校生のお嬢さんを同列にしたら失礼か、と認識を改める。

「ともあれ、いつもお疲れさまです」

「い、いえいえ」

 厳ついのはこれでもかと自覚しているけれど、こちらも笑ったことが伝わるよう意識して表情筋を引っ張る。

「ねえさま、まだー?」

 そんなタイミングで、いつぞやのようにツインテールを揺らして妹分が駆けてくる……本当、仔犬系だね君は。

「ごめんね、今終わったから」

「ん! でも、最近ちょっと多いね」

「そんなことはないから」

 相変わらず絶妙な強度のタックルを入れながらくっつきフリスビーを持ち帰る感じで玄関の方に押していく。

「じゃあ、オジサ……」

 その背中に、自販機にカードを当てながら呼びかける。

「折角だし、何か飲んで行きます?」

「え? いいの? やった!」

「ちょっと、あ……」

「はい、どうぞ」

「!?」

 迷わずお汁粉の缶を押すツインテちゃんに泡を食っている隊長さんにさっきの隙に押していた昨日と同じ緑茶を渡す。

 それに目を白黒させている間に。

「あったかーい」

「それはそうと」

「なにー?」

「鳴瀬さんはレモンティーで問題なさそうですか」

「千弦? うん、そうだよ」

 いや、昼の支払いの時に伝票見たからね、知っているのも仕方がない。

 追加でボタンを押して、まだあたふたしている隊長さんにわざと渡す。

「え? え? え?」

 混乱した顔で手に持たされたものとこちらを見比べて戸惑っている。

「じゃあまた水曜日に」

「じゃあねー」

「あ、ひゃ、はい! お疲れさまでした」

 あと気を付けてください、という追加が引っ張られているために遠ざかりながら聞こえる。

 甘嚙みしてちょっと慌てていた姿に軽い満足感を覚えながら踵を返し階段から事務スペースのある二階に向かう。

 中々、愉快な気持ちだった。





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