13.義兄弟
「弟さんが……」
「いたんだねー」
部屋から出ようとする列の最後尾に居たこともあって、女性陣に見比べられる。
感想は間違いなくそれを知った人皆に驚きながら言われる「似ていない」だろう。
片や細身の女形かと思われるくらいの柔和な優男、片や街を歩けば大抵の相手に道を譲られる厳つい大男、なのだから。
「……なるほど」
ただ、今小さく栗毛ちゃんが頷いたようにこちらの関係者の間では割と納得はされる。
異能や魔力と言ったものは遺伝により発現する傾向が非常に強く……よって古くからの家では妾腹の子、というのが現在でも暗に存在している。
そして本流の血筋が何らかの事情で絶えた際に傍流から力のある者を迎える等と言うことも。
実際に隊長さんの瀬織家と栗毛ちゃんの鳴瀬家もそのようなバックアップの関係の筈。
だから自分と暁の場合もそう言う風に受け取られたのだろう……まあ、俺たちの場合は元は完全に赤の他人だけれど。
「……」
そもそも俺には物心ついた時から血縁者と言うものが居ないのだけれど。
「自慢の兄上ではあるのですが、かなりその……口が正直すぎることもあるのが気掛かりでして」
兄弟カミングアウトのざわめきが収まったタイミングで暁がそんな風に口を開く。
なお、謙遜とか嫌味とかそういうのではなく全く本心から言っている……そんな所があるので本当に出来た弟君ではあるのだが、やや苦手な一面があるのも否めない。
「正直」
「あー」
「確かにそうかもしれませんね」
皆、そんなしみじみと頷かないで。
10:0でこっちが悪いのはちゃんと自覚しています。
「で、でもいつも助けられています」
「そうそう、年長者らしいところも沢山あって」
隊長さんとレオさんはいい人やね……他三人は見習って?
「そうなのですよね」
「「「?」」」
「急なこともあって当家の方から派遣できる中でこの任に堪えそうなのが兄上しかおらず……歳が一人だけ離れているのも心配していた所なのです」
「あ、あははは……」
「まあ、オジサンはオジサンなとこあるよね」
そういうのはさ。
せめて本人がいない所でやってくれません?
「若様」
「おっと」
そんな時に、暁の後ろで存在感を完璧に消していた護衛の女性が口を開く。
顔見知り故に助けてくれたのかどうかはやや怪しい……何せ雰囲気から察せられるレベルの若様至上主義だから。
「そろそろ、お時間です」
「そうでしたそうでした……今日は父上の代理で会合のためこちらに参っておりまして」
「……別にリモートでも良かったじゃないか」
このご時世なんだから……まあ、この場合使うのはインターネットとかではなくて霊的でマジカルな何か、になるのだけど。
「今度代替わりする若造が舐められないためにもきちんと生身で参上したかったんですよ、兄上」
「……それって」
「ご想像の通りですよ、鳴瀬のお嬢様」
弊社の最高意思決定機関、通称七人会。
まあ、実力で選抜されるのが二名で他の五枠を古くからの名家一門がほぼ世襲で押さえている所が若干お察しな会合だけれど。
その枠の一つが俺の所属する向田で、もう一つに瀬織の一族がある。
「では皆さん、機会があればまたよろしくお願いします」
「あ、はい」
「こちらこそ」
人当たりの良い笑みと共に丁寧に挨拶をした後、こちらを見て若干雰囲気を崩れさせる。
「で、兄上、少し提案が」
「何でしょう」
「先程耳に挟んだのですが、六番隊がBクラスに遭遇し大事を取って一旦撤退したとのことです」
その内容に皆が少し騒めく……いや、そんなに近所の話題のように軽く言うなよ。
「折角こちらに出向いているのと、本社の負担を少しでも軽くするために私たちで始末してきませんか?」
「……俺、要るかな?」
「六番さんが装備を整えに下がるほど少々特殊な場所に厄介な性質で巣食っているようで、兄上が居ればスムーズに行きそうなんですよ」
「了解」
まあ、そもそも提案という名の義弟上司からの命なのだが。
「では、どうしても顔を見せないといけないお相手がいますので、一時間後で良いですか?」
「こちらも終了の報告と打ち合わせをしてくるので」
「丁度良かったです……あと、それと」
笑って付け加えてくる。
「?」
「その後は、ちゃんと弟を泊めて下さいよ?」
「……何でしょうか?」
「ううん、別に?」
「自意識過剰では?」
一旦二人と別れいつも通り本日の活動記録を入力しているが、その間中若干いつもより視線を感じる。
ただ、若干デリケートなためか改めて話題に出すこともないのかな……と考えたところだった。
「おっちゃんさぁ」
「うん?」
「さっきの兄さんが時々噂に聞く協会最強候補な人?」
どうしても実力主義社会のため、そのような話題は時折上がる。
そして血縁とかそこらの話よりは話題にしやすいのでその振りに乗ることにした。
「まあ、家の一門の中で最も実力者というならそうだな」
「おおー」
目を輝かせる金メッシュ、君はシンプルで良いな。
「どんくらいスゲーんだ?」
「そうだな……この前俺が使った炎を覚えてるか?」
「あの骨共を一〇匹ほど消し飛ばした奴?」
「そうそう。あいつはアレの三倍の威力のを三倍の速度で撃って来る」
「おお……パネェ」
何故か目を輝かせるタイガーの向こうでツインテちゃんが「そのくらいならまだ行ける」と言いたげに腰に手を当てているので追加情報を出す。
「それも十数連発」
「えー……」
何それズルくない? みたいな顔にこちらとしてはちょっとばかり愉快な気持ちにもなる。
ただ、本人の努力と家の秘伝により人間離れして増強された魔力によってそれを可能としている、そしてそれだけではないのだがそれは大っぴらに言うことではないので伏せておく。
「おっちゃん」
「何だい?」
「後でBの討伐に行くの、俺も見たいっす!」
そういう強さに対してギラギラしたところは嫌いではないが。
「……学生は就業規則違反になるから却下」
「そんなー」
「もっと別の機会があればな」
ポンと背中を叩いて宥める。
「まあ、俺がビールジョッキだとすれば向こうはジャンジャン注げるサーバーだから虎のスタイル的にもあんまり参考にならんと思うぞ」
「何で例え話までそうなのよ」
飲みたくなるじゃない、とのレオさんからの肩を叩きながらのクレームは聞き流す。
「奴さん、ライセンス持ちだし」
「それってC級以上であっても単独で討伐していいってアレ!?」
「実際、俺が以前にA級と遭遇したっていう話はしたと思うけど」
「うんうん」
何時の間にか全員がこちらの話に耳を傾けている。
まあ、報告事項の方はある程度よく出るタイプの怪異だったためかそこまで無いか。
「真っ向勝負で火力負けはしていなかったから、半分人間辞めてるレベルだね」
他にも我が家の担当範囲内にB以上が現出した数度の時に共に出向いているが……。
あそこ迄出力が出せるなら俺もまた違った戦い方を選べたのかな、羨望の気持ちで考えてしまうくらいに出力が別物。
いや、それ以前に……あの時、この生き方を選ばなかったらというのは。
『あんまり危ないことはしないで欲しかったな』
「……無いな」
さすがに、未練が過ぎるかな。
「向田さん?」
「ああ、何でもないですよ……ギリギリの選択を思い出すと反省点も多いので」
それにこれを選ばなければ、こんなに気侭に生きるのは難しかったのも事実だから。
「さあ、今日はここまでにしましょうか」
こっちはその代償でしばらく休んだ後残業で討伐お代わりだけどな!




