133.秋は盛る
「こんなもんでどうよ?」
ナイスバッティング、と声を掛けたくなるくらい見事に手近なところで動いている個体をふっとばして、レオさんがバットよろしくメイスを地面に突き立てて親指を立てる。
そこから五歩くらい離れた場所では虎が大太刀を振って付着した胞子を払っている。
ジャスト三分、眼下の敵は一掃されていた……問題は床をほぼ占めている菌床から新たなのが七体ほど這い出て来ていることか。
その数くらいはあっという間に片付けられるがこのままなら無限に生えて来そうなのとその大本が火と雷を自主規制している状況では大き過ぎるということ。
「手出しはさせないので降りてきて大丈夫っすよ」
「……あの、大河さん」
「ほいっす?」
「多少鍛えてても普通の人はこの高さから飛び降りれないよ」
「あ」
そんなこと考え付きませんでした、って調子から平謝りに移行する虎の声に苦笑しつつ、女の子たちを安全に下ろす方法を思案する。この部屋の内部の階段は……駄目だな、菌糸に下三分の一が埋まっていて俺一人ならともかく強行突破するにはちと厳しい。
下で一人ずつキャッチは……緊急時なら止むを得ないが流石にお年頃の女の子たちにそれは止そう。
どうしたものか、と考え始めたところで。
「お姉さんに任せなさい」
レオさんの声がしたかと思えば屋内の空気の流れが変わって今立っているキャットウォークから下まで何か所か空気の凝縮された足場が生じる。
今だけは迷惑な胞子が足場じゃない場所を漂うから判りやすい。
「多めに作ったから、上手に利用して。万が一あっても風でキャッチするから……ただし一人ずつね」
「オッケー」
説明されると同時にワンコちゃんが「一回レオみたいにしてみたかったんだ」と言いながら手摺に足を掛けて飛び越える。
バッシュの足元で器用にジャンプしながらツインテールを躍らせてリズミカルに……最後は両手を掲げて体操選手のフィニッシュのように着地する。
「全くあの子は……」
「次はどちらが?」
そんな様に内心で拍手しつつ周囲を見回しながら残る二人に尋ねる。役割的には俺が最後が良いだろう。
「よかったら、ちづちゃん先にお願い」
「わかりました」
そう言ってから少し手摺を乗り越えるのに躊躇いを見せる様子に片手を差し出す。
「もし良ければ」
「……ありがとうございます」
袴の裾に気を配りながらゆっくりと乗り越えたかと思えば後は思い切りよくジャンプをしていく。
それを見守る最後の一人はさっきよりは参考にできるのか真剣にその様子を見ている。
「行けそうですか?」
「……はい」
頷いたところに手を取って軽く支えて手摺を乗り越える補助を。
後は思い切って行くだけ、と繋いでいた手を離そうとしたところで。
「……」
軽く指先を摘ままれ解放することを許してもらえない。
「怖い、ですか?」
「思ったより高くて」
僅かに震えた声に一瞬だけこの子には実績のある別の方法を考えたけれど……。
「水音さんなら大丈夫ですよ」
「……」
「下にみんなも居ます」
一度そっと握ってから離す。
「はい」
頷いた後、慎重に降りていく様子を最後まで見た後。
こちらも手摺を蹴り越えて身を躍らせる……大分落下寄りだけれど、三か所ばかり足場を移動して減速し着地を果たす。
「うっし」
「オジサンの着地、重量感スゴイね」
「実際重いんですよ、まあ」
地震かと思った、とワンコちゃんに笑われ苦笑いで返す。
お嬢さん方の倍はあると思われる。
「足腰傷めておりませんか? おじさま」
「そこまでは歳じゃありません」
そんなことを言いながら一旦収めていた刀を抜き放つ。
「では、レオさんと虎は新たに生えてくる奴の処理を願います」
「オッケー」
「うっす」
「俺はそこの通路から戻って来ているのが居るのを塞ぐので」
刀の柄で大きなゲートを示して小走りに移動する。
「おっちゃんそっちでいいの?」
「細かく移動しなくていいから助かるんだよ」
そんなことを言いながら、こちらに送られていた視線に頷き返す。
「じゃあ、杏とちづちゃんもお願いね」
「うん」
「はい」
巫女装束の上に羽織っていた胞子除けの使い捨ての雨合羽を解いて鈴を鳴らす。
それだけでその一点を中心に黄色く淀んでいた空気が澄んでいくのが分かった、ついでに眩く見えてしまったのもまあ、気のせいではないだろう。
「……」
そして神楽が始まれば、ゲートの向こうの気配が急激に弱体化するのを感じて扉を開けて確認すればただでさえ緩慢だった茸たちが急激に動きを弱らせただの奇形な胞子子実体の山に戻って行っていた。
「さってと」
祓い終えて本社へ戻り報告と、今回は関係方面への早急で確実な設備の始末の依頼を出した後。
恒例行事です、とばかりにレオさんに尋ねられる。
「何だか流れで聞き忘れたけど、セージは何を食べたくなった?」
「んん、そうですね」
シンプルに焼くのも好いけれど、バターを絡めたりオリーブオイルも捨て難い……し、鍋や煮物も食べたくはなる。
ああ、パスタというのも惹かれる物はあるし餡かけという手もあるか? さっきまでちょっとうんざりするくらい料理していたが落ち着いてみれば茸、奥が深いぞ。
「もしかして」
「?」
そんな風な考え事を別に解釈したのか栗毛ちゃんが訝し気に口を開く。
「おじさまのことですから、山で胡乱なものを口にして大変な目に遭って以来苦手、とか?」
「……」
そういえばハンバーグに関してはそのようなことにしていた、な。
「まあ、一応野山でいろいろしていた身として言えることは『茸は特に難しいので自信がなければプロに見て貰え』ですかね」
「「「……」」」
実際の所、判定が難しいのは詳しいおじいさんの所に持ち込んで判別して貰っていたので茸に関して「は」失敗していない。
でも何よ? 君たちそんな微妙な顔でこっちを見て。
「大丈夫、美味しく食べれますよ、茸」
「それは、何よりです」
栗毛ちゃんの溜息の後、僅かに空いた間に普段はそんなやり取りを楽しそうに聞いている人の声が挟まった。
「あの」
「「「?」」」
「今日は私が思い付いてしまったんですが、よろしいですか?」
小さく手を上げて口を開いた水音さんに、やいのやいのしていた全員が静かに発言権を譲る。
「今度のお休み、皆さんと予定が合ったら山に行きませんか?」
「ほう」
「あ、いいかも」
「私、お弁当準備しますから紅葉狩りにでも」
それは非常に魅力的だ、と前半で瞬時に食い付いた後、後半の優雅な提案に思わず水音さんの緋袴に目を遣ってしまい慌てて逸らす。
「秋のハイキングって奴っすね」
「はい、夏は海だったので丁度良いかな、と」
「さすがお姉さま、素敵な提案です」
「たのしみー」
そんなことをしてしまっている間にも誰一人否なんてない休日の過ごし方にどんどんと話は進み、幸いにも次の週末が綺麗に全員の予定が空いていてそんな行事が収まった。
そして。
解散後帰宅し、詳細を詰めているグループチャットに返事を入れながら、ベランダで缶ビールのプルトップを開ける。
七輪の上で良い匂いと音をさせている椎茸にとりあえずマヨと七味を。
そんなタイミングで。
「茸の炊き込みご飯のおにぎりも、作りますね」
並行して個人的に尋ねられた本当に茸は問題ないか聞かれた問われたメッセージに間違いなく大丈夫なことを伝えたことへの返事が入る。
思わず綻んでしまった口元に苦みの強いのをチョイスしたビールを流し込んで、ちょっと熱いまま椎茸を口にした。




