132.焼かずに処理を
「そろそろ、いいんじゃないっすか?」
「だな」
大太刀の一振りが振れば当たるから一体ずつ的確に両断するくらいに戦況は移行した。
タブレットを取り出し屋内の図面を再度確認しつつ。
「虎」
「どしたっすか?」
「本丸に踏み込んだらまたピークが来るから移動の間はちょっと手を休めとけ」
まだまだ大丈夫そうだし、実際本人もそう言いそうだったが、一切口を挟ませずに後ろにも声を掛ける。
「そろそろ奥に進みますよ」
「わかりました」
「了解」
ついでにさらに向こうを見れば矢に正中させられたりメイスによる殴打で変な形にひしゃげた茸が両手に余る数転がっている。
後衛は頼りになるのは間違いないし、移動速度がそこまで高くない魔物だ、後ろへの注意は最低限として出るか。
もう一度手元のタブレットに目を落として経路を頭に入れる……粗方覚えた。
「?」
そこに白い袖の手が差し出される。
「地図、見ますね」
「よろしくお願いします」
確かにその方がいいな、と渡した後、フリーになった左手にも打刀を抜く。
「前進しますよ」
「オッケー」
「了解です」
多少緑色の混じった黄色い床を砂のような音をさせて踏み出す……これさえなければ楽なんだがなぁ。
「そちらを右で、階段です」
「ええ、了解」
通路に突き当たったところを虎を挟んでもう一人分後ろから声が掛かる。
インカム越しでもボリュームは無いが聞き取りやすい声だ。
「どけっ」
丁度目の前に三体現れた茸を左右は両手の刀で切り飛ばし、中央の個体には鉄心入りの靴裏を見舞う。
予想以上にクリーンヒットしたのか派手に吹き飛んだそいつは少し離れたところにいたもう一体を激しく巻き込んで転倒する。
「ナイスシュート」
「やっぱり足癖悪いよね、セージって」
「……見かけだけじゃなくて蹴り方もそっちの人なんすよね」
「明らかに喧嘩慣れしていますよね」
「あ、あはは……」
「はい、うるさいですよ」
八つ当たり紛いなのは百も承知でよろよろと起き上がった茸を二体纏めてぶった切る。
その奥に鉄製の簡素な階段が見える。
出荷用の大きなゲートを開くのではなく管理用の小さな入り口から中心部に侵入する目的だ。
けれどかなり胞子が堆積していて少々足場が悪いな。
「セージ、ちょっとストップ」
言われるまま足を止めれば閉鎖された籠った空気の中にフードが動くほどの流れが生じる。
冬の日、枝に積もった雪が落ちるのに似た音を立ててよく使われた鉄の地が現れる……新雪のように綺麗な風景ではなかったけれど。
「よし、行きますよ」
ガンガン、と鉄製のどちらかというとラッタルのような階段を駆け上がる、途中に居た気持ち大きめの個体を十文字に切り裂いてそのまま右手の柄で横殴りに床の方へ弾き飛ばす。
「あ、右上」
「お任せを」
ワンコちゃんの声にそちらに目を遣れば照明から菌糸でぶら下がった茸が二体落下してきたが弦の音と共に放たれた矢が見事に二体纏めて串刺しにする。
「……助かりました」
「何です? 今の間は」
「串に刺して炙ると肴に丁度良いな、とか思ったんじゃない?」
「一瞬しか思ってないですよ」
周囲に他に動くものがいなくなったのを確認しながら応じつつ三階相当はありそうな高さを上り切る。
「中は……かなり居そうだな」
「充分休んだんでイケるっすよ」
「良し、皆も行きますよ?」
「はい」
「いつでもいいよ」
左手の刀も一時的に右手に預け、左でノブを握る。
虎とレオさんが得物を握り直し、他の三人も矢と防御、浄化とそれを援護できるような備えを整えたのを見てむしろこちらは今抜けてきたフロアから追手が来ないかに意識を移す。
ほぼ動いていないし、動いているのも絶命前の痙攣等、心配は要らなさそうだ。
「開けるぞ?」
「うん」
「うっす」
ドアを開くと同時に二人が踏み込み周囲の茸どもを薙ぎ払う音が聞こえ、続いて後衛組も中へ。
その度に入室した人から順に危険は感じないものの何か妙な声が漏れているのが気になるが……?
まずははぐれないようにとこちらもドアを潜り後ろ手に閉め刀の鞘をつっかえ棒のように立てかけ向こうからは開けられないようにしてからフロアの下を見渡す。
「うわ……」
小さめの体育館ほどの面積全体が菌糸で埋め尽くされ、生えて来た茸の中でも手足の備わった奴がそれを動かして床に這い降りてきている。
何というか、呻き声を漏らしてしまう光景なのは間違いない。
「どうしよっか、これ?」
「刀で捌き切るにはちょっとデカいっすよね」
現在位置のキャットウォークを掃除しながら前衛二人が聞いてくるが、流石にポンと妙案が涌いては来ない。
「真っ二つにしてどうこうって話でもなさそうだな……」
「別れたそれぞれから生まれてくるだけかと」
燃やせれば何のこともないのに、と思いながら呟けば「私の雷なら一撃なのに」と顔に書いた栗毛ちゃんが応じてくれる。
「一応一つのプランとして考えていたのは、杏さんに外部と遮断して貰って中だけ焼いてしまう、なんですが」
「流石にアレを丸々包んじゃうのは大変かな。それにあの形状だとどうしても空気と胞子が入り込んじゃうし」
「ちょっとリスクが大きいですかね」
ならば動ける個体は全て倒した上でこの場所を厳重に封じて応援を得て再突入を図るか? 火気を使わない広範囲かつ高威力を操るとすれば……。
そこまで考えたところで、だった。
「あの、征司さん」
「はい?」
「一応確認したいんですが、先程から皆さんの戦いぶりを見ていると茸そのものはそこまで脅威ではない、ということでいいですか?」
元々良い姿勢なのにそこをもう少し背筋をしゃんとさせて尋ねられる。
「発生源の処理に困っているだけで茸そのものは討伐対象としても最低ランクですね」
まあ、平たく言えば雑魚。
でないとここまであっさり片付かないし、各々数十体は倒しているからスコアが大変なことになってしまう。
「でしたら、征司さんたちには少しご負担かもしれませんが」
「?」
「普段のような手順ではなく、このままこの場の穢れを祓ってしまおうかと」
「!」
穢れというか魔の影響で茸がこうなってしまっているならば、か。
確かに目的への考え方が固定化されていたことは否めないな。
だが懸念事項としては。
「お姉さま、敵がいる状況でお神楽は危険です!」
「でも、征司さんたちが居てくれるでしょう?」
良い表情で断言をして。
そうまで言われると応えたくなるし、実際それが出来ると言い切れるレベルで判断材料も揃っている。
実際効果は有りそうだし、勝ち筋としても成り立つ。
「何? 少しの間水音ちゃんたちに指一本触れさせるな? ってコト」
「わかりやすくっていいっすね」
前衛コンビもその気だし、やれると思っているのが顔と声に出ている。
実際、今日はワンコちゃんの防御が発動するどころか攻撃をさせるところまですら行っていないから。
「個人的には隊長案で行けるかと思いますが、どう思いますか?」
そう確認を取れば全員の手が何かしらの形で上がる……威勢のいいレオさんや虎、消極的ながらも小さく栗毛ちゃんも。
可能不可能という問い方ならそうなる訳だ。
「よっしゃ、じゃあまず下を少し綺麗にしちゃうっすか!」
「オッケー!」
前衛コンビがキャットウォークの手摺を乗り越え身を躍らせる……一応、三階くらいの高さはあるんだけどな。
虎は一回側転しながら勢いをコントロールし、レオさんは風の足場でステップを踏み優雅に降りる。
「セージはそのまま待機ね」
「……了解です」
一応近接担当が一人は残れ、ということか。
確かに適切な弓の援護を得つつ下に屯っていた茸たちをみるみるうちに薙ぎ払っている。
投げる用途も考慮している打刀を左手に握りつつもその心配は必要なさそうだった。
「皆さん、頼もしいですね」
「全くです」
神楽鈴を取り出して柔らかな口調で話す水音さんにゆっくりと頷いて応じた。




