131.秋の味覚(?)
「ふむ」
ハンドルを握りながらコンビニの前を通過した時にふと「おでん始めました」の幟が目に入る。
そろそろ秋本番か、とそんなところでも思った後、微かに感じた気配にウィンカーを出してから右折車線に入る。
やや郊外といっていいそこから主要道路を外れて小さな山手の方に入るようで……そのまま車を走らせ気配を追えば細かいものが無数に居るような状態が明らかになってくる。
一つ一つは吹けば飛びそうなものだが数はかなりのもので。
「……うわ」
その発生源となっている建物の前に到着した頃には数えるのは断念し、場所の記録と周囲に人払いの術を掛けた後、一旦出直すこととした。
「今回も茸、ですか」
「はい」
翌日。
その案件が八番隊に回ってきたため、第三会議室で水音さんから話を引き取る。
「どうやら倒産した後放置されていた生産工場跡地で異常発生したらしく……」
ぽそっと聞こえて来た「どうして綺麗に片付けをしておかないんですか」という呟きに心から同意しながら続ける。
「昨日の時点で百は下らない数が居まして、今はさらに増えている可能性が高いですね」
そこで飛んできた「何故昨日のうちに倒してこなかったんですか」の目線に答える。
「廃屋ではなく閉鎖された工場だったので昨日は手が出せず、何とか権利者に連絡して鍵を借り受けてきまして……その、急な倒産だったために菌床などがそのままだったのが大変拙い感じですね」
そこでも短くも憂鬱そうな溜息を吐いた人物に水音さんが声を掛ける。
「ちづちゃんは……お休み、する?」
「いえ、そんなことはしません」
たしか、重度の花粉症ということだったな。
そして茸とくれば胞子が飛んでくる覚悟は必要だろう。
「ただ……レオさんに少々お願いしたいことが」
「ん。まっかせない」
「スッゴイ格好になっちゃってるよ」
「お互いさまっす」
指をさして笑うワンコちゃんに虎が同じような顔をして言い返す。
男性陣は使い捨ての紙ツナギ、女性陣は同じような合羽を羽織って防塵ゴーグルにマスクとその下にインカムといった風体になっている……一番厄介なのは胞子だから仕方がない。
野郎二人はまあいいとして美人さんたちは台無しだ。
「でも、鳴瀬じゃないっすけど」
「ん?」
「どうせ使わない工場ならスプリンクラー起動できるようにした後おっちゃんが遠隔でファイヤーしちゃえばよかったんじゃないっすか?」
「あのな」
言いたいことはわかるが、と額を押さえてから説明する。
「前に茸と戦ったところと違って密閉された空間、異常発生の大量の胞子、火……とくれば?」
「漫画で読んだことあるっす!」
「わかって貰えたようで何よりだよ」
そこそこの規模の工場跡地なのでそこを爆発炎上させた日には。
「……始末書で済めば御の字、だな」
「ウチのパパの胃薬が増えちゃうね」
「征司さんは火気厳禁、ですね」
「そういうことです」
今日は打刀を二本差した上でもう一本太刀を持ち込んでいる。
後はしばらく放置されていた建物なので大きめのLEDライトを。
「当然ながら、スパークも火薬もNGなので」
「了解」
「わかっています」
今日は銃ではなくメイスを持っているレオさんに矢筒を増量で担いでいる栗毛ちゃんも応じる。
「そういえば俗説では雷があると稲穂だけじゃなくキノコ類も生育が良くなるとかなんとか」
「ですから、撃ちませんのでご安心を」
「つまり、縛りプレイって奴だね」
有体に言えばそう。
物理的な実力を再確認する機会、とでも捉えておくか。
「まあそういうことですね……単体での強さは動く植物程度なので油断はせず、あと室内で通路なんかは狭そうなのではぐれずに、で行きましょう」
「オッケー」
指で丸を作ったレオさんが皆を促す。
「じゃ、順番に一列に並んで」
「身体測定みたいだね」
ワンコちゃんの感想に小さく笑う。
一応服装で対策はしているが更に上書きで風の加護を与えてもらい……。
「では、参りましょう」
水音さんの一言の後、借りて来た鍵とパスワードで扉と警報を解除し入り口付近を抜け薄暗い屋内へと。
「ホラーハウスみたいっすね」
「本当に居るのと正体はわかっているがな」
虎の軽口に相槌を打ちながら一応確認を。
「まさかとは思いますが」
「「「?」」」
「この中にお化けとかダメな人は居ませんよね?」
「おじさま……」
「あたしたちのお仕事、何よ」
「ですから、念のためですって」
「やはり繊維の向きに沿って切った方が効率が良いな」
三体目を脳天というか傘の部分から真っ直ぐに両断しながら呟くと。
「そんなものっすか?」
隣というか、気持ち先行した斜め前で二体纏めて薙ぎ払いながら虎が応じる。
大太刀が振り抜かれるたびに茸が複数体破片になって飛び散っていく……内部に液体がないタイプの相手で幸いだった。
茸の胴の倍はある刃渡りもそれを縦横に舞わせる膂力もそれを継続できる体力も一級品なのは間違いない。
「……仕留められるんならそれで構わんよ」
「うっす」
もうコイツ一人でいいんじゃないか、という気持ちが生まれた後、でも搦手で落とし穴に嵌まらないかのフォローは必要かと思い直す。
「どうしましょう、このまま前進しますか?」
「いえ。こちらに突っ込んでくる個体がいる間はここで戦った方が良いでしょう」
現在地は入り口から少し進んだ廊下部分、出荷などの際に荷物を通すだけの幅はあるが広大とまでは行かず殺到してくる茸は一斉には来れないため大暴れする斬頭台の前に程よい数が順次送られてくる恰好になっている。
数を減らすのに良い状況を作ってくれているのならある程度減るまではこちらから崩す必要は無いだろう。
「後方だけ注意で願いますよ」
「りょーかいよッ」
後ろに視線を送れば丁度後ろに湧いてきた一体をレオさんが掬い上げるようなバッティングフォームで打ち上げていた……普段は素早さが目立つけれど鍛えているだけあって腕力もちょっとおっかないレベルであるな、何より動きのしなやかさが凄い。
そのまま側壁に当たって跳ね返ったところの中心を綺麗に矢が撃ち抜いて動きが止まる。
「っと」
後ろは完全に任せられるな、と再度前を向き足元に転がって来たまだ動く個体を踏みつけ叩き割る。
戦闘開始からこっち、五十に迫る数は片付けたと思われるが。
「虎、まだ行けるか?」
「余裕ではあるんすけど、全然来る数減らないっすね」
「ああ……昨日の時点で三桁は居たが今日になってさらに増えているな」
「え?」
「というか、現在進行形で奥から生えてきているな、これ」
前もって図面を貰いチェックした建物内の生産区画と思しき方向から新たな気配が複数這い出てくるのが魔力感知に引っ掛かる。
「では、そこを何とかしないと?」
「だよね」
顔を見合わせる水音さんとワンコちゃんに顔を向け制する。
「ここで焦ることは無いですよ、それなりの数涌いてきているとはいえこちらが倒しているペースの方が上です」
親指で太刀を振り回す虎の刺繍のスカジャンの後ろ姿を指して。
「このまま前方の数が減ったら一気に中心に向かいましょう」




