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130.今宵「は」お開き

「君たち、冗談だろう?」

「いえ」

「まだまだイケるっすよ」

 こちらのテーブルに追加で届いた肉と野菜に、信じられないものを見る目が隣のテーブルから届く。

「鞠莉さま、私ももう駄目です……」

「ごめんなさい、ウチも」

 一方、その隣のテーブルでは頑張ってお肉を食べていた四番隊のお姉さん方のうち隊長を除いた最後の二人がギブアップの意思表示をジェスチャーで示している。

「舞依! 円佳!」

「美味しく食べられないなら肉が勿体ないから無理しちゃダメっすよ」

 何かの悲劇のようにドロップアウトした二人の名前を呼ぶ様子をよそに、腕白にもマトンを二枚一気に箸で掴みながら虎がお隣に声を掛ける。

 別に煽っている訳ではなく心底心配している裏表のない顔で。

「確かに美味いな、この店」

 こちらもお勧めですよ、と店員さんに言われるがまま頼んだラムチョップに齧り付き骨から柔らかい肉を食い千切る。

 油の甘みと食感を楽しんだ後、大きめのグラスでもらったレモンサワーをグイっと呷って口の中をさっぱりさせる。

 純粋に肉を食べる獣になっている虎に対してこちらはお酒という文明を借りている形だ。

「あ、大河君」

「はいっす?」

「キャベツの欠片、付いているよ」

 なお、こちらのテーブルの女性陣もとうに箸を休めている。

 レオさんのグラスを傾ける手が止まっていないのも言うまでもない。

「……ちなみに二人とも」

「はい」

「うっす」

「まだまだ、余裕で入ったりするのかな?」

 苦笑いで聞いてくる冠野隊長に虎と顔を見合わせる。

「まあ、それぞれもう一皿くらいはいけるか?」

「っすね」

 お互いいつものラーメン屋を始めとしてそこら辺の力量は見てきた間柄、そんな風に答えると。

「ホントに……?」

「信じられませんわ」

 見ているだけでお腹いっぱい、と顔に書いたお姉さん方のコメントの後。

「参った参った」

 手を叩きながら笑う声がして、隣のテーブルから半分残っているのとまだ手付かずの皿が一枚ずつ差し出される。

「お肉部門はこちらの敗北を認めるしかないね……出来ればこっちも平らげて貰えると助かるけれど」

「望むところっす」

「虎ちゃんはホント元気だねぇ」

「成長期っすから」

 嬉々としてジンギスカン鍋にマトンを乗せ始める虎とそんなことを話していたレオさんがこちらを向く。

「ところで、セージの方は?」

「もう残念ながら縦には伸びれなさそうなので単なる大食いなだけですね」

 本当はもうちょっとだけ高くなりたかったんですが、と言いながら残り少なくなってきたレモンサワーを飲み干す。

「それ以上伸びたら逆に大変ではありません?」

「百八十……お幾つですか?」

 そんなところで、ややギブアップ宣言時よりは小休止で様子の落ち着いた向こうのテーブルから質問の声が飛んでくる。

「八八ですよ、いっそのこと九十代まで行きたかったんですが」

「えー」

「充分でしょう」

 アルコールも入っていることで、そんなたわいもないことで笑いが起きる。

「そういえば」

「?」

「向田さん単体でも無論そうですけれど、あの小さな隊長さんと並んでいると一層そう見えますわね」

 指を組みながら言ってくる副長さんに確かにそうかもしれないな、と納得したところで。

「ですよねー」

「肩幅なんかも全然違って際立っちゃってますよね」

 こちらのテーブルの女性陣まで乗っかり始めた。

「立派な護衛の方、ですわよね」

「実際優秀ですよ、うちの黒スーツさんは」

「らしいですね」

 先日の襲撃を返り討ちにした件は共有されているためかそれはすんなり隣の女性陣にも肯定されて。

 割合好意的な目で見られてしまう。

「あー、セージ」

「なんでしょう」

「照れてるでしょ?」

「……そんなことはありません」

 その為に肉との相手以上に大きく呷ったレモン味のグラスのことを、同じテーブルの女性二人に笑われるのだった。




「さて、と」

 流石に全員食事も飲み物のペースが完全に落ち着いたところで。

「お酒の量はこちらがどうにか上、だけれど」

 空になったワイングラスの縁を指でなぞった後、冠野隊長が俺と虎を順に見て肩を竦める。

「食事量は敵わなかったかな、残念ながら」

「……あの量を食べたと思ったら明日以降がゾッとしますわ」

「まあ、羊は比較的低カロリーですので」

 女性陣にフォローを入れつつも、明日の朝と昼はちょっと抑えようと思う、流石に。

「ともあれ、一対一のドローということで如何でしょう?」

「いいんじゃないかな? 何より楽しかったし」

「では、もうウチのレオさんには手出し無用で願いますよ?」

「!」

 少し素に戻ったような顔で瞬きを一つした後、髪を一房摘まんで首を傾ける。

「今宵の所は諦めるよ」

「えぇ……」

「言っただろう? 人生には刺激が必要なんだって」

 そして軽く片目を瞑る様に抱かされた感想は「女性にモテる女性とはこういう人のことか」といったところ。

「そういう意味ではまたよろしくね、といったところかな」

「お手柔らかにお願いしますよ」

「どうしようかな?」

 そのまま流れるように立ち上がると指先を伸ばしてこちらの卓に置かれた……。

「ちょっと待ってください」

「おや?」

 伝票を奪って行こうとするところを隅っこを押さえつけて遮る。

「愉快なひと時の御礼をしようと思ったのだけど?」

「お気持ちは有難いですがこちらの面子というものをですね」

「男性が小さなことに拘るものじゃないよ」

 そのまま目で牽制し合ったところで、フッとそれが緩む。

「譲らないのかい?」

「そう申し上げています」

「ならば」

 伝票から離れた手がコートのポケットへと。

 出て来たのは見慣れない、少し古びた硬貨。

「コイツで決めようか」

「では、裏で」

「オーケィ」

 少し暗めの照明と煙が漂う店内に回転しながらコインが舞った。




「ホントに良かったのかい?」

「二言はございません」

 総勢十名で順に店先に出ながら確認をされる。

「じゃあ、ここは素直にご馳走になっておこうか」

 ただ、冠野隊長のそれはどちらかというと他のバッグの中からお財布を手にしていた女性陣に対してのもの、という意味合いが強そうだった。

「そこら辺は、お義父上の仕込みなのかな?」

「ご存知で?」

 そう聞き返しながらも、弊社の重要人物同士、むしろその方が自然かとは思う。

「何度かお供させて貰ったけれど、あれは豪快の一言に尽きるね」

「……無駄なレベルで金持ちですので」

 その恩恵に預かってはいる身なのは思い切り棚に上げて。

「ところで、皆さんお帰りの足は大丈夫ですか?」

「チャリで割とすぐなんで何ともないっす」

「お前さんの場合は絡んだ相手を心配しなきゃならないんだよ」

 金メッシュの後頭部に軽く拳を接触させるとお姉さん方から軽い笑いが起きる。

「ちゃんと乗り合わせで帰りますのでご心配なく、ですわ」

「了解です」

 副長さんがこちらの分も先程呼んでくれていたのは横目で見ていたが再確認して。

 俺は家が近しい同士ならレオさん立花さんと一緒に、かな……その方が気楽だし、とぼんやり考えたところで。

「むしろあの方の薫陶ならレオと芹菜の帰りこそ心配なんだけれど?」

 そんなことを背中側から冠野隊長に囁かれる。

「そこだけは見習っておりませんのでご心配なく」

「逆に別の意味で心配になるレベルできっちりしてますよ、この人」

「それにうちの親父殿も見境なしではないです、一応」

「そこはもうちょっと柔らかくってもいいと思ってるんですけどね……女っ気が無いようであるような難しい人なんで」

 何を言ってやがりますか、と見事な金髪のお嬢さんを一睨み、するも軽く舌を出されて軽く躱される。

 やれやれ、と思ったところで四番隊のお姉さん方の好奇の視線が強くなる。

「大河ちゃんとの大食いも見ものでしたけれど」

「どちらかというとそちらの話題の方が気になりますわね」

「……」

 そりゃあ、野郎二人がひたすら肉を食っている光景よりはそちらの方が女性受けが良さそうですが。

「ま、とりあえず本日はお開きになりましたので」

「あ、逃げる気だ」

「それこそわたくし達が持ちますので二次会、行きませんこと?」

「光栄ですが遠慮します」

 全く、流歌さんといい鏡淵といい何でこんな面白みもない奴にこんなに絡んでくるんだ……と内心で嘆息していると。

「それは簡単」

「?」

「私たちのように本配属が決まって暫く経つと同年代が知ってる顔で大体固定化されてしまうんだけど、そんなところに何だか独特な人が入ってくればそれは興味の対象だよね」

「……うわぁ」

 得物というか玩具を見つけたような発言に背筋がぞわっとする。

「それに」

「?」

「他の方の恋愛遍歴ほど面白いものはございませんわ」

「……良い御趣味で」

 この副長さん、人畜無害そうな笑顔で凄いこと言い出すな……。

「まあともあれ」

 冠野隊長の手が伸びてきて軽く頬を摘ままれる。

 女性にしては背が高いなと思った後、それなりに深酒しているのに良い香りしかさせていないことに少し驚く。

「また、楽しい時間を一緒しようじゃないか?」




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