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128.飲み屋街と極め技

「くぁ……」

 キマイラの討伐後、本社に戻り打ち合わせと報告を終えて手早く身支度を整えエントランスでレオさんを待つ。

 軽く首を回した後、肩と手頸を解していると。

「征司さん」

「!」

 背中側から声を掛けられる。

 あと、軽く背中に触れられた。

「私たちは、お先に失礼しますね」

「ええ、お疲れ様でした」

「ジンギスカン、美味しいといいですね」

 そこはレオさんが短時間なれどしっかり吟味していたので問題ない筈、と応じてから。

「今度はまた全員での機会も作りますので」

「はい。夏の海、本当に楽しかったです」

「ははは……」

 言葉通りの表情にこちらも強い満足感を貰う。

 秋シーズン、か。

「そうだ」

「?」

「水音さんはこの季節の行先のご希望、ありますか?」

「!」

 驚いた後、少し迷う風にして口を開く。

「征司さんが連れて行って下さることばかり考えていました」

「勿論それがリクエストならセンスがないなりに選びますが」

「でも、確かに、お任せばかりでは申し訳ないですよね」

 表情を柔らかくして……いや、明確に笑って。

「私の方でも、考えてみますね」

 そう言ってから、お嬢様の完璧な所作でお辞儀をした後、軽やかな足取りで帰宅の途に着いていった。




「楽しそうでしたね」

「……良いことだとは思います」

 水音さんの綺麗な黒髪の見本そのものと言った後姿がエントランスから消えた後、そんな風な声を掛けられる。

 振り返れば今度は「お仕事上がりの女子若手社員のさり気無いお洒落」を雑誌から抜き出したような立花さんが鞄を肩から下げて笑っていた。

「デートのお約束ですか?」

「皆で親睦を深める催しの話ですよ」

 さて、この季節なら何が良いだろうか……というのは空き時間や休日にのんびり考えるとして、とりあえず今は。

「今夜のジンギスカン祭、私も参戦しますね」

「お、良いですね」

「というか、二番さんの方の瀬織隊長のアレは最早テロですよね」

「ああ、総務の方でもやったんですか、あの人」

 本場のジンギスカンマウント。

 思わず苦笑いしてしまう。

「向田さんでなくても食べたくなっちゃいますね」

「何ですか、その俺が美味しいものを連想したら即刻食べに行かずにはいられないような物言いは」

「違うんですか?」

 レオちゃんたちに聞いてますよ? と言いたげに笑いかけられて肩を竦めることで返事にする。

 はい、それそのものです。

「セリーナにセージ、お待たせー」

「下宿先に連絡とってきたっす」

 そこにモデル顔負け女子大生のレオさんと相変わらずいつもの虎の絵が入ったスカジャンの金メッシュ頭が合流して。

「じゃ、美味しいビールを飲みにしゅっぱーつ」

「え? 羊メインじゃないんすか?」

 そんな二人にこちらも本心から意見を述べる。

「……両方だろ?」

「御健啖ですねぇ」

 そんな感じに、本社ビルを後にした。




「少々、活きの良い人が多い界隈みたいですね」

「お店自体は良いところみたいなんだけど」

 こちらの勤務先の最寄り駅から向かうルートはやや裏路地感のある箇所で実際客引きの姿やこの時間から完全に酒に吞まれているような手合いが喧騒を作っていた。

 飲み屋街が賑やかなのは良いことだがやや好ましくない感じもあり、先頭に立つことにした。

 見目の良い若い女性二人が引き寄せていた目線が途端に引けていく。

「さすがセージ」

「……褒めてもらっているってことで良いんですよね」

「モチモチ」

「大河君も並んでいると本当に迫力ありますね」

 若頭と鉄砲玉、だっけか? 

 まあ、厳ついか厳つくないかで言えば相当厳つい、に分類される自覚はある。

「じゃあ、私たちは何でしょうか?」

「そりゃあ侍らせられてる綺麗どころよ」

 クスッと笑ってから、レオさんが流し目を送ってくる。

「侍った方がいい?」

「冗談はその辺りにしておきましょうか」

「あら、あたしじゃ不足?」

「光栄ですが、お気持ちだけ頂いておきます」

「食べる時と違って、ホント遠慮するんだから」

 そんな薄着で何を言って……いや、着るもの関係なく接触はNGと手で制していると。

「!」

「あら」

 丁度入り口を横切った路地の方からやや派手な破壊音がして咄嗟に肩を引き遠ざける側に立ち位置を入れ替える。

「大丈夫、ですね?」

「うん、ありがと」

 その返事の後、こちらに被害が出るほどの距離ではないけれど後ろに居た立花さんの方も問題なさそうか、と一度視界に収めて確認した上で改めて何事かと路地の方を見る。

 派手に崩れたビールケースや木箱、ガスボンベの向こうで何やら男性三人の後ろ姿が大きな声を上げていた。

 一瞬、その三人の中での喧嘩かと最初は思ったが、よく見ればその男たちがこちらから見て奥に居る女性数名のグループに絡んでいるような様子だった。

「あー……」

 目を閉じて頭を掻く。

 見なかったことには……もう出来ないよな。

「虎」

「うっす」

「ちょっとだけ、お二人を頼むな」

「あたしたちなら心配要らないけど」

「それでも、です」

 見て見ぬふりは出来んでしょう、と呟いてから踵を返す。

 とりあえず声を掛けさせてもらった上で……どうしようもなければ腕くらい軽く極め(アームロック)させて貰えば良いか。

 そんな風なことを内心で算段してから転がってきたビール瓶を跨いで現場に近づく。

 そうしながら飛んでくる声から察するに男たちが女性グループを強引に誘っているのだがけんもほろろに断られている模様。

「流石にちょっと格好悪くないか?」

 そんな感想を持った後、距離が詰まったことでとあることに気付いて歩調を緩める。

 これは余計なお世話だったか、と一つ溜息を吐いた瞬間だった。

「ひぃっ!?」

「あぁ?!?」

 短い悲鳴を上げてその男たちは崩れ落ちる……あ、そのうち一人の倒れ方は良くないな。

「よっ」

 女性陣ならともかく、で一瞬だけ後ろ襟を掴んでスピードを殺してアスファルトに最低限のソフトランディングさせる。

「おや」

 遮蔽物が無くなったことで絡まれていた女性グループと視線が合う。

「どんな騎士様のご登場かと思えば」

「すみませんね、むさくるしい大男で」

「いやいや、その気概は素敵じゃないか」

 まだそこまで寒い季節ではないがきっちりと着込んだロングコート、かっちりとしたブーツの爪先が硬質な音を立ててこちらにやって来る。

「礼は言っておくよ、向田兄」

 ふっ、と唇の端を上げて拳で胸を叩かれる……って結構強くて痛いぞ。

「お役に立てたなら幸いですよ、冠野隊長」

「ん? 別に鞠莉でも構わないけど?」

 そう言って四番隊隊長、冠野(かんの)鞠莉(まり)……さん、は華のある笑みを浮かべた。

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