127.羊と北国土産
「おっ邪魔しまーす」
「おや?」
「お姉ちゃん」
第三会議室で。
全員が揃うまでの待機中に各々学校の課題やら提出書類やらに向かい合っている中、ノックから間髪入れずにドアが開かれリボンで纏めた黒髪のお嬢さんが顔を出す。
今日は狩衣姿ではなく空港や駅で見かけるような年相応な女性の格好だった。
「おかえりなさい」
「うん」
「遠征お疲れ様でした」
「ん、ありがと」
地方で厄介な案件が生じた際、必要に応じて隊が派遣されるのも元は陰陽師や山伏、悪魔祓い達の寄り合いから生まれた弊社の重要な業務の一つ。
本営守護で動かない一番隊を除き二~六が状況に応じ適宜向かう形となる。
「で、コレ水音たちにお土産」
「ありがとうございます、お姉ちゃん」
「うん」
水音さんに手渡された箱には大きく北の大地の定番土産なお菓子の名前が。
「ちょっと迷ったんだけど、やっぱりこれは外せないかな、って」
「まあそうなりますね」
「杏とかお兄さんにならもっとイロモノにしたんだけどね」
「えぇ……」
「なんでさー!」
思わず苦笑していると後ろから唇を尖らせたワンコちゃんの抗議の声が飛んでくる。
「ま、味は保証済みだから皆で食べてよ」
確かに各メディアのお土産ランキングが美味しいことを約束してくれている。
「はい」
「ありがとうございます」
水音さんのお礼を聞きながら、これを十全に味わうためには自販機コーナーへ行くべきか、とか考えているところに流歌さんに二の腕の当たりを突かれる。
「そうそう、お兄さんにレオにも聞いて欲しいことあるんだけどさ」
「何ですか?」
椅子の上で上半身を回したレオさんが応じるのを待って、流歌さんが悪い笑顔を浮かべて告げてくる。
「すっごく美味しかったよ、本場のジンギスカンと生ビール」
「「!」」
……なんてことを言いやがる!
途端にレオさんが真顔になる、し俺も大体そんな感じの反応をしてしまったと思う。
その様を交互に見た後、満足そうに笑って。
「じゃ、またね」
片手を上げて、会議室を去っていった。
「……で、おっちゃんたちは一体何をしてるんすか?」
それから五分後。
最後に会議室に現れた虎に尋ねられて真剣な顔で画面を見ながらレオさんが答える。
「見てわからない?」
「わかんないっす」
「近くに美味しいジンギスカンのお店が無いか探してるのよ」
「わかるわけないっす!」
そりゃそうだ。
そんな虎に口添えしてくれた水音さんと二人で掻い摘んで経緯を説明する。
「あー……そりゃおっちゃんに姉御はマジになっちゃうっすよね」
「ですよね」
納得、といった感じの虎に水音さんが嬉しそうに言う。
何でそんなに、と遣った目線が合って。
「征司さんとレオさんらしいですね、って」
柔らかい表情を作られてしまう。
そこはまあ日頃の行いのせいか、と頭を掻いてから少しだけ話を逸らす。
「……いや、虎、お前さんもどっちかって言うとこっち側だろ」
「ねぇ?」
肉だぞ肉、と手招きすればあっさりと。
「まあ、興味はあるっす」
イイ笑顔で親指を立てる。
良し、ならば好きなだけ食わせてやろうじゃないか。
「……水音さんたちは突然、いう訳にはいかないですよね」
「はい、申し訳ありませんが」
「いえ、こちらこそ」
「今度、ゆっくりできる日に埋め合わせするからね」
レオさんが片目を瞑れば嬉しそうに頷く。
いい区切りまでを待ってくれてから、栗毛ちゃんが咳払いをして本来の議題に。
「お姉さま、おじさま、お仕事の話に戻りましょう」
「あ」
「そうでした」
「で、今日の討伐の相手は何っすか?」
「キマイラかぁ」
「実物を見るのは初めてですが、資料通りの姿ですね」
グループチャットに昼前の巡回で撮影してきた画像を流す。
「身体がライオンで尻尾が蛇、だよね?」
「で、その間から生えてるもう一つの頭が山羊ですね」
誰も口には出さないものの「羊じゃないんだ」という空気は形成される……間違いなく俺のせいなので気付かないふりで流す。
「ライオンからして猛獣なのと他二つの頭が攻撃してくる上に視野が広く、恐らくですが火のブレスを出せるのでその点に注意ですね。幸い羽がない古典的な方なので慎重に対処すれば封殺できるでしょう」
逆に言えばアレで飛び回られればC+くらいの危険度になるか。
「飛ぶと言えば、神話の方ですと天馬に乗った英雄が倒していますけれど」
「ま、その辺りは人数でカバーですね」
「ええと、炎を吐けなくした上で諸説ありますが背中を槍か矢で、でしたね」
矢、と口にした水音さんに視線を送られて栗毛ちゃんが「お任せください」とばかりに胸に手を当てる。
穢れの類が人々の認知の中で有力な魔物と結び付いて生まれた系統の魔物、よってその伝承の倒し方の効果は高い……実際のところ、こいつの場合は倒され方まで有名かと言われればそうでもないが実践する価値はあるだろう。
それに実際のところ通常の手段で我が隊の最大威力を放てるのは彼女だからそれを中心に組み立てるのが良いか。
「炎を封じる、で思ったんだけど」
軽くレオさんが手を上げてこちらを見て、気持ち声を押さえて質問してきた。
「セージのアレって私の風の法術まで焼いてきたけれどこの場合もイケるの?」
「純粋に生物としての構造で放って来る火はどうしようもありません。魔力由来のものであればやれますが、ただし一度こちらの魔力と接触させるかよく観察して相性や反応を確かめてから焼き方を組み立てる必要がありますね」
二回ほど右手を開け閉めしながら何でもかんでも魔法のようにはいきません、と説明する。
魔力に分類される力を用いたものではあるけれども。
「あ、それでおっちゃん初手で一発火をぶつけることが多いんすね」
「……まあ、そういうことだ」
本当こいつはこういうことには鋭いな。
「では、おじさまが私やレオさんのを出来たのは」
「否が応でも隊として行動している間に把握は出来ましたので」
「それだけ、ですか?」
「……あらゆる可能性を排除しない、というのを当初は考えていましたのも否定しませんが」
どっかの政治家みたいな文言だな。
そんな苦しい答弁。
「勿論、そんなことがなければと元々思っていましたし、今は尚更ですよ」
「……嘘ではないようですね」
じっと見ていた視線を緩めて、同じような意味合いの溜息を吐く。
「確かに、今更でしたね」
肩を竦めるジェスチャーを見ながら、水音さんが軌道を修正する。
「では、打ち合わせを再開しましょう」
***
「見つかりましたか」
「こんな遮蔽物のないところじゃあ無理もないです」
大型倉庫建設予定地、という看板のある大きな空き地の真ん中から威嚇の唸り声が聞こえる。
「では、俺と虎が正面、レオさんが後ろ、後ろからは適宜援護して貰いつつフィニッシュに備えて頂く、ということで」
左手に木刀を握りつつ再確認、し三手に別れる。
軽やかな動きで回り込んで行くシスターの後ろ姿を見つつ、後衛回りに潜んでいるものが無いかを再チェック。
「行くか」
「っす」
大太刀の鞘を払って構える虎と真っ直ぐに駆け出せば獅子の口が大きく開き。
「来るっすよ」
「おう」
炎が揺らめいたと思いきやそれがこちらに向かい加速し放たれる。
それに対し右手を広げこちらも火を放つ、が。
「押し負けてるっすよ」
「五月蠅い」
大型トラックに突っ込まれたブロック塀のように押し切られ炎の奔流が向かってくるのを二手に分かれて避ける。
そこにキマイラが突っ込んできて鋭い爪の揃った前脚を振るう。
真正面から大太刀を薙いだ一撃と正面衝突し、三〇センチばかり黒にイエローのアクセントが入った運動靴の両足が後退する。
「うおっ!?」
「そっちも負けてるじゃないか」
「まだまだぁ」
そうこうしているうちに背後からレオさんの銃撃が着弾しているが厚い鬣や山羊の角で器用に受けて足は止まるがダメージが入った様子はない。
再度の突撃を今度は有言実行で虎が受け止める様を見て斜め後ろから木刀を突き出すも、それなりの巨躯とはいえネコ科の柔軟性で軽やかに間を外される。
そうする間にもさっきこちらの火球とあちらの炎がぶつかった時の感触を反芻する、そういう器官のある生物ではないからやはり炎は魔力由来か……クセはあるが行ける感じ、ライオンと蛇は食べたことがないのでわからないが正にラムと言ったところか。
「セージ、横から!」
そこにレオさんの鋭い声に喚起されてキマイラの背中側から伸びて来た蛇の咢を木刀で受ける……刀身にヒビが入ると同時に甘ったるい嫌な臭いが生じる、毒液か。
牙が食い込んでいてくれるならむしろ幸い、とそのまま木刀は手を放し予備に持ち替えつつ咥えたままの方を発火させる。
そういう用途も考えて材質は丈夫ながらもかなり燃え易いもので拵えてある。
「!!!」
「「!?」」
燃え上がる木を離すことも出来ず熱さにのたうち回る蛇から火傷の痛みやら焦燥する思考やらが流れ込んだのか獅子も山羊も動きが一旦止まる。
その隙に。
「今よ!」
「!」
「てぇっ!」
レオさんの二丁から続け様に放たれた弾丸が蛇の頭を半分吹き飛ばし、後ろから飛来した矢が山羊の右眼球を正確に貫き、虎の一閃が獅子の左前脚の指の過半数を切り飛ばす。
苦悶の痙攣をしながらも激高した獅子の咢が大きく開きさっきより大きな炎の気配を生じさせる、がそれこそがこちらの狙い通り。
そこにカモフラージュのための火球に紛らせながら奴の質に合わせた魔力を送り込み、放つ前に強制的に発火させる。
暴発した炎に口腔内を焼かれてのたうち回り左前脚が削ぎ落されていることもあり半ば地面に崩れた体勢となったところに。
「皆さん、離れて!」
こちらも集中した魔力の込められた矢が獅子と山羊の頭の中間点に突き刺さり放電による強烈な閃光が周囲に奔る。
「やったか」
「セージ、それ言っちゃダメな奴じゃない?」
「ここまで完璧に決まったならひっくり返しようもないでしょう」
実際問題、生命としての気配は一気に消え失せて行っている、間違いなく致命の一撃だろう。
もう何度か痙攣した後、垂れ下がった山羊の頭部の角が地面に当たり乾いた音を立てたのがその証拠だった。




