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121.怪我の功名(?)

「間に合ったか?」

 本社近くのコインパーキングに滑り込みサイドブレーキをしっかりとかけブレーキペダルから足を離す。

 そこまで時計を睨みながら車を走らせてきたせいか忘れかかっていたことを思い出す。

 こちらを案じてくれたことに対してどうにもならないことを馬鹿正直に口にしてしまっていたこと……ある意味拒絶したように受け取られても仕方のない対応。

 どうすれば良かったかは未だにわからないけれど。

「……」

 まあだからと言って突然顔も出さないのは恥の上塗りのようなものだと腹を決め。

 車から降りエントランスに速足で向かう。




「「!」」

 そんな時に限ってタイミングがずれるというのはよくある話で。

 今まで殆どなかったことだが、到着時間が重なりお嬢さんたちと鉢合わせになる。

 身と表情を固くさせた制服姿の水音さんと、両隣の二人からは不審そうな目線が来る……この前の一件以降、大なり小なり水音さんの様子に何かはあったのだろう。

「お疲れ様、です」

「は、はい……」

 それでも今まで通り……いや、違うな。

 最初の頃程度の距離感で挨拶を交わす……交わしたとき、だった。

 よそよそしく彷徨いかけた目線が一点に止まる。

「征司さん」

「はい?」

「袖のところ、どうなされたんですか?」

「え? ああ……」

 埋もれる程度の痛みだったせいかすっかり忘れていたが身体を捻って避けた際に軽く切っ先が触れたのか左手のシャツの袖部分に軽く赤い染みが出来ていた。

「さっきまで数だけは多いのを相手していまして」

「見せてください」

「いや、そんな大したことでは……」

 そう言いながら身体の後ろに左手を隠しかけてから気付く。

 多少内容は異なるかもだけれど、こうすることで案じてくれたことを無下にする行為は同じじゃなかろうか、と。

「お願いしてもよろしいですか?」

「はい」




 少々珍しい異論を挟ませない口調で、すぐ済ませて行くから、と他の二人を更衣室の方に先に行かせて。

 それから自販機コーナーのベンチに座らせられ、小さな穴の開いた袖をまくるように促される。

「ほんの少し派手に血が出ただけとは思うんですが」

 気恥ずかしさに少し目を逸らしながら従うと、そんな俺を意に介さず真剣な顔で傷を確認される。

「……あまり綺麗な傷痕ではないですね」

「銛か鉈、だったので」

 鋭利さを全く感じない傷口に相手の得物を思い出しながら答えれば。

「毒が塗ってあったかもしれませんし、そんなものでつけられた傷を放置して破傷風になっても大変です」

「……はい」

 心配が過ぎるとは思うものの、お願いすることに決めた以上は大人しく頷く。

 近付けられた指先に柔らかな光が灯ったかと思えばその傷口は元通りに塞がる……近くにあった古傷はそのままだが。

 それを哀しそうな顔で見つめた後、水音さんが口を開く。

「ええと、これで……」

「はい、ありがとうございます」

「……勝手かもしれませんけれど」

 古い方の痕に一瞬触れそうになって、手を引っ込めながらも。

「こちらも治癒できればいいのに」

「もう結構古いですからね、これがあるのが俺ということでしょう」

 あと、面倒な気持ちを奥底に残したままにしているところとかも、か。

「ただ、この前も言ったように消す消せないじゃなくて……お気持ちだけでも嬉しいですよ、本当に」

 改めて、あの時ではなく時間を少し置いたことで伝わるだろうか、とゆっくりと口にすると。

 また彼女が俯き気味にスカートの膝辺りを握る。

「でも、私が征司さんにして頂いていることに比べて小さすぎて……悲しくなります」

「そこはほら、年の功とかいうやつです」

「……」

 納得のいっていない様子。

 それに、と付け足す。

「こちらだっていつもお邪魔する時に心地好く迎えてくれたりとか、お弁当とかのことをかなり嬉しく思っていますよ、いつも」

「本当……ですか?」

「それに嘘をついてどうしますか」

 下手なりに笑顔を意識すれば、ようやく小さくだが首を縦に振ってくれる。

「でも、もっと努力しますね」

「……ええと、楽しみにさせて貰います」

「!」

 思わず言った言葉と、それに対する反応に、口を押える。

 どうして「今のままでも充分なくらい」とか言えなかったのだろう。

「その、あの……決して頑張り過ぎない程度にお願いします」

「……」

 そう補足したものの、今度はしっかりと首を横に振られてしまう。

「そこは頑張りたいんです」

 良い笑顔を見せてくれたところで、我に返ったのか色白の頬を赤くしてから。

「で、では……支度、してきますね」

「はい、気を付けて」

 言ってからどんな危険があるんだ? と内心で突っ込んだ後、後姿になった彼女の足取りが浮いていきそういう意味でやや怪しいことに苦笑いして。

 それから、大きく息を吐いた……甘苦いものを逃がすように。




「ねえさま、一転してルンルンだったね」

 入れ違いに、巫女装束にモッズコートとスニーカーという今思っても特徴的なワンコちゃんが階段を降りてくる。

「一転、と言いますと……」

 流した方が良いのか、いやしかし……と一瞬だけ葛藤してから、聞けと言外に言われている気がして尋ねる。

 尋ねるというよりかは合いの手、といった感じか。

「大変だったんだよ? おとといの月曜日、目が真っ赤になった状態で学校に行ったもんだから」

「……」

「どこの悪いヤツが泣かせたんだ? ってね?」

「それは……」

 悪人です、とそっと手枷でも嵌めて下さいと両手を揃えて差し出せば「わかっているならよろしい」とばかりに両手を腰に添え胸を張って頷かれる。

「殊勝だね、オジサン」

「……女の子を泣かせるのはろくでもない仕業だと痛感しているところです」

 本気で胸が痛いな、とベンチの上で項垂れていると身長差が大分消えたところにある肩を軽く叩かれる。

「ま、オジサンが悪人でも悪いことしたわけでもないのはわかってるけどね」

「……それは幸いです」

 好き好んでやっていない、単に色々と下手だっただけの話。

「じゃないと今頃千弦と一緒にシメてるからね」

「ははは……」

 スッと目を細めた冗談半分……いや、冗談は一欠けら程度の声色に一筋嫌な汗が背中を流れる。

 色々な意味で、絶対にそんな事態には陥りたくない。

「で、オジサンが怪我するなんてどんな厄介な奴に絡まれたの?」

「奴らの一派だとは思うんですが……少々多めに使い魔を送り込まれた感じで」

 今更ながら左腕を軽くチェックする、がそもそも気にならなかったし治療もして貰ったので全く問題はない。

 穴は開いた上に血の跡もあるシャツは廃棄だが、割と新しかったのに。

「使役者本人が出て来たならとっ捕まえてやりたかったんですが」

「うわー、怖い顔」

 少々虫の居所が悪くそれもあって見え見えの誘いに乗ったのだがそれが解消した今は何処かの棚に上げてそう口にする。

「ま、杏としてもそうしてくれると安心かなぁ」

 頭の上で指を組んでぐぃーと伸ばす。

 そんなやり取りをしていると今度はふとエレベーターの表示が動き始めたのが目に入り、地下から上がってきて扉が開く。

「おや」

「あら」

「……や」

 スーツ姿の姫カットと白衣に太いフレームの眼鏡の若い女性が二人。

「やっほー、清霞に真澄」

 ワンコちゃんが軽く手を上げて呼び掛ける、気軽に……一応、主家筋のお姉さんたちじゃないのか? 

「珍しい組み合わせだね」

「そうでもないと思いますが」

「チームメイトだしね」

 真澄さんのコメントに二人してそう答える。

 もう八番隊発足から半年たったんだよなぁ。

「仲の良さそうなのは良きことですが丁度良かったです、征司さま」

「俺? ですか?」

「はい、少々ご相談が」





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