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120.石の罠

「ふぅ……」

 直進車線から少し迷って、他に車両がいないことを確認し右折車線へ。

 そのまま暫く走るルートはここ最近昼間意識して巡回していたエリアの外周を掠めつつやや遠ざかるものになる。

 無論運転中のためしっかり前は見ているけれど、脳裏に浮かぶのは小柄な黒髪の女の子の哀しげな表情。

 もうちょっと言い方、やり方は無かったのかとこの数日悔いているものの後知恵すら思い浮かばず午後には集合する日を迎えてしまっていた次第になる。

 自分でもどうしようもないし、どうにかする方法を思い付けもしない事柄を、他の誰かにどうしてもらえばいいのかということはわかり様もなかった。

「はぁ……」

 また溜息を吐きながら、せめてどうにか初めて会った頃くらいの事務的な応対は許してもらえる距離感で居られれば、等と後ろ向きに考えていると。

 一瞬バックミラーに黒い影が映った気がして良く見直せば招くように暗い靄が蠢き手招きするようにビルの谷間へ吸い込まれて行った。

「相手になってやるか」

 丁度良い八つ当たりの標的ができたかもしれない、と一瞬だけ思ってからその考えも頭から追い出す、そんな気持ちで戦場に出れば怪我をする。

 角にある電気店の立体駐車場に車を進め停車後トランクルームから木刀を二本入れた包みを取り出しつつ一度深呼吸をして気を落ち着かせ、一応彼女たちの方角に意識を向けあちらに異常がなさそうなのを再度確認し、軽く顔を自分で叩く。

 多少気まずいものがあったとしてももう会えなくなることよりは全然マシな筈だった。

「……いや」

 それよりも。

 あんな顔をさせたのを最後にお別れなどということは断じて二度と御免だ、というのは間違いのないことだ。




「うわ……」

 これ見よがしな痕跡を追って辿り着いたのは僅かながら見覚えのある廃教会と隣接する墓地だった。

 数か月前に石の魔物に囲まれ、その混乱の最中に水音さんを拉致しようと亜空間を操る魔物を仕掛けられた場所。

 そこに踏み込めばあの時と同じようにガーゴイルが三体こちらを囲むように蝙蝠のような翼を広げて降りてくる。

 別に俺を潰したところで他の護衛が付くだけだとは思うが……それでも排除したいと思われたなら。

「お目が高いことで」

 包みから二本の木刀を両手に取って、まず真っ先に襲い掛かって来た個体の銛を捻る様に後方へ流す。




「ちっ……」

 しかし実際問題として。

 石の魔物、というのは木刀と火を使うこちらのスタイルとしては絶望的に相性が悪い。

 タイミングを見計らって銛を持っている奴の得物に手をかけてハンマー投げの要領で別の個体に叩き付けてやったものの鈍い音がしただけで両方とも元気にこちらを狙ってくる。

 衝撃に痺れた手を軽く振りながらついでに大きめに火球を放つも効果は無く、鉈のような幅広の剣を持って突っ込んできた個体に蹴りを入れて離れつつ木刀を拾い上げどうしたものかと思案する。

 こいつらを差し向けて来たのは俺を始末するためか、それともこの前の蜘蛛の一件を処理した仕掛けを探ろうとしているのか……? まあ、両方か。

 だとすれば今後を考えたときに素直にアレを使ってこいつらを瞬殺するのは考え物だ、種はできるだけ隠しておきたい。この隙に水音さんたちを襲おうというのならその限りではないが特にそのような連絡が来る様子もない。

 何か良い方法は無いかと考えつつ後ろから棘付きのメイスを振るってくる奴の攻撃を身を捻って躱す。

 得物を奪うならこいつかな?

 地面を叩いた後、再度振り被ったそいつの手の中の柄を目掛けて直列になるよう木刀を突き出しもう片方の木刀を叩き付ける。

 筒の中から押し出す要領で石の指から抜けたそれを脇をすり抜け意図していた分早く拾い上げて手近な奴に叩き付ける……鉄製の武器に一気に入る亀裂に悶絶してそいつは後退する。

 これは良いものを貰ったな? 

 予備は準備しているけれど自前の木刀をあまり傷めたくは無いし、と改めて軽くメイスを振って重量とリーチを確かめる。

 そこから返す刀で鉈を振りながら突っ込んできた個体の頭の角目掛けて薙げば形状的に脆そうなところにヒットし頭の三分の一ほどが砕けそのまま地面へ倒れ伏し藻掻くような動作を取る……機能停止とはいかないがかなり致命的な結果は得られそうだ。

 この要領で行けば片付くか? と考えたところでその半壊した個体は動きを止めて別の気配が生じる……一体減ったかと思えば三体の追加。

「飲み放題でもそんだけは頼まねぇけどな」

 まあそうなることは前回の経験からも承知していたけれど、実際にそうされると鬱陶しい感覚にはなる。

 ただまあ、少し暴れたかったのも事実で……さて、根競べと行くか? それとも?

「じゃあ、残りはこちらで受け持とうかい?」

「お」

 その言葉と同時に、金色の風が真横を吹き抜けていった。

 その風の正体は黄金の羽毛を持つ大鷲で、一瞬で両足の鍵爪に二体のガーゴイルを捕らえると抵抗も意に介さず空中で巨躯を捻り地面に叩き付ける。

 衝撃で粉々に粉砕され散らばる破片の中から弾丸のように飛び出しすれ違いざまに一蹴りでもう一体の頭部を弾き飛ばす。

 あっという間に三体を始末……さっきまでチマチマとやっていたのが馬鹿らしくなるレベルの破壊力だった。

「うんうん、今日も我が相棒は最高に輝いてる」

 軽く拍手をしながら現れたのは鏡淵、と三番隊の皆さん。

 他にも三メートルはあろうかという大熊の腕の一振りが胴体を砕いたかと思えば、仄かな光を散らしながら飛ぶ精霊が魔物を石像に逆戻りさせたりし、形成は一気に逆転……いや、掃討完了にまで持ち込まれていた。




「君の煌めきとならどこまででも飛べそうな気がするよ」

「……」

 で。

 一仕事終えた後、さっきまであんなに猛々しかった黄金の大鷲の喉付近を撫でながら鏡淵が使役した精霊を労っている。

 北欧神話で天の北端に住まう風を生む存在をそんな風に……と驚嘆半分呆れ半分で眺めつつ他を見れば。

 腹を見せて転がる大熊をあやしながらクーラーボックスから鮭らしき切り身を与えていたり、何やらサイリウムを振るって持ち霊を褒めたりしている。ええと、契約した精霊たちを心から持て成し讃えることでその力を最大限に引き出すのが流儀……だったっけか。

「すまない、助かった」

「おや。思ったより素直」

 一頻り終わったのを見計らって一応礼を言えばからかうような笑みを浮かべながらも頷かれる。

「俺一人で充分だったのに、って言うと思ったのに」

「俺一人で充分だったけれど時間はかかりそうだから、まあ有難かった」

「あまりこちらにかまけている場合でも無さそうだし?」

「そうとも言う」

 三番の皆が落ち着いているのでわかってはいたが、タブレット等を開き緊急の連絡が無いことを再確認する。

 こちらで絡まれている間にあちらを急襲するという訳でも無かったようで、相性のいい魔物をぶつけに来たという認識で良かったらしい。

「特に遺留品などもなさそうだね?」

「だな……済まないがこのまま離れても良いか?」

「特にこの後必要なこともないし構わないよ、お嬢さんたちとお約束の時間だっけ?」

「……仕事だよ」

 内容は同じだが首を横に振って訂正する。

 今からなら急いで車を回収して飛ばせば水音さんたちが本社に着くいつもの時間ギリギリには滑り込めそうだった。

 ある程度時間を取られる想定でこちらに踏み込んだが、間に合うようならば余計な心配はさせたくない。

「何なら、快適な空の旅をご提案するよ?」

 黄金の鷲が「ん?」という風にこちらを覗いてくるが。

「いや、車があるしお気持ちだけ」

 再度こちらまで戻るのは面倒だった。





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