117.帰り道、寄り道
「行っちゃいましたね」
「ですね」
休日の、夕方には少し早い時間帯。
駐車スペースから出ていく車を見送りながらの呟きに頷く。
「丁度パパがゴルフの帰りに近く通るし」と言ったレオさんが呼び寄せたスペイン製の珍しい高級車に虎が食い付いて、それから方向が同じだとさり気無さを装いつつも強引に栗毛ちゃんも乗せられ、ワンコちゃんはちょっと眠いということで軽くおサボりで……まあつまり、二人きりだ。
「今日はいきなりで」
「嬉しかった、ですよ?」
急な訪問を一応もう一度詫びようかとした言葉は被せるように封殺される。
「皆さんが集まっているって聞いたら、羨ましいのが声に出ちゃったと思いますし」
「確かに、そこから鳴瀬さんの即決っぷりは見ていて気持ちよかったですね」
「想像は出来ますけれど、見たかったです」
口元を隠す上品な笑い方に柔らかい気持ちを抱かされて、そのままそれに浸かってしまいそうになるが……折角、作って貰った機会はしっかりと使わせて貰わないといけないよな。
もうよく知っているこの子の家の夕食時にはまだ一時間以上猶予はある。
「あの、水音さん」
「はい?」
「この後もう少しお時間を取って貰っても宜しいですか?」
「!」
大きく一つ瞬きをした後、頷いてくれた後。
ずっと立たせておくのも変だしあまり聞かれたくないというか他者を存在させたくない話にもなりそうでこんな誘い文句が口から出た。
「もし良ければ、ドライブでも」
「えっと……」
助手席に収まった後、車内と自分の位置関係を見ている様子に。
「ああ、座席は良いように調整してください」
「はい……大柄な方が乗っていらしたんですね」
「ああ、俺ですよ。レオさんが運転してみたいとのことで譲っていたので」
「そう、なんですね」
相変わらず、スポーツ系の車のシートにも余裕のある細身の身体。
女性の中でも小柄で華奢なのは間違いないが、この子だけが特別そうでもないのに何故か少し心がざわつくというか不思議な感覚になる。
座席の調整後、一応転寝しているかもしれないけれどワンコちゃんの方に水音さんがメッセージを入れ終えたのを待ってイグニッションボタンを押す。
「どちらまで行くんですか?」
「まあ、その辺りを一周してこようかと」
「……」
不服そうというか、物足りなさそうな色合いを漏れた吐息に感じる。
いや、この時間帯から明るいうちに帰すのであればそれ以上は厳しいだろう……暗い時間になってしまうのは色々な意味でアウトだ。
余裕で一回り以上年下の、少女。
そんなことを考えながら、ゆっくりと発進しまずは公道の方に出た。
「あの、征司さん」
「ええ」
「忘れないうちにお願いしておきたいことがあって」
「何でしょうか」
丁度流れが滞ったのも利用して助手席側に顔を向ける。
立っているときより差は縮んでいるもののそれでも低い位置から軽く見上げる角度になっている目線を受ける。
「今度、どこかの土曜日で雛菜ちゃんとの約束を守りに行きたい、って考えていまして」
「ああ」
病院で知り合った女の子に、仕事抜きでしていた、情報収集とかそういうの抜きで一度お見舞いに行くという話。
小さめに頷いて発車した前を行くタンクローリーに車間距離を保ち後続する。
そうしながらふと笑いが混じってしまった声がでる。
「水音さんは」
「?」
「そういうところ、律儀ですよね」
周囲の流れに乗り切るまでの時間を置いて返される。
「征司さんだってそういうところがあると思います」
「ですか?」
「はい。色んな意味で有言実行するというか……」
「まあ、自分で言ったことくらいは守らないと」
一応いい大人なので、と付け足せばくすりとまた笑われる。
それを横目で見ながら。
「話は少し戻しますが」
「はい」
「病院の方、同行しますよ」
車的な意味でも、身辺を護る的な意味でも。
「ありがとうございます」
運転の合間に確認している、そう言った表情に少々不思議と言うか想像していなかった意味合いの色が混じる。
「よかったぁ……」
分類するならば、安堵の。
「……?」
その様子を不思議に思いながらも、視界の隅で確認した標識に丁度良いものを見つけてウィンカーを出す。
「少し、停めますね」
「はい」
少し大きめの公園の駐車スペースに車を滑り込ませ停車した。
「その……」
サイドブレーキをかけ、エンジンを停止する。
「少し面倒……というか、水音さんにはご不快な話かもしれませんが……そういう話をさせて頂いてもよろしいですか?」
俺にとっては広いとは言えない車内スペースでそれでも助手席側に身体を向ければ、彼女の方も綺麗に膝を揃えて可能な限りこちらを向いてくれた。
真剣さと不安さが半々の顔で。
「はい」
「ありがとうございます……」
そう言いながらどう切り出したものかを迷い……結局、単刀直入に口にした。
「その、水音さんもお気付きかと思いますが、先日の蜘蛛使いの一件……いや、その前の諸々から、いや違いますね」
「……」
「そもそも最初の前提として、強い力を持つ者を求めて襲撃してくる連中、が水音さんの前に現れることを想定して俺は家の意向もあり八番隊に所属することになりました」
「はい」
小さく頷いてくれたのを確認して、言葉を続ける。
「今まで黙っていたことと囮に使うようなことをしていたことを勝手を重ねますが今のうちにお詫びしておかなければ、と思いまして」
狭い車内だが可能な限り頭を下げる。
暫くの沈黙の後。
「……あの、今それをおっしゃるのは」
「はい」
「やっぱり、もう、私が用済みだからでしょうか……」
「え?」
想定外の言葉に顔を上げればルームミラーに頭をぶつける。
痛いか痛くないかで言えばそこそこ痛かったが、今はそれどころではなかった。
「どうして、そうなります?」
「だって、この前襲ってきた人を捕まえて、それで征司さんや征司さんの家の方々の目的が達せられたから……もう征司さんが私たちの隊に居る必要が亡くなった、というお話なんですよね?」
「いや、その……確かに捕らえはしましたが、これと言って大きな情報は引き出せなくて、申し訳ありませんが最終的な水音さんの安全を確保は出来ていないのですが」
ああ、そうか。
捕らえた蜘蛛女が末端ぽいという話は未成年の子たちには伝えてなかったのか。
「……ええと、では」
「ご不快でなければ、今までのように……じゃないですね」
「?」
下手な隠し事は、もう止そう。
「複数回の襲撃が有ったことから、その向こうは完全に狙いを定めてきているので……今まで以上に周囲を警戒させて頂ければ、と考えています」
「それって……?」
「その、上の方々と相談の上、学校や通学路の付近を重点的に見回りをすることに」
「もしかして、この一昨日杏が誰かと念話している様子だったのは」
「まあ、その通りです」
こんなのが頻繁に周囲を巡回しているのもあまり気持ちの良いものではないかもしれないが、何とか許容して貰えれば……。
「ありがとうございます」
「……へ?」
予想外で、何故そうなるかがわからない言葉に間抜けな顔をした自覚はあった。
「だって、征司さんが今までのようにお力を貸して下さるんですよね」
「それは、はい」
「でしたらそれは有難いこと、ですよ?」
「いや、でも!」
声が少し大きく、そしてややラフになりかけたのを自覚して口元を手で押さえる。
そんな様を小さな笑みを浮かべてみていた子に改めて向き直る。
「水音さんが危険なことには変わりはないんですよ」
「でもそれは征司さんの企み、というわけではありませんよね?」
「そんなのは当たり前! ……ですよ」
また色々なものが混ざりそうになって、口元を魚のようにパクパクさせてしまえば対照的に水音さんの笑みが濃くなる。
そんな彼女の胸元に手を当てての言葉。
「でしたら、私は……それに私だけじゃなくて、ちづちゃんやレオさんたちも征司さんが居て下さった方がぐっと安全、ですよね?」
「それはそうかも……じゃない、俺がいる限りそうなるように努めますが」
「はい、よろしくお願いしますね」
今度こそしっかりと微笑まれてしまい、それに返事をできずにいると強い意志のある言葉で言い切られる。
「私、きちんと危険なども承知した上で志願していますよ」
「……」
当初鳴瀬さんを隊長として発足しようとしたときの顛末のこと、か。
「そもそものことを言えば……」
「はい」
「女の子が危険にさらされること自体が嫌、なんですがね」
複雑な心境のまま目を逸らしながら言うと、その隙に手が伸びてきて柔らかな指先に強く握っていた左拳を包まれる。
「以前に征司さん、私が自分でどうしようもないことにまで気に病むことはないって言って下さいましたよね?」
「……」
「頼りになる方が居て下さるだけで、嬉しいです」
包んでくれた手を少しだけ強く握って、少しだけ彼女の方に引き寄せて。
「あらためて、お願いしますね?」
そう言われてしまえば頷き返すことしかできなかった。
「でも、良かったです」
「何が、ですか?」
遅くならないようにと、随分早くなり始めた日の入りにも余裕を持って駐車スペースからバックし終わると隣からそんな声が聞こえた。
「征司さんが目的を果たしてお別れを言いに来るんじゃないかってことも考えてしまっていましたから……」
「……約束事は守る方だと思って頂けてたはずですが」
「でも、征司さんの意思に反して、ということも有り得ますよね」
「可能な限り抵抗しますよ」
ギアをチェンジしながらそうは言ったものの、その言い方が心配事を裏付けていたのに後から気付く。
「……」
「いえ、その、実力行使で来られると分が悪いので……勿論、こちらに居るように手は尽くしますが」
「……ええと」
「はい」
暫しの間、エンジンとタイヤの音だけの空間が在って、それから。
「征司さん本人のご意志は……こちらにいることを優先、ということですか?」
「……ええと」
隣から注がれる視線には、敢えて応じず……。
「こちらでやりたいこと、やらなければいけないことが多いのは間違いないですね」
そうとだけ、返事をした。




