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113.千弦と将虎

「ここは?」

「我が家の修練場になります」

 休日、招かれた栗毛ちゃんの家にて。

 巫女服に弓、拗ねまでしっかりガードする髪と同系色のブーツ。

 つまりいつもの戦闘スタイルで迎えてくれそのまま庭を突っ切り奥まで通されるとその一角から転移して開けた山の中に出る。

 開けたというか、山深い中にきちんと木々を切り開いて広いスペースを確保しているというべきか。

 つまり、派手にやっても構わない場所、と言った感じ……威力がド派手な雷を使う一家だものな。

「おーっす、おっちゃん」

「お」

 そしてそこには素振りしていた手を止めて片手を上げる虎の姿もあった。

「どうしてお前さんも?」

「暇なら面白いことするから来いって鳴瀬に」

「へぇ?」

「一対一では私に分がありませんから」

 まあ、その場合は初撃を凌いで間合いを詰めれば決着がつきそうなものだ。その対策を持っていないということも絶対に無いだろうが、建前とすればそうなるか。

 いや、逆にそれを装って懐に誘い込もうとしているかも……?

「小娘に対するハンデとして、それでもよろしいですか?」

「またまた御冗談を」

 歳と場数ならそうかもしれないが、魔力の量や単純な火力だとむしろそちらが上。

 色々あって八番隊は今こういう形だが、初期構想の栗毛ちゃん隊長ルートと言うのも説得力はあるんだよな。

 単純に虎と稽古をする時に比べれば色々な事が脳裏を過ぎる中、台に置いてあった弓を持って矢筒から先端がゴムになっている矢を一本抜き出して見せてくれる。

「どちらにしろ、胸をお借りする立場ですから」

「……二人がそれでよければ」

「これも勉強だと思うので良いっすよ」

「じゃあ、それで」

 持ち込んだ竹刀袋から小型のものを三本取り出し、少し考えてからベルトに二本下げる。

「では」

「よろしくお願いします」




「やっぱ、立ち回りが違うっすね」

「そりゃな」

 以前とは異なり、竹刀の一撃を捌くのは同じだがそうしつつ栗毛ちゃんの斜線上に金髪メッシュを収めるのを意識する。

 つまり、盾にしている訳だ。

 間合いの方もなるだけ詰めた状態を維持しながら……これはこれで至近距離で竹刀が軋むほどの一撃を何度も受け続けるためしんどいっちゃしんどい。

 手首の返しで向こうの竹刀に荷重を掛け抑え込めないまでも一瞬遅らせつつ、さて栗毛ちゃんはどう出るか? を思案する。

 事前に吹き込んで何らかのコンビネーションプレイをしてくるか、それともこちらの状況を見つつ独力でどうにかしにくるか……何となく後者な気がする。

 そしてそれを想像してみているのは、ちょっと楽しい。

「だりゃっ!」

「ん!」

 鍔迫り合いから力で押し込まれ間合いが外れたところに矢が一本……なるだけ竹刀の先端で弾けばかなり帯電していたのか、パンという音と共に腕まで伝わってくる嫌な衝撃と先皮の焦げた匂い。

「金属製ならこれでダメージなんですが」

「おっちゃん本番でも木刀だろうし」

「……いや、充分おっかないんですが」

 と呟いた瞬間、頭上に嫌な気配。

 考える前に横に飛べばさっきまでいた場所に矢が一本落ちてくる。地面に接触する寸前、さっきのように放電して転がる。

(いつの間に?)

 目を離したつもりは無かったが大柄な虎の影になった一瞬の隙に上空に放っていたのか? それもここに移動してくると踏んで?

 もしくは、さり気無く誘導したか。

「おっしい」

「……残念です」

 指を鳴らす虎と、そう口にしながらも冷静な眼差しでこちらを見ている栗毛ちゃん。

 これは思った以上に難敵だな?

「この状況で一本取ってもおっちゃんに勝ったっていうつもりは全く無いっすけど」

「……」

「ちょっとはケツに火が点いてもらうっすよ」




「さて」

 一度離れた間合いのまま、動きに緩急を付けつつ一か所に留まらないように意識しながら考える。

 さっきの虎の言葉じゃないが二対一で押し切られてもそこまで不名誉な結果ではない、とは思うけれど。

 一応場数を踏んでいる者としてはすんなりそうさせたくない気持ちが強くなってきている、二人の動きや仕掛けがいいと猶更に。矛盾しているかもしれないがそれが正直なところだ。

 ならば勝ちに行かなければならないがそうなるとどう攻めたものか……とりあえず一つ言えるのは時間が経つと不利そうなこと。体力無尽蔵、少なくとも俺より全然持久力がありそうな前衛に余裕を持ってこちらの隙を伺っている後衛。

 形振り構わなければ幾つか手はあるが? 問題はどこまでやるか、手の内を見せるか、か。

「考え事っすか?」

「そりゃ頭使わなきゃ勝てんだろ!」

 大上段で突っ込んできた振り下ろしが……気持ち浅い。

 そう判断して受けではなく躱す方向にと咄嗟に判断した直後で気付く。

「どりゃあ!」

 一種のフェイントで振り下ろされた竹刀が腹くらいの高さで急停止して跳ね上がりそのまま突きのように繰り出される。

 それを竹刀の一番太い個所と鍔で受けて……これ幸いと竹刀を弾かれた風を装ってバックステップで。

「大河さん、おじさまが得物を離すときは」

「なんか企んでるっすよね!」

「……」

 あら鋭い。

 ちょっと感心させられながらも、こちらの企てがあちらの想定を越えれば良いまでだと考えたままに動く。

 空になっている手に魔力を収束させて火球に……その動作が一流の使い手に比べれば緩慢なのは先刻承知だしそろそろ皆にもバレてはいる筈。

「!」

 それを隙と見て突っ込んでくる虎だが、夏休みにそこでフェイントを仕掛けたのでその動きは闇雲でなくこちらの一挙手一投足をしっかり視界に収めながら。

 学習しているなと思うものの、でもまだそこもこちらの思うつぼ。

 早打ちが苦手な自覚はあるのでそういう想定だってたっぷりとしている。

「んなっ!?」

 突きを食らうまで俺が居た空間に踏み込んだ瞬間、そこにさり気無く残しておいた魔力の残滓に着火する。

 そこまでダメージになるようなものではないが虚を突いて動きは完全に止まる。

「耐えてみせろよ?」

「!!」

 そこに逆に火球を出した手を振り翳してこちらから突っ込む。

 咄嗟に両手を交差して逆手に持った竹刀と共にガードする体制に入ったところの横を虎の利き腕の反対側を選んですり抜ける。

 ついでに一発蹴りを入れて反動を使うついでに目的の方向へ加速。

 脱落させるなら脆い方から、という訳で。

 入社試験時に最低限の防御の法はチェックされている筈だよな、と思いつつも障壁を展開した栗毛ちゃんに肉薄する。

 普段の防御は他に一任しているから初めて見るが織物のように糸状の魔力を編み上げた、俺が使う板状とは見た目から違う強固そうなものだった。

 それでも一応直撃はさせないよう栗毛ちゃんの足元に叩き付け、火の粉と砂埃を散らす。

 そして。

「失礼」

「え?」

 その織物ではなく、それを構成している魔力に干渉して焼き落とす。

 呆気に取られている顔を見ながら懐から引き抜いたナイフを強度を喪った織物の奥に突き入れ構えていた弓の弦を切断し、そのまま背後から……。

「まだ、です」

「!」

 そのままナイフを突きつけて絵面は酷いが虎もホールドアップさせて終了、と考えたが魔力を解き放つ気配に慌てて飛びずさる。

 栗毛ちゃんの体から放たれたスパークの範囲から辛うじて離脱。

 まあ、弓からしか放てない、なんて訳は無かったか。

「鳴瀬!」

「問題ありません」

 そこに割り込むように突っ込んできた少々焦げ臭い匂いをさせた一太刀を受けて更に後退し間合いを外す。

 先日目の前で使ったから構わないかと思いやや奮発して手札を切ったが、凌がれてしまったな。

 残念な気持ちを抱きつつも、口元が笑ってしまうのも自覚する……それを意識して引っ込めてから、二人へ向き直る。

「この辺に、しておきますか?」

 一応、ナイフを収めて両手を広げてそんな風に聞いてみるものの。

「冗談! まだ準備運動が終わったくらいっしょ?」

「もう少し、本気になって頂かないと」

 若い二人はまだまだ臨戦態勢でそう答えるのだった。




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