111.後始末
「八番隊は解散させた方が良いのではないか?」
「左様、二度も襲撃されるような隙があるというのは若輩の者中心だからではないのかな?」
本社の第一会議室にて。
あの後、六番隊と合流し捕虜を確保して戻り地下の最下層にある厳重に結界を施した部屋に収監した上で学生たちを帰した後、緊急の会議が開催されそこの末席に座らされているのが現在の状況だ。
……俺もとっとと帰りたかったが、八番隊の中で遅い時間の会議に出れそうなのはほぼ俺だけだから仕方がない。
「だから私は心配したのだよ」
しかし。
弊社こと白峰警備株式会社は成り立ちは各地域で発達した退魔師たちの寄り合い所帯のためお偉いさんたちは基本それぞれの本拠地の屋敷に居る。
なので緊急のこの会議には依り代やら何やらを利用して出席しているのだが、市松人形やら鏡やらからおっさんおじいさんの言葉が飛び交う様はシュールなことこの上ない。
「ですが」
そんな中、炎の中に浮かび上がっている暁が穏やかに切り込む。
もうほぼほぼ全権を親父殿から移譲されている状態だ、身軽になった親父殿は今頃どっかの山奥の温泉でのんびりやっているのだろう……マジ羨ましい。
「活動日及び地域限定ながら手が増えたことにより他の隊の運用に柔軟性が増したのは以前にお渡しした資料の通り、です」
「「……」」
「それに、あの者たちが狙っている理由が八番隊が弱体だからというわけでないというのは皆さんもお気付きでしょう?」
お偉いさん、イコールそれなりの家の当主、なので現役に拘らなければそれぞれ隊長職を輩出している。
なので襲撃者たちの行動とその傾向も把握はしている筈だ。
あの言い方は単に若造肝入りの隊が実績を上げているのを目の敵に、というだけだろう。
「隊長職に就く、もしくはそれに匹敵するほどの力を持つ者の中で何かしらの条件に叶うものを探している……そして現状では八番隊隊長が一番それに近いと考えらていれる、ということでしょう」
「……」
暁の言葉を聞きながら大人しく座っているパイプ椅子とテーブルとの間で拳を握る。
何故よりによってあの子だよ、という気持ちについでに奥歯も噛み締めた。
「それを踏まえて……八番隊代表、どう考えます?」
「……」
隅っこに逃げていたのに視線が集まり、ついでにその視線に「お前の義兄弟だろ?」と言いたげなモノが多く混じっていて内心で溜息を吐く。
だが主張すべきは言わんとな。
「未然に仕掛けを壊すなどして防いだものも含めても全ての襲撃は八番隊としての行動時に限定されています……つまり、退魔師としての行動しているときのみ、です」
「力の行使は秘して行うべきという前提に一応は向こうも従っている、ということでしょうか?」
「現状ですが、そう思われます」
当然ながら瀬織家代表として斜め向かいに座っていた清霞さんが上手く言いたいことを汲んでくれ援護してくれる。
彼女は近くにお住まいなので生身での参戦だった。
「なのでここで彼女を何処かに匿う等の動きをすれば逆に想定できない行動を誘発させると考えますが如何でしょうか?」
***
「くぁ~」
その後、多少紛糾しつつも八番隊は現状そのまま、ただし行動時には可能な限り他の隊がバックアップに待機する……というまあまあ望ましい結論を得て会議は終了、解散、というか解放をしてもらい廊下に出た後背中を伸ばし首を回す。
本当、ああいうの苦手。さらりとこなしている暁の奴凄いわ。
そんなことをしていると。
「征司さま」
「!」
「お疲れ様でした」
「いえ、清霞さんこそ」
続いて会議室から出てきた女性から声を掛けられ上着を直しながら応じる。
「それに、また水音のことを」
「それについては当たり前のことをしたまでですから」
「でも、御礼は言わせてください」
しっかりと下げられた頭に別に良いのに、と内心で呟く。
本人からきちんと貰っているからもう充分という気持ちだった。
「あと、明日以降も」
「ええ、承知しています」
八番隊の活動は従来通り、という形に一応は決着した。
あれで水音さんを遠ざけたとして強引に狙われる形は避けたかった……最悪、学校などを襲われた日には被害を抑えるだけで精一杯になる可能性が高いし、人質を取られた日には譲歩が必要になるケースも考えられる。
「それに……」
「?」
「いえ、何も」
安全のため何処かに閉じこもって過ごせなどと、これ以上あの子に何かを耐えろとは言いたくはなかった。
その為にも。
「それより、清霞さん」
「はい」
「今回捕縛してきた相手の尋問、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「それは構いませんが?」
顔に「自分で吐かせて功績をさらに積まなくていいのか?」と書きながら聞き返されるが。
「それに関しては以前から暁にその際は清霞さんを頼るように言われていますので」
「……ですか」
承りました、と答えて貰ったもののやや複雑そうな様子に内心で首を傾げていると。
「いえ、どちらかというと悪人寄りの手法ですから」
「まあ、奴は過程じゃなく結果しか見てませんからね」
「存じています」
それでも絵になる憂い顔で溜息を一つ。
そんなところに。
「征司君」
「部長」
続いて会議室を消灯して部長が姿を現す。
船頭多くしてなんとやら状態の会議の舵取りお疲れさまでした、と言いたくなる顔をしていたが、一転して引き締めて。
「その件でだけれど」
「こちらからもお願いしたいことがあったところです」
「多分その希望は叶えられると……いや、そうなるように采配するよ。君が来て半年でローテーションにも若干余裕を出せるようにはなっているからね」
「では、そうさせて貰います」
その後、清霞さんとも少し言葉を交わした部長を見送ってから。
「何か、お企みですか?」
「それは人聞きの悪い」
俺より頭の回転が早そうな人が察していない訳はないと思う。
そう考えていると、手扇で口元を隠しながら。
「征司さまは信頼させて頂きますが、如何せん貴方の義弟がいけない人ですから」
「否定できないところがアレですね」
暁がそういうところがあるのはもう身に染みてわかっている、けどこの目の前の女性はそのアレをアレなんだよなぁ……口外すると思い切り同等に恥ずかしい過去で報復すると宣言されているので絶対に触れないが。
「なお」
「?」
「自分があいつに一芝居打つように仕込まれている可能性とかは?」
こういう冗談に乗ってくれそうな人、という感触はあるので興味本位で話を向けてみる。
「そこまで悪質なものはしてこないという信用はありますし、征司さまがそこまで器用だとも思えません」
「はは……」
「冗談としては、面白かったですよ?」
そんなネタを一擦りして、両手を上げたところで。
「では、地下に参りましょう」
「……少々時間は遅いですが宜しいので?」
時間は九時を回ったところ。
先日偶然にも蕎麦屋で相席した際に解散したくらいの頃合い。
「善は急げと言いますでしょう?」
髪を揺らしながらヒールの爪先をエレベーターに向ける。
「征司さま的には採れたての方が美味しい、でしょうか?」
「まあ、そうともいいますが」
廊下の端で下の階へ向いた矢印ボタンを押しながら。
「余計な横槍が入らないうちに仕入れられるものは仕入れましょう」
「お待ちしていましたぞ」
「お疲れでーす」
最下層では二番隊のホッシーさんと格さんが捕虜を収監している部屋の前で迎えてくれた。
屈強な看守と結解術の使い手、と言う人選だろうか。
「お疲れ様です、朝田さま渋谷さま。様子の方は如何でしょうか?」
「先程意識を取り戻した後、状況を把握したのか色々と叫びながら罵詈雑言を吐いた後、諦めて不貞寝をしているところですな」
「なかなか躾のなっていない子みたいだね」
「それはそれは」
今度は扇を広げて清霞さんが口元を隠す。
「調伏のし甲斐が、ありそうです」
氷の笑みに一・二度、部屋の気温が下がった気さえしてしまう。
「ちなみにどのような感じに?」
「まずは……少々認識を弄らせて頂いて、企てが上手く行き拠点に戻ったような気にさせて話をさせます」
「……おぉ」
「渋谷さま、わたくしが術を使えるようには結界を緩めて頂けると」
「了解でっす」
暁に万が一相手をする場合には絶対に先手を取らせるな、と言われている意味を再度噛み締めることになる。
そこをずらされたら勝負も何もあったもんじゃないな。
「そこで得られたもの次第ですが、明日以降もう少し深度まで紐解かせてもらいます」
「……お任せします」
「ちなみに征司さま」
「はい?」
「その後の捕虜の扱いは特に上層部から指示がない場合は実際に捕らえてきた方の意向も反映することになると思いますが?」
「あぁ……」
振り向き気味に尋ねられて眉間を抑える。
やはりまあ、そうなるか。
「命までは奪いたくない、と言うと甘いですかね?」
「いえ」
少しだけ空気を緩めて回答される。
「普通の感覚だとは思いますけれど……わたくしだって好き好んで、ではありませんから」
「自分も同意しますぞ」
そんな言葉に少々安堵しながら、尋ね返す。
「ちなみに」
「ええ」
「以前記憶を綺麗に整理、ということをおっしゃられていましたがどの程度まで?」
「実行したことはありませんが加減しなければそれこそ人で無くするくらいには……慎重にやれば別人のように差し替えてしまうことも出来るかもしれません」
「……場合によっては、相談させてください」
「承りました」
目が「貸しに致しますよ」と言った後。
扇を畳む音をさせて。
「では、お話を聞かせて頂きましょうか」
そう言って彼女は電子ロックにパスを打ち込んだ。




