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107.適齢期

「兄上」

「うん?」

 リモート飲みもなかなか良いものですね、と先日約束してくれた地酒に海産物が届いた日の夜、硝子の杯を傾けながら暁がさらりと口にする。

「お見合い、興味ありますか?」

「!?」

 喉越しの良い日本酒が、喉以外の所に流れ込みかけ……大いに咳き込みながら洗面所タイムを願い出ることになった。




「大丈夫でしたか? 兄上」

「……」

 何とか呼吸を整えて、あとシャツを着替えて画面の前に戻れば下手人が悪気の欠片もありませんでしたよ、という顔で話を続けてくる。

 多少文句を言いたい気持ちもあるが、言ったところでコイツ相手では暖簾に腕押しなのは目に見えているのでここは流すことにする。

「何だっていきなり……」

「いえ、この春から兄上が本社に出向して暫く経ったじゃないですか」

「まあ、ね」

 慌ただしくもそろそろ半年を越えた、といったところか。

「義理とはいえ向田家の年頃の男子が表に出れば、次期当主に比べて敷居は低いので我が家と関係を強化したい中堅所は夏ごろから動き始めて申し出は届いていましたよ」

「何それ怖い」

 古い家同士のパワーゲーム、なるだけ関わり合いになりたくはないが。

「そうは言っても今時顔も知らない男の所が嫁ぎ先、とか言われてもそこの娘さんも困るだろうに」

「顔も知らない、というのは一部は当て嵌まりませんが」

「え?」

「例えば真っ先に来た藤川家の長女さん」

 まず言われた家名はすぐには結び付かなかったものの一瞬置いて顔が出る……春頃に水音さんの隊長職の件で諸々言っていたりして、その後隠し神に連れ去られかけた所を援護に行った二人のうち片方か。

 あれからそれを切欠に顔を見れば少しは話したり一緒に休憩したりはするくらいにはなった。

 それはそれとして、立花さん情報によればやや傾いた家の立て直しに躍起になっている面があるらしかったのでそういうこともあるのか……。

「あとは、立花家の方からも」

「……それってつまり」

「兄上も仕事の日はほぼ毎日顔を合わせているお相手ですね」

「……」

 上手いこと言葉を出せずカップ酒を傾ける……妙な生々しさが複雑な感想を抱かせてくれる。

 いや、立花さんも客観的に見れば可愛らしいお嬢さんでお茶目なところもあり魅力のある人ではあるが。

 えー、いやー、うん……コメントに困る。

「まあ、そういう観点で言うのなら兄上が妙に気に入られている名家出身の二番隊の隊長さんとか海外組織との太いパイプがある社長の留守を預かる総務部長のご息女辺りを射止めて来て下さったら我が家的には大歓迎なんですがね」

「……左様か」

 うわ、もっと生々しいところが来たよ。

 そしてそのチョイスも、それ以上にそのチョイスにわざとチョイスしていない存在があるのもわざとらしいことこの上ない。

「……どうしてもと言うなら、その、顔だけは出すが。その後の保証は出来んけど」

 そんな言葉を搾り出せば。

「おや、断固拒否されるかと思いきや」

「……拾って貰った以上、多少は役に立たないととは思ってないわけではないよ」

「それはそれは」

 にっこりと笑いつつ、画面越しのその顔には「言質は取りましたよ」って書いてある。

 これは絶対後で一番効果的な時に言い出してくる奴だ。

「ふふふ……」

「どうした?」

「いえ、甥っ子か姪っ子ですか……可愛いでしょうね」

「話が飛躍しすぎ!」

 確かにこちらに来る直前、町で偶々会った同級生はベビーカーを押していたりもしたし、そういう年代である自覚はあるけれど。

 況や、お見合いと言うか婚活などは適齢期であるけれど。

 あと、年下とはいえそこまで差がない暁も無論そういうお年頃だが……藪を突けば大蛇が、それも二匹出てきそうなので黙っておく。

「いや、いっそのこと両方……」

「もしもーし? 暁さん」

「頑張って下さいね、兄上」

「……何をだよ」

 ご機嫌な暁に対して若干ラフな口調になってしまっているが、流石にこれは酷いと思ってくれているのか傍らに控えているお師匠も目くじらを立てる様子はない。

「まあ『少々時間が必要』だとは思っていますが……」

「そりゃ一般的には一〇ヶ月少々……」

 そういうことではないのはわかっているが、一応そう口にして抵抗する。

「無論一番大切なのは兄上のお気持ちですが」

 どの口がそう言うか。

「どうしようもない様子ならば実力行使に出ますので」

「……」

「兄を謀る弟にはさせないで下さいね?」

 でも絶対それ、やってみたいと思っているだろう! と突っ込みたい笑顔で暁が盃を傾けた。





「見合い、ねぇ……」

 リモートを切った後、酔い加減の調整にグレープフルーツジュースを飲みながらソファーに身体を沈める。

 歳を重ねたのもあるし、本社に来て存在を知られたのもあるか……。

 身の回りや自由になる時間諸々に余裕が出てきたのはここ二、三年くらいだが、そこは地方回りでそんな話が出る筈もなく。

 その前の新社会人の時や大学高校時代なんかは力をモノにし身体を鍛えるので一杯一杯で色恋沙汰には基本的に縁遠かった。

 更にその前、は……。

「……」

 止めよう、と首を振って経済事情等諸々から伸ばしてみたいと言いつつずっとショートカットだった人を追い出す。

 こちらから縁を切って置いて、失礼の積み重ねにも程があるが。ただ、ずっと心の深いところに居るのはその女性だけで。

 もう逢えないとはいえ他を考える気にはとてもなれず……。

 まあ、そんな訳で……我ながら枯れた十数年を過ごしてきた、と思う。

「暁の奴め……」

 そこにやれ見合いだやれ甥っ子姪っ子などと……。

 ……厳密に言えばそうじゃないパターンで子供ができるケースも幾つかあるかもしれんが、少なくとも男としての責任を取らないのは絶対に駄目だ。

 まあ、つまり、嫁さんを貰えと……いや、そもそも見合いってそういうもんだし。

「……」

 ……俺としてはこんな厳つい顔の大食らいを好いてくれるならそれだけでいいけれど。

「待て待て待て」

 だから何故そこであの子の顔が出てくる、俺の頭。

 ……多少なりともの好意を持って貰えている自覚はいい加減流石にあるけれど、歳は十以上違うし、世間ずれしていないお嬢さんの一時のものだろうよ。

 だから、彼女が持っているものを制御できるようになり、敢えて遠ざけているという父上と和解して、家族仲良く笑顔で過ごしてもらい……そうしたらそれこそ然るべきところの然るべき相手と見合いでも組まれるだろう。

 そうなったときは。

「……最低限」

 最低限、そいつには俺程度には腕が立って貰わないと困るし、背丈は……まあ水音さんが小柄だから平均で良いか。

 顔は心配しなくても大抵の場合俺より女性好みだろうし、収入はあんな綺麗な子を貰えるなら死ぬ気で働け。

 そして何より。

 何よりも水音さんを大事にするやつじゃないと俺は認めねぇ……。

「……って、おい」

 お前は何様だよ、って話だよな。

 一発自分で剃り残しのある頬を叩いた後、立ち上がってキッチンの棚からブランデーを一瓶掴んでグレープフルーツジュースを飲んでいたグラスに投入する。

 一応レシピ的にはダーティドッグ……? いや、そんな洒落たもんじゃ全然ないけど。

 それを半分ほど空にしつつ、床に足を投げ出しソファーを背もたれ代わりにして。

 それからグラスの空いた分にそのまま再度ブランデーを無造作に注ぐ。無論注いだのは飲むためで……。

 つまり、それは持て余してしまう考え事から思考を放棄する行為で。




「……んぁ」

 翌朝、床に転がったまま顔面を叩く朝日に目を覚まさせられることとなった。





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