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10.お食事は如何ですか?

「おっちゃん、今夜もトンコツラー……」

「残念、今宵はスペアリブな気分だ」

 肉の脂と、齧りついた骨の感触を楽しみたい。

「えー」

「えー、じゃない」

 それに金メッシュ頭のスカジャン着た野郎がそう言っても可愛くない。

「じゃあ、どこかいいお店探そっか? ワインが美味しいとこがいいな」

「いや、今日は自分で焼きたい気分でして」

「えー」

 レオさんは、まあ……可愛いより美人だな。ここまで整っているとそう言うしかない。

「というか、たまにはきちんと家や下宿先で食べなさい」

 平日は水曜日に、残りは土曜日に入れている討伐の日だがそれを全部外食にするのは如何なものだろう?

「ちぇー」

「残念、と言うかその口ぶりだとセージは自炊してるの?」

 この前ご家族が居ない日はカップ麺だと自白した人に尋ねられる。

「まあ、その方が色々と焼き加減を自分の好みに出来るので」

「いや、おっちゃんのその手付き……コンロじゃなくて自分の火出す時の動きじゃん!」

「まさか、セージ……」

「……火力も炙り方も自由自在で便利だよ」

 あれ? これは別に引かれる所ではない、よな?

「本当、皆さん息が合い始めてますね」

「そうかな?」

「いや、そうだと思うよ」

「っす」

 ちょっと困ったような寂しそうな感じに笑ってから澱みの中心地点に進み出ていく小柄目な背中に、妹分二人からはめっちゃ慕われてるじゃないか、とは思ってみたりもする。

 ただ、あの笑い方や業界の中で耳に挟む「あの瀬織の家が隠していた五女」とかいう噂の立ち方を聞いているとあまりいい気分はしない背景が想像できてしまう。

 お互い苦労している、とはとても言えないけれど……そういうのは嫌なものだ、と綺麗な神楽の所作を眺めながら内心で呟いた。




「さて、と」

 じゃあ骨付き肉をゲットして帰りますか、と術による帰投後の打ち合わせを終えて背を伸ばす。

 焼き加減は……とか考えながら右手を握って開いてを繰り返しながら先程のツインテールちゃんの展開した碧いヴェールを思い返す。

 皆離れているのを確認した上で少々試す意味も込めてそこにも当たるようにそれなりに広範囲に強い炎を叩きこんだけれど完全に防がれていた……そしてちょっとドヤ顔をされた。

 まあ、いざとなればどうとでも「料理」できるのでそこは気にしてないけれど。




 協会内で基本、攻撃の方はそこまで重視されていない……極論、適切に塩やニンニク、清めた水などを使用すればどうにもならないなんてことはないし一般の方が鈍器で何とかしたという例だってある。

 対して防御の術に関しては明確に基準を満たしていることが求められる。

 そう言う意味では人間の身体は脆すぎるから……比較的あっさり処理した先程の獣もまともに牙を突き立てられれば場所によっては命が危ないし、そうでなくとも大怪我は免れない。

 よって対戦車砲くらいは余裕で防ぐのが最低条件、実際昔はぶっ放してテストしたらしいので本部ビルの地下室には陸自払い下げの実物が眠っているという噂があったりする。

 あとは最低限の治癒、解毒、解呪の術……といったところか、そこは隊長さんが非常に優れているらしい、幸いにして我が隊は未だに試す機会は訪れていないが。

 そして少し話を戻せば、防御の術でも中々スペシャルな存在が居ることが今日改めて確認出来た。

 いざとなればそういう存在が居るので任せる時は任せるべきで、むしろ一部の動きに過剰に反応し過ぎたのが本日一瞬焦らされたことの原因だろうか、とさっきの打ち合わせで再確認した内容。

 苦い記憶を辿ることになるけれど、皆俺が同年代だったころに比べれば天賦の才があると言ったって良いんだよな。




「喉、乾いたかな」

 退出しようと通り掛かった一階のホールで壁際の自販機に足が向かう。

 ふとそこでピンク色のペットボトルに目が合って、多少動いて頭も使っていたこともあってカードの入った財布をタッチしてそのイチゴオレのボタンに指が伸び……。

「お疲れさまでした」

「……!」

 ……かけたが後ろから掛けられた鈴のような声に咄嗟に指を逸らしトクホの炭酸水が電子音と共に排出される。

 うん、流石に似合わないと思ってはいたんだ。

「お疲れ様、どうしました?」

「ちょっと忘れ物があって」

 排出口からペットボトルを取り出しつつ、先に帰宅して行ったはずの隊長さんにその際にした挨拶を繰り返す……芸は無いものの無難な言葉で。

 しかし巫女装束以外の格好を始めて見るが……もう彼女の為に作られたんじゃないかという水色のワンピースがお嬢様チックにお似合いだこと。

「気を付けて、いらっしゃるんですね?」

「ああ、まあ、一応」

 手にしたペットボトルの「取り過ぎた脂肪に効く!!」とかいう謳い文句に目を遣りながらそんなことを言われてしまうと……直前まで色々と罪深い飲料に手を伸ばしていたのは棚に上げる。

 丁度、こういう業界の自社ビルなのでホールの見やすい場所には実際神棚があるのだが。

「ごはん」

「?」

 そこから引っ掛かる場所がないとは言わないけれど唐突な単語につい首を捻ってしまう。

 それはそうと彼女はとても健康的な食生活を送っていそう……と連想して、ついでに断言できると確信している。

 オーガニックで繊細な味付けで余計な糖や油脂など存在しない、って完璧に俺の真逆。

「ご一緒した方が、いいのでしょうか……」

 え? こんなお嬢さまオブお嬢さまにソースたっぷりの骨付き肉を振舞えと? 少なくとも最低限その淡い色合いの御衣裳は着替えて頂かないとこっちが罪悪感でお出しできないのですが?

「……その、みなさんと」

 はい、知ってた。

 大丈夫、一瞬混乱しただけだ、問題ない。

「さっき、ちらっと言っていたことですか?」

「はい」

 隊の結束的な諸々、のことか。

 どこをどう見ても真面目で責任感は強そうだし、色々と考えることも多いのだろう。

「まあ、とりあえず」

「?」

「お好きなのをどうぞ」

 スラックスのポケットから取り出した財布を自販機に触れさせる。

「え、えっと……」

「ちなみにこの場合、遠慮されちゃう方が寂しいですので」

「……はい」

 それでも遠慮がちに小さなホット緑茶のペットボトルのボタンを押す。

「あ、すみません」

「いえいえ」

 何となくここで彼女に屈ませるとただでさえエグイ身長差が一瞬だけとはいえ増えるのが憚られてこちらが取り出して手渡す。

 手の小ささもそうだけれど、本当に小柄な子だな……と再確認する、150無いくらいか?

 他に人はいないとはいえ自販機の前にずっといるのは良くないかと思い、けれどベンチに座るのもどうかと思って、手近な観葉植物の鉢の前に移動する。

「まあその何というか」

「はい」

「年が離れているのもあって多少会話が噛み合わないことは否めませんが」

 他にも要因は思い至るが、割愛。

「鳴瀬さんも瀬織さ……」

 あ、名字が一緒だった。

「名前を使っていただいても……」

 それは流石にその……畏れ多いし、色々と後が怖いです。

「隊長さんじゃない方の瀬織さんも連携や意思疎通は図ってくれているので、そこまで気にしなくても……」

「……でも、杏もちづちゃんももうちょっと」

 いや、でも、虎とは主にテンションの差で噛み合っていないことはあるものの同年代らしくは話しているし、レオさんとは女の子同士普通に盛り上がっていることもあるし……。

 やっぱり問題俺じゃん!

「それに……」

「……?」

「みんなで、その……」

 あ、そういうこと?

 内心で手を打った瞬間だった。

「ねえさま! 忘れ物見付からないの?」

「!」

「あ……」

 流石に話し込んだ時間が長かったのか件の二人が入口の方から戻って来て……いや、俺の存在を見た瞬間そんなに険しい目付きしなくても。

「ううん、気のせいだったみたい」

「そっか、じゃあ帰ろ!」

 とっとっと、とツインテールを揺らして小走りに来たかと思えば餌か何かを搔っ攫うかのような動作で目の前で隊長さんに飛び付き出口の方に押していく。

 ……いや、別にいいけど、ちょっと引っかかるが。

 気を取り直して呼び止める。

「それはそうと、お嬢さん方」

「「「?」」」

「今晩の食事のご予定は?」

「おばあちゃんが作ってくれてるけど? なんで?」

 呆気からんと答えられる……ですよねぇ。

 まあ、それはいいとして。

「何か、不埒なことでもお考えですか? おじさま」

 間違いなくその後に続く言葉を看過されている栗毛ちゃんには視線に殺傷能力があったら間違いなく致命傷な鋭さで睨まれる……いつもの笑っていない笑顔ですらない。

「いえ、滅相も御座いません」

「なら良いのですけれど……」

 何にも触れていないのに、この特に乾燥もしてない季節に指先で静電気が派手に弾けた。

「きちんと諸々を省みた上で発言してくださいませね?」

「は、ははは……」

 こちらとしては乾いた笑みを浮かべるしかできない。




 そうして三人をなすすべなく見送った後。

「見事にフラれたな、おっちゃん!」

「どうする? 残念会しちゃう?」

 笑い転げながら階段スペースから出てきた二人組にバシバシと背中を叩かれる。

 あと、受付の所に目を遣れば立花さんにドンマイ、といった感じの笑顔を向けられた。

「もー、そんなに可愛い子とご飯したいならあたしがいるでしょー?」

「……食事ではなく飲みになるのでは?」

「それはその、必然というやつよ」

 お祈りをするかのごとく手を組んで神の思し召しです、という風に言わんでも……この人、大分偏った神様を信仰してない?

「とにかく、今夜は初志貫徹してスペアリブ食べます」

「え? じゃあ、おっちゃんあの女子三人を肉食べに連れて行くつもりだったんすか?」

「それはもういいんだよ」

 真新しい古傷を抉るんじゃない、と虎柄のスカジャンの肩をどつきつつも。

 いや、もうよくは……ないな、と思い直す。

 多分だけれどあの子はそういうことをしてみたいんじゃないかと……想像してしまったので。

「レオさん」

「どしたん?」

「ちょっとばかり、お願いしたいことが」

「ほほう?」

 快諾し親指を立てて見せてくれる返答に礼を言いながら、思い付いたことを実行に移す算段を付ける。

 何というか、そんなことを考えもしていなかったくせにいざ実現できないとなると悔しさが勝る。

 この際、ちょっと大人の本気を出してしまおうかな、と




 昔の偉い人曰く。

「ご飯が駄目ならおやつを食べればいいじゃない」





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