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104.路地裏の怪異

「ここは……」

 転移が完了したのと同時に辺りを見回す。

 何処かの路地裏の模様だが……異常は無いように思えるも微かに魔力の残滓を感じる。

「セージ」

「はい」

 俺から見て右側で何かに気付いたレオさんが声を上げる。

「壁に赤い線が二本……血、みたい。それもそんなに古くない」

「……量は夥しいですか?」

「ううん、そんなことはない、命の危険があるような出血ではないと思う……あ」

「どうしました?」

「ガラスの破片も落ちてる、これも結構血が付いているから、これで切ったのかも」

「ここに居たっぽいのは間違いないっすね」

「ふむ……」

 状況を整理している中、軽く屈む姿勢を取っていたレオさんの頭上に僅かに淀んだような感覚を得る。

「レオさん!!」

「わっ!」

 咄嗟に二の腕を掴んで斜めに引っ張り上げるようにこちらに引き寄せた瞬間だった。

「「「!」」」

 その勢いで頭から外れたヴェールがふっと掻き消える。

「今のは……」

「とりあえずその場には立ち止まるな」

 こちらもその言葉通りにしながらもブーツの両足がしっかり立っているのを確認して手を離し、一網打尽にされない程度に距離を取る。

「隠し神かその類か」

「夕方にかくれんぼとかで遊んでたら連れ去られるってアレっすか?」

「あー……あたしのとこじゃオンブレ・デ・サコって言ったかも、あんまりいうこと聞かないと袋を持った怖いおじさんに連れてかれるよ、って」

 レオさんがそう言った途端、白レースの手袋が構えていた銃に毛深い手が絡みつこうとする。

「あぶなっ」

「ちっ」

 咄嗟に腕を引いて逃れた後、本体が居そうな空間を狙って俺の木刀と虎の太刀が薙ぎ払うが手応えはない。

 ただ、レオさんの話でそのタイプの悪霊か概念がイメージが実像を結び始めたので狙い易くはなったか。

「あたし狙い?」

「この手の奴は捕まえた相手を食べるか、もしくは身体狙いなので……まあ、そうなるのでは?」

 一番柔らかそうで美味しそうなところを。

 ある意味後衛の女子三人が居なくて良かったかもしれない、狙いが読みやすいという意味で。

 それとあと。

「そんなのに言い寄られたって嬉しくない!」

 今度は暗がりからブーツの足首を狙った手を軽やかに跳んで逃れる。

 よりによって一番身軽で素早い人を狙ったのが運の尽き、だな。

 間合いを詰めていたのではさっきのように間に合わないと判断してその手の本体がありそうな場所目掛けて木刀を投擲する。

 鈍い音がして人影がよろめいたところに。

「そこだぁ!」

 地面を蹴って太刀を振りかざした虎が突っ込む。

「……!」

 それに感付いた相手が人質を盾にするように大きな袋を翳す、が。

「虎ちゃん!」

「うっす! おっちゃん!」

「おう!」

 レオさんの声で直前に生じた足場を駆け上がった虎が宙返りして後ろに回り込み、袋を持つ手を肩と二の腕の境辺りから切り落とす。

 そこに駆け込み袋を奪い取り口を開くと。

「どわっ」

「きゃあっ!!」

「何!?」

 一応想定はしていたものの、そこから放り出された二人分の体重に下敷きにされる。

 まあ、訳も分からぬまま地面に投げ出す訳にもいかんからな。

「それで全員?」

「え? あ……助け?」

「これで全員です、大丈夫」

 一瞬間が開いたものの、把握し適切に返ってきた返事に。

「虎!」

 声を張り上げる。

 攫われた相手を確保できたなら泳がせる理由もない。

「止めをさせ!」

「うっす!」

 返す刀でもう片方の腕も切り飛ばしていた虎が三度大太刀を振るい今回の誘拐犯の首を切り飛ばしていた。




「全員無事ですか?」

 改めて囚われていた二人に下から確認すると。

「あ、はい」

「この子も含めて大丈夫です」

 慌てて立ち上がる二人をよく見れば間に小学校低学年くらいの子を抱き締めていた。

「巡回中に妙な気配を感じて路地に近付いたら、かくれんぼ中に突然お友達が居なくなったって慌てている子たちが居て」

「この路地に分け入ったところ……突然」

「成程」

 わかりやすい説明に頷く俺たちとは対照的に、訳が分からない、と言う顔で俺たちを順に見ている子に軽く身を屈めてレオさんが話し掛ける。

「ボク」

「?」

「ちょっとこれ、見てくれるかな?」

「うん」

 襟元から取り出したロザリオにその子の視線が行った瞬間、仄かに光って少年の焦点がややあやふやになる、軽い暗示か。

 そこに丁度。

「あっちゃーん?」

「まだ見つからないのー?」

 友達を探しているであろう子供たちの声が聞こえ、それに吸い寄せられるように歩き出していった。

「お友達と合流したら、綺麗さっぱり忘れてると思う」

「それでいいでしょう」

 怪異に襲われた経験なんて覚えておく必要もないだろう。

 探していたお友達と不思議に思った後、こんな場所でのかくれんぼだけは止めようとなるくらいでいい。

 そんなことを考えていると。

「あ、あの……」

「八番隊の皆さん、ありがとうございました」

「いやいや、それは当たり前なので」

「ね」

 やや気まずそうに礼を言ってくる二人にそう返す。

 そんなのが透けて見えるのは夏前に水音さんが新設の隊長になった件を同期だという立花さんに愚痴っていて、でそれを俺に聞かれていた一件から、か。

「お姉さんたちが無事でよかったっすよ」

「本当そうだな」

「「……」」

 虎は相変わらずいい意味で空気読まないな、それで助かるが。こいつはそのことは知らないし、知っていてもこうだろうけど。

 ともあれ、討伐隊と巡回班でそんなに格が違うとも思わないが、拘る家は拘るらしいしな。

 ちなみに俺としては水音さんへの陰口は拘るほどではないけど忘れていない程度、勿論だからといって怪我やら行方不明やらになって欲しい訳ではない。

「そのタイミングで通りかかって、踏み込む判断をしなかったらあの子を連れて逃げられていたかもしれませんし、閉じ込められる直前に痕跡を残してくれていて助かりました」

 直接傷を付けてくるタイプではなかったから、恐らくわざとそこら辺のガラス片でそうしたのだろう。

 そしてそうしてくれていなかったら、こちらもまずどこで発生したかの確証が取れず対応に苦慮しただろうからそこの判断は良いと思う。

「無事解決したのはお二人のお陰ですよ」

 それはそうと。

「傷の手当が最優先ですね、きちんと痕が残らないようにしないと」

 上着の内ポケットに最低限の止血キットも入れてあったよな、本社に戻って治癒の術を使える人までの繋ぎにはなるか……いや、そもそもレオさんが使えたよな? 今まで機会がなかったけれど、とか考えたところだった。

「あれ?」

「お?」

 路地の片隅が碧に霞んで。

「征司さん!」

「!?」

 耳慣れては来ているものの、想定はしていない声が響いた。




「水音さん? どうして」

「その、ええと」

 周囲を見回した後、俺たちが構えを解いているのを確認したのか小走りにこちらに来て説明をしてくれる。

「緊急連絡が入ったので状況を確認していたら、征司さんたちが救援で向かわれたと書いてあって」

「本社で待機状態でしたからね」

「それを見たら、もちろん征司さんなら大丈夫だとは思ったんですが居ても立っても居られなくなって……」

 で、ワンコちゃんの転移で見に来てくれたわけね。

「お気持ちは有難いですが、制服のままでなんて……危険があったらどうしますか」

「い、一応見た目は公式の制服ですが生地は強度のあるものに変えていますし、お祓いもされていますので」

「それに杏がいるからねえさまに怪我なんかさせないよ」

「……まあ、それはそうかもしれませんが」

 今まであの碧いヴェールは破られたことはないが、ないけれども……。

 何とも言い難い心持ちに頭頂部の辺りを掻き混ぜていると、突然脇腹に衝撃が入る。

「セージ」

 レオさんの、肘だった。

「心配なのはわかるけど、そこまでいくと説教っぽくて年寄臭いよ」

「……おっさんなんですよ、実際」

「そういうこと言ってんじゃないわよ」

 今度はグイっと頬を摘まんで引っ張られる。

「あ、あの、レオさん、私が不用心だったのは確かなので」

「ううん。それもちょっとはあるかもだけど、セージが意固地すぎるの」

「……」

 まあ確かに、少なくともここで水音さんにとりなされるのは格好が付いてはいない。

「その」

 解放された顔を、子犬のような目をしている水音さんにきちんと向ける。

「こちらを案じてくれたのは、勿論嬉しいんですよ」

「……」

「ただ、同じようにこちらも心配してしまうので……それは許してください」

「許すだなんて! そ、その……気にかけて頂いているのは私だって、嬉しいですし」

 わたわたと手をフロントガラスのワイパーか何かのようにする水音さんを見ながら……。

「あれ?」

「征司さん?」

「でも確かに水音さんがいらっしゃると助かるな、とか考えたところではあったんですよ」

 何だったっけか、と考え込んだところで。

「あのぉ……」

「はい?」

「もしかしてウチの相方の傷でしたらもう治しました……閉じ込められている間は上手く術が使えなかったんですが、外に出れば問題なかったので」

「でしたか……なら良かったです」

「はい」

 横からの申し出に考えていたことがすっきりした、との気持ちも併せて頷けばそれが同じだったのか水音さんともシンクロした。

「ええと、では……怪我やお清めが問題ないようでしたら、私たちは学校の方に戻りますね、まだ準備の手伝いも今なら間に合いそうですし」

「でしたらその方が良いでしょうね」

「鳴瀬とか色々大変そうだしなぁ……って痛ッ!?」

 ほぼ気配を消していた、普段とは違う男装っぽい髪型にして飾りも付けているクラスで劇をするという栗毛ちゃんを迂闊に弄って虎が一発静電気を貰う……だから俺は気付かぬふりをしていたというのに。

「では」

 深めに会釈をした水音さんに二人が声を掛ける。

「その、大事になって非番だった人たちまで」

「お騒がせしたようで御免なさい」

「いいえ、ご無事でよかったです」

 あの水音さんの隊長就任に関して言っていたところを直接この二人だったとは見ていなかったっけか?

 いや、だとしても水音さんならそう言うよな……とか思ったところだった。

「皆、無事かい?」

「助太刀に来たぜ!」

 転移の気配がし、刀を抜いた流歌さんと青龍刀を担いだたっちゃん氏を先頭にした二番隊が狭い路地に現れる。

 続いて。

「お待たせ、三番隊参上」

 頭上を大きな鳥の影が通り過ぎたかと思えばそこから飛び降りたのか鏡淵を皮切りに三番隊の面々が立て続けにキメポーズを取りながら降ってくる。

「って、一足遅かった」

「感じかな?」

 俺たちの緊張を少し緩めた様子にそう尋ねる二人の隊長に肩を竦める。

「来て貰えたことには感謝だけれど、美味しいところは頂いたよ」

 それから。

 「本当に大事になってしまっている!」と顔を青くしている今回攫われかけた二人に大したことじゃないと手を振りながら言う。

「大事っていうのは本当に行方不明になることだったから良いんですよ」




 その後。

 本社に戻り大人数での報告を済ませてから。

「熱ッ」

 夕食は小籠「包」を食べに行ったのだった。





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