103.打ち合わせ
「隊長たちがいないと」
「ここ数日静かなのもあって……まあ、待機だな」
水曜の夕刻。
以前からそうなるであろうと言われていた通り水音さんたち三人は今週末に控えた学園祭準備で一回休みを取り、それならそれで俺たち残り三人も集まる必要はなかったのだが、何となくいつもの会議室で顔を合わせていた。
無論この三人でもそれなりの対象は狩れるのだが、偶にはこういうのも良いだろうと肩を回す。
「じゃあ、おっちゃんさぁ」
「ん?」
「道場行って一勝負しようぜ!」
「……元気だねぇ」
椅子から立ってグッと拳を突き出してくる虎に苦笑いが出てくる……相変わらず強さに対してギラギラしているね、お前さんは。
「まあ、それも悪くないんだが……いい機会だから少々打ち合わせとかしないか?」
「打ち合わせ?」
「丁度八番隊の前衛だけが残っている訳だし」
以前から少しやってみたいとは考えていたんだ。
ま、とりあえず。
「飲み物、買ってくるか」
「例えば、だけれど」
今日は気分で強炭酸のグレープフルーツフレーバーを一口飲んでからペットボトルの蓋を閉める。
「経験がないタイプの敵と遭遇した時は炎が通用するかどうか、そもそも燃えるのかを早めに知りたいので初手か二手目には入れておきたいので」
右手を開いて閉じてしながらコーラをもう三分の一は飲み干した虎を見る。
「レオさんはまあ大丈夫だが虎が射線を開けてくれると助かる」
「なるほど」
「絶対に開けろという訳ではなくて臨機応変だけれど、頭の片隅に置いておいてもらえれば」
「了解っす」
頷いてくれたのを確認してから。
「とまあ、そういう辺りを共有しておくのも有意義かな、と」
「いいじゃんいいじゃん」
「レベルが上がる感じでイイっすね」
指を鳴らしたレオさんと手の平に拳を叩いた虎を見ながら部屋の隅からホワイトボードを引っ張り出す。
「だろ?」
「やっぱり、俺は振り下ろしが一番威力出るんすけど……どうしてもモーションはでかくなるんで」
「ふむ」
「姉貴の風の足場を借りてもう一段高く跳んだり、他にもタイミングとかずらしたり出来ればいいかなー、とは常々思ってたっす」
「いいよー、今度試そうか?」
指鉄砲をしながら片目を閉じたレオさんに提案する。
「俺の印象としては」
「うん」
「レオさんの判断が的確なのと、虎は咄嗟の反応が良いからむしろレオさんが主導して虎が合わせる方が噛み合いそうだとは思う」
「確かに!」
「それでいこっか」
三、四点そんなことを話し合った後、頃合いは良しと見て一度二人と共有しておきたいと考えていた内容を切り出す。
「うちの隊の攻撃力としては相性とか抜いて考えると鳴瀬さんの雷が一番で虎の太刀が次点だと思っているんだけど」
「ま、あたしは攪乱中心だしね」
「おっちゃんはどちらかっていうと的確なポイントに打ち込んでフィニッシュまでの流れを良くするような感じっすよね」
「打点が低い自覚はあるな」
頷いてから、仮定の話に。
「ただ、その両方が通りにくいパターンが今まではなかったけれど生じた場合は俺が前に上がろうと思う」
レオさんも装備を変えれば機動力は下がるものの激変しそうだけどな、と総務部長室の壁際に置かれていた長い包みを思い浮かべながらも、とりあえずそれは置いておいて。
「つまり、セージがそうすると……中盤で周囲を見ていた人が居なくなるのが一番の問題かな?」
「そこはやっぱり姉貴がチェンジして貰った方が良いっすね、俺はあんま頭回らないっす」
「虎も判断自体は的確だが人に指示出すのはレオさんの方が良いだろうな」
ホワイトボード上に自分を示していた丸に前進の矢印を、入れ替わりにワイングラスの方に交代の矢印をそれぞれ書き加える。
「そしたら、俺はどうしたらいいっすか? そういう場合って俺の攻撃があんまり通じていないってことっすよね?」
「ああ」
ほら、話は早いんだよな。
「攻撃に参加して貰って相手に隙を作ってもらうか、もしくはいっそのこと」
との字に丸を付けたマークから一番長い矢印を。
「一番頑丈な奴に後ろをがっちり固めてもらうのも手かもしれないな」
「……」
その発想はなかった、とでも言いたそうな顔、はそれでもすぐに切り替わる。
「杏さんのガードは固いけれど、更に万全なら」
「セージも安心して攻撃に集中できる、ってコトね」
「でもそれっておっちゃんが孤立しないっすか?」
「そこはあたしがきちんと射程内には納めておけば、かな?」
「臨機応変に、そういう選択肢もあるよなってコトだ」
それが二人の頭にあるだけでこちらとしては助かることもあるだろう、それがこの先起こりうることを色々と想定している中で打って置きたくなった布石。
回りくどいはくどかったが他に良い収益も得つつそれを伝えられてよかった、と炭酸の泡が一粒上がってきているペットボトルを手に取った時だった。
「うわっ!」
ビジネスバッグに仕舞っていた俺の分だけではなく、それぞれ机の上に置いていたレオさんと虎の端末がけたたましいアラームを立てた。
「これって」
「救難信号ですね……とりあえず一階に行きましょう」
それぞれ荷物を引っ掴んで階段を駆け下る。
二階と一階の間の踊り場を曲がろうとしたところで。
「向田さん、レオちゃん!」
こちらを呼ぼうとしたのだろうか? 真剣な表情で階段に向かってきていた立花さんと顔が合う。
「何があったの? セリーナ」
「その、外回りをしていた班員からの信号が突然途絶えて……ペアで巡回していた子の分が二人同時に」
「「「!」」」
「今、部長が転移の設定を書き換えています……フルメンバーではないところですが、お願い出来ますか?」
「モチロン」
「っす!」
後ろにいた二人の気が一気に引き締まる。頼もしいな、おい。
「あと、そのペアと言うのは私の同期で女性二人組です」
「了解しました。二人同時に、何の連絡も寄こせずにってことは」
「何かしら特殊な事態の可能性が高いっすね」
「その想定で行こう」
だとすればそれの推定が出来たことが最大の利点で、時間こそが最優先だ。
そのまま更に階段を一気に地下まで、ラストは五段飛ばしで飛び降りた。
「パパ」
「レオ、それに皆も」
転移の術を用いるための部屋の分厚い扉の前では総務部長が迎えてくれる。
「現場には繋いだけれど、時間が無かったのでほぼその地点になっているんだが……済まないがいきなり真正面の可能性もある、気を付けて」
「うん」
レオさんが銃を二丁下げている弾の装填を確認し、虎は大太刀の柄に手を添える。
「他の隊とも順次連絡を取るから」
「安全最優先、現場から連れ去らせないことを重視して立ち回ります」
「頼んだよ」
得たり、と頷いてくれた部長に頷き返して部屋に入る。
「固まり過ぎないように、可能な限り他の二人を視界に収めつつで」
「うん」
「了解っす」
二人の返事を確認して、警戒を最大に強めつつ、転移の感覚に身を任せた。




