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102.得手不得手、苦手

「その、上手く言えないんですけどこの春から……この隊という形で活動することになってから、危険があることを軽んじるわけじゃないですけど」

 フロアの盛り上がりがピークを越えて凪のように落ち着いた曲に代わったタイミングで、両手でグラスを持ってそんな風に水音さんが言う。

「楽しいことは勿論、嬉しいことも、確実に増えたんです」

「……」

 でしょうね、とは口の中で賛同する。

 確実に好い表情が増えているのは間違いがないから……根拠として口に出すには、彼女のことを見ていることを自白することになり、憚られるが。

 それに。

「ベテランの方を付けてくれるという話で来てくれたのが、征司さんでよかったです」

「それは光栄ですね」

 それに、そんな風に応じている間にもさっきからテーブルの向こうでは物言いたげな目をしたワンコちゃんがグラスのストローを音を立てて吸っているし、普段は水音さんがしない場合は窘める栗毛ちゃんも放置している……というか、さっきから水音さんにとって死角になっている方の俺の指先に三度ばかり静電気が飛んでいる。

 普段の行いに問題があるというなら甘んじてお叱りは受けるけれども、今は俺としてはどうしようもなくないだろうか?

「おや、お嬢様」

「「!」」

「当店のスタッフがお気に召されたでしょうか?」

 あちらの卓ではジェンガを始めているなとは横目で見ていたが、またしても隙間を見て鏡淵が背もたれの後ろに居た。

「ええと、その……」

「いや、別にそちらの隊に入った覚えはないし」

 あわあわする水音さんとの間に割って入る。

 というか隊の芸風、じゃなかった気風的に三番は……あと四番もだが、それは絶対にない。

「別に臨時スタッフとして入って貰ってもいいけど」

「悪いが遠慮しておくよ、似合わないし需要もない」

「範囲は狭いけど全く無いとは思うんだけど……ほら、君の父上や弟君、あとはお姉さんの方の瀬織隊長にはバカ受けするよ? 絶対に」

 ああ、後半部分には全面的に同意するわ……だが。

「それは需要とは言わなくないか?」

 主に一発芸とか出オチとか言われるタイプの奴だ。

「第一印象からインパクトは大切だよ?」

 このポジティブ人間が……。

 そう言った後、後ろから肩を揉みながらテーブルの皆を見回す。

「お嬢様方はどう思われます?」

「余程マニアックな方なら」

「用心棒枠だよね」

 期待通りの御答えをありがとう。

「瀬織隊長」

「は、はい」

「二週間ばかりお貸し頂けば立派に教育してお返ししますが」

「え?」

 大きく瞬きをした後、しばしの間じっと顔を見られる、が。

「えっと、お断り……します」

 丁寧に頭を下げて。

「征司さんはこちらにとって不可欠な人ですし、それに」

「それに?」

「三番隊の皆さんのようなやり方は征司さんらしくない気がします……ちょっとだけビシッとしているところは見てみたいですけど」

 そんな風に、断りを入れる。

 キッパリと断られて助かったが……背中が痒くなる理屈だ。

 それはそれとして。

「そういうわけなので、悪いけれど」

「これっぽっちもそう思って無さそうだけど……あ、これ征司君のノルマね」

 清酒が並々と入ったシャンパングラスを二つ置かれる……ま、このくらいなら今までも大して飲んでないから余裕か。

 高校生たちの手前、酔った姿は見せられない。

「しかし、困ったね……」

「どうかされたんですか?」

「征司君をお借りすることで今宵の料金はチャラにしよっかな、とか思ってたんだけど」

 わざとらしい思案顔に指摘する。

「業務範囲だから会社から出るだろ?」

「そこは管理を任されている僕の匙加減なんだけど……おっと」

 ジェンガの決着がついたのを見てあちらの卓に足を向けて。

「どうしよっかな?」

 そんな風に片目を瞑って去っていく。

「この際、仕方ありませんね……おじさま、しばしご辛抱を」

「え?」

「大丈夫、ちゃんと後で迎えに行くからね」

 栗毛ちゃんには溜息の後真顔で言われ、ワンコちゃんにはそれこそ犬に言い聞かせるように肩を叩かれる。

「ふ、二人とも!」

 そして慌て気味な子が。

「ど、どうしましょう……征司さん」

 どう考えても面白がってのジョークだとは思うが、効き過ぎだろう。

 真面目な子に効果は覿面だが、からかい過ぎだ。便乗したい気持ちも湧くけれどそれよりも罪悪感が勝ってしまう。

「まあ、鏡淵も本気では言ってないでしょう」

「でしょうか」

「まあ、どうとでもできますよ」

 同じ社内、部署は違えど融通を利かす方法は幾らでもあるだろう。

 そしてとりあえずのところとしては……。




「高校生はご帰宅の時間だ」

「おっと」

 自分のノルマ分のグラスを一息に干してそのように告げる。

 将来の就職先、兼アルバイト先の厚生施設とはいえ、そこはきちんと守らねば。

 そしてその様子を見ていた今回の切欠となった女性の霊も呟く。

「私もそろそろ、お暇しようと思います」

「宜しいのですか?」

「何というか……モヤモヤとかが吹き飛んで、スッキリした気持ちで……今ならよく眠れそうだな、って」

 すっと膝に乗せていた白猫の霊を下に下ろしソファーから立ち上がってスタッフと、あと水音さんたちの卓へも深々と頭を下げる。

「ただ、その、何と言いますか……身一つ、ですらないもので、何の御礼も御支払いも……」

「構いませんとも」

「?」

「貴女の御霊に安らいで頂くための宴でしたから、そのままで」

 鏡淵がそっとエスコートするように手を差し出し、他の三番隊の面々は恭しく頭を下げる。

「ええと……」

「羽賀さんには、私から伝えますから」

 送られた視線を正確に理解して水音さんがご安心ください、と頷く。

「では、輪廻の先でもご縁がありましたら」

「それもいいですね」

 笑顔同士で扉の向こうへ送り出し……丁度フェードアウトしていった音量を落としていた曲の終わりに合わせて気配が掻き消えた。




「さて、それではこちらのお嬢さん方もご帰宅の時間だ」

「鏡淵隊長、今日はありがとうございました」

「いえこちらこそ。アルコールが飲めるようになったらは勿論、そうでなくてもまた遊びに来てください」

 クラブの支配人らしく笑った鏡淵が、笑みの色を変える。

「で、お代の方は征司君レンタルという形で御支払いでよろしいでしょうか?」

「さっき言ってたことの舌の根は流石に乾いていないんじゃないか?」

 迷って穢れを吸ってしまっていた女性の霊をお送りするため。

 そんなつい先ほどの台詞に乗っかかる。

「それを言われた上でごねると良い夕方の余韻がぶち壊しになるね」

「なので親父殿のキープしてるボトルを適当に皆で飲んでもらうということで許してくれ」

「おっ、いいのかい?」

「なんとかなる」

 義理とはいえそれなりに良好な間柄。

 一発防げる程度の炎を叩き込まれた後、小言を貰うくらいで済むという計算。

 今度顔を合わせる時までに何か珍味でも届けて置けば問題ないだろう。

「ただ、保険のため」

「ん?」

「征司君にも共犯して貰おうかな?」

「了解だ……見送ってきた後で良いか?」

「おやおや」

 指名狙いかな? とかいう戯言には耳を貸さず、退出するお嬢さんたちに続こうとしたところで。

「瀬織隊長」

「はい」

「良い機会なので、これからお互いの隊同士、仲良くお願いしますね」

「は、はい! こちらこそ」

 丁寧に立ち止まり頭を下げた水音さんに。

「新設の若い子たちが落ち着くまで妙なちょっかいは自粛するようにって言われてたけど、そちらから来てくれたからにはもう解禁かな?」

「そうだったんですか」

「なので支障のない程度に征司君をお借りしたりもしますので」

「何故に俺……」

「一番空き時間が多そうだし、何より一〇以上下の女の子にあれやこれやは憚られるかな?」

 ……かなり耳に痛い発言だ。

 そんな内心を知ってか知らずか、一度こちらを見上げた後。

「え、ええと……征司さんが嫌がったりしない程度でなら、少しだけ」

「……」

「少しだけ、なら大丈夫です」

「承知しました」




「あの、征司さん」

 一旦一階まで下りて迎えの車の前で。

 水音さんがおずおずと口を開く。

「勝手に了承してしまって、すみませんでした」

「いえいえ、確かに向こうは歳が近い男性だらけだから自分が適しているでしょう」

 否定に軽く手を振ってから。

「とりあえず、今日はもう少しだけあちらに付き合ってから戻りますので……また後日、お気をつけて」

「はい。征司さんこそ飲み過ぎなどは気を付けてくださいね、お強いのは今日あれだけでもわかりましたけど」

 頷き返した後、少しの沈黙の後……迷ったようにしながらも口を開く。

「あと、征司さんはああおっしゃっていましたけれど……ちゃんと私たちのことをとても丁寧に扱って下さっていると思っています」

「!?」

「ですので、その、無理に三番のみなさんみたいになさらなくても大丈夫、です」

 その言葉に、思わず軽く声を出して笑ってしまう。

「大丈夫ですよ」

「?」

「こんな粗忽者、そう簡単には変わりませんよ」

 言いながら自覚のないまま軽く頬を押さえていた。

 昔思い切り女性を怒らせ叩かれたところを。

「征司さん?」

「いえ、何でも」

 もう一度だけ、今度顔を合わせる日を確認した後、ゆっくりと発車したテールライトを見送る。




 後で親父殿のコレクションから一番強い酒を貰おうと心に決めて。




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