100.エスコートNo.3
「方針としてはどうするー?」
以前も使った病院近くの喫茶店で。
軽いまじないで会話を単語としては聞こえても中身は理解されないようにしながら相談になった。
レモンスカッシュに刺さっていたストローを咥えながらのワンコちゃんの言にそれぞれが飲み物を軽く口にしてから整理を始める。
「その、極端な話ですが強制的に祓ってしまうことはできます、けれど」
「あそこまで自我を保っている方をそうするのも……ですね」
水音さんの言葉を栗毛ちゃんが引き取る。
その意向が一番強いのは間違いなく水音さんだが、全員がそういう気持ちなのも確かだった。
「そうなると……」
細心の注意を払いながらアイスコーヒーのグラスをコースターに置く。
もう半分ほどに減っているそれをそうするのに何故気を使うかというと……隣に俺の肘など当てようものなら折れるか通路に弾き飛ばしてしまいそうな細い二の腕があるから。
そういえばこの組み合わせで四人席は初めてだったな、とか考えながらも何の迷いもなく「お隣失礼しますね」と滑り込んできた水音さんのさっきの表情を思い返す。
言葉にするにはちょっと困るが、楽し気で……お気に入りの本でも開くかのような。
そんな訳で1.3+0.7くらいで丁度二人前くらいになる筈だったが、境の空間を充分に保持しようとしている関係で若干身を横方向で縮めながら座っている。
「未練の方も晴れるように、ですね」
「具体的にはどうすんの?」
「前回のようにおじさまがエスコートしてきては?」
この前球場に行ったみたいに、か。
アイスティーのグラスを指先でなぞりながらの言に軽く肩を竦める。
「彼女のお望みが食べ歩き飲み歩きならそれでもいいかも、ですが」
どう考えても、というか明言されている要望は女性を満足させるような時間。
そういうのは、生憎と……。
「夜の街の楽しみ方にも精通されていらっしゃるのかと」
「大概親父殿か義弟のお供として、ですよ」
「あら? レオさんとはしょっちゅう」
「あれは飲み以外の何でもないです」
いや、ホントに。
色っぽい話なんてレオさんの格好以外は欠片もないよ? という意味で。
「女性に楽しんで頂けるお出かけは……その、下手くそどころか縁がないというか」
「でも、この前、海に連れて行って頂いたのはとっても楽しかったですよ?」
「それは……ありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ、です」
「「……」」
直視が難しい表情に顔を逸らせばテーブルの向こうには物言いたげな顔が二つ並んでいる。
いや、水音さんにそう言わせたくてああ言った訳じゃないんだって!
「お待たせしました、サンドイッチのプレートとホットドッグ、ハムチーズトーストです」
そんなタイミングで軽食メニューの方が届く。
店員のお姉さんがサンドイッチプレートを真ん中に、ホットドッグを軽く手を上げた俺の前に置いた後、ハムチーズトーストの行き先に迷うが苦笑してそれも俺だと告げる。
「では食べますか」
「ええ……ちづちゃんと杏はどれを食べる?」
「お姉さまから選んでください」
今日は三人でサンドイッチを分け合う風景を見ながらパリパリのソーセージに歯を立てる、ケチャップもいい味だし新鮮なレタスの食感もいい。
それを三分の一ほど行った後、トーストの方に……ハムとチーズの相性がいいのは勿論だが、溶けたチーズの中にさり気無く挟まってくるピーマンもいい仕事をしている。
この喫茶店かなりの当たり案件だな、と内心で頷く……あの羽賀雛菜さん、といったか、あの子絡みの案件で病院に再訪するならばまた寄ろう、と決心。
「また来よう、って考えています?」
「……わかりますか」
「だって、ちらっとメニュー表を見ていましたよね」
俺なら一口なミニサイズのハムサンドを半分食べた水音さんに小さく笑いながら言われる。
「私も、羽賀さんと約束をしましたから……」
「車、出しますよ」
そういう用事ならそれこそ俺はこの店で周囲を注意しながら待機していればいいか、と濃厚なチーズの後、アイスコーヒーでさっぱりしながら考える。
「はい、ありがとうございます」
そんな水音さんをやや複雑そうな目で見た後、信じられなそうな面持ちでこちらを見た栗毛ちゃんが口を開く。
「それにしてもおじさまは……」
「はい?」
「あれだけおばあさん方からお菓子と果物を頂いた後でもそれだけ食べた上に他の食べ物まで考えられますね」
「まあ、そういう奴なので」
「そろそろ慣れなよ、千弦」
マイペースにツナサンドを食べ終えたワンコちゃんが言いながら。
「オジサン、そのうち全メニュー制覇するかもね」
「一回どこかの店ではやってみたいかもとは思ってますが……申し訳ないけれどここじゃないですね」
「え? そうなの?」
何で? という顔の斜め向かい、つまり俺の隣から。
「ハンバーグプレートがあるから、ですか?」
「……まあ、そうです」
そっと差し込まれた問いに、頷く。
「そういえば食べれないんだっけ」
「ひき肉全般が駄目という訳では……無いですよね?」
「ええ、ハンバーグにだけは少々、苦い思い出があって」
大昔、盛大にやらかした生焼け魚肉ハンバーグ……ではなくて。
『せーちゃんにはもう作ってあげない』
……昔の、苦い間違いのせいだった。
「征司さん?」
「いえ、何でもありません……冷める前に食べてしまいましょう」
「冷めそうなものはオジサンしか食べてないけどね」
「……でしたね」
苦笑いして、再度ハムチーズトーストに。
後半戦も変わらず、ピーマンの苦みが……今は優しい。
しばし皆で口を動かした後完食し、お皿を下げてもらい、ついでにアイスコーヒーも甘み抜きで再注文して。
「話は戻りますが、女性を喜ばせることは不得手な野郎しかいませんので」
言っていて胸に刺さるが……事実は事実。
だけどそれはそれとして、胸の深いところに一旦は仕舞う。
「そういう訳ですので……有識者の方にお願いした方が良いかと」
「私も、それがいいかなと思っていました」
「同じく」
「じゃあ、皆せーので」
「あ、少々お待ちを」
勢い込んで提案したワンコちゃんに「何?」という顔で見られる。
「その、昨日夜船さんの方から渡された封筒がありまして……」
スーツの内ポケットから弊社の封筒を取り出す。
あの占星術師さんは今日はどんなアドバイスをくれるのだろうか。
「じゃあ、そちらから先に見てみましょうか」
「うん」
促されて封もされていない中身を取り出せばカードが一枚。
「これは……」
「ハートの3?」
「やっぱり、だよね?」
開ける前から右手の指をその数字にしていたワンコちゃんが頷いて。
「どうします? 俺の方から連絡しましょうか」
「いえ、大丈夫です」
水音さんがさっそく電話を取り出し。
「あ、立花さんですか? 瀬織です……はい、特に異常とか問題があるわけでないのですが」
穏やかに少し状況などを話しながら確認する。
「あの、今日三番さんのご予定は」
***
「あの、ここは……」
その後。
病院の中庭で件の女性と合流し、一応は五人乗れる我が愛車で本社ビルの前まで移動してきた。
正確には、本社ビルの隣の建物だが。
「まあ、いいからいいから」
ワンコちゃんが先導しながらエレベーターへ。
目的の階のボタンを押し、ゆっくりと移動する間に水音さんが口を開く。
「その、余計なお節介で私たちの勝手かもしれませんが……強引に祓ってしまってお仕舞いとはしたくありませんので」
「?」
「お好みでなければ遠慮せずにそう仰っていただければよろしいですから」
向こうが空ける不思議顔の向こうに見える電光表示の現在の階が目的に到着して。
降りた通路の奥に分厚い大きな扉があり、その前に一人のスーツ姿の男性が佇んでいた。
スーツといっても俺が着ている黒一色の物ではなく、細身のデザインでお洒落なブラウンのストライプ。金色に染めた背中の中ほどよりは少し短い髪を纏めている。
彼はこちらを認めると依頼の女性と視線を合わせた後、深々とお辞儀をして。
「お待ちしておりましたよ、姫」
彼、こと三番隊隊長鏡淵天満は人の好い笑みを浮かべた。




