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97.スリッパとカーディガン

「お迎えに上がりました、お嬢様」

「あはは……」

 もう大分通い慣れてきたと思い始めた水音さんの邸宅の駐車スペースで。

 色合いは抑えながらも少しおめかし気味の姿で現れたことに軽口が出てしまった。

「すみません、調子に乗りましたね」

 苦いというかやや微妙な笑い方をした水音さんに謝れば。

「あ、いえ……そうでなくて」

「?」

「お嬢様だと、その……当て嵌まる人が」

 確かにこの界隈で俺の周囲の人はどうしても古く結構な家の方が多い、な。

 つまりこういうことでいいのだろうか?

「今日もよろしくお願いします、水音さん」

「はい」

 合格点は、貰えたようだ。




 さて、水音さんとワンコちゃん、栗毛ちゃんがそういう格好だというのも。

「では、前回の通り現地では表向きお友達のお見舞いに来たという体で」

「はい」

「りょーかい」

「わかりました」

 一月ほど前に謎の声の依頼を解決した病院から、名指しでの相談があり土曜日の討伐はそちらへの対応に変更となっていた。

「その……前の方の件が解決していないということはないでしょうか?」

「お姉さま、今回の相談は女性の声だそうですよ?」

 事前情報から栗毛ちゃんが指摘する。

「それに、あれだけスッキリした様子だったので考えられませんよ」

 お世話になったお嬢さんたちにもよろしく、と揺らめいて消えていった。

「おじさまもお酒を飲んで上機嫌でしたしね」

「タイムカードは切ってたのでお許しください」

「仕方ありませんね」

 バックミラーの中で澄ました顔で言うのを確認した後、隣の席をちらりと見る。

 一人では悪い方に考えてしまったことが解消されたのか柔らかさのある視線と一瞬合わさって安心して前を見れる。

 慌てて逸らしたわけではない……多分。

「ちづちゃん、征司さんもありがとうございます」

「いえ」

「お姉さまのしたことですから、絶対大丈夫に決まっているんです」

 力強い断言に、確かに水音さんにならそのくらい強めに言った方が良い時もあるか、と内心で頷く。

「それはそうと、千弦」

「?」

 バックミラーの中でワンコちゃんが意味有り気に笑いながら栗毛ちゃんの方を突く。

「今日も結構大変だと思うけど、頑張ろうね?」

「どういうこと?」




「あらあら、今日は三人で?」

「はじめましての子も別嬪さんなのねぇ」

「お褒め頂いて光栄です」

 今日も入院されているおばあさんたちに若い三人は大人気だ。

 栗毛ちゃんの口元が若干引き攣っている気がするが、見なかったことにして……少し離れたところで様子を見ていると前回色々教えてくれた看護師さんが姿を見せてくれる。

「今日もおばあちゃんたちにいい刺激をありがとね」

「その為に来たわけではないですが、お元気になられるならそれで」

「ま、その分の手間は省かせてあげるから」

 やはりいろいろとご存知で、それを教えてくれるということだろうか。




「ええと……」

「……」

「お疲れ、様でした」

 看護師さんたちがお昼の時間ですよー! と声を掛けておばあさんたちを退去させた交遊スペースで物言いたげな栗毛ちゃんに見られる。

「おじさまは随分とごゆっくりされていたようで」

「いえ、一応こちらもお話を聞きつつ大物を食べたりもしていましたよ? ただ、こんな野郎よりは若いお嬢さんたちの方が人気になるのは当たり前じゃないですか」

 深い深い溜息を吐きつつ、まだ見られたまま。

「これでも到着時刻を調整して前回よりは時間を短くなるようにしましたから」

「わかりました……それはまあそうとして、杏?」

「うん」

「今回は私も来るように言ったのは」

「それは当然、相手できる人を増やしたかったか……りゃっ」

 あ、そっちには手が出るのね。

 頬を引っ張られてちょっと愉快な顔になっている。

「でもちづちゃんが居てくれて助かったから」

「当然です、お姉さま」

 そしてまた一転澄ました……けれど自慢気な気持ちが僅かながらも透けて見える表情に。

 そんな風にしながら皆一仕事終えた、といった感じになったところに。

「お嬢ちゃんたちに保護者さん」

 件の看護師さんが廊下の方から手招きをしてくれた。




「本当のことを言うと、なんだけど」

 廊下を少し行き、階段を上りながら切り出される。

「私は『居るのかも』くらいの感覚だけで見えたり話せたり、という訳じゃないんだ」

「そうなんですか?」

 驚き気味に聞いている水音さんの声を聴きながら、こちらも「あれ?」という疑問がすぐに発生する。

 その割に前回は細かなところまで詳しく知っていなかったか? と。

 少なくともある程度の事情は把握していたはずだったが。

「きちんと見えて声も聞こえる子が別にいるんだけど……前回の時はその、お祓いに来てくれるっていうのがどんな人だったかもわからなかったから代理で伝えさせて貰ったんだ」

 髪を弄りながらの言葉を聞きながら、ではその見えて聞こえる人というのは何らかの事情があるのだろうか? と想像する。

 例えば、病院という場所柄……。

 それに今、子って言ったよな。




「雛菜ちゃん、入るよ」

「はぁい」

 大部屋ではなく個人用サイズの病室が並ぶフロアでノックの音に一拍置いてからあどけない声の返事がある。

 予想はやや当たりかな? と考えつつ、室内に悪意のある気配がないかを確かめる。

「失礼しますね」

 僅かでも異常があれば先頭で入るつもりだったが全く無いので水音さんたちに続き最後尾のままで……そこまで行ってから、女の子の病室に俺まで入室するのは如何なものか? と懸念したが事情を確認するためなので続いてドアを頭上に注意しながら潜る。

 すると。

「ふぅん……」

 部屋の中央のベッドに腰掛けた薄黄色のカーディガンの女の子がスリッパの両足を揺らしながら興味深そうな目をして俺たちを順番に見比べていた。

 声と予想よりはもう少しお姉さんだ……中学生くらい、か?

「漫画で見るエクソシストみたいな人たちかと思ってたら、案外普通ねぇ」

 ちょっとだけ期待と違うかなー、という呟きが静かな病室内で聞こえた。




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