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1.焼き加減

「今夜は、焼魚かな」

 本日のメイン業務が終了して思わずそんな呟きが口から出る。

 出した後、これは非常にいいアイデアなのでは? と我ながら自画自賛。

 脂の乗った切り身を皮がカリッとなるまで二切ればかり焼いて、一切れ目は缶ビールで、お次は白米で頂く。

 鰤が良いだろうか? それとも鰆? ホッケの干物なんかも悪くないかもしれない。

 うん、残りの事務処理を済ませたら帰宅ルートの少し大きめのスーパーに駆け込んで魚と……あと、今日はちょっと高いビールを買っても良いかもな? 今日の成果は大きかったし許されるだろう。




「有り得ねぇっす」

「え? 駄目?」

 そんな今夜の小さな楽しみへのプランニングは何だか信じ難いものを見ているような声で断ち切られる。

 焼魚、美味しいじゃん。

「有り得ないってか、駄目ってか、どーしてそんな発想にここから辿り着けるんだよ? って話っすよ」

「少々感性を疑いますね」

「ねーさま、あのオジサンまた変なこと言いだしてる」

「こ、こら……またそんな失礼なこと」

「こんなの食べたらゼッタイお腹壊すからね?」

 嗚呼、非難轟々……。

「べ、別にコレを食べようと言っている訳じゃ……ないんだ、からね」

 足元に転がっている本日の成果、を改めて見る。

 多分、魚は魚だと思うのだけれど何やら腕のようなものが生えていて鱗はケミカルな感じに変色していて、サイズは小型のスクーターくらいはある……まあ、どう見ても普通でも食用でもない。

「「「「「……」」」」

「あれ?」

 物言いたげな視線に晒されながら。

 やっぱりさっきの発言、こちらがアウトだった気がしてきた、な。




 この国のお国柄。

 伝承や御伽噺に残されているような妖や物の怪と言った超常のものが多数存在する。

 対応するように津々浦々にそれを鎮め祓う人々も居たのだけれど、現在は首都一極集中のご時世。

 人の穢れやら何やらから生じるそれらも当然集まるところに集まり、文明の成長や海外からの流入なども伴い事態は複雑に、そして大きくなった。

 故に人類側も話し合いを設け全国的にネットワークを構築、組織化し対処を試みるようになっていき……そして弊社こと白峰警備(株)は設立された、というのが会社沿革。




「じゃあ、出現座標と行動パターンはこの傾向だね」

「有効だったのはやっぱり電撃でしたね」

 それで間違いないですね? との問いかけに頷いて返事にする。

 対処の効率化の為に情報をクラウドベースにて共有するような方式が用いられるようになった。

 無論、自分の方もその恩恵を受けている側なのでそこを充実させるための作業に異議は全くない。

 ないのだけれど……。

「で、では……今日の任務は」

 入力を終了させ隊長さんが締めようとしたその瞬間。

「……ほんと、ごめんね」

「おっちゃんさぁ……」

「ご健啖ですね」

「信じらんない」

 現場の後処理を済ませ戻って来た本部の、静かな会議スペースで臨界点を迎え盛大に自己主張をしてしまった腹の虫に平謝りするしかない。

「か、解散しましょうね」

 改めて隊長さんが終了を宣言してくれる……本当に、ごめん。

「んじゃ、おつかれー」

「気を付けてねー」

 三々五々、というには六人チームのため全然数が足りないものの、そんな感じで足音が出ていく中。

「あ、あの……」

「ああ、さっきは話の腰を折ってすみませんでした」

「い、いえいえいえ」

 こんなおじさんにも声を掛けてくれる女の子が居る……まあ、チームを束ねるという立場上のお心遣いなのだろうけれど。

 でも、表情から伝わるけれどかなり勇気を振り絞らせてしまっているようで真面目に申し訳なく思う。

 こちらはまだパイプ椅子に座っているものの視線の高さはほぼ変わらず、ラグビーか柔道経験者ですか? とよく聞かれるのに対して、彼女はその年齢の中でも飛び切り華奢な少女だった。

 多分、迂闊に触ったら折れてしまうんじゃないかと……その前に諸々のハラスメントで大変なことになるだろうけれど。

「お姉さま?」

「帰るよー」

 ほら、実際にお供の二人が片方はセクハラしないでくださいよとばかりに笑顔で圧をかけてくるし、もう片方は「そんなの放っておいて」って顔に書いてある。

「で、では失礼しますね」

「ああ、お疲れ様でした。消灯はこちらでやっておくので」

 そう返事をすると、彼女はお願いしますねと口にしながら、ぎこちなくも精一杯柔らかめの表情をして。

「晩御飯、美味しいと良いですね」

「!」

 そう言って会釈して部屋を出ていく。

「……天使かな?」

 自分以外無人になった会議室でひとり呟く。

 実在するんだ、おじさんに優しい女子高生。




「いや、そうじゃないだろ」

 その後、買い物を済ませ自宅であるマンションの一室に帰宅しドアを開ける。

 その間、先程の状況を様々な観点から分析したがそういう「優しさ」で決して調子に乗ってはいけない。

 こちらは年上のおじさんであることを忘れるべからずと戒める。

「姉さん、年頃の女の子との距離がわかりません……」

 世界で唯一そういう相談事のできそうな相手に呟くものの、この場に居る訳ではないので返事は当然無く、まあ自分で落としどころを探すしかないんだよねぇ……。

 一応理由があってああいった組み合わせになっているのだけれど、あのメンバーが一回り年下の隊で上手くやって行くためには……嗚呼、ソロの時代が懐かしい。

 ただ、まあ、最低限円滑な意思疎通は図りたいところではある……むしろ、変な距離感が生まれつつある気もするけれど。

「まあ、しゃーないか」

 気を取り直してエコバッグから決めたとおり買ってきたちょっと高めの第三じゃないビールを一旦冷蔵庫に預け、鰤の切り身が二切れ並んだ発泡スチロールのトレイからラップを剥ぐ。

 まず一切れ目を金属のトレイに乗せキッチンのコンロ付近へと。

 換気扇を回してから魔力……まあ、流派によって呪力やら神力やら呼ばれるそれを切り身を覆うように注ぐ、気持ち皮側に多めに。

 そしてそれを慎重に火に変換し焼き目を入れていく……炎の属性を会得したのは正直美味い飯を食べろという啓示が与えられたと思っている。

 いや、まあ、その欲望が口からポロリして若干大変なことになっている自覚はある。

「うん、いい香りだ」

 たっぷり乗った脂から漂う食欲をくすぐる匂いといい感じの焼き色に充実感を覚えながら、香りと言えばで冷蔵庫から柚子胡椒を取り出す。

 二切れ目の調理はパターンを変えて力を串状に整えて三か所に突き刺し熱を加えていく。

外と内、どちらから焼いた方が美味いか……もあるけれど一応、これも技を磨く一環である。

……そういうことに、してある。

「さて、と」

 皿と箸を準備しつつ、視界に収めた薬缶の中身を遠隔で適度に加熱しインスタントながら味噌汁の準備もOK。

 あとは、白米。

 こればかりは炊く工程を掴み切れていないしじっくり仕上げる時間も惜しいので一人暮らしをする際に家電売り場で一番高機能で美味いという触れ込みの物を購入してある。

 帰宅予想時刻から逆算して事前にセットしてあるので蓋を開ければふっくらしたご飯とご対面となる算段で……。

「あ、れ……?」

 電源が、入ってない? 設定ミス?

「俺の……馬鹿野郎ッ」

 何故出勤前にトイレの電気の消灯と玄関の施錠を気になって三回チェックしたのにこっちを見なかった!!

 迂闊にも、そして片手落ちにも程がある……。

「ぐぅ……」

 選択肢としては高速炊きモードでという手もあるが、どう考えたってその間にあんだけ綺麗に焼いた鰤が冷める。

 だからといって、米無しで焼魚を食べたくは……ない。

「レンチンか」

 別の事態を想定して準備あったパックご飯をレンジに放り込み設定ながら、空いた手でもう我慢できなくなり缶ビールのプルトップを起こす。

「く~っ……」

 美味いものが口にでき、空腹を誤魔化す必要もない……なら、多少仕事に関門があってもいいじゃないか。

 キッチンから卓袱台に用意したものを何回かに分けて運びながらその都度缶を傾ける。

「500にしときゃよかった」

 体感あっという間に空になった缶を濯いでシンクの片隅に置いて……。

 まあ今日は良く動いたからいいだろ、ともう一本開栓して一口呷ってから焼き身に箸を入れて解れたところを口にする。

『晩御飯、美味しいと良いですね』

「……まあ、結構美味いよ」

 そんな時、突然脳裏に蘇ったこんな草臥れた光景には似つかわしくない鈴のような可憐な声に一応返事をしながら。




 転居後半月、討伐三回目の夜はゆっくりと更けていった。





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