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もう一歩

「ムードメーカー、っていうの。わかんないけど。いつも明るくて、無邪気で真っ直ぐな感じ。詠はそんな人が好きなのかなって」

「考えた事はないけど……」


 好きなタイプなんて真剣に考えたこともない。彼氏を作る気がないのだから考える必要がなかったし、聞かれたらいつも〝優しい人〟と答えていればそれで解決だった。


 しかし〝颯真のような人がタイプか〟と言われればそれはそれで違うような気がする。というよりも、颯真の隣にいる自分を詠は全く想像が出来なかった。


「別にそう言う人がタイプって訳じゃないかなー」

「そう」

「急にどうしたの?」


 詠はそう問いかけるが、響はそっけなく「別に」というだけ。


 自分で聞いておいて一体なんだと思った詠は少し腹が立って、悪い事だとは思いながらも仕返しをしてやろうという気になる。


「まだ小学生の頃、好きな人いる? って聞いた時、告白されて意識してるって言ってたじゃん」

「……言ったっけ、そんな事」


 どうやら響は、好きな人の話をこのまま有耶無耶にしてかわしてしまおうという魂胆らしい。


「あれ、鈴夏ちゃんの事でしょ?」

「は?」


 響はきょとんとした顔で詠を見た。


「……なんで?」

「女の勘」

「本当に?」

「うん。本当」

「……女、怖っ」


 響はそう言うと、観念したように笑った。しかし今度は詠がむすっとする番だった。


「何もないの? 鈴夏ちゃんと」

「ないよ、何も」

「本当に?」

「嘘ついてどうするんだよ。大体そんなのもう昔の話じゃん」

「じゃあもし今、鈴夏ちゃんが昔みたいに響のこと好きだって言ったらどうするの?」

「……それ、詠が聞いて何になるの?」

「なんかその言い方、ムカつく」

「じゃあ俺も聞くけどさ、詠は颯真の事どう思ってるの?」

「だから、何で颯真くんなの?」

「去年、颯真と話してる時の詠、凄く楽しそうだったよ。俺といる時よりずっと」


 キリがない。どうしてこんな事になったんだと思い返してみると、悪いのは自分だという事に気が付き、このやり方は意地が悪かったと反省したものの、響の言葉にそっぽを向いた。


 今更どんな風に謝ればいいのか、分からなかったから。

 二人は一気に険悪な雰囲気になって黙り込む。どちらが何かを話すことも、どちらがこの場を去ることもない。


 日はとっくに傾き始めている。夏が、終わってしまう。


 響は出会った時からずっと、周りの同級生たちと比べると大人だった。

 わがままをあっさりと交わして、うまくその場をやりすごす。それが詠の知る響という人で。しかし今の響はどこか、余裕が無いように見えた。


「もう帰る?」


 詠の質問に響はたっぷり時間を空けてから口を開いた。


「……なんで?」


 まるで詠が何を言おうとしてるのか、わかっているみたいに。


「まだ、一緒にいたいから」


 詠は素直になり切れず、ふてくされた様な口調でそういった。そんな自分がどこまでも可愛くない。


 鈴夏だったらこんな時、どんな風に言うんだろう。

 そもそも鈴夏だったら、響に意地悪をして険悪になるなんてことはないだろう。


「じゃあ大人を騙すしかないな。夏祭りに行くって」


 思ってもいないのではないかと思う程あっさりとした様子で、響はそう告げた。

 胸が高鳴る。この先はもしかすると、少女漫画のような展開かもしれないと思ったから。


「もうそう言って騙してきたって言ったら、響はどうする?」


 そういう詠に、響は噴出して笑った。


「俺も同じこと言って騙してきたって言う」


 詠は目を見開いて、それから笑った。


「なんだ。考えている事、一緒だ」


 詠がそう言うと響は優しい顔で笑って詠に手を差し出した。


「仲直りしよう」


 詠は差し出された響の手に自分の手を重ねた。響は詠の手をぎゅっと強く握った。


 それから二人は神社の石段に座って他愛もない話をする。辺りが暗くなるまで、ずっと。やっと繋いだ手をはなさないで。


「ねえ詠、俺さ」


 唐突にそういう響に、詠は石段に座って見える景色から響へと視線を移した。


「一年で一番、夏を楽しみにしてる」


 トクンと胸の音が鳴る。真剣な口調でそういう響は、真剣な表情で俯いたまま目を合わせない。


「だから颯真にも鈴夏にも、誰にも邪魔されたくないって、割と本気でそう思ってる」


 そう言いながら瞬きを一つして目を合わせる響に、心臓はまたトクリと音を立てた。


 先ほどの行動を責めているわけでもなさそうで、同意を求めているわけでもなさそうな響の言葉も視線も、ただ真っ直ぐ。

 だから〝さっきはごめんね〟という謝罪も、〝そうだね〟という心からの同意も、返答にふさわしくない気がする。


「うん」


 一番簡単で短い言葉を詠が吐くと、響はどこか満足したように笑った。


 彼氏とか彼女。つまりカップルという関係の人たちは。友達よりも一歩も二歩も踏み入った関係を選ぶ人は、みんなみんな、お互いに、こんな短い言葉で思いの全てをくみ取る事ができるほど、互いを知っているのだろうか。


 少なくとも詠は、響の他には知らない。


 しかし今なら、彼氏や彼女を作る人の気持ちは痛いくらいわかる。

 きっとみんな、どうしようもなくて。この人を自分のものにしたいとか、他の人にとられたくないとか、そんな気持ちで人は〝付き合う〟という口約束をするのだと思う。


「帰ろうか」

「うん」


 それならこの短い言葉の本意も、どうか気付いてくれますように。


 響任せの願望を胸の内で唱えながら立ち上がって石段を降り、通りなれた畦道を並んで歩く。

 いつもの別れ道で立ち止まれば、響はなぜか詠の隣を通り過ぎて舗装された道路を歩こうとしていた。


「送って行くよ。遅いから」


 もう少し響と一緒にいられる。そう思うと嬉しい気持ちになる。しかし詠は響の手を握って引き留めた。


「ここでいいよ、響」

「ダメ。危ない」

「不審者なんていないよ」

「そうかもしれないけど」


 響は少し困った様な納得いかなさそうな顔で眉をひそめている。


 ここなら暗いから誰かわからないだろうが、商店街の中だとすぐにわかってしまう。一年間会えないというのに、話しかけられて中途半端な別れになってしまう事が詠は怖かった。


 今日は夏祭り。いつもより外に出ている人は多いはずだ。

 それに今以上に離れたくなくなる。


 だから今ここでさようならがしたい。


 わがままで聞き分けがないと自分の事をそう思っていた詠だったが、やはり少しずつ、大人になっているらしい。


「ここでいい」


 どんな言葉を選べば響にこの気持ちが余す事なく伝わるのか、わからなかった。


 いつもわがままを言って困らせる詠が珍しくはっきりと口にする様子を見て諦めたのか、響は少しだけ肩の力を抜く。


「本当に大丈夫?」

「大丈夫大丈夫」

「気を付けて帰って」

「わかってるよ。響も気を付けて。そっちの方が暗いんだから」

「うん……じゃあ、また来年」


 少しの沈黙の後、響が小指を差し出した。

 不意に逆の手で響の手を握っていることを思い出す。仲直りをしてからずっと、手を繋いだままでいた。


 どんなふうに離せば自然だろうか、と考えているうちに響はあっさりとした様子で握っていた手を離した。


「うん。またね」


 小指を絡めて思う。中学3年生にもなって、こうやって小指を絡めて指切りをしている人なんて自分達くらいかもしれない。


 ゆっくりと小指を離した後、軽く手を振りあってから二人は背を向けて歩き出す。

 詠は何度も響を振り返るが、やはり今年も彼が振り向く事はなかった。

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