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一緒のふたり

「物心つく前の事だからさ、親がいるって実感が俺にはない。でも大人はみんな、俺を〝かわいそうな子〟って思ってる」


 もしかするとそれは〝物分かりのいい子〟〝あの天才子役〟というレッテルを周りの大人から貼られている自分と同じ感覚なのかもしれないと詠は思った。


「親たちがそんなだから、子どもだってそう。俺は別に気にしてないのに、みんながそういう目で見るから俺は〝かわいそうな子〟でいないといけないのかなって。それなら、授業参観で親が来なくて寂しいって思う俺はやっぱり大人の言う通り〝かわいそうな子〟なのかなとか、そんなことをよく考えてた。……だから嬉しかったんだ。みんな俺にどこか遠慮して一線を引いてる。詠みたいにわがままを言ってくれる友達はいなかったから」


 同じだと思った。環境も理由も違う。だけどきっと抱えている傷も、痛みも、何もかも同じ。


 詠はゆっくりと息を吐いて緊張を解いた。もっと重大なことかと思っていた。例えば響が死んでしまうとか、もう会えないとか、自分にはどうすることもできない事なのかと。


 響は俯いていたが、言い終わるといつもの笑顔を浮かべて詠を見る。


「正直に言ってよ。どう思った? 俺の秘密」

「……言い方、悪いかもしれないんだけど」

「いいよ。気にしないから」

「なんだ、そんな事か。って思った」


 そう答える詠に、響は短く笑った。


「うん。それで?」

「引っ越す事になったとか、もうすぐ死んじゃうとか。そんな話だったらどうしようって思ってたから」

「俺も詠が芸能人だってわかった時、そんな気持ちだったよ。いろんな事考えるけど、結局、なんでそんな事を必死になって隠してたんだろうって思うよね。だから詠が俺に芸能人だって事を隠したい気持ち、なんとなくわかった」


 響は吹っ切れたような顔で詠を見ると、笑った。


「俺達、一緒だね」


 詠は大切な何かをたった今共有し終えたような錯覚を覚えていた。

 響も間違いなく、同じ気持ち。

 似たもの同士、似たような気持ちを抱えている。


「でも、俺は詠なんかよりずーっとタチ悪いよ。どうせ〝かわいそうな子〟なら、大人も子どもも利用してやろうって思ってる。大人はすぐ騙されるし、無理しなくても子どもの輪からあぶれることもない。申し訳ないなんて、これっぽっちも思ってない」


 全く子どもらしくなくて捻くれている所が、なんとも響らしい考え方だ。

 こうやって自分を守っている。それが詠には手に取るようにわかった。

考え方は違うとしても響の言う通り、二人は一緒だからだ。


「大人ってさ、子どもを純粋で何も知らないって思ってるよね」

「そうそう。自分達にも子どもの頃があって、大人を騙したりしたことくらいあるくせにね」


 自分の言葉に付け加える響に、やはり同じ考え方を持っている似た者同士なのだと思った。

 響はそう言うと太陽光が差す光の方へと視線を移した。


「そういうのも全部、大人になったら忘れるのかな」


 詠の頭の中には、母の顔が浮かんだ。

 自分の子どもにすら興味がなさそうなあの人にも子どもの頃があったのだ。あの人ももしかするとこの家で遊んだのかもしれない。


 母はきっと祖父母から可愛がられて育ったはずだ。愛を知っているはずなのに、どうして子どもに無関心になってしまうんだろう。


 しかし詠は気持ちを切り替えるように息を吐いた。そして目の前の響を見る。

 どうでもいい事だと思った。何も言わなくても心が通じ合っていると感じるのは、生まれて初めての事。そんな人がこの世の中に一人いるだけで、響がいるだけで、他の人はいらない。


「本当にびっくりした。詠ちゃんがとっても上手にお芝居をするから」


 二人が客間に戻ってすぐ、茶の間に続く襖が開く。響の祖母が座っていて、膝元には麦茶の入ったグラスを二つお盆に乗せて置いてあった。


「夏しか詠ちゃんに会えないとばっかり思っていたから、嬉しかった。ね、響ちゃん」


 響の祖母は同意を求めるように響にそう言うが、響は何も答えずに祖母の膝元にある盆を抱えた。


「詠ちゃんの出ているドラマを録画したいって、」

「ばーちゃん! もう本当に余計なこと言わなくていいから!」


 響は顔を赤くして声を張り上げる。その時詠は、自分が母親にどうしてほしかったのか明確に理解した。

 こんな風に喜んでほしかった。録画するくらい楽しみにしていてほしかった。自分に興味を持っているんだと、実感したかった。


「じゃあ私、もっと頑張らないと」


 詠がそう言うと、二人は同じタイミングで詠の顔を見た。


「響のおばあちゃんと響が見ていてくれるなら、もっともっと頑張る」

「それは楽しみ。でも、身体だけは壊さないようにね」


 響の祖母は優しい口調でそう言うと、襖を閉めた。

 心にいつまでも余韻を残す温かさ。直接耳に届いた先ほどの言葉よりも、残った余韻に身を任せるほど泣きたくなる。でも、自然と頬が緩むのを止められない。


 こんな感情があるなんて、知らなかった。


「あとどれくらいこっちにいるの?」

「一週間」


 詠が答えると、響は麦茶を一気に飲み干してそれから立ち上がった。


「じゃあ、さっさと遊びに行こう。じゃないと、あっという間に夏は終わるよ」


 中学生になると、男女の距離は一気に遠くなる。しかし詠と響との関係は変わらない。一昨年や去年と全く変わらずに関わることができていた。

 しかし間違いなく去年よりお互いに大人になっていて、鬼ごっこをして駆け回るよりも、足だけ海に浸かったり、話をしたりすることが多くなった。


 お互い唯一心を許せる。お互いの傷がわかり、痛みを知っている。〝友達〟という名前はしっくりこない。

 どんな言葉ならこの関係を表せるのだろう。その答えは、響にもわからないかもしれない。


 響の言う通り、残りの一週間はあっと言う間に過ぎ去っていった。その一週間と言ったら、いままでに感じた事のないほどに晴れやかな気持ち。

 もう響に隠し事はない。本当に自分の全てを受け入れてくれている。響の全てを受け入れられる。


 きっとこの世界にこれ以上の居場所はもう、みつからない。

 こんなに幸せでいいのだろうかと思うくらい、この場所は温かい。


 詠が東京に帰る日の前日、詠はお詫びとして商店街で買った大きなスイカを抱えて神社に行った。

 響と二人で山の中に入り、川底の石で小さなダムを作って流水でスイカを冷やした。


 川の水は思わず声が出るほど冷たい。

 あの海の水とは大違いだ。


 素手で魚を捕まえてみたり、岩の上を歩いたりしながら、スイカが冷えるのを待っていた。


 響が見つけてきた太い木の棒でスイカ割りをした後、不格好に割れたスイカにかじりつく。夕方だというのにオレンジ色に染まる気がなさそうな空を、木々の隙間から眺めながら。


「もう、夏も終わるね」

「……今年はなんか、はやかったね」

「詠が意地張らなかったら、後一週間は一緒にいられたのにね」

「意地張ってたんじゃない。勇気が出なかっただけ」


 わざとふてくされたように呟いた詠だったが、自分の耳に届いた自分の声は、思ったより悲しい音がした。


「詠」

「なに?」


 空を見上げていると思っていた響は、いつの間にか食べ終わった手元のスイカの皮を見ていた。


「もしこれから先、喧嘩とかしてもさ」

「うん」

「夏が終わるまでにはせめて仲直りしよう。次の夏が来たらまた、一緒にいられるように」


 この一年、響の事ばかりを考えていた。考えたってどうしようもない事をずっと、繰り返し考えていた。どうせ響の事を考えるなら、嫌な事よりも楽しい事の方がいいに決まっている。二人でした楽しい事を思い出したり、これから二人でしたい事を考えたり。


「うん。そうしよう」


 詠がしっかり頷いた事を確認した響はまた優しい顔で笑って、仰向けに寝転がって空を見上げる。詠も同じように空を眺める。それから二人はしばらく、黙ったままでいた。

 しかし、何を考えているのかはお互い手に取るようにわかる。どちらが先にその言葉を言うのかと、様子を伺っているという事も。


「そろそろ行くか」

「そうだね」


 結局、先に口を開いたのは響だった。響は先に立ち上がると詠に手を差し出す。詠がその手を握ると、響は少し力を入れて詠を立ち上がらせた。


 もう力で響に勝つことはできないだろう。

 こうやって響は、知らない間に段々と大人になっていく。


「響、力持ちだね。将来はゴリラ顔負けのマッチョかな」

「川に突き落としてやりたい」


 二人はそう言い合って笑うと、食べたスイカをビニール袋に突っ込んで歩き出した。

 いつもと変わらない畦道を、いつもよりゆっくりと歩く。


 でも何となく今日は、響よりも自分がしっかりしている気がした。


「来年はちゃんと、二週間遊びに来るから。不安なら、指切りくらいしてやってもいいよ」


 詠はそう言うと響に小指を差し出した。一瞬きょとんとした響だったが、一昨年、別れを惜しむ詠に同じ言葉を言ったことを思い出したのか、詠の小指に自分の小指を絡めた。


「また来年」

「うん。また来年」


 帰り道、浴衣を着た人たちが小学校に向かって歩いている。今日は、夏祭りの日。


 詠は何度も振り返ったが、やはり響と視線が絡むことのないまま彼の背中は遠くなっていく。


 今年はもう、夏が終わる。


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