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らちを明ける

 新幹線から電車に乗り換えて、それからまたローカル線に乗り換える。だんだんと田舎味が増していくたびに懐かしいと感じる、過去に二度見た景色。だから、いらっしゃいと温かく迎え入れられているような気持ちになる。


 この駅で降りるのは、三度目。

 東京と違ってこの場所は相変わらず、何も変わらない。何もない。

 ただ、退屈ばかりの殺風景とは違う。


 駅の階段を降りると、祖母は満面の笑みを浮かべて待っていた。


「詠ちゃん、久しぶり。卒業も入学もおめでとうね」

「おばあちゃん。ありがとう。今年もお世話になります」

「なんか顔つきが大人になって来たな。子どもの成長は早くてビックリする。特に女の子は早いって言うしね」


 祖母の独り言を聞きながら、助手席に乗り込んだ。


「浴衣と下駄、響の家に返しておいてくれた?」

「ちゃんと返しといたよ。藤野さんが、詠ちゃんは遠慮なく家に来てくれるから孫がもう一人できたみたいで本当に嬉しいって、喜んどった」

「……そっか」


 駅から旅館までの道も何一つ変わっていなかった。

 響の家と石の鳥居が見えた時、詠の心臓はドクドクとうるさく鳴った。「菫は元気ね」と聞く祖母に、詠は今年も去年と同じような言葉を返した。


 旅館についてからも決まった流れで部屋に入り、祖父母と遅めの昼食を食べた。

 いつもなら旅館を飛び出していくところだが、詠はそれからすぐに自室にこもった。

 それから一週間、退屈凌ぎに出歩くことはあってもすぐに旅館に戻ってきた。


「去年、響くんと喧嘩でもしたね」


 とうとう祖父は何の気もない顔で詠に問いかけた。その隣で祖母は祖父同様に何の気もない顔をしながら帳簿をつけていたが、おそらく祖母が心配して祖父に相談したのだろうと察しはついていた。


「別に喧嘩なんてしてないよ。じゃあ、響と遊んでこようかな」


 なるべく明るくそう言って旅館を出たが、おそらく誤魔化しきれてはいないと思う。

 しかし〝響と遊んでくる〟と言ったからには、少なくとも日が傾くまでは旅館に帰れないという事だ。


 詠は海の正面の小高い道沿いをぶらぶらと歩いた。去年は響とこの景色を見ていたのに。


 詠はふと視界に留まった緑に足を止めた。

 自動販売機を喰らい尽くそうとする、朝顔。


 よく見れば自動販売機と向こう側の空き地とを隔てるフェンスのほぼ全てを朝顔が覆っている。伸びた朝顔は、自動販売機に影を作る日よけのテント、すぐ近くにある電柱をも呑み込もうとツルを伸ばしている。


 明るい光に朝顔の深い色がよく映えている。響はこの綺麗な景色を知っているだろうか。響はこの場所で生活しているのだから知らないはずないか。

 そんなことを考えながら、ペットボトルの水を買って半分を一気に飲んだ。冷たい水が、身体の暑い部分を冷ましながら重力にほんの少し逆らって落ちて行く。


 詠は一息ついてから、海を眺める。


 時間が静かに流れていくのは目的もなく歩いたからだろうか。

 少し歩いただけで汗だくだ。薄手の長袖が肌に張り付いて気持ち悪い。


 響はあの神社で待っているに決まっている。

 こんなに、暑いのに。


 そう思うと、いてもたってもいられなくなり、詠は残りの水を一気に飲み干すと自動販売機の隣に備え付けられているゴミ箱に少々強引に突っ込んで走った。


 身体が重たい。水なんか飲まなきゃよかった。そう何度も何度も後悔しながら、詠は畦道を走った。

 響はきっと待っている。だから、急がないと。

 詠は鳥居を通り過ぎてすぐに石段を見上げたが、そこに響はいなかった。


 詠は現状を理解できないまま息を整えながら、石段を一歩ずつ上がった。


 絶対にいるという自信があった。疑いなんてほんの少しも持ってはいなかった。嫌われても仕方のない事をした自覚はあったのに。


 響は、芸能人だという事を隠していた事に怒ったのだろうか。

 それとも勝手に帰った事。

 当然、思い当たることは山ほどあるが、響だからきっと大丈夫だと甘えていた事だけが事実。


 あっけなく行き場をなくした気持ちが込み上げて、詠は目に涙を溜めた。目を閉じれば、涙が頬を伝ってぽたぽたと石段に染みを作って、慌てて涙を腕で拭った。


 長い石段の中間あたりまで歩いて座ろうとして顔を上げると、響が鳥居を越えて歩いてくる。


「響!!!」


 響はびくりと肩を浮かせて詠を見た後、ぎょっとした様子で戸惑っていた。


「なんで泣いてるの?」


 響の言葉に、怒っている様子は全くなかった。いつも通りの響に、詠は一度強く唇を噛みしめた後、石段を駆け下りた。


「待ってるって言った!!」

「いや、読み終わったから新しい本取りに行ってただけだよ。詠、運悪すぎだろ」


 詠が階段を駆け下りながら叫ぶと、響はやはり変わらない様子で言う。いてもたってもいられないような、どうしようもない思いだった。


 この一年間、今の今まで一体自分は何を悩んでいたんだっけ。

 そんな事を本気で思うくらい、響は何も変わらなかった。


 結局この思いを伝える方法が分からないまま石段を降り切った詠は、響の前で立ち止まった。向かいあったまま目を合わす事も喋る事もない時間が数秒過ぎた後、詠は頭を下げた。


「ごめんなさい」

「……言いたいことが山ほどある」


 顔を上げた詠の目を正面から真っ直ぐに見ながら、響ははっきりした口調で言う。


「何も言わないで帰るとか反則だと思う」

「うん」

「一年会えないのに。どうしようもなくて、ずーっとモヤモヤしてた」

「……うん。ごめんなさい、響。凄く反省してる。あと、芸能人だって黙ってた事、とか……」

「そんなしょーもない事で怒らない。……でも、詠にとってはしょーもなくなかったんだよな」


 人がずっと悩んでいた事を「しょーもない」で片付けるな。と言ってやろうと思ったが、響はすぐに思うところがあるような穏やかな口調で言葉を続けた。


「なんとなくわかるよ。知られたくないって思う気持ち」

「響にも、わかるの?」

「なんとなくね」


 響は曖昧にそう言うと、踵を返して歩いた。


「行こう。もたもたしてると、夏終わるよ」


 響は鳥居の方へと身体を向けたが、すぐにまた石段の方を向く。


「忘れてた。手、合わせるんだった」


 そういって石段を歩く響の後ろについて行く。

 社殿に向かって手を合わせて、石段を降りて鳥居をくぐり、左に曲がって響の家へ。


 いつも通りの流れ。ただ、先を歩く響の背中だけが、去年、一昨年とは少し違う。

 響が大人になった気がした。顔つき、雰囲気。何が原因なのかはわからない。

 だったら響の目に映っている自分も、少しずつ大人になってるんだろうか。


「もう怒ってない?」

「黙って帰った事は、一生言い続けてやろうと思ってる」


 小さな声で言う詠に、響はおふざけを交えた口調でそう返した。


「よかったぁ。本当に。響、怒ってたらどうしようかと思った」

「怒ってたんだよ」

「でも今は怒ってないんでしょ?」

「最初はなんで何も言わずに帰るんだよってムカついたけど、一年もたったらそりゃ冷静になるよ」


 相変わらずこの場所は、セミとカエルの鳴き声が沈黙を隙間なく埋め尽くしている。


「ねえ、響。私の話、聞いてくれないかな」


 それはずっと、吐き出せなかった思い。

 強がって、隠して。でも本当は、誰かに聞いてほしくて堪らなかった思い。


「いいよ」


 響の家に着くまでの間、詠は自分の母の事や自分で芸能人になる道を選び、友達とうまくいかなかった過去を話した。

 だから自分を知らない響に会えて平等に接してくれて嬉しかった事、知られてしまえば今まで通りではいられなかった事を話した。


 響はたまに短い相槌を打ちながら、詠の話を聞いていた。

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