第19話:バッドエンドの舗装作業■
〜あらすじ
少年は過去を思い出す
「こ・・・ご・・・・だ・・」
自身の体が許す限りに、周囲を見渡す。偶然か・・・・身体が吹き飛ばされた此処は、先ほどまで僕らのいた雅宅の二階だった。しかし最初侵入した時のように、綺麗な様子ではない。そこらじゅう穴だらけな床に加え、散乱した物品の数々・・・全くもって、悲惨な様。
果たしてここに来て、どれほどの時間が経ったのだろうか、だなんて・・・・・意識を失っていた僕にはわかるはずもない。
「・・・あ゛・・・く・・・ぞ・・く」
少しばかり、懐かしい夢を見ていた。
どちらかといえば、『過去の思い出』を脳内で紡いでいたために、『走馬灯』に近いソレだろうか。
今のような、生きているかも死んでいるかも分からないような、重症の身なら、そういうものが見えても仕方のないかもしれない。
「約束・・・・・ちゃんと・・おぼえて・・・た・・・よ」
ミヤビは先ほど、『約束を守らなければ』と宣っていた。きっとソレは、僕らが幼いころに示し合わせた、青臭い誓い。あまりにも小っ恥ずかしいものだから、今でもはっきりと覚えている。
『約束の口上』の一句一句を忘れたとしても、『感覚』はそう簡単に記憶から消えるものではない。
『ゆびきりげんまん』の左手小指の、感触が・・・・・・かんしょ、・・・く・・・・が。
小指は、根本から抉り取られていた。
絶対に忘れないと宣う心を嘲笑うかのように、その感触ごと無かったことにして。
「それ・・・はっ・・・・ないだろ・・・っ」
結局、『いつか』は来なかった。
それを先延ばしにしていたのは僕だった。僕とミウには、何度だって話す機会はあった。そんな中で、『怖がられているからアクションしない』という結論に甘え、何もしなかった。そこそこ悪くなく、そこそこ親しい関係が・・・表面上で続いたそれが、歪だということに、見て見ぬ振りをした。
そんなだから、『先輩』と『後輩』だなんて、他人行儀の関係がいつまでも続いたのだ。
「ダメ・・・なんだ、ね・・・本当に・・・戻れ、ないんだね。」
消沈した心に比例するように、天井へ掲げた掌を力無く降ろす。
勝リ者の修復能力は常人離れしている。しかし、アンナの脚が一向に治る様子が無かったことを鑑みるに、一度欠損した部位は戻らないのだろう。例に漏れず、この指も。
僕らを親友たらしめた、あの感触も。『いつか』を夢見た、今まで、も。
「ああ・・・・分かっていた、よ・・・分かっていた、とも」
だからこそ・・・『切り替えろ』と心にて宣う。言葉にできないようなその感触を胸に、穴だらけの身体を起こす。
その、背後にて。
天井部から飛来する、蒼い星。粉塵を巻き起しながら、颯爽と現れる親友の身姿。
「・・・・・・」
僕を仕留め損なったと勘付いた彼が、止めを刺しに来たのだろう。今さら驚きはしない。
前方は親友。後方の一寸先は闇、すなわち陥没した床。親友の『因果収束』が覚醒した時点で、消えかけた逃げ場。それが、さらに狭まることになるとは。
まあ・・・・・もう逃げるつもりはないが。
「僕、が、十五連敗中、だったな」
腐りかけの心を精一杯に立たせ、僕は親友を・・・・ミヤビを見据える。
「決着をつけよう・・・・ミヤビ。」
「aaaaaaaaaaaa・・・・・・!!!!!!!!」
その口上が、ミヤビにとっての火蓋に成ったのだろう。常人離れした跳躍力で、こちらへ真っ直ぐに跳んでくる。避け切れない、文字通りの絶対絶命を前に、僕は静かに口を開いた。
「『結』」
「aっ・・・!?」
ハッタリでもなんでもなく、『最優の反則手』は硝子玉へと戻り、僕の掌に収納される。槍の消失によって、唖然とするミヤビの相。しかし、そんな戸惑い如きで、ミヤビの推進力は落ちない。
僕の三寸先に至るミヤビの拳・・・・・ソレを目の前にして僕は、
「・・・g・っ!?」
後方の虚空へと、足を掛ける。そうして文字通り、身体が真っ逆さまに落ちていく。驚愕に歪んだミヤビの心象など知らずして・・・・・・平行に進んだ拳は空を切る。
・・・・・直後、世界は流転する。
「・・・・がぽ・・・っ」
僕の小細工など梅雨知らずとして、『因果収束』はものの見事に成功する。僕の腹部を貫くミヤビの拳。ただし、集約したその位置は、今までとは異なるソレだった。
「・・・da・・・ぎっ!?」
空中に放られた身体に驚愕するミヤビ。そんな彼を、絶対に離さないとして、僕は襟を掴む。動じたミヤビが踠くも、空中では上手くなんていかない。
「お前の・・因果収束・・・・収束した、その先の位置座標・・・その全て、は」
その原理に気づいたのは、ミヤビによって空中へと放られたあの時。掴まれる前後の景色。『因果収束』の結果に至る位置・・・つまり『ミヤビが僕に引き寄せられた』際の位置座標。ずっと気がかりだったソレ。
ミヤビのいた座標に僕が引き寄せられるのか、僕がいた座標にミヤビが来るのか・・・・その解は、
「半分、だ・・・・喰え、よっ!!!!」
背面にて携えた手から、『最優の反則手』を起動する。起動直後に体積を拡張されたソレは、背中越しに僕の胸部を貫く。身体によって生じた死角は、その瞬間をミヤビに見せない。ゆえに『局所的マブの循環』も許さない。
つまるところ、胸部から生え出た血肉携えし刃が、何の妨害も受けずして、ミヤビの心臓部を貫いた。
「a・・gi・・でっ・・・・・・・・な、にっ!?」
爪楊枝で刺されたサンドイッチのように、槍越しで繋がる二つの身体。
静かな自由落下の重力本流を受ける二者は、小さな音を立てて、一階へと堕ちていった。
『二者の座標』と『角度』、その半分。ソレこそが『因果収束』がなされた後の、最終座標位置。僕は二階から落ちる『落下』状態。一方でミヤビが、2階にいる状態で発動したため、二人の座標位置の半分の位置は『空中』となる。結果、ミヤビを落下状態へと巻き込むことができた。しかも、真っ逆さまな僕と、直立なミヤビで、角度が折半されれば、地に平行の状態になる。安定した状態で、槍を発動させることができる。
僕の勘は正しかった。しかしこのチカラですら、おそらく発展途上段階。もう少し時間が経てば、集約座標点を操る程度、出来るようになっていたに違いない。
「・・・・がぽっ・・・」
その不完全性につけ込んで、ようやく届いた一撃。しかし、その代償として、僕の胸部も貫かれることとなった。
「・・・・・っあ・・ぎ」
金槍を解除し、落下衝撃に悶える親友の身体を退かす。半身を起こしながら、胸部に埋もれた硝子玉を取り除くために、指を患部に突っ込む。
相打ち狙いの博打だったが・・・・槍の一撃は、僅かに僕の心臓部を逸れていたようだった。
「アイ・・・ワ・・・・?・・・・え?・・・アイ・・・げっ・・でっ!?」
掠れた呻き声を耳にし、視線を移す。
瞳に映るミヤビの顔の、奥で燻る心象に・・・あの蒼い靄のようなソレは消えていた。
「・・・・・」
アンナは『心臓部』を破壊することで、正気が戻ると言っていた。『重要機関の再生』に関しては、勝リ者の再生力ですらどうにもならない、とも。
だからか、ミヤビは、僕の貌を正しく認識している。ただし『夢見薬の幻想』は、あくまで正史の記憶として、ミヤビの心に記されている。ゆえに、今の景色と記憶の齟齬に対して、困惑の相を見せた。
「い・・・っだ・・・・な゛・・・て・・だ・・て・・偽物・・・じゃ。」
震える瞳孔の底で、信じられないと宣うミヤビの心。その、貌が・・・・何かを勘付いたかのように、ゆっくりとアレの方へ向きを遷移させた。
「え?・・・・・・・・・・・・・・・ミ・・・・・・・・ウ」
ここは雅宅一階。僕が数刻前に訪れた場所。ゆえに、遺体の彼女は、今もそこで佇んでいる。
ミヤビの心がソレを捉えた、その瞬間のことだった。心臓を貫かれ、意識朦朧としていることも気にも留めず・・・今までに見たことないような、荒れ狂う心をもって、けたたましい叫び声を上げた。
「あ・・・あ゛あああああ!!!・・・・ああああああああっ!!!!?」
罪悪は憎悪に勝る。
ああーーーーーーーー全くもって、その通りだと思う。
憎悪は所詮、時間と憔悴が忘れさせてくれるもの。一方で罪悪は、自身がやったという『その事実』が過去にこびりつく限り、永遠に刻まれるもの。傷の舐め合いすら許されず、己ただ一人で噛み締め続けなければならない呪い。
そんな絶望を・・・・・一瞬たりとも、死にゆくミヤビに味合わせるわけにはいかない。
遺体へと駆け出そうとするミヤビ。しかし、心臓部を貫かれた死に体では、起き上がることすらままならない。激痛は並々ならぬものに違いないのに、それら一切を気にせずして・・・・彼は這い進んだ。
「み゛・・・う・・・なんで・・・・なん、で・・・っ!?」
彼の心にて繰り返される『何故』。未だ記憶がはっきりしているわけではないが、時間と比例して鮮明化していく思考は、いずれ『ミヤビ自身が彼女を殺した』という事実に気づくに違いない。
だから今・・・・ミヤビの事実認識が曖昧な今、その記憶を塗りつぶす。
血反吐を吐きながら這いつくばる彼へと、僕はソレを告げた。
「僕が殺した。」
「・・・・・・・・・ぁ・・・・・は?」
「僕、が・・・ミウを殺したんだ。」
今宵初めて、僕は本物の嘘つきになる。
そして、ミヤビに対し、今まで明確な嘘を付かなかったという事実は、騙しの一手として最大の切り札となった。
「・・・・・・嘘・・・だ」
「嘘じゃない。知ってるだろう・・・・僕はそんな嘘を付かないって。」
らしくなく、嘘を本当で塗り固める。ソレが、愚者のやることだと分かっていても、成さなければならなかった。
「だ・・って・・・約束・・・」
「そんなもの、僕は忘れた。」
小指の無い、震える左手を握りしめる。
「ありえねえ・・じゃあ・・・なんで・・・・なんで殺し・・・」
「人を殺すことに、理由なんている?」
上擦りかけた口を噤む。ミヤビは勘がいい。だからこれ以上は・・・・何を言われても、何を言いたくても、喋ってはならない。
「な゛・・・んで、」
「・・・・・・」
「な゛んで、だよっ!!!?おま・・・え、あの子の兄ちゃんじゃ、なかっ・・・たの・・・がっ!!」
怒りに強張った両腕が、僕の襟を掴む。無理な上体起こしにより、吐血混じりの咳き込みに苦しむも、その剣幕が緩む気配もない。
「だから、俺・・は、・・・おま・・・え゛・・・が・・おま・・・えを・・・しんじ・・・て・・・だが、ら」
目尻に集う涙が溢れ、頬の筋を伝い、襟を掴む手甲へと至る。ソレでも僕は、ただ冷徹を装い、ミヤビの瞳孔を見つめる。震える心象が悟られぬよう、舌を噛む顎の強張りを、できる限りに隠して。
「しん、ゆう・・・なんかじゃな・・きゃ・・・・そも・・そも・・・お前、は・・・お前・・・なんか」
「・・・・・」
激情に熱くなる喉が、酷い『えづき』を生じさせんと、咽頭で暴れる。這い上がるような『痛み』を、何度も何度も飲み込む。『何を言われたって動じるな』と、心の中で叫び続ける。
これだけが、僕にできる最善手なのだ。ミヤビを罪悪に苛まずに済む最善手であり、苦しませずに逝かせる、唯一の手なんだと・・・そう自身の胸に言い聞かせて、
「おま、えなんか・・・たすけな・・・けれ・・・・・・・・・ 」
「・・・・・・・・ぁ」
・・・。
・・・・。
・・・・・。
・・・・・・違う。
こんなもの・・・・こんな離別、が理想的?こんな最期の見取り方が?憎しみに苛まれる彼を見なければならない、この今が?
「・・・・・違うん、だ・・・ミヤ、ビ・・・」
つい出た本音は、僅かなもの。嘘として誤魔化すなら、まだ間に合うもの。
しかしてソレは、蛇口栓のようなもの。中途半端な否定の意が皮切りとなり、ぽつりぽつりと、口から本音が這い出てきた。
「違う・・・嘘・・・なんだ・・・僕のせいで、僕の力の、なさ・・・で・・ミウを、死なせた・・・けど、そうじゃなく・・・て、けど・・・・どう言えばいいかわかんないんだ・・・・だって・・・僕は傷つけなく・・・ていや、だか、ら・・・」
しどろもどろな口上。思いつく単語を片っ端から並べたような、取り止めのない台詞。ミヤビがこの本音をどう受け取るかが怖くて、不器用に宣うことしかできない自分。そんな自身を鼓舞し、『言うべきこと』へ覚悟を決める。
そうして、襟を掴んだままに項垂れた、ミヤビの肩を掴み・・・・その顔に向き合おうとして、
「・・・・・・・ぇ?」
肩を触れた際に感じる、凍りついた肌感触。そして、怒りに歪んだ貌の、瞳孔に浮かぶ空洞。その奥底には・・・・魂のあるべきその位置には、何もない。
つまるところ・・・・・・・・ミヤビは、すでに事切れていた。僕への憎悪を、最期の心象として。
「み・・・・や、び?」
心を読む力は最後の最後まで、正しく機能する。たとえ心を読むために、どれほど目を凝らそうが無駄なのだと、心の内で嘲笑を繰り返す。
しかし、ソレを分かっていてなお、僕は目を凝らし続けた。
「ミヤビっ!!!」
喉の張り避けんばかりの勢いで、僕は親友の名を呼ぶ。肩を揺さぶり、『未だ生きているかも』という万一の可能性を探った。正確には、そんな愚かな虚構に縋ったのだ。
そうして熟考へ拍車をかけるほどに、ミヤビの絶命を思い知らされた。
「・・・・・・・は・・・は」
口から漏れる、上擦るような乾いた笑い。泣け叫ぶわけでも、無言で啜り泣くわけでもない、全くもって不誠実なそれ。その要因となったのは、ミヤビの最期の言葉。
「僕、が・・・・・助けられ、なければ・・・・・・か」
その最期の言葉をもって、心に呼び起こされた、あの時の口上。
ミヤビの勇気によって、僕は、シラマキの狂刃から命を救われた。それを後悔していないか、ミヤビに尋ねた際の解。屋上でミヤビが自信満々に言ったその、決意表明。
「・・・・・ああ、その通り・・・だろう、な」
思い返した、その台詞は・・・・・全くもって、最高の皮肉だった。
『俺はな、てめえを助けて死んじまっても後悔しなかった・・・・いや、違うな。後悔しねえよ、これから何があっても後悔しねえ。絶対にだ。』(第2話:最高の皮肉 より)