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断章:指切りげんまん■

ちょっとした過去話

僕の名前は愛和優。愛和児童園の孤児の一人だ。


この養護施設にいる多くの子供達は、親の経済的事情でこちらに来ていることが多い。そんな中で僕は、この養護施設で唯一、長に直接拾われた捨て子だ。よってその戸籍上は、養護施設の子供というより、愛和施設長の息子ということになっている。


そんな事情の差異によるものなのか、僕に目をつける人間も、少なからずいた。




「ずっ!?」


本を片手に、ジャングルジムの上部で佇んでいた僕。突如、強引に下方へと服を引かれ、背面を地面に打ちつけた。全身に走る衝撃によって、しばし苦しみ悶えることになった。


「おっ?おっ?おっ?・・・大丈夫?大丈夫?・・・ゆう、しっかりしろよぉ、こっからおちる、だなんておっちょこちょいだなぁ・・・・ぷ」


下劣な笑みを浮かべる小一の同期数名ほどが、ぼくを見下している。嘲笑う彼らが、僕を落とそうとしたのは明らかだ。しかし、苛立ちの一つを起こしても、返り討ちにあうのが常。彼らを無視し、地面に転がった本を拾い上げようとして、


「ぅいぃぃ!!ほらパス!!」


「・・・」


先走った下郎たちは、僕に本を取らせんとして、遠ざかるように渡し合う。流石に苛立ちを隠しきれず、煽り放った一人の方を睨みつける。


「お?・・・・やんの?・・・くやしけりゃなんか、いってみろよ。」


「・・・・・」


「だっさ・・・なにもいえんの?こしぬけ・・・おやのキョーイクがなってな・・・ああ、そうか。オマエのおやはゴミバコ・・・・だったな!!」


ケラケラと下品な笑いに興じる悪太郎(・・・)たち。健全な煽りのラインを完全に踏み越えたソレに・・・僕は口を開くことすらせず、俯くことしかできなかった。


言い返さなければ、当然彼らも図に乗る。顔を下に向ける僕を掴まんと、その手を伸ばして、


「とぉーーーーーー!!!!!」


その行為は、側方からのドロップキックに阻まれる。衝撃は、彼らを後方へと薙ぎ倒す。勢いを乗せすぎたためか、転倒後に地面へ突っ伏した攻撃者。白髪のかかる頸を撫でながら、彼らを踏みつけて立ち上がる。


「なにしてんです!!兄ちゃん(ちゃんにー)!!・・・まあったくなさけない」


立ち上がりざまの彼女・・・・ミウは満面の笑みをもって、僕に手を差し出した。











「全く・・・・ユウ!!どうしてあなたはいっつも、面倒ごとばっかり起こすのかしら!?」


「・・・・・・・」


件の一悶着の後、僕は事務室に呼び出されていた。そこから二時間ほど、僕へ説教を垂れるこの中年女性。裾のほつれた黄色のセーターと、その上から職員用の青いエプロンを身につける彼女こそ、()施設長の奥方。つまるところ、戸籍上は僕の母親に当たる人だ。


施設長が亡くなった後、彼女がこの施設長に就いた。その際に、この養護施設の方針を学期的に変えるなどと宣っているらしいが・・・・彼女の掲げる要項の全てを、把握しきれているわけではない。覚えているのは、『今まで無駄にかかっていた(・・・・・・・・・)養育費のコストカットに尽力する』や『助成金申請において、予算拡大を自治体に働きかける』とかだったか。


それらを鑑みた後、彼女に対する印象は『がめつい』であった。まあ、それだけなら別に良かったのだが・・・・どうも彼女には、施設長が亡くなってから、僕を目の敵にしている節があるようで。


「黙ってないではっきり言いなさいな!!」


先ほどの事件・・・僕は一切の反撃をしなかったというのに、彼女は、先に仕掛けた彼らの二枚舌のみに耳を貸した。この説教の場にて、彼らがいないのはそのためだ。そして、説教に呼ばれていないミウがここにいるのも、同義の理由。もっともその意は、奥方のそれとは正反対のもの。


「おいババア!!なんで兄ちゃん(ちゃんにー)が、おこられなきゃいけないのです!!まずはあのクソやろーども!!つぎにわたしだろう!!」


齢6歳とは思えぬ胆力で、ミウは奥方を睨みつける。しかし、たとえどれ程の勇敢さをもって大人に立ち向かおうと、『幼児の言葉』でしかない。ゆえに奥方は、その言葉に一切の動揺を見せず。


「いい?ミウちゃん。あなたは、こんなのと関わっちゃいけないの。こんな・・・不幸の元種にしかならない、この穀潰しを。」


「それがジブンのコドモに、いうことか!!それに、さっきのことは・・・・!!」


「私はこんなのを、子供と思ったことはないわ・・・・そして仮に、あなたやコレ(・・)の言うことが本当だとして・・・・・コレがいなければ、そんなちょっかいは、そもそも存在しなかったんじゃない?・・・なら、そうされた側にも問題はあるでしょう?」


その言葉に、ミウは黙りこくってしまう。大人と子供では言論の経験値が全く違う。どんな屁理屈だろうと、『ソレなりの真意』を突いていれば、小児など容易く黙らせることができる。


加えて、彼女の言論で嫌らしいのは、一言も『いじめ』と言う用語を、用いていないこと。そんなNGワードを不用意に扱えば、この施設の誰かしらが年を経るにつれ、その意味を理解できるようになった所で・・・施設を出た子供をソースに、外部から問題視される可能性もある。おそらく彼女は、ソレを分かった上でやっている。


「もうお昼寝の時間なのだから、おやすみなさいミウちゃん?・・・これからコレには、色々とやってもらうことがあるのだから。」


奥方の言及する『色々』とは、家事雑事の諸々・・・・それも、この施設全員分のものを、たった一人で。


「はぁ?きのうのあさから、きょうのあさまでずうっと、兄ちゃん(ちゃんにー)にやらせたんでしょ!さっき、ぶったおれて、おきたばっかじゃないですか!!マジでいってんですかババア!!」


「いいよ、ミウ。これは・・・・・僕がやるべきことなんだ。僕が父さんの子供である限りは、さ。」


そもそも僕がこうやって生きていられるのは、この奥方や施設長のおかげ。養子という立場以上、親からの仕事の委託を断るわけにはいかないのだ。


とはいえ、苛立つミウの声には、内心感謝している。ミウのように、僕のために苛立ってくれる者などいない。いや正確には、ミウ以外でもう一人・・・・・・


「そんなにたいへんだってんなら・・・て、かそうか?アイワくん。」


「・・・え?」


背中にかかる少年の声。知る声だからこそ、僕の心に驚愕が走る。


「ミヤビ?」


「よっ!アイワ!ミウちゃん!げんきしてるか?」


陽の届かぬ部屋に映える、朗らかな笑みをもって、手を挙げて挨拶する親友の姿があった。











「ったく・・・オマエとしうえなら、ビシッといってやれよ、ビシっと。」


「・・・・面目ないね。」


寝室までミウを見送った後、僕はミヤビと共に談話を繰り広げていた。この場が、先ほどの事務室と異なるのは、後に続いたミヤビの両親たちが、『大人の話がある』と僕らを追い出したからだ。


「つーかアイワ、オマエはさ・・・あのおばさんよりうまい口だろう。こう・・・・『ロンパ』とかできねえの?」


「論破?」


「ほらさいきん、きくじゃんか!『はいロンパ!!』って・・・・・いやちょっと、ふるいか?」


そういえば昨日のゴールデンタイムで、スーツ姿のハンサム中年が、そんなことを言っていたような気がする。爽快感より苛立ち成分の方が若干強かった(※個人の意見です)が、あのエピソードは中々に面白かった。


「論破ねえ・・・・僕じゃあ、できないと思うよ。」


「え?いやだってアイワ、ちょうアタマいいじゃん!」


「『論争』っていうのは、最終的には意固地のやつが勝つからさ。」


半年前かソレ以前、奥方に対し、本気で『論』勝ちしようと試みたことがある。曰くこの仕事量は『労働基準法』云々、曰く『父さんに今の自分を誇れるのか』云々・・・・・・とにかくいろんな観点から切り込んでみた。


「どんなにこっちが正しくても、『自分(・・)はそう思わない』で食い下がってくる。自分の都合の悪い状態になれば、今度は『大人に対する言葉遣いの悪さ』とか『論点と全く違う話題』で切り込んでくる・・・・・屁理屈じみた言葉も絶妙に正しければ、一部一部は認めて多少の謝意を見せないといけない・・・・・まあ、つまることろさ」


その論争の結果は散々だった。六時間ほど話しても、一向に話が纏まらない。論点を変えられすぎて、『主題』の原型もなくなった・・・・ソレを不毛に感じた僕は、彼女に対して先に折れた。


「何分でも、何時間でも、何日でも・・・・・自分を『間違ってない』と言い張り続けば、どんな論でも『時間による気疲れ』で人を折ることができる・・・・・・・根本から心を変えたわけでもないくせに、『自分は人を変えられる凄い人間なんだ』と勘違いしてつけ上がる・・・・間違っていても認められず、前に進めないような人間に、僕はなりたくないんだ。」


「いや、よっくわかんないけど・・・・・めっちゃ、ねにもってるじゃん。アイワくん。」


流石に舌が回りすぎたせいか、ミヤビが軽く引いている。自身の口を撫でながら、熱の籠った脳を再起動させる。そういえばここ最近、雅家の訪問が多い。現施設長が僕に対してあの態度で、ワケを知る術が無かった。


「まぁともかく、僕のことはいいんだ・・・・ミヤビはお父さんたちの付き添いだよね?今回は何用で来たの?」


ミヤビと会ったのは、これで三度目。その内2回の交流で、僕とミウは彼と仲良くなり、現在に至る。ただし今の時点で、彼らの訪問理由を知らない。


「きまったんだよ・・・・その、ミウのひきとり。」


「・・・・・・・・・・・・え」


「だから・・・・オレらのかぞくが、ミウをひきとることになったんだ。」


・・・。

・・・・。

・・・・・。

・・・・・・いや、


「そっか・・・やっぱりか」


「きづいていたのか?アイワくん?」


思えば確かに、そんな節はあった。さっきだって、罵倒に近いミウの非難に対し、奥方の弁は優しく諭すだけで終わっている。その眉の引きつりを、隠せぬままに。


「施設長は、ミウに『性格の悪い』女だと思われたくて、ミウには優しい態度をとっていたんだ」


「もうおそい、とおもうけど、なんで?」


「・・・・その後、雅家とコネ作る時に、邪魔になるから」


「コネってのはな・・・・いや、ながくなりそーだから、やっぱいい・・・・・にしても、そんなに、きにしてないのか?アイワくん?」


「・・・・・・・・・・・・」


気にしない・・・・わけがない。こんな饒舌口調も所詮、驚愕を隠したいが為のものなのだから。ミウは、父さんの次に交流の多かった人間だ。こんな不甲斐ない自分と、共にいてくれた彼女。そんな彼女に僕は、


「出来て・・・ないんだ」


「・・・なにを?」


兄ちゃん(ちゃんにー)らしいこと、何にも。」


ソレなりに楽しくやれてたと思う。けれど時々、考える。


人付き合いの苦手な僕と、誰にでも明るく活発な彼女。一見『可哀想な僕』が、彼女を縛り付けていたのではないか・・・と。


しかし、だからといって『こんな僕など、もう放っておけ』などと一方的に言うのは、あまりにも不義理。変わるべきなのは・・・何かアクションを起こすべきなのは、彼女ではなく、僕の方だ。


「何かやってあげたい。或いは・・・お前にはいつだって僕がついてるんだぞって、自信をもって言ってやりたい。でも、どうすればいいのか、わからないんだ。」


「・・・そっか、じゃあこういうのはどうだ?」


立ち上がりざま、口上にえっへん、と一言挟むミヤビ。できるだけの『かっこいい』を演じつつ、得意げに言の葉を紡いだ。


「『これからさき、どんなことがあってもかけつけて、まもってやる』ってさ。どうだい!このうんめいみたいなセリフ、ほれんなよ?」


「別に惚れさせるのが目的じゃあない。大体そういうのはお前の・・・・・」


「?」


後の句を飲み込む。ミヤビは首を傾げ、その続きに興味津々の模様。しかしこれは・・・・ミウ自身が、いつか決着をつけなければならない話だ。


「おぅい!兄ちゃん(ちゃんにー)!あと・・・・まさとくん、こんにち・・ ()


「あ!ミウちゃん。」


竜頭蛇尾で口を開いたのは、壁際からこちらを覗くミウ。彼女の、赤ためた顔に携える瞳の、向かう先はミヤビにあった。その心意を知らずして、ミヤビはズケズケと彼女の方に向かう。


「ちょ・・・まさとくんやめてって・・!!」


肩を組んでゲラゲラと高笑いするミヤビ。


恥ずかしがるミウに対し、ミヤビがいつまでも身体をくっつけるものだから・・・・・羞恥に耐えられずして、彼女はブチギれた。ある種の八つ当たりに等しいとはいえ、これはミヤビが悪い。


大層ご立腹な様子で、やいのやいのと宣う彼女と、怒った理由も気づけぬままにヘラヘラと笑うミヤビ。まるで、本当の兄妹のような彼らに・・・・・僕は疎外感を感じた。











その日、久しく・・・・・でもないか、僕は一人で黄昏ていた。燻りの元種は、ミヤビの言葉。


「守る・・・・か」


彼はきっと、『なんとなくこれ言っとけばかっこよくね?』精神で、僕に提案したのだろう。実のところ、僕はその在り方も悪くないと考えた。問題はそれが、僕に似合ってないことだが。


「僕が言っても・・・ちょっとキザかなぁ・・・」


たとえ僕が一人になったとしても、『大丈夫だ』って言えるような人間・・・・・・くらいには、成らなければならないと思っている。それをもってようやく、彼女を安心させて送ることが出来る。


しかし、仮に『そう成った』後は如何しようか。『自分が変わった』ことを他者に見せる機会とは、創作物以外では早々ない。だからと言って『僕は変わったんだすごいだろう!!』と宣うのもどうかと思う。


兄ちゃん(ちゃんにー)らしいこと・・・・・こういうのって、きっと意識せずにやることだろうしなぁ。今の僕じゃあ難しいかなあ・・・・」


自身の変化は、未来に期待するしかない。彼女を安心させるのは、『今』じゃなくたって構わない。なんせ、これは『さよなら』じゃない。どこにでもありふれた、『またね』なのだから。


機会はある。絶対に。


「いつか・・・ね」


ーーーーーーーーだなどと、小っ恥ずかしい独り言を宣っていることに気づき、思わず周りを見渡す。ミヤビやミウは、僕の気づかぬうちに、背後からやってくる習性がある。同じことをされたら気づけなかっただろうが、今回はそういうこともないらしい。


しかしながら、妙な点が一つ。


「そろそろ・・お昼の時間だってのに。」


配給担当車は大抵、お昼から一時間前にやってくる。車通りもない場所だからこそ、エンジン音の一つでも聞こえれば、大抵はその車。来訪があればすぐに分かる。その上で、現時刻はお昼10分前。配給がこなければ、こちらも仕事することができない。


『そんな理由』でも、あの奥方に怒鳴られる口実になるので、どうしたものかと思慮を回した・・・その時だった。


「!?」


大きな物体同士が衝突し合うような、轟音。


ここに至る音量を考慮すると、位置は施設正門前と見ていい。そして直後(・・)で微かに聞こえた、タイヤとアスファルトが引き攣り滑るような、甲高いブレーキ音。車両が誤って、正門に突っ込んだのだろうか?


「事故・・・か?」


遊び場は正門とそこそこ距離はある。ブレーキを起こせば、巻き込まれることはないだろうが、万が一というのもある。僕はすぐさま、その音源地に向かった。











「!?・・・・やっぱり」


遠くにて、車が横転している。幸い、火災等が発生しているようにも見えない。側の運転手も何事もないように立ち上がっている。どうやら僕の心配は杞憂に終わったようだ。


ならば僕がやるべきなのは、事態の収集を計るため、に・・・


「あ・・・れ?」


運転手は、僕の知っている人物ではない。ましてや、職員特有の制服姿ですらなかった。極め付けは・・・・その手に携える拳銃。


俗に言うところ・・・男は不審者だった。


「おぃ!!おーれらのジンチで、なーにしてんだおっさんよ!!」


男の後方から、片手に枝のようなそれを携え、やって来る子供が一人。彼は確か、僕をジャングルジムから落とした悪太郎。


枝を用いて、床の方をコツコツと指し、僕にしたような煽り口調で、口を開いた。


「あーあーいいか?ここがおーれらのジーンチ。わかる?はいってきたやつは、バツうけなきゃいけないルール・・」


「社長を・・・・・・・ダセ」


「なにいって・・・」


ボソリと呟くその台詞に、首をかしげた悪太郎。そうして、男の手にあったその拳銃を、彼は視界に捉える。しかし何を思ったのか、彼はその男を見て高笑いした。


「は・・・はっは!!おじさんもしかして、ごーとーってやつ?おお!!いいね。おーれさ、やってみたかったんだ。テロたいじごっこ!!もし、テロリストがきたら、どうやってたいじするか・・・・ずっとしゅみれーしょんってのしてたんだ!!」


「しゃ、ちょ・・だせ・・だs・・・もう、がまん・・・でききききき」


「は?しらんし?おーれがおまえつかまえるし・・・ほぅら!!ぅら!!」


不審男の言葉遣いが明らかにおかしい。単なる『酔い』の状態ではなく、もっと別の闇深い何かに依存している人間に見える。


一方で悪太郎は・・・自分が今、『強盗をやっつけるヒーローになれる』などと勘違いしたのだろうか。彼は男の脛に向かって、何度も蹴りを入れる。当然その体格差では、男が動じるはずもない。


「どうしたおら!!ベンケイのなきどこだろ!?ここ、ころぶとこだろぅ!!」


「シューぅぅぅぅ・・・・・・」


「あ゛?」


悪太郎が男のつぶやきに苛立ち、顔をあげた瞬間だった。男の、何度も打ち付けられた方の脚が、後方に遷移する。


「シューーー、・・・・・・トォォォォォォ!!」


「ご・・・・!?」


顔面に膝を打ち付けられた悪太郎が、後方へと吹き飛ぶ。本当の大人の恐怖を知らぬ彼は、驚愕の相をもって壁面に叩きつけられた。


「じじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじジジイじじじjじじ・・じねじねじねじね。」


衝撃によってグッタリとした彼に対し、男は銃口を向ける。その凶器に一瞬の怯みを見せる悪太郎だったが、阿呆のような強がりで叫ぶ。


「ひっ・・・ひあ・・・ない。ないない。こけおどしだ。おーれはしってるんだ。たとえモノホンでも、ほんとにうつなんてケースはめったに」


「ばんばーん」


聞き慣れぬような、耳のつんざく音。視界の先にて弾ける赤。悪太郎は、自身から吹き出したそれを見据え・・・・直後、発狂に等しき絶叫をあげる。


「あ゛・・・あ?あ・・・・あああああああああああああああああああ!!!!!!!!イタイイタイイタイぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!?」


悪太郎の叫声に、強盗男は下劣な笑みを浮かべた。


「いない・・・いないいない社長・・・いな・・・・イナナナナナナナナ」


「し・・・しらな・・・しらないで、す・・!!シャチョウは・・じら・・・ごぽっ・・・」


・・・・・。

・・・・・・・。

・・・・・・・・くそ。


脚がすくんで動けない。どうすればいいか分からない。施設長は今外出中。頼れる大人・・・・は、外に出て探しても、時間がかかる。彼を助けるには僕が・・・僕が


「つっ・・・・・」


拳を握る。

殺されたくないと、ただひたすら自身に宣い続ける心中。


『成すべきことを定めたのなら、ただそれを成せ』・・・・・分かっている。だからこそ、心中で何度も本音に封をし続けて、何度も・・・・本音が溢れた。


だめだ・・・今の僕は彼を助けられない、僕・・・・は。


「とぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」


「・・・・・・・え?」


思慮に埋もれ、こんがらかる僕の・・・・・・迷いを戒めるような、少女の甲高い声。それが耳に入ったために、僕は再度顔をあげる。


視界の先にて、強盗男に飛び蹴りを入れるミウの姿があった。












やめろ。


「だーじょぶか!おまえ!!はやくにげろ、クソやろー!!」


よろめく強盗男。男の隙とミウの口上を認知してか、悪太郎は弾かれたように駆け出す。敵意対象の彼が消えた今、『次』が誰なのか言うまでもない。


「ぎち・・・・ギチギチぎちちチチチチちち」


やめろ。


心の中でそう叫んだ相手が、果たして、命を投げ捨てでも人を救わんとするミウに対してなのか、今ミウに殺意を向ける男に対してなのか・・・自分でも分からない。


唯一実感したのは、自身の奥底にて燻る激情だった。


「ジャ・ジャ・ジャ・・・・・・だ、だあ゛あああああああああああああ!!!」


「あっ・・・だ!?・・・・・はがっ・・・・・ぐき・・・・て!?」


横払いのような銃鉄の素振りが、ミウの横面を引っ叩く。側方に転がるミウへ、直ぐさま駆け寄る男。その両手をミウの首筋に伸ばし、力強く握りしめた。


呼吸も儘ならぬ彼女が口端にて泡を吹く。

その貌の携える瞳、が・・・・・恐怖に、震えるが如く、その波面を微細な震わせ、たの、を見とめた時には


「・・・・・・・・・っ!!!!」


僕は彼女の元に、駆け出していた。











『おっ!兄ちゃん(ちゃんにー)!!』


『ミウ・・・・・なぁんで、また来たの・・・・僕とは関わるなだなんて、施設長に言われなかった?・・それに、それを言うなら兄ちゃん(にいちゃん)か・・・・一番は先輩が適切じゃないか?』


兄ちゃん(ちゃんにー)兄ちゃん(ちゃんにー)でいいじゃねえですか。それにあのババアきらいだし。』


『そうじゃなくても、ミウは友達ほかにいるだろう?僕なんかと話すより、そっち大切にした方がいいんじゃないか?』


『べーつに!それに・・・・兄ちゃん(ちゃんにー)あたまいいからなのか、おはなしが、おもしろいし!わたしはすきですよー!』


『・・・・・・・・・』


『あ!!ちょうっと、わらった!!テレや兄ちゃん(ちゃんにー)!』


『・・・と、とにかく。いいよお話・・・しよっか。どんなのがいい?』


『うん・・・・そう!きょうは・・・』






僕は・・・・・ミウの兄ちゃん(ちゃんにー)、だ。

だから絶対に守る。守らなければならない。たとえ、どんな手を使ってでも。







駆け出しの寸前にて、脇の方にあった花壇ブロックを、土から引っ張り上げた。


恐怖も、緊張も、焦燥も、不安も、憂虞も・・・・・燻るこれら全てを噛み砕き、覚悟を流し込んだ心で押し出す。


己を視界へ映し、愕然とした彼女の視線を横目に、僕は男の後頭部に向け、花壇ブロックで力いっぱいに殴りつけた。


「ぐぅ・・!?・・・ぅ!」


「・・・・・」


僅かな悲鳴と共に、ミウの身体が男の手から離れる・・・同時に、その銃鉄も。それを視界に捉えた僕は、すぐさまその拳銃を蹴り上げる。執行理由は当然、男に二度とソレを握らせぬため。


銃鉄は遠くへ・・・・・が、男はすぐさま、懐から刃物を取り出した。


「じゃきん・・・キキキキキキキ」


「・・・・・」


殺意の対象は、ミウから僕へと遷移する。陽光に照る銀線がこちらに向かう。その刃が片手のみで握られていることを認知し、僕は自身の掌をそこに伸ばした。


「けけけけ・・・いたい?だだタタタタい、い、伊??」


「・・・・・」


刃を受け止めた手が、無事なはずもない。掌の真芯を貫き、甲から刃が突き出ている。手首に伝う血流も、一滴二滴とはいかず、頬にうざったらしく掛かる。


しかし男は片手。一方僕は、受け止めた手に加え、その手首を握りしめている。自身の全エネルギーを、その両腕に集約させて、一瞬・・・・・力の均衡を保つ。ただし所詮は大人と子供の力関係。片手対両手だろうと、押し込まれるのはすぐだ。


だからこそ、僕はあえて・・・・急速な脱力を起こし、均衡を破壊。つまるところ、前のめりになった力の方向を、右側へと受け流した。


「・・・っ!?」


「・・・・・」


より前のめりになった男の身体。その、驚愕に開いた口へ、僕は手を突っ込む。そうして下顎を掴んだのちに、全体重をかけて地へ落とす。公園遊具の吊り輪へと、自身の体重全てを預けるような要領で。


いくら子供の力といえど、下顎一点に加えられた計約二十五キロには、耐えられないと踏んだ。


「ごぺっ!?」


「・・・・・」


顎の割れる感触の気持ち悪さに、見て見ぬ振りをしつつ、刃を携えた方の男の手を蹴り上げる。衝撃に呆けた男の身体は、いとも容易く得物を離した。


地に落ちたソレを即座に拾い上げる。


「ぐき・・・でめっ!?・・・・が・・?」


「・・・・・」


男の、殺意からくる行動は単調だ。振り向きざまにこちらを向くことは予測済み。即座に、その男の片目を、携えた刃で一閃。白膜混じりの赤い鮮血が、地に斜線を描く。


「があああああああああああああっ!!!?」


「・・・・・」


まだだ。


四つん這いのままに、片目を抑える男。彼に様子に目もくれず、膝をついた足の、関節裏へと跳躍する。ありったけの衝撃を込めるため、できる限りの高さを成して、ソコに飛び降りた。


「ああああああああああああああああ゛!!!!」


失われた片目に抑えればいいのか、壊れた片膝に抑えればいいのか、判断しかねているのだろう。戸惑い混じりの手が、右往左往する。


「・・・・・」


しかし、その足を引き摺りつつも・・・立ち上がらんとする男。その彼の正面に立ち、その貌を見下ろす僕。そうしてそのまま、隈がかった目袋に刃を突きつける。無論、まだ(・・)壊されてない方の。


「次、は・・・・・もう一方の目をもらいます。」


「じゃじゃ・・・ひぎっ!?」


「お先真っ暗、にでもされたいですか?」


僕を見据える片方の目に・・・・もはや殺意なんてものは残っていない。しばしの間、こちらからはっきりと分かるほどに、わなわなとその体を震わせていた。


「・・・・・」


知ったことではない・・・・・と、非情を振る舞うため、無言のまま、僕はその刃を振り上げる。


「あ、・・・・ひっ!?ひィぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!?」


男の恐怖は、極点に達する。目の流血を抑えることすら忘れ、正門口の方へと駆け出す。片膝の皿が壊れたからだろうか、転んでは起きるを繰り返しながら、施設の外へと消えていった。


数秒ほど、緊張感に浸り・・・・その後、ため息まじりの吐息を落とした。


「・・・・・・・・・・・はぁ・・」


ミウ、は。


彼女は未だ近くにいた。ほんの少し前まで、首を締め付けられていたのだ。避難できぬままにいたのも無理はない。へたり込む彼女の方へ向かう。


「ミウ・・・」


首に傷があるようには見えないが、念のために病院に任せた方がいいだろう。とりあえず起こさなければ・・・・と、貫かれていない方の手を、彼女の方に伸ばそうとして、


「ひ・・!?」



差し伸ばしたその手が、弾かれた。



「・・・・・・・・え?」


「こ・・・・」


反射的に彼女の口から出た、その言の葉と・・・・・その瞳に滲む『僕』への恐怖をもって。


「こな・・・・いで・・・」













その後、僕が罪に囚われることはなかった。というか、『そういう』取り調べすら受けなかった。犯人が『僕を恐れて口にすることすら憚れる』のか、『薬中に陥った愚者の戯言』だと勘違いされたのか、あるいは・・・・『取り調べをするには僕が若すぎる』のか。一番あり得るのは最後者だろう。


しかし、警察に目がつけられなくとも・・・・・僕は、僕自身に向けられる周りの目が、より一層、奇異的になるのを感じた。


それはミウを含めて、だ。


「・・・・・・・・・・」


今日は、雅家がミウを迎えに来る日。正門にて、彼女を見送らなければならない中で・・・・僕は、自分の仕事をこなしている。


奥方の意地悪によって、その業務を押し付けられたわけではない。僕自身が、その仕事を名乗り出て、ただソレを全うしているだけ。彼女を見送る資格のない自身の心に、言い訳をするために。


「おぅい!アイワ!!おい!おい!」


「・・・・ミヤビ、君?」


窓格子の淵で、飛び出ては消えるを繰り返す、子どもの手。特徴的その声から、跳躍を繰り返すミヤビの声なのだと、すぐに分かった。


側方の玄関口から出て、彼を出迎える。


「どうしたの?」


「どうもこうもねえよ!なんでか、いなかったからさ・・・・はくじょーだぞ、アイワくんよー・・ミウがさよならしちまうっていうのに・・・」


「・・・・実は、さ」


ふやけた手を拭きながら、僕は彼のいる外に出る。


軒下の段にて腰掛けたのちに、件の事件と『その後のミウ』について話した。

思うままに話せば難しくなるので、できる限り噛み砕いたものを、より端的にして。


「・・・・・・ミウに・・さけられてる・・か」


「・・・うん。」


避けられている・・という表現も正直甘い(・・)。正確にいえば、彼女に怖がられているのだろう。


「僕はさ、ミウに降りかかる不幸の全てを、振り払える人間であればいいと思っていた。でもソレは『誰かを守るだけの人間』としては正しくても・・・・きっと『そばにいる人間』としては、ダメなんだなって」


「どういう、こった?」


「ミウを怖がらせた僕は・・・・・兄ちゃん(ちゃんにー)としては失格だったってことさ。」


あの事件の後、ミウと会う機会はあった。そこで、そっけない態度を取られたわけではない。ただソレでも・・・彼女が節々で見せる『僕に対する恐怖』を見逃せない。


それに気づいてしまった時に、改めて『彼女との距離』を感じ、何度も自分のことが嫌いになった。


「僕は・・・・彼女を守る側の人間としては向いてない。」


彼女を守るのは、血に染めた掌を伸ばすような人間であってはならない。どんなことがあっても安心させてくれるような笑顔と、常に『想う』気持ちを欠かさない人間・・・・・・例えば、目の前のミヤビのような。


「ミヤビ。あの子を頼む・・・・君は僕とは違う。僕の代わりに、彼女のそばにいてやってくれ。」


「ああ、そうだな・・・・・・・ことわる。」


俯くように紡がれた謝罪は、静かに拒絶された。予想外の返答に、呆けた心で顔を上げる。


「え?」


「かんちがいすんな。まもることや、そばにいることにノーっていったんじゃない。オレだけじゃねーーーってこと。アイワも・・・・アイワにもそうしてもらう、ってこった。」


その資格は僕にないと、伝えたはずなのだが・・・聞こえていなかったのだろうか。


「無理だよ。僕はあの子に怖がられてる」


「そういうのは、じかんが、なんとかしてくれるだろ?」


「そうだとしても・・きっと彼女にとって僕は・・・・・大した人間でもない・・・し・・・僕なんかじゃなくとも」


「おまえ・・・それホンキでいってんのか?」


呆れ混じりの疑問形に、僕は首肯する。


兄ちゃん(ちゃんにー)って言われたのはさ、本当に嬉しかった。嬉しかったんだ。でも今日・・・あの子の友だちが、見送りにたくさん集まったのを見て思った・・・・・僕は彼女にとって多くいる友達の一人でしかない。兄ちゃん(ちゃんにー)てのも、彼女からしたらなんてこともないのかも・・・だなんて。僕と違ってさ。」


「おいこら。」


「あいでっ!?」


顔を俯かせ、言い訳のようなソレを並べる僕の額に、ミヤビが指を弾く。軽い衝撃に瞬きしていると、ミヤビは『いいか』と一言挟みのち、言の葉を紡いだ。


「おおくともだちがいるやつと、ともだちがひとりいるやつ・・・・どっちのにんげんも、たいせつにおもうつよさは、かわりやしねぇ!」


「ミヤビ君・・・」


「ソレに、アイワはしらんとおもうが・・・ミウ、めっちゃおまえのこと、はなすんだ。ぜってえ、おまえだいすきガールだぜ。」


「ミウ・・・・が?」


確かに、一時的な研修の一環として、ミウが雅家へ行ったことがある。その際二人きりではなす機会があったのかもしれない。


「ミウとのわだかまり?ってのがカイショーされるってのはいつかある。いつかぜったい、だ!そんなときにアイワがとなりにいないのは、オレもミウも、さびしくなっちまうだろ?・・・・・だから、オレたち(・・)なんだ。オレたちで、ミウをまもるんだ。」


「でも・・・」


「ああもう、でもでもうっせえ!!ほらおてて、かせぇい!」


戸惑う僕など知らずして、強引に僕の手を掴むミヤビ。そうして、小指を除いた四指を曲げさせたかと思えば・・・ミヤビ自身も同じ型で、僕の指を結ぶ。


約定のための『指切り』の型を成した後、ミヤビは早口で唱えた。


「ゆびきりげんまん、ウソついたら、ガリガリくんをいちねんぶん!ゆびきったー!!・・・はい、きったー!!やくそくしたかんな!!おまえまもれよ!わすれんなよーー!」


「えぇ・・」


勢い任せの約束の儀。罰則にツッコミどころがありすぎるソレに、呆れるばかりだ。


「なんだよガリガリ君一年分って、腹壊すわ。ソレに・・・・・絶対破らないんだから、欲望丸出しても役に立たんでしょうが。」


「あ?・・ああ!!・・マジかよぅ・・・ほんとじゃんかよぅ・・・」


肩をガックリと落とすミヤビ。その、残念そうな相があまりにも可笑しく、間抜けなソレだったため、僕は思わず吹き出してしまった。


「ぷふっ・・・・く、ははは!!」


「わらってんじゃねえ!!」


ぷんすかと顔を真っ赤にするミヤビ。

彼は気づいていない。僕が『絶対破らない』と、ある種の『肯定の意』を示したことを。


「そうだね・・・『いつか』のため、に・・・・ね」


笑いを堪えつつ、僕は手を・・・・約束の儀を交わした左手を掲げた。













いつか。


その『いつか』が訪れるまで、この感触を絶対に忘れない。


そんな青臭い決意を、胸に抱いて。













挿絵(By みてみん)

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