第16話:成せ。■
〜これまでのあらすじ
少年は震撼した。
彼女を背に、歩を進める。しばしの間、一切口を開くことは無かった・・・・・できなかった。節々で声を掛けてくれる彼女に対し、耳を貸すことも儘ならず、腐るような熟考に意識を注いでいた。
「・・・・勝負に、ならなかったんだ」
「・・・・・・・」
呟くようなそれが、偶然にも僕の思考へと届いた。その一言を皮切りにしてようやく、呆けた意識を覚ました。
「分かっていたさ・・・・ステージ4の、なりかけといっても・・・・太刀打ちでき、る・・ものではない。」
「じゃあアンナは・・・・死ぬ気でここに」
「それが・・前提の戦いだ。言っただろう?」
つい数刻前、彼女が僕に発した台詞。僕を苛立たせ、争いの原動力と成した、あの言の葉。
「『ステージ4の到達だけは、どんな犠牲を払ってでも避けなければならない』・・・・・私も、含めてね。」
それは・・・人の心に触れすぎた己だからこそ、いち早く気づくべき、彼女の悲痛な覚悟だった。しかし、ようやくそれを知って尚、僕は諦念に至れず。
「ステージ4は・・・・ミヤビは・・・・本当に・・・どうしようもないんですか?」
「どうにかしようとした、ことはあったよ・・・・」
「あった?じゃあ・・・・過去にもそうなった人間が?」
思えば、不可思議な話だった。今までの言動からして、『被害者救済』に精を出していたであろう彼女。それが、『ステージ4』関連の話になり、急に態度を改めた。単に、冷酷と見なすには不自然。『前例』があったと考えるのが妥当だ。
「ちょうど100年前・・・こんな初秋の日・・・・・魔女や魔人の計8人と、その魔徒達で、『到達者』への対処にあたったの。その際に『討伐する』班と『元に戻す』班、『国民を救護する』班に別れて動いた。その時の私は、『元に戻す』班として、この『到達者』を、どうにか戻そうとした。」
「100年前って・・・・」
自身を魔女と名乗っているアンナ。キセキという超常現象を目の当たりにしている以上、疑うつもりは無いが・・・話が真実ならば、少なくともこの少女は、齢100歳を超えていることになる。
「その時に・・・・到達者を倒す道しか無かったんですか?」
「色々やったよ・・・・君にやった中和療法の超強化版だとか、『到達者』のマヴを限界まで削りきるとか。そんなことに時間を費やした結果、だ・・・・」
一瞬、背後の彼女の口が止まる。台詞を瞑る訳に、『なぜ』を問おうとして今更ながら気がついた。心象隠しが消えて、彼女の心象が明確に、聞こえること、に・・・・・・・・・・え?
「10万4619人・・・・・・って」
「ああ、もう心が見えるんだね・・・・・・・うん。シャウトミジール、の民の、九割にあたる彼らが、『到達者』に、殺害された。その内の六名は、魔女や魔人・・・だ。そして・・・その余波が日本にも来た、から・・・・・きっと被害は私が把握・・・している・・以上の・・。」
絶句せざる得なかった。これは、心象の一切を包み隠さずの、紛れもない真実。ステージ4に至った者・・・・『到達者』の脅威に、ある程度の想定を立てていた僕を嘲笑う、統計の暴力。
そして、日本への余波・・・・であるなら、100年前のアレは・・・・
「そこまでの、犠牲を出して、私たちは・・・・その到達者を倒せていない。キセキの使用過多によって、マヴの不足を起こし、自身の生命力を削った『彼』・・が、寿命に至るまで、時間を稼いだに、過ぎないんだ。」
アンナやフランたちといった、魔女の底知れなさは、身に染みて分かっている・・・・つもりだ。そんな彼らと同等もしくはそれ以上の者が八人もいて、太刀打ちすらことすら許されない『到達者』の脅威。
そして、アンナが、自身の在り方を曲げてまで、定めた『殺す』という意・・・・考えれば考えるほどに、納得せざるを得なかった。
「・・・・・ここでいい、よ。」
気がつけば、家からそこそこ距離をとっていた模様。言われるがままに、彼女を地に降ろす。しかし未だ、廃墟の不動産屋には辿り着けていない。
片膝を地に接しつつ、姿勢を下方に寄せ、彼女の目線に身体の位置を合わせる。そうして、『ここが避難地として適さない』ことを、言及しようとして。
「ごめん・・・ね」
血染めの頬に伝う、その涙線を見た。
心を読まずとも、ここまでの対話を通じれば、内包する謝意やその動機は想定できる。
「僕は・・・・あなたがただ、考え無しにミヤビを殺したい、殺すべきだと思っていると信じ込んで・・・・それは不義理だし、嫌だったからって・・・・・けれど、その昔の経験に裏打ちしたものだと知ったから・・・・だから」
「違う・・・・それも、だけど違うんだ。そういうことじゃ、ないんだ。」
明確な否定の意。すなわち、謝意の方向性が僕の想定とは異なる、ということ。彼女が『親友を殺す』ことを、望んでいないのは確かだ。なれば、それを叶えさせることができない自身への呪いこそ、謝意として妥当のはずだ。なれば、一体ーーー
「かつて・・・・・魔女や魔人の反対を押し切り、私が・・・救おうとした者がいた。シャウトミジールに突如として出現した、正体不明の降臨者・・・・・ヒトならざる、念を押すなら抹殺すべきだった白い異形。」
・・・・・待て。白、い異形?
「その『奴』を、私は保護し・・・・数日も経たないうちに、私たちの前から姿を消した。そこから奴は、人の体を乗り換え、喰い漁って、足取りを追うことができなかった・・・・君から、爆破事件の全貌を聞くまでは。」
爆破事件は、既に僕の中で終着した出来事。それでも・・・・彼女の心象に映る、件の『異形』。その身姿を忘れるはずが無かった。
「・・・私、なんだ・・・・・私が、シラマキを見逃した・・・・あの命乞いを、信じて・・・『死にたくない』と言う奴の言葉を・・・・私が信じ、て・・・・・私は・・・・っ」
不自然、とは思っていた。彼女がどうして自分を、助けてくれたのか。それが彼女の元々の在り方だったからだといえば、それで終わりだが・・・・・そんな単純な話ではないだろう、ということも考えていた。
二度目の邂逅時点で分かっていたのは、彼女から『何かしらの感情』が向けられていたこと。
『恋愛』感情や『親愛』の意と比肩できる程に重厚でありながら、『殺意』にも等しい醜さを孕む。ソレを、心象が読めるようになり、何度も罪を重ね、自身を愚者として成し・・・・ようやく理解に至った。
「私が、いなければ・・・君が・・君たちが・・・苦しむことなんて、なかった・・・・っ」
名を罪悪。万人にとって、最も重厚な心肝。
ソレが、彼女の心象を巣食う病だった。
「ごめん、なさい・・・・・・本当に・・・っ」
「・・・・・・・・・・」
僕らがキセキに目覚めた事実に、シラマキは誰よりも大きく関わっている。結果論とはいえ、至った『今』の凄惨さを鑑みれば、彼女を許すべきではないのだろう。
けれど、その在り方を・・・彼女のような在り方を『最も正しいもの』だとし、その道に至れなかった自身を戒めた。一度『正しい』と自身の中で認めた以上、彼女を責めるべきではない。
「違う。僕、は・・・・・」
「だから、君だけ、は・・・・・・」
心象の渦を掻き混ぜながら、彼女の意識が薄れゆく。魔女とはいえ、足を欠損させ、人体の致死量を超えた出血。今まで意識を保っていたことが不思議なくらいだ。
しかして・・・・僕の声の一切が届かなくなるのは、些か不安だった。
「ステージ4の到達だけは・・・どんな犠牲を払ってでも・・・・避けなければ、ならない・・・けど・・・・・君は、君だけ、はダメなんだ。」
暗転しがけな視界を心象に翳し、夢見心地でこちらに語りかける彼女。焦点の合わぬ瞳を見ていられず、自身の両手で彼女のそれを包む。
「君、が・・・・親友に、殺され・・・るのも・・・・ころすの・・・も・・・・ぜった、い・・・あっては、らら゛・・・な、い・・・だか ・・・」
その感触をもって、交差する視線。閉まりかけの瞳に映える、雫下で屈折した睫毛。その涙の意は、自身の内に染み込む激痛への悲観や、死への恐れなど梅雨知らず。
「きみ、は・・・・にげ・・て・・・どう、か・・・」
ただ一杯の罪悪を、自身に注ぎ続けた。
息絶えた屍のように、彼女は意識を失う。放り出された肢体は節々に強張り、未だ焦燥を解かず。その意は、罪悪の成す『呪い』が巣食った、ある種の義務感。
自分がやらなければならない。自分だからこそ、やらなければならないと・・・心象にて未だ叫び続けている。
「僕、は・・・・何を・・・・」
いつまで、被害者面するつもりだ。
「何をして・・・・いるっ・・・・・・・」
親友が元に戻ると妄信し続けた。そうすれば、いつもの日常に戻れる・・・そうすれば、また一緒に花火を見れるだなんて。
そんなわけがあるか。僕らの『当たり前』は戻ってこない。永久に、だ。
「分かって、いたさ・・・・・・ああ・・・・分かっていたよ。」
甘い思考に酔わされて、幻想を見続けていたのはどちらだ。赤い情景・・・・死に絶えるあの子を見とめた時から、理解していたはずだ。
何をすべきか定めていた。その上で、目を逸らし続けていた。
「・・・・・・・成せ。」
成すべきことを定め、ただソレを成せ。
自身の生き方に、筋を通したと宣ったのであれば・・・・ソレがどれだけ愚かであろうと、裏切りたくない自分の在り方であるのならば、
「成せ。」
自分の命の、一番正しい使い方。それを明確に、自身の中で結論づけたのであれば。
「成せ。」
成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。成せ。
「成せ。」
補足:今作の年代は2023年です。
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