第14話:夢の終わり■
※最初にこの話に来た方は、1話と13話だけでも見ることをお勧めします。
〜あらすじ
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「ん?黄昏てえってなら、先行っとくぜアイワ。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
ずっと。
ずっと心の底で、靄として燻り続けていたそれ。
ミヤビやミウと一緒に、墓参りについて話していたあの時。ああするべきだったのではないかと、万一に万一を重ねたような、小さな不安。
「だい・・・じょう、ぶ・・・・だ。だって・・・アンナも・・・・稀な場合だって・・・」
昨日のアンナとの対話により、それを単なる杞憂だったのだと、僕の中で結論づけたのだ。だから大丈夫、大丈夫、なはず・・・・だというのに・・・・・・なんで・・・・
「なん、で・・・・見え・・・ない?」
ミヤビの心象で、今確かに捉えられていた彼女の姿。僕らの目の前にいるべきはずの、彼女の姿。
それを、どうして・・・・・・今ここにあるべき雅美憂の姿を、僕の瞳は、どうして映してくれない?
「・・・・・やめろ。」
考えるな。考えるな。
その題を、口に出すな。心の中に示すな。
きっと、また杞憂なのだ。考える必要もなかったと、のちに宣う気苦労話にしかならない。
「ミヤビはばかなんだ・・・だからこんな、阿呆な勘違いを・・・・したんだ。」
その通りだ。だからその扉を開くまで進め。その燻りを取り除け。
歩け。歩け。至るな。考えるな。
陰気の染みついた、こんなくだらない妄想をーーーーー
僕の心が狂気に侵されたあの日、ミヤビはどうだったか・・・・だなんて。
「あ」
赤。
それが最初の印象。その後すぐさま、鼻腔へ漂う異臭。
麻痺した脳で少しずつ、そレラの認識を鮮明に、センメイ・・・に。
家内は、地響きのでも起こったかのように、家財が散乱していた。床上にて、ガラス片達は、錆びついた赤に吸い付かれるように縛られている。
撒き散らされた・・・血、が、辺り一面に。その中心部・・・錆のような赤を振りまく、青白い肉塊。その頭頂部に、白いフィラメントのようなそれらが、束のようにぶら下がっていた。
眼球が溶けたかのように爛れ、力無く舌をぶら下げて・・・・・・それでもなお、人の型を精一杯保とうとする大の字が、あまりにも身に覚えがあるそれで、すぐに気がついた。
アレが、彼女なのだと。
「あ・・・ああ゛・・・」
歩く。彼女のいる奥へ。耳が遠いだけなのかも・・・などとくだらぬ思考をもって。
「聞こ・・・えな・・い」
いつも嫌だと宣う『心象読み』に、久しく全力を掛けた。今ここでなら、心だって壊れても構わないと。毎度毎度、聞きたくもない言葉を聞いてやっているんだから・・・・だから今も・・・今、だって
「なん、で・・!!・・・聞こえ・・・ない、んだ!!」
その魂の底は、空虚だった。空っぽだった。キセキは、それがただの『現実の物質』のそれでしかないと、嘲笑うかのように宣った。
「ミ、ウ・・・・・・・」
血塗られた彼女の方に向かう。重い足を引き摺り、粘ついた血痕が、足に引っ付くのすら目にもくれず。その距離が、手に届くまでに至った頃合いだった。
二つの蒼星。
宝石のような煌めきで、こちらを凝視するそれに、気づく。あまりにも心ひかれるそれだったので、顎が無意識にその方へと向いた。
「んじゃ来たかアイワ!!とっと夕飯にでもしようぜ!!なあミュウちゃん!!」
月下で瞳孔を青く照らす、親友の君。
その彼は。
何事もなかったかのように、心象にて『普通』を描いていた。
「はぁ・・・・ぐ・・・・き・・・りっ・・・・!!!」
駆ける。駆ける。
自身ですら、なぜ走っているかを思考できなくなる程、全力で。今見た全てに、『なぜ』を問うことが、どうしようもなく嫌で。
「がっ・・!?」
辺りすら見えてないが故に、転倒するのも時間の問題。加えて、その疾走に一抹の余裕すら挟まなかったために、その転倒具合は、余計に始末が悪い。
自身の熱を冷ます衝撃と、僅かな余韻。それが、ついに思考を許した。
「あ・・・あ゛・・・・なんだよ・・・・・!!」
突っ伏す僕へ、容赦無く襲いかかる思考の渦。
「なんだよアレは!!!!」
瞼にこびりつく、あの惨状。その隣にいた親友の姿。心象から見える彼の景色と、靄と成した一抹の不安。そこまで要素が揃えば、あれを引き起こしたのが誰なのか、言うまでも無かった。
「ミヤ・・・・ビ・・・僕・・・は、どうすれ・・・ば」
離れるのに必死で気がつかなったが、いつの間にか公園にまで来ていたようだ。
そこに至るまで、ミヤビが追ってくることはなかった。ひとまず身の安全はなんとか。
違う。
なぜ、親友を恐れなければならない?今、成すべきことは・・・
「どうにか・・・しなきゃ・・・・いや、でも・・・ここは・・・」
成すべきことを定められない、自身の愚脳を呪う。しかし、これは『僕の領域の範疇』を超えるもの。自身の判断では及ばないのは致し方のないこと。任せるべき事案だ。
「警察・・に・・・・・・」
立ち上がりざま、見上げた先の公衆電話。
遺体がある以上、通報概要ならいくらでも思いつく。ならばと、すぐさま駆け寄って、
「それで、どうするつもり?」
ガラス戸にかける手へ、上から重なるように添えられる手。耳に入るその声は、聞き覚えのあるものだった。
「・・・あ・・ンナ?・・・なんで、ここに・・?」
「時間だ。」
その台詞をもって、アンナの手首に携えられた、小さな腕時計を一瞥する。その刻はすでに、約束の19時をとうに超えている。心配の相を見るに、『緊急事態』を予期して駆けつけたのだろうか。
「何があった?ミヤビ君は、どこ?」
「ミヤ・・・・・ビ、は・・・・・・」
「・・・・とりあえず、館に、だ。彷徨いて、他の魔女と鉢合わせるのも良くない」
オドオドしい僕の様子に、ただことではないソレを察したのだろう。
彼女は、思考も舌も回らぬ、愚かな僕の手を取った。
「・・・・・・・・・・・そう、なんだ」
「・・・・・・・」
館に着いた後、僕は雅家で見た全てを話した。正確には、いつの間にやら口に出していた・・・と言うべきか。だからこそ、対話中の自身がいかにしどろもどろだったのか等、全く覚えていない。
唯一記憶にあったのは、節々で微細な反応を見せつつも、アンナが最後まで何も言わず聞いてくれたことだった。
「ありがとう・・・と言うべきなんでしょうね。あのまま警察に丸投げしても、いいことなんて無かったでしょうし・・・・・」
「ああ、君らしくない判断だと思ったよ・・・・・けど、今の話を聞けば、致し方無しだ。こんなこと・・・・」
言葉の末尾が憔悴しているのは、僕だけでなく彼女も然り。その様子を妙に感じ、彼女の表情へ視線を映す。彼女はどこか、バツの悪そうな顔で下を向いている。どうして・・・・いやまさか、
「アンナ・・・あなたは・・・!!知ってたんですかっ・・!?」
「え?」
「あなたは未来が見えるって!!・・・だったらこれも・・・あのことも・・・!!!」
椅子が転倒したことすら気にとめず、荒々しく立ち上がる。見下すように威圧するも、彼女あくまで平静な相でこちらを見とめていた。
「生憎と、私の『占見』はそこまで万能じゃないんだ。」
「占見・・・?」
「文字通り、占いに近いものなのさ。人の魂の持つ運命値。常に移ろい続けるそれから、予測する力。僅か数秒先ならほぼ確定的に読めるけど、それ以上先は・・・・・もう占いのそれに近い。もっと言えば、会ったことも無い君の親友の未来なんて、予測できなかった。」
淡々と宣うも、どこか淀みを内包するその態度に、頭の熱が少しずつ引いていくのに気がつく。自身が相当な無礼をもって、今彼女と相対してることにも。
「・・・ごめんなさい。」
椅子を戻して座り直した後、すぐさま頭を下げる。しかして、謝意の言葉を示した後、彼女が口を開くまでに、随分と無言空間が続いたような。
「・・・・・・・いいよ。それに、私だってもう少しだけ頭を回せば、気づけたことだったのかもしれない。」
「・・それはどういう?」
顔を挙げると、いつの間にやら卓上に封筒があることに気がついた。
「君をトランス状態にしたっていうのは覚えている?」
「はい。確か・・・・情報を聞き出すためとか」
「実を言うと、もう一つ・・・・・・少しだけ血を拝借させてもらった。」
封筒の綴じ紐を解き、びっしりと文章で埋められた用紙を取り出す。唯一読み取れる用紙上部『タイトル』の文字列が、歴とした日本語だったのは、かなり意外だった。
「昨日君に、『投与された薬がmodule2.0である』ことを伝えた。けどあの時は、あくまで予測段階。最近出回っているものがそれだったから、結論づけたにすぎない。昨日の時点では。」
「じゃあその用紙は・・・・」
「検査結果さ。念のためのね。注射痕から抽出した血液をもって、投与した薬を分析しようと思ってね・・・こっちの検査機関に回したら、思いのほか時間がかかって、来たのは本当についさっきだ。」
用紙には僕の氏名と採取日が記されている。無論それは、アンナに遭遇したあの日と同じだった。
「結論から言うと、君に・・・・君たちに投与された薬は、二つだ。」
「二つ?module2.0だけじゃないと?」
「・・・・まずは前言撤回。君らに投与されたのはmodule2.0・・・ではなく、その改悪版だった。微細な調整がされている。」
「改悪って・・・ソレに調整っていうのは、何か新しい副作用が追加されたんですか?」
module2.0に関して今判明しているのは、『キセキを与える』、『副作用で多重人格を引き起こす可能性』、『ごく稀な初期症状』の三つ。この三つに対して、件の黒幕が手を加えたのだろうか?
「追加ではなく調整だけ。端的に言えば・・・・『多重人格を引き起こしにくい』代わりに、『初期症状が極めて高確率で発現する』性質になっていたんだ。」
「じゃあ・・・・僕がああなったのも偶然じゃなかったと?」
「そうさ・・・だからあの時点で、その偶然を疑うべきだったんだ・・・私は・・・・そうすれば・・・」
違う。
あの時、ミヤビを止められたかもしれない分岐点。あの場で『キセキ』の存在を、はっきりと認知できていたのは僕だけだった。
念を入れるべきだったのだ。『人に特殊な力』を与える薬と、それを投与された僕ら。そこへ副作用の可能性を考えもせず、親友への信頼にかまけて、疑いを挟むことすら頭に入れなかった。もし、僕がもう少し注意を払っていれば、
「雅正人が、雅美憂を殺す、だなんてことは起こらなかった。」
「・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・しかし、未だ不可解な点がある。module2.0の改良版は、あくまで調整しただけのもの。ミヤビのアレは、場違いなくこの薬の効能とは、全く別物のはずだ。
「ミヤビはどこかがおかしかった。人格も性格もミヤビのままだった・・・不気味なほど『普通のまま』、だったんです。」
「それが二つ目の薬の力。解析時間を食い潰し、君にとって私たちにとっても未知の秘薬・・・・言うなれば、『夢見薬』といったところか。」
「夢見・・・」
「文字通りさ。都合の悪い現実を直視しない『心の防衛機構』。おそらく最初から、『初期症状』が起こった後を想定した『接種者の心が壊れないため』の薬。ミヤビ君は心象に幻想を描き、やらかした全てを、自分の中で無かったことにした。だから君は、ミヤビ君の異変に気づくことができなかったんだ。」
被験者の絶望を想定した、現実から逃避行するための薬・・・・ソレを最初から想定した上で、実行する者がいたとするならば、ソイツは人の心を持たないナニカ。そう思えるほど、事実は悍ましいものだった。
「どう、すれば・・・・・どうにか・・・」
「まあ・・・・ミヤビ君の件は、私がなんとかするさ。」
そう言って、ぶっきらぼうに立ち上がるアンナ。視線は、逃げるように出口へと向いている。その先を変えぬままに、彼女は口を開いた。
「そこにある箱に、昨日見せた『キセキを無かったことにする』注射器がある。私が出ている間にでも、打ち込んで。」
「ちょっと待ってください」
「じゃあ私は君の親友のところに向かうから。」
「待ってください」
よそよそしくなったその態度を不可解に感じ、すぐさま彼女の前に立ち塞がる。執行理由は当然、このまま彼女を外に出さないためだ。
「ミヤビを・・・どうなんとかするつもりですか?」
「・・・・・・」
「それにあなたは、まだ伏せている事実がある・・違いますか?」
二言で済ませた僕の問い詰めに、目を逸らしたままため息をつくアンナ。不貞腐れたソレとは異なり、先ほど同様の、バツの悪そうなソレだった。
「・・・・module2.0の改良版は、調整だけじゃない・・・・『ブースト』機能も付けられていた。」
「ブーストって・・・・確か、エルシーが言ってた・・」
エルシーが投与し、おそらく失敗したものと同義と考えて良いのだろうか。言葉通りに受け取るならば、キセキの段階を引き上げる機能のはず。
「君の話から鑑みて、ミヤビ君のキセキは、今の時点でもステージ3以上。検査結果の投与量であれば・・・・遅くてもあと6時間くらいで、ステージ4に辿り着く。例外はあるけど・・・・ソレはもう人外の領域だ。人としての最終的なモラルやリミッターが完全に壊れる。いや・・・もうすでに壊れ始めてるはずだ。」
「それで、ミヤビは元に戻るんですか?」
「マブの流れの中心にあたる、心臓をつぶす。それで、正気には戻せるけど・・・・勝リ者が体の重要機関を修復できない以上・・・・・・・でも・・・できる限りのことはするけど、保証は・・・」
「絶対に助ける、と言ってください。」
「・・・・・」
「言え!!!」
辿々しい彼女の言葉に痺れを切らし、彼女の両肩を掴む。自身でも驚愕する程の怒声。そこには確かな焦燥を内包していた。
「・・・・・・・・・・・・そうだね、狡い言い方だった。」
僕の威圧に『怖さ』が無かった故なのか、あるいはそれに強い人間なのか・・・どちらにせよ彼女は、落ち着き払ったような様子。けれど、覚悟を決めたように、こちらの目をまっすぐ見据えた。
「ミヤビ君は私が殺す。ステージ4の到達だけは、どんな犠牲を払ってでも避けなければならない。」
・・・ようやく彼女から真意を聞き出した。聞き出してしまった。だからーーー
「納得いきません。」
殺してでも、彼女を止めなければならなくなった。
「納得なんて求めていない・・・・・仮に私を止めても、他の魔女や魔人には通達してある。時間差や準備で時間はかかるけど、あと半日もあれば、全員ミヤビ君のところに向かうだろう。」
「!?・・・・あなたって、人は・・!!」
「それまでに『削り』を入れなければならない。だから私は、」
「だったら僕も連れて行けよ!!」
僕が苦戦したフランを完封し、心象を読み取る隙すら見せず、僅かながら未来予知を実行できるアンナ。ここまでの要素が揃っている以上、彼女を止めることができないのは百も承知だ。ならば、やるべきことは一択。
「僕も、アイツのところに行きます。あなたが戦闘するって言うんだったら、手伝います。観察しながら、アイツを正気に戻す方法を考えます。だからーーーー」
「うん、そうだね。」
捲し立てる最中、その『熱』に水を刺すように、穏やかな声音で口を開くアンナ。
「君ならそう言うと思ったよ。」
「・・・・え?」
同意にも近い返答は、想定にて全く予期しなかったもの。
『心象を読む力』を得たことで生まれた慣習。言葉の節々で理解できぬ度、納得まで突き進む思考。そんな悪癖が、彼女の一手を読み逃した。
「『小さな巨人』」
「・・・・っ!?」
金属の波を解き放つ瓢箪。
それが彼女の手に携えられていたと、気づいた頃にはその波に飲み込まれていた。熱を帯びる銀の本流は、僕の身体を側方の壁に叩きつけ、抑え、そうして硬直した。
衝撃に瞑った目を再度見開けば、視界の端で彼女は扉の方へ向かっていた。
「待っ・・・!!」
「一つだけ言っておくよ、ユウ。」
扉から這い出る逆光に、表情を黒く染める彼女。
「罪悪は憎悪に勝る。君は、マシな道を生き給え」
振り返りざま、そんな不可思議な置き口上を残し、発った。
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