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第12話:とある物語の始まり

アンナ・フォーサイト・・・・今作のメインヒロイン。五大魔人(魔女)の一人で、シャウトミジールの金色大公。(出るの遅すぎるんよ。)


〜これまでのあらすじ

フランが『またな小僧』と言って、どこかへ消える。

少女が『魔女の館』に来るよう言う。助けられたのでアイワ君は一応従う。

不動産支店の廃墟?と思ったら、異世界への扉だった。

少女が『アンナ』と言う名前と、自分が『魔女で金色大公』であることを明かす。

扉の先の野原を進み、魔女の館へ

扉を閉めたら、心の声がたくさん聞こえて、めっちゃ頭痛くなったアイワ君。外を見ると、そこには不思議な街並み。

心配するアンナに、アイワ君は大丈夫と伝える。

アンナがキスをする。すると、アイワ君の痛みが中和されて、なんとかなった。

『アンナを覚えていたこと』について言及される。どうやら『勝リ者』は、名を覚えられなければ、記憶にストックできないらしい。

アンナ『今までと今後のことを話そうか』

「さて・・・と」


奥部屋に着いたのちに、腰掛けソファに勢いよく座るアンナ。向いのそれに、僕が腰かけたのを見とめると、彼女は即座に口を開いた。


「君に約束した通り、私は君に情報を開示しなければならないわけだが・・・・どうする?君が今までに起こったことを全部話した上で、私が気づいたことを伝えるか・・・それとも、君が思いついたことを切り込むか。」


「・・・・なるほど」


聞き方の具体案を提示されると思わなかったが、そうか。今思いつく限りの疑問を、彼女に聞いたところで、それが、出来事における重要点とは限らない。なんせ、僕はいまだに、キセキ関連に対しての見識が薄い。


なので、彼女にありのままを話した方が、適切な情報を得ることにつながるだろう。


「随分優しいこと言うのですね。『全部話せ』・・じゃないんですか?」


「ああ・・・そうだね。君は、いまだ私を信用しきれていない・・・というか、信用するべきではない(・・・・・・・・・・)。心を隠し、不自然に近づいた初対面の女なんてね。」


「やっぱり・・・心を隠せているのは、意図的なものなんですね。」


「生憎・・・私の全てをさらけ出すのは、流石にね・・・・それとも、解除しないと信用できない?」


「・・いえ。」


どういう仕掛けか、未だ不明だが、彼女は僕のキセキの正体に気づいている。だから邂逅二度目の今夜は、何かしら『心を隠す仕掛け』を携えてきたのだろう。


それは怪しむべきことであると同時に、咎めるべきことではない。なぜなら、『心を隠すな』等と宣うことは、目の前で裸になるよう強要するのと同義なのだから。


「先に言っておきますが、私はあなたを信用しているわけではありません。けど、これまでのことは話します。」


「本当にいいのね?」


「そもそも、隠すようなことはありません。仮にあったとしても・・・・親友の今後に関わることでもある以上、全てのリスクを把握しておかなければならないと思うんです。なら、全部知ってもらい、あなたの見解を知るのが優先です。」


アンナがその言葉へ相槌をしたのちに、僕は捲し立てるように今まで自分の身に起こった全てを話した。具体的に言えば『デパートの爆破事件から監獄での出来事』や、『昨日のエルシー・ランスとの攻防やその末路』、そして『エルシーの中にいた別の誰か(・・)』と『雑音のついた名前』を持つ()


これら一連の流れを聞いている間、最初は無表情のアンナであったが、節々にて険しい顔をしたのち、『今』に至った頃には、どこか影のある表情をしていた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・そっか。」


「・・・・・」


その表情を、僕は知っている。


心象にて、僕を気にかけてくれる際の、ミヤビと同じそれだ。確かに、川島さんやエルシーの末路は、言葉にすればするほど悲惨なものだと実感できるもの。会ったこともないような誰かに、何や同情の意を見せる彼女を・・・・僕は、善寄りとして見てもいいのかもしれない。


「以上が僕の見た顛末です。」


「それは・・・・・・・・・辛かったろう。」


「はい・・・・皆、幸せになるべき人間でした。初対面の僕らに優しくしてくれた川島さん、最後まで妹のことを第一に考えていたエルシー、何もない今に足掻いていた佐藤さん、貧困に喘いでいたために望まぬ傭兵をやらされていたカレンさん、利得重視とはいえ・・・」


「違う、そうじゃなくて・・・・・いやちょっと待って、佐藤さんやカレンさんって誰?」


そういえば、アンナには言っていなかった。『事件の全貌』を話す際、彼らが重要な役割を持っていなかったため、言及しなかったのだ。


「追跡者の佐藤さん。傭兵の、カレンさん、ハバラキさん、アウテさん、ミクマさん、ホウトさん・・・彼らは全員、僕のせい(・・・・)で死んだ人間達です。」


「・・・・君、は・・・・・その全員の、走馬灯を・・・記憶を見て、覚えたと言うのか・・?」


「はい。彼らを覚えておくことが、僕の責任だと思って。」


「・・・・・・・・そうか・・・ああ、そうか。」


何か含みのあるような表情だ・・・何かを言いださんとするも、どこかそこに踏み切れていないような。開示した情報に関し、何かしら気づいたことでもあったのだろうか。


ただ、そのダンマリは長引かなかった。軽く一息吐いたのちに、アンナは口を開く。


「まず・・・・・デパート関連の全貌は、私も知っていた。」


「そうだったんですか?」


「ごめんね。君が初期症状に侵された時、君から聞かせてもらった・・・まあ、トランス状態を利用したというか・・・そう言う技があったというか。」


「だから、僕の名前やキセキのことも、知っていたのですね。」


「うん。それでなんだけど・・・・・その十字のマークが注射痕だってのは知ってた?」


「なんとなくは」


川島さんやミヤビと同位置にそれがあったこと、エルシーが自分の十字痕(首元)に再度注射していたこと・・・・・・・ここまでわかれば、その痕が、何によるものだったのか想像に難くない。


「じゃあそれが魂の色を表すってことは?」


「魂に色・・・ですか?」


初耳だ。確かに、人の心は、各々が異なる魂の波長を持つ。なれば、『その色』が個人によって異なることもあるのだろうか。もっとも、『魂に色がある』事実すら、相当奇異な話だが。


「人は十人十色はよく言ったもの・・・この魂の色でわかるのは、マブの揮発性や濃度だ。」


「揮発性?マブにですか?」


「マブは血液中に含まれているけど、一度肉の殻から出れば、大気で溶ける性質を持つ。ただ、これは人によって誤差がある。傾向としては、濃い色を持つ者ほど揮発性が低く、濃度が強い傾向にある。その上で、君の色。」


徐に伸ばされた彼女の手が、制服の袖を上げる。露わとなった僕の肩には、相変わらず、純黒の十字痕が張り付いていた。


「黒なんて、私は今まで見たことない。おそらく前例も無い。」


「何か、黒だといいことがあるんですか?さっき言っていた揮発性が低いのも含めて」


「いや・・・・マブの揮発性の高低が、キセキの使用に影響を与えることはない。むしろ、ここまでの揮発性の弱さなら物体にマブをこめられないし、何より濃度が強すぎる分、循環が悪くなる。一応『濃度の強さ』を活かす者もいたけど・・・・そもそも君のキセキは、『マブの出力や濃度』によって向上する代物じゃない。」


「ただ珍しいだけ・・・と言うことですか。」


アンナは無言で頷く。要は、血液におけるAB型のように、珍しくとも役に立たないというわけだ。ただ、人を識別する判断材料として、『魂の色』という選択肢は、ありかもしれないと考えた。


「さて本題はここから、君をここに連れてきた理由・・・・・・十字痕を刻んだ注射についてだ。君が打たれたのは、module2.0と思われる。ここ最近、魔女の管轄外で出回っていた、『キセキを発現させる劇薬』なんだ。」


「module2.0、ですか・・・でも、エルシーの記憶では、クラウス薬とあったはずです。」


「それは別名というか、隠語の一つだね。元締めにあたる連中が、提供している奴に嘘で回し、魔女による調査へ少しずつ『遅れ』を生じさせているんだ・・・まあ名はともかく、その劇薬はいくつか副作用を持っている」


副作用という言葉に聞き馴染みはないが、アンナが『初期症状』を言及していた辺りから、何かしらのデメリットがあることは、薄々察していた。


「さっき言っていた初期症状の件ですね。」


「『殺人衝動』のことか。あれはだいぶ稀なケースだ。私も発症する人間は初めて見た・・・そっちではなくて、私が気にしていたのは『人格衝突』のことさ。」


「人格って・・・・・・・」


言及されて、エルシーの死に際を思い出した。あの二面性は、彼女だけの問題ではなく、キセキに関わる全ての人間が持つ問題と考えていいのか。


「仕組みは省くけど・・・この劇薬が投与されれば、キセキと同時に、新しい別人格が発現する。そのあとは、その別人格と『魂の座』を争うことになるんだ。」


「そこで負けてしまったら?」


「魂の奥底で閉じ込められる。一方で、自分の人格が勝てば、永遠にその体は自分のものだ。module2.0を投与した後は最低でも、この段階を踏まなけれならない。『もう一つの人格』に打ち勝ち、キセキを得てようやく・・・・・・人は初めて『勝リ者』となる」


「あ・・・ああ・!!・・・これってそういう。」


「正確には勝リ者(ヴィクター)だけどね。君の話を聞く限りは、君や君の親友が、人格に体を奪われた・・・・・・という話は聞いていない。けれど、一応今後も注意しておかないといけない。」


ミヤビが疑問を呈した辺りから、自分も意識するようになっていた『勝リ者』という名称。頭の片隅にて、密かに考察していたその話題が、ようやく腑が落ちた。納得できる内容なので、間違いはないのだろうが・・・・・不可解な点が一つある。


「あの・・・・・僕やミヤビは、そういう人格と戦った覚えがありません。エルシーの一件があるから間違っていないとは思うのですが・・・」


もし『人格』と戦う機会があったなら、おそらくは牢獄で目覚める前後辺りだ。それは悪夢に苛まれたタイミングだったため、記憶が曖昧だ。それでも、そんな出来事が自分の中であったのならば、絶対に忘れない自信がある。


「・・・・・・・・そうだ。だから、今後遅れて、そのタイミングがあるかもしれない。君たちはそれでも・・・キセキを持ち続けたいと思う?」


「それは・・・・・・え?」


首を傾げる僕を一瞥しつつ、再度アンナが立ち上がり、隅の本棚へ手をかける。数秒ほど、腕を右往左往させたのちに、小さな木箱を取り出した。


「私はこう見えても、医者をやっていてね。キセキを持ってしまった人間を担当することが多い。その際、いつも聞いてるんだけどさ・・・・・・・・・・・・もしキセキを捨てて、普通の人間に戻ることができると言ったら・・・君はどうする?」


開かれた木箱には、注射器が一つ。医療用として見たことあるそれより大きく、少し黄ばみがかっている。薄黄色なのは、容器のデフォルト色のようなので、清潔なのには違いないのだろう。


しかし、奇異な注射器は、僕の意識を留めるに至らない。正確にいえば、言及されたことに対する、内心の驚愕の方が(まさ)った。


「キセキを無かったことにできるんですか!?」


「uninstall。一月以内にこれを打ち込めば、キセキも、『その人格と闘う』機会もなくなる・・・・と言いたいところだけど、君たちは体を傷つけ過ぎだ。再生能力にマブを循環しすぎれば、『勝リ者(ヴィクター)』としての身体の完成を早まらせてしまう。」


「・・・じゃ、じゃあ僕らは」


「心配しないで。これ以上戦わないのなら、まだ全然間に合う。最悪一週間以内なら問題ない。」


心配の意に先回りしたアンナの助言に、胸を撫で下ろす。昨日の戦いの場に、ミヤビを連れ出したのは僕だ。これが、『ミヤビが戻らない』ことに繋がるなら、たまったものではない。


「望むのならば、今すぐにでもできるよ。これを投与して一時間もすれば、心の声も聞こえなくなる。」


「・・・・・・・・・そうですか。」


アンナの様子が嘘を吐いてるようには思えない。今すぐにでも、この厄介なキセキから足を洗うことができる。キセキに執着などない以上、今すぐにでも投与すべきだ・・・・・もしも、ミヤビと一緒にいたのならば。


「生憎ですが・・・今はいいです。」


「どうして?君は自分のキセキを気に入っているようには見えないけど。」


「もちろん・・・・・けど、ミヤビを置いて、自分だけが先に安全圏へ行くのは嫌です。打つなら一緒に・・・・・・ミヤビだって、同じ立場ならそう言うでしょう。」


「・・・君なら、まあそう言うか。」


箱を閉めて、アンナの方に寄せる。無言で引き取った彼女の表情は、提案を突っぱねられたことに不満を見せることはなく、ただ微笑むばかりだった。


「わかった。君の意思を尊重する。できるだけ早めに。ただ、あの魔女・・・・・フランには気をつけね。」


「あ、そういえば・・・」


あの魔女は確か、最後に『またね』と僕に向けて言っていた。それすなわち、今後どこかで僕の元に来る可能性が高い。今は戦闘を避けなければならない以上、フランとの遭遇は御免被りたい。


「あの人とは二度と会いたくないです。最優の反則手(シャガラグチ)を素手で受け止められた時は、結構心折れかけましたし。」


「あの女は、マブの循環が相当上手い。体の表皮に込めたそれで、防いだんだろう。君が槍にマブを込めな・・・・・・・・いや、君の『魂の色』では自由自在に循環させることも、物体に込めることもできなかったか。とにかく君は、もともと戦闘向きの人間じゃない。フラン然り、敵にあったら全力で逃げて。」


「・・・・・体感操作してくるやつから、そう易々と逃げられますかね?」


「最悪、また最優の反則手(シャガラグチ)を使って自衛するといい。起動しさえすれば、私がすぐに飛んでいく。」


そう言い、いつの間にやら硝子玉に戻ったそれを、僕の方に手向けた。それを手のひらで受け止めた瞬間、最優の反則手(シャガラグチ)を起動した時と同様の、多量の情報が脳へ流れ込んできた。


「これ・・・は・・・・・」


「改良版さ。君が手にした時点で、用途や情報が脳へ入りこむように仕込んだんだけど、体内のマブの循環が最悪だったことを考えていなかった。だから、出力をちょっとだけ調整した。」


公園にてこれを取り出した際、『前情報』の少なさには疑問を抱いていた。彼女にとっての想定外が、生んだものなら納得がいく。


「お借りします。」


さてそろそろか・・・・・・・時計の短針は、すでに3の表記を通り越している。もし僕に親がいれば、通報なりされて、補導対象にされている頃だ。


「そっか、こっちはもう夜遅いんだっけ・・・なら続きは明日の、日本時間19時頃がいいか。その時にその親友君も連れてきてくれ。」


「え・・・あ、はい。」


腕時計を一瞥する僕の様子に、その意を察したのだろう。ほぼ同時に身を起こし、扉の方へ身を遷移させるアンナ。そうしてドアノブを握り締めたかと思えば・・・・その数秒後、部屋を揺るがす地響きを感じた。


「君を帰すなら街から出るのもアリだが、こうすれば、日本の拠点と、この部屋だけを繋げることができる。」


開いた先は、見覚えのある夜景。廃墟となった不動産の支店の、入り口前だった。正面より少しずれているのは、こちらが普通のドアであるために、繋いだ先を正面玄関にあたる『自動ドア』にできず、代わりに側方のドア(おそらくスタッフ用)を用いたからだろうか。


あまりにも現実離れしていたので、本当に戻ったのか疑問に思い、その先へ向かう。しかし外に出るまでもなく、夜風ならではの清涼感を感じられ、その景色が本物であるとすぐに分かった。


「最後に一ついいですか?」


「一つと言わず、いくらでもどうぞ。」


「・・・・・・・なぜここまでしてくれるんですか?」


アンナに対する警戒が、消えたわけではない。けれど、今までの彼女の行動からして、彼女が悪辣な者とは考えにくい。逆に、親切や善意で動いているにしては、あまりにも動きすぎだ。


何か目的があるのか、はたまた特殊な考え方を持っているのか・・・・・・しかし、腹を探るには材料も足りず、思考の行き止まりで突っ伏していた。


「一つ言うとすれば、ちょっとした罪滅しみたいなもの、かな?・・・・・」


「罪滅し・・・?」


「詳しくはいえないけど・・・・まあ、そういうことがあったのさ。それに・・・」


無造作に伸ばされた手が1を型取る。そうしてそのまま、人差し指の腹で、僕の唇に触れた。


初めて(ファーストキス)を奪った責任はとっておこなくちゃ・・ね?」


「・・・っ、んん゛・・それ、は・・」


揶揄うような表情でこちらを見つめるアンナ。知的な表層で、こちらに教鞭を取った今までは、どこへやら。急に、美少女になるのはやめてほしい・・・・経験不足のコミュ障には、いささか刺激が強い。


というか・・・・詰まるところ、理由は分からないままではないか。けれど、妖美な笑顔へ不平を言う気も起きず、意識も惚けたままだった。


「じゃあ逆に・・・私から質問してもいい?」


「?・・・僕の起きた顛末は全部話したつもりですが」


「聞きたいのは『何』じゃなく、『どうして』の方さ。君から爆発事件の顛末を知った頃から、聞いときたかったことでね・・・・・・・・・どうしてシラマキを殺せた。」


「・・・・・・っ!」


絶句した。彼女はシラマキと知り合いだったのだろうか?そんなこと一言も言及はしていなかったけれど、確かに爆破事件の最終幕・・・・シラマキを殺害したタイミングで、彼女の表情は少し影を見せていた。


「ああ、勘違いしないで。別に私は、シラマキと仲が良かったわけじゃない。君を責め立てようだなんて考えてもないよ・・・・・・・・あのさ、」


気を遣ってか、優しい補足を立てるアンナ。そうして一区切り置いたのち、その質問の真意を明かした。


「私は、未来が見えるんだ。」


「未来・・・?」


「具体的には、人を認識して、ある程度を予測する力。だから限定的だけど、物事の最善手をとることができる。」


フランとの戦闘時、奇妙に思っていたアンナの勘の鋭さ・・・・あれは、彼女のキセキから来ていたのだと、腑に落ちた。ただ、その『最善手の未来』・・・というものが果たして、本当に存在し得るものなのか。


そんな疑問を頭に挟みつつ、紡がれる彼女の言葉へ耳を傾けた。


「けど君は違う。常々最善を判断できる力を持たない。シラマキが命乞いしたのなら、向ける刃が揺らぐ事だってある・・・・それでも君は迷う事なく、奴を仕留められた。でも私は・・・・いや、だから私は聞いておきたかった。」


「・・・・・」


「変なこと聞いてごめん。答えられるなら、で良いよ。」


先ほど僕が伝えたのは、あくまで出来事における事実のみ。命乞いをするシラマキの腹の中といった、各々の心象に関する話はしていなかった。確かに、客観的に見れば、道理が通らないのかもしれない。


「シラマキの命乞い・・その裏には、確かな悪意がありました。僕を出し抜き、確実に殺すと言うはっきりとした殺意が。」


「・・・・・・・そう、だったの?」


やはり、この辺りの背景は伝わっていなかったか。自分の見える世界が歪で、他人とは違うものなのだと、改めて気付かされる。


「けど仮に・・・・心象を読む力を持ってなかったとしても、僕は同じ判断をしていたと思います。」


「・・・・・え?」


驚愕で目を見開く彼女に、気をとめることなく、つらつらと言葉を続ける。


「あの怪物が人の型を持たなかったから、というのも否定はしません。でも一番は・・・・こいつを見逃し、自分や自分にとって大切な人間に、刃が向けられる未来が怖かった。だから『殺すべき』と定めたのなら、そうすべきだと決断したのです。けど分かってます・・・殺すべき理由があるのと、ソイツが死んでいい命かというのは、全く別の話だ。」


シラマキをここで仕留めなければならないと言うのは、全て僕の事情からくるもの。いかに高潔な正義に則ったしても、『殺』は全てを覆す悪。そもそも、シラマキを殺すに至った要因は、それ以外の手段をとれなかった自分の愚かさにある。ゆえに、僕はあの判断を『最善手』と言うつもりは無い。


「もちろん、間違いがあったとは思いませんし、後悔するつもりもありません・・・・けど、時々思うんです。殺す以外の道もあったんじゃないかって」


それは後悔とは違う。時々『死への忘却』に身を寄せかける、自身の愚かさを呪う自戒。(お前)はもう、苦しみに浸って生きるしかないんだという、(くさび)


「けどもう、あの時に戻れない以上は、その死を忘れない。それこそが・・・・今の僕が、成すべきことだと信じています・・・・・・はい。」


「・・・・・そっか。」


心にある限りの、思いの丈を述べた。しかし当の質問者(アンナ)は、静かに俯いたまま、何かしら言及することもなくだ。下方へ目を移し、微笑みとも取れるその表情の裏で、果たして何を思うのか。


「答えはこれで良いですか?」


「え?・・う、うん。大丈夫・・・・というか、そこまで答えてくれるかなんて、思わなかったよ。」


「では・・・・僕はこれで失礼します。色々とありがとうございました。」


一礼のち、踵を返して夜道を見据える。深夜パトロールに遭遇しないことを願いつつ、その先を駆けようとして、


「いってらっしゃい・・・・気をつけて。」


背に掛けられた声を捉え、再度、背後の景色を一瞥する・・・・しかし、彼女の姿は影も形もなく、目に映るのは未だ小綺麗な元不動産支店のみ。


不意に、学ランのポケットを手で(まさぐ)る。掌の上で遊ぶそれは、紛れもなく、アンナから貰った硝子玉。


「夢じゃない・・・よね?うん。夢じゃない。」


その硬質な感触をもって、ただ独り、そう結論づけた。






有識者の方から分かりずらいと聞いたので、前書きに『これまであらすじ』を箇条書きで、追加することにしました。


今更ですが、アイワ君は自分の顔がどうなってるかとか、全くわかってないし、あまり気にしてないんですよね・・・

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