第8話:ある悪党の末路
エルシー・ランス(=女、白衣の女)・・・・『触れたものを光にかえて操る』力を持つ。鎖鎌使い。光の攻撃も、レーザーや爆発だったりで、厄介な力だ。一人称は私。
〜これまでのあらすじ
アイワとミヤビが作戦を実行
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デコイを使って、姿を眩ます。(アイワは屋上へ、ミヤビは地上へ)
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ミヤビが不意打ち。壁際でタイマンはる
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ミヤビ優勢。でも、背後から女のレーザービームを喰らう。
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アイワが上から奇襲。それも勘付かれる。
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アイワは光攻撃は回避。でも女の手が、アイワ君の顔に当たりそうになるぞ。
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アイワ君、『名前』を公開して、エルシー(=女)の動揺を誘い、地面に叩きつけたぞ。
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しかしエルシー(=女)はまだ諦めず、何やら怪しい薬を・・・でも、刺したところから破裂した
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アイワ君は気づいた・・・・彼女には本来の人格が別にあって、それが『死ぬ間際』に現れたことに。
僕自身が経験したことはないが・・・情景の流転するこの心象世界は、走馬灯と見ていいだろう。
はじめに映った情景は、壊れた建物、辺りにちらちらと映る業火・・・・自身ですら分からぬどこかの国の戦地にて、彼女は佇んでいる。その両隣には二人・・・いや、正確には一人だ。右側にいるそれはまだ温かくも、すでに事切れている。それは僕の心象から判断したゆえであるため、彼女はそれを知らず、倒れる遺体の手を離さない。一方の生きている方・・・エルシーより一回りも小さな少女は、額に血を垂れつつも、未だその目を開いている。
場面は切り替わり、辺り一面が真っ暗な部屋・・・・だが、どうやら刻はまだ昼の時間。彼女からの感覚に映るは、珍妙な揺れと塩気に加え、カビ臭さ。おそらくは船の隅・・・・どこかへの亡命を図っているのだろうか。
『エル姉』
声音に反応して視界が声の方角に移行する。その先にいたのは、先ほど彼女と一緒にいた少女だ・・・・・遺体の方はもうすでにここにはいない。
『・・・アビー姉さんは着いていかなかったの?』
『・・・・うん。まだここにいたいんだって・・・ほんと困った子よね』
エルシーは困ったかのように、精一杯の笑顔で笑う。逸らした瞳を携える瞼は、どこか酷く腫れていた。暗いゆえなのか、あるいはいつも同じであるためか、少女はその異変に気づいていない。
歳らしく、可愛らしい膨れっ面を見せて言った。
『もうお船3回目だよ・・・・どこに向かっているの?』
『わかんないわ・・・・けど、きっと今よりはずっとマシな場所よ』
『んんーーー?・・・でもアタシ、前のお家がいいよ?』
『・・・・・・・・・・それもそうね・・・・そうね』
エルシーの、おそらく妹であろう彼女は、『戦地』や『死』を理解するにはまだ幼い。仮に知の習得が人次第であったとしても、あの戦地にてまともな教育を受けられそうにも無い以上、無理もない。
戦地における爆発を・・・・よくある祭り、もしくは『当然の日常』と考えているからこその楽観視か。どちらにせよ彼女たち二人の心象は、正反対にあった。
視界は再度流転する。先ほどは打って変わって、少し明るめの夕暮れ時。
『待って!!・・・・・離し、て!!』
武装した兵士によって車に乗せられるエルシー。おそらくは人攫いの類。目的は不明だが、身元なき女の身柄など、悪党なら幾らでも使い道を見つけられる。
暴れる彼女の傍には、片腕で携えるには丁度良い籠がひっくり返っている。そこに、不衛生であるが、そこそこの量の乾パンが。少なくとも彼女一人分のものではない。
それを集めるのに、彼女は全てをこなした。人が嫌だと嫌だと目を背けるようなことも、女にしかできないようなことも、全て。だから、こんなところでーーーー
『私には・・・・いも゛う・・・妹が!!・・・妹が・・・・まだ今日のご飯が・・!!』
乱暴に後部座席へ叩きつけられエルシー。
暴れる彼女を押さえつけるように、銃口を向ける兵士。しかしてそんなものを気にする彼女ではない。ただ、バックドアガラスに映った、遠ざかる景色を食い入るように見つめた。
『あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛・・・!!!!!!』
乾き切った喉の裂ける痛みを、咳き込みたくなる衝動を、熱くなる目頭を・・・・・・・・・その全てを無視して、声音を裏返す彼女の絶叫。それはどこかへ届くこともなく、虚しく車内に響いた。
『本当に・・・?・・・・』
『縺ゅ≠』
今度は今までと異なる、暗転した世界。すなわちこの記憶にだけは、視覚情報が存在しない。奇妙なのはそれだけではない・・・・エルシーの対話相手にあたる誰かの声が全く聞こえない。なぜかその記憶にだけ、妙な雑音が入り込む。
『本当に・・・・私を・・・解放してくださるなら』
突如、首筋に鋭い痛み。彼女からの共感覚なのはすぐに理解したが、体の急所位置に不意打ち的な感覚が走ったために、多少の慄きがあった。
そして一点に走る痛み・・・そして今現在彼女の首筋にあった十字架状の痣。
『・・クラウス、薬・・・私にキセキ、を・・・・・・妹・・・を』
・・・・・・・・・・・・・・。
それから先の記憶は断片的なものだった。かつての戦場を駆け、何千もの人間をキセキによって葬った。しかし、実際に視界へ映ったのは『その結果』。辺り一面の焼け野原と、焼死体のいくつか。彼女が戦闘した記憶など全くもって存在しない。
その、ある戦いの果て。疲労感に侵された視界は、どこか霞みを孕んでいる。
『・・・・私、』
不意に彼女は呟いた。今ここで呟いたのは、おそらく本物の方。もしや、これも久しいことなのかもしれない。しかして、熱を帯びた思考・・・・もう一人の誰かは、そう簡単に彼女の思慮を許してはくれなかった。
ゆえに思考を割けたのは、自分自身と、この周りに蔓延る惨劇。
『・・・なんのために、』
それすらも次第に薄れゆき、自身にある最後の思考をそこに表した。
『なんのために・・・・・・・戦っていたんだっけ?』
「・・・・っんは・・・・はぁ・・・・!?」
息の詰まるような時間だった。
『現在』に引き戻された瞬間、乾いた喉は空気を詰め込む。息をすることすら忘れていたために、急に酸素を取り込んだ肺が、僕を酷く咳き込ませた。
「・・・・何も・・・・見えない・・・」
その声を以て、再度意識を彼女の方に向ける。光を失った瞳が、僕の顔を捉える。しかし、涙に揺れる瞳孔は、僕を映せずにある。
首筋から噴き出ていた血液はすでに止まっているも、辺り一面のそれらは、すでに致死量を超えている。
「・・・んで・・・・・いやだ・・・私は・・・・」
心象に映る恐怖。それは今から起こる死に対してではない。かつて彼女が妹と離れた頃から心を楔び、今なお彼女を蝕むもの。
「・・・・・一人は嫌だ・・・よ・・・」
それは孤独だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
彼女は妹が生きていると信じていたからこそ、『例の誰か』からの話を受けたのだ。請け負った全てをこなし、いつか解放された時、必ず妹を見つけると決意した。自分を見失うことになったとしても、誰かに人格を奪われるようなことがあったとしても・・・・・たとえ全てを忘れてしまったとしても。
しかし妹はおそらく・・・・。
「『大丈夫だよ』」
「・・・・・え?・・・」
これは・・・・・この行為はおそらく、誰が見ても禁忌だ。けれど、もし今この瞬間、せめて死に際の今、彼女が安らかでいてくれるなら。たとえ偽りでも、ひと時の幸せを噛み締められるのであれば。
成せることのなかった、彼女の今までに報いることができるのならば。
「『大丈夫、ここにいるよ。エル姉』」
冷たい手を強く・・・・・両手でただ強く握りしめた。
最後の心象ーーーーーーーーーーエルシーの瞳に映ったのは暖かな情景。日を彩るカーテンが靡く、橙色の世界を背に、困ったような顔で笑う少女の姿。それはかつて彼女自身の求めた、どこまでもありふれていて・・・・・永遠に届かない夢。
「あ・・・ああ・・・」
彼女の瞳は、感涙でぼやける情景に反比例し、少女のシルエットをくっきりと映し出す。
「『おやすみ。姉さん』」
少女はエルシーの額に掌を伸ばす。まぶたを撫でるように沿う手指を、エルシーは受け入れる。その顔はどこまでも安らかに、その満足を享受していた。
「・・・・・・・」
彼女の死に顔に、恐れは抜け切っていた。目尻で乾く感涙は、間違いなく喜悦のそれだった。十分だ。僕自身が彼女にできる最大限は成せた。
「違う、だろう・・・っ!!」
今この瞬間、僕自身ができるのはたったこれだけ。精一杯やったからなどと、満足してたまるか。
彼女の本質をもう少し早く見抜いていれば、もっと別の道があったのではないか・・・或いは、
「アイワ」
熟考は、呼びかけられた声によって妨げられる。振り向けば、親友が心配の相を以て、こちらの肩に手を置いていた。
「・・・ミヤビ」
「もう行こうぜ。公安が来る・・・・遺体のことを任せるなら、俺たちゃあ離れた方がいい。」
「・・・・・・・・」
「アイワ」
「わかってる。行こうか」
ミヤビは優しい。今この瞬間の躊躇は、僕ら二人を殺しうるほど危険。声音を荒げたって良いのに、心象にすらそれを映さない。静かな焦燥はあるも、それ以上に僕への気がかりの方が強かった。
気遣いに内心感謝し、僕はミヤビに告げた。
「最初に言ったとおり、ここで解散だミヤビ。そのまま帰って・・・まあ僕と一緒にいたからってことにして」
「わーってるよ。明日な。」
サイレンの方向とは逆方面・・・そこからさらに分岐した道をそれぞれ進む僕ら。
「 」
・・・・吐き捨てられた小声に聞かなかったふりをし、小雨に濡れる夜を駆けた。
補足:エルシーがキセキに目覚めたのは、だいたい12~13歳頃です。