第7話:蒼星の躍動■
〜これまでのあらすじ
解説に補足を立てる。これで矛盾点はないね。
↓
『時間経過』『興味を引く』様々な要素を重ね、女の心を読む。ついに情報を得る。でもこれは強い能力だ。
↓
女が戦闘体制に。ミヤビとアイワは外へ。
↓
戦闘開始。ミヤビたちは空中から攻撃。女は鎖鎌使いだ。
↓
女の一撃必殺を回避。
↓
アイワ君が作戦を思いついたようだ。
僕の体を背中に携え、再び上空へ舞い上がるミヤビ。黒地に繕われた学ランをたなびかせ、不安定な夜を駆ける。
「また上空・・・・・・それでいいのね、ボーイズ?」
あの白衣の女の意識に、先程のような『待ち』の選択肢は無い。月下に照らされる僕らを捕捉のち即座に、その身から光球を生成している。
「それじゃあ・・・・・・行こうか」
合図を皮切りに、ミヤビが全力で空を蹴り上げる。
「また空砲?芸がないわね」
ぶら下げた鎖鎌の一つを体の軸に、もう一方の鎖鎌を旋回させて、ビル壁を疾走するハカセ。第二の刃をビルに突き刺し、軸にしていた第一の刃を引き剥がす。それによって第二の刃を新たな軸とした女は、再度刃を旋回。この一連の行為を高速で繰り返すことで、ハカセはスピードを落とすことなく、壁を駆けて行く。
安定しない空中からの『空蹴り』は、彼女の体を掠めていく。
「いくわよいくわよ!!」
鎖鎌と空砲によって、コンクリートの壁は少しずつ崩れを見える。ハカセの眼前に落下する瓦礫や、鎖鎌で切り裂かれたそれらは、彼女のキセキによって『光』に変換されていく。ゆえに、彼女が駆けるたびにこちらに飛んでくる星々も、僕らが回避すべきタスク。
そして、流星の数が数えられなくなり、『星海の絵』としてこちらに成したタイミングで、たまらず回避に専念してしまうミヤビ。
「ぐぁ・・・!?」
不意にミヤビが苦痛に顔を歪める。ミヤビの視線の先で、肩が熱を帯びている模様。ただしそれは外側からの光弾によってもたらされた結果ではなく、内側にて軋んでいるようで。
「ミヤビ?」
「大丈夫だ・・・・まだ問題にもなりやしねえ。」
「・・・・・」
過剰負担。女の言っていたステージ3・・・そのレベルの力を何度も行使しているのなら、体が軋むのも当然。前回のシラマキとの戦闘からミヤビが倒れた時間を見るに、すでに限界値は超えているはずだ。それでも踏ん張っているられるのは、ミヤビの常人離れした痩せ我慢ゆえ。
すぐに勝負を決めなければならない。それに決着を決めるなら、弾幕が空を覆った今が好機。
「上がれるか?」
「おうさ、酔うなよな!!」
学ランの第五ボタンを外しつつ、上昇を指示する。ミヤビは注文通り、爆発的な勢いでその高度を上げた。
「逃がさないわよ?」
一直線に登る僕らの影を見逃すはずもなく、新たに光球を生成する女。瓦礫を壊したついでに生み出したものより、遥かに大きなそれらを、ドーム状の放物線を描いて放った。
高密度の光弾に囲まれていた黒影は、避ける間もなくその集中攻撃を受けた。
「え?」
驚きの声を上げるハカセ。
心象に映ったのは、撃ち抜いたそれらの手応えの無さと、残骸となった黒影への驚愕。
「学ラン・・?」
投げ捨てられた学ランを撃ち抜いた代償に、彼女は僕らを完全に見失った。
「・・・どこ、に!?」
しかし、辺りに蔓延るはハカセ自身が放った光弾幕。星海に潜む僕らを見つけるのは至難の技。だからと言って弾幕が消えるまで、どこから攻撃が来るかもわからない状態。
この好機を台無しにしないように、彼女を視認できる位置にて僕は息を潜める。
彼女の意識が適切な方へ向かった瞬間、僕はミヤビに合図を送る。
「・・・・・・っ!!?」
ハカセの意識外・・・左側方へと衝突する空砲。体を抉るほどではないものの、突っ込んだトラック程の火力を持つそれによって、上空に吹き飛ばされる。
視線の転回に注意しつつ、再度女の心象を確認する・・・未だ意識は残っている模様。再度鎖鎌を旋回させた女は、再びそれを壁に突き刺し、落下を防いだ。身体専門のキセキでないとはいえ、常人ではない身体能力。この余力も、勝リ者ゆえの特権なのだろう。
そして、ハカセの吹き飛ばされた上方とは真逆、下方面のアスファルトの地。
「よぉ、タイマンしようぜ?Ms.ボトムズアンチ。」
嘲笑うかのような表情で、彼女を見上げるミヤビの姿があった。
ミヤビが不意打ちを決めた大きな要因は、女の暗順応に、大きな隙があったから。
ビルを傾かせる程のミヤビの力に対し、ハカセの心象が焦燥を覗かせていた。だからこそ、段階的なキセキの出力を行ったのち、星海の如き最大出力を以て、僕らにとどめを刺そうとしていたのだ。
最大出力時のハカセは、僕らを捕捉したいがために、夜景を覆う『星海』を凝視しなければならない。すなわちその目は『明るい景色』に適し、逆に暗闇に弱くなる。加えて、夜に溶け込む学ランの黒が、地上の暗闇に紛れるミヤビにとって最高の隠れ蓑となる。
その結果、地上からの不意打ちも決まり、女はその損傷に苦しんでいる。鎖を軸にして上体を起こすも、ミヤビを見下す彼女の顔には、今までのような余裕を感じられない。
「タイマン?」
「おうよ・・・あんの薄情馬鹿野郎が逃げちまったからな!!俺一人がアンタとランデブーやるしかねえってことだ」
「・・・・・・それは嘘ね。あの少年が逃げるはずないでしょ?」
剽軽を見せず、嘘にも乗らぬハカセ。急にあたりを見渡したので、息を潜めながらその視線が通り過ぎるのを待つ。実のところ彼女の予期通り、僕は、ミヤビと異なる視点でハカセを捕捉している。位置が異なるのに、攻撃合図を取れたのは、受付嬢から拝借したスマホを用い、ミヤビのへ適切なタイミングで通知を送ったから。バイブレーションであれば、見ずとも合図になり得る。
ミヤビの端末が後々特定されそうなので、使いたくはなかった苦肉の戦法。後々、助けた恩を利用して、受付嬢の方に口止めをしよう。(巻き込んだのも自分達だが)
もっとも、そんな今後が訪れるのは、ミヤビがこの女に打ち勝てた場合の話だが。
「ふんすっ・・・!!」
ミヤビは再度飛翔し、彼女より上階の壁面に向かって、強く拳を振り抜く。壁にめり込んだ腕を、錨のごとく扱い、自身の体重を支えた。
「さあ行こうか・・・っておわ・・!?」
壁に張り付いて戦闘するには、流石に大胆すぎる。ハカセのキセキは触れたその先に影響を与えるもの。ミヤビが壁に張り付いた瞬間、ミヤビに連なる壁を星に変換していく。
「ちっ・・・!?」
一歩遅れて察知したミヤビは、埋まった腕から再度チカラを装填させ、新たな力の波を生み出す。先ほど同様、壁を這う光の波は、ミヤビの生み出した力の本流によって侵攻を防がれる。
「・・・あっぶねえ・・・なんてな!!!」
二つの波が衝突後、すぐさまハカセの懐へ向かうミヤビ。壁面を用いた高速跳躍が、彼女のいる方に叩き落とすかのように、ミヤビを間合いへと導いた。
壁に触れずして飛翔するミヤビを、黙って見るはずもなく、旋回する鎌をミヤビの方へ向けるハカセ。空中にてその刃先が触れる寸前に、ミヤビはその前へ学ランを突きつけた。
「なんですって!?」
「ほいさ」
当然それも光に変換される・・・が、影響の波が手に届く前に、ミヤビはそれらを上へと放り投げた。上方向へ放られたのは学ランだけではなく、絡まれた鎖鎌も然り。焦燥に疾走する第二の刃が再度旋回するも、ミヤビの拳の方が一手速かった。
「が・・!!」
顔面に激突した拳によって、下に吹き飛ばされる女。初めて、正面からまともな攻撃を喰らったハカセは、不安定な心象を震わせながら、なんとか意識を保たんとしている。
だが、ミヤビの猛攻はこれで終わらない。彼女の現降下地点よりさらに高度の低い位置にまで飛翔し、先ほどの手法で壁に張り付く。着地後、すぐに降下する女の位置を捕捉し、未だ体を動かすのも儘ならぬ女の背中を蹴り上げた。
「これで・・・!!」
背面の強打は、全身に著しく響くもの。殺さない程度の手加減があったとして、ミヤビの力によるそれを喰らえば、身体機能がしばらく麻痺するはずだ。
それはミヤビも理解していたのだろう。動けぬ隙を逃すわけにもいかぬと、下空を蹴る。その勢いで再度追撃を叩き込まんとし・・・瞬間、僕の背中に悪寒が走る。
「がはっ・・・!!」
「Sorry・・・♪」
ミヤビの脇腹にテニス球程度の穴が空いていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・ミヤビへの不安を片づけ、すぐさま『結果と状況』の脳内処理を行う。ミヤビを貫通して通って行った光は、間違いなく女のもの。
「 」
思わず漏らす小さな憤りを飲み込むように、冷静さを掻き込む。
上空に吹き飛ばされる瞬間、女はおそらく、光球を用意していた。それはミヤビからの攻撃を防ぐためではなく、有利状況への変化に油断したミヤビに、不意打ちをかけるため。強打によって、思考の波長が崩れたために、僕も思考が読めなかった。
結果、光球は見事にミヤビの脇腹を貫き、ハカセは再度優位に立った。
「ぐっ・・・」
ミヤビを見下しながら、女は再度光を生成する。その一秒程度・・・・近接戦闘にて致命的なその時間を、ミヤビは痛みに悶えることにしか使えない。光球が二個ほど彼女の周りで生成され・・・そして
「・・・・・・・!?」
「見つけたわよ」
振り返るハカセ。その背後・・・・・彼らのさらに上空にあたる、屋上から飛来した僕の姿を、彼女はその目ではっきりと捕捉した。
先ほど、上空・・・すなわちビルの屋上付近へと僕が移動し、ミヤビが地上に降りることができたのは、ミヤビの脚力があったゆえだ。用意したデコイを、ハカセと僕らのを結ぶ直線上で投げ捨て、僕らが奥の夜空に飛ぶ。この行為を、ハカセがトドメの光弾を放った瞬間に行えば、光の弾道が僕らと重なることに相まって、デコイと僕らは入れ替わることができた。
重要なのはその後。ミヤビは僕の身を足に乗せ、放り出すように上空へと蹴り上げた。これによって、僕は屋上へ飛ばされ、作用反作用の法則で、ミヤビも地上へ落下。ミヤビの方は、落下時にて再度風圧を展開することにより、落下音を防ぐことができる。
あとは、ミヤビの戦いを視認しながら、様子を見計らうのみ。ハカセが勝利を核心した油断を逃さず、背後から飛躍後、その辺にあったビルの鉄筋を突きつける・・・・上手くいくはずだった。彼女がこちらに気づくまでは。
「よく考えて偉いわねぇ!!けど・・私が上手」
ミヤビに向かうはずだった光の全弾が、こちらへ放たれる。質量は、デコイを撃ち抜くそれらよりも小さく、しかして一人に向けるものとしては、明らかに過ぎるもの。
「く・・・!?」
あえて身体を壁に衝突させ、受け身のちに落下軌道を少しズラす。熱を帯びる光弾が僕のそばを掠めた。ミヤビとの特訓が役に立った。空中での受け身なんてものは知らぬが、浮遊慣れしたことで意識がはっきりしている。
光弾は・・・・・二発とも逸れたみたいだ、あとは・・・
「あとは私だけって?」
「あ」
鼻先わずか先の位置にて、ハカセの右手がこちらを向いていた。
「はいおしまい」
たむけの言葉を携えて、万物全てを光へ変える『死の手』を伸ばす女。こちらの用意した詰将棋への勝利に笑みを浮かべるハカセ。背後にて何や叫ぶミヤビを一瞥し、僕は言の葉を紡いだ。
「エルシー・ランス」
『名前』とは本来、会った瞬間に伝えるようなもの。しかし、キセキという重要秘密を潔く認めたようなハカセが、最初の時点で名乗ろうともしなかった。
おそらく僕ら同様、特定されることを恐れているのだろうが・・・・・・心象を見る限り、その恐れ度合いは僕らの比にならないもの。だからこそ僕も、来たるべきタイミングになるまで、絶対に名は出さぬように心がけた。その名を叫んだその瞬間、動揺を引き起こす切り札として、とっておくために。
「・・・・なっ!?」
名を当てられた白衣の女ーーーーーエルシーは、驚愕によってか、瞳孔を強く狭めた。動揺に堕ちた心象が、冷静に這い上がるまでに、わずか一秒もない。しかしそれは、この間合いでは致命的。
手指の届く寸前で顔を逸らす。本来この程度の微移動なら、簡単に補正されるだろうが・・・・・件によって、そのようなことは起こらず、迫る手を見事に回避した。
「しま・・・っ!!」
再度壁を踏み込み、女の懐に入る。冷静さを取り戻した彼女が、こちらに凶手を向けるその前に、手にした『鉄筋』を彼女の鳩尾に突き刺した。
「がっは・・・!?」
当然、勝リ者はこんなもので致命傷にならない。戦闘不能にするのなら、さらなる追い討ちを。
凶器を持つ方とは別の、片方の手で、エルシーの手首を掴みながら、そのまま全体重をかける。踏み台にされた衝撃に、軸の鎖を持つ手首を握られた驚愕、そして、鳩尾を刺された痛みによって、ついに彼女は命綱の鎖を離す。
「な」
錨を失い、僕の全体重を受けた彼女は、重力に逆らえずに落ちていく。当然重石になるべき僕も、彼女に追従するように落下した。
「がぁ・・!!?」
墜落の瞬間にて、地の反発力を抑えられず、乗用車に撥ねられたかのように吹き飛ぶ自分の身。そのまま数回空を舞い、ビルの壁面に叩きつけられたところで、ようやくその勢いを止めた。
跳ねるたびに背面を打ったために、全身を襲う衝撃が、僕の意識を食い潰す。暗転しかけた視界を、眼球の血流をフル稼働させることによって、どうにか正常に保った。
「勝リ者の体とはいえ、流石に無茶しすぎたか・・・・・痛っ!」
壁を背に横たわりながら、自身の掌を見つめる。何や鈍痛を感じたかと思えば、小指の第二関節が真逆にへし折れている。
呆けた意識・・・まだ痛みのはっきりしないうちにと、一気に正常な位置へ折り直した。
「〜〜〜〜〜っ!!?」
言葉にできない痛みを、叫びたくなるようなそれを、唇を噛み締めることで抑える。しかし痛みは一瞬。真っ赤に腫れていたはずの二指が、すぐさま正常な肌色を取り戻したのだ。
「・・・・・」
上から制服を捲り、先ほどエルシーによって撃ち抜かれた肩を見つめる。銃弾が体皮の一部と認識されたかのように、肩の表面で張り付いている。コルクを捻る感覚で、銃弾を剥ぎ取る。今度のそれは痛みが無く、瘡蓋が剥がれるような感触だった。
もう人間じゃない・・・・自身にそう思いこませる程には、十分な回復力。
「アイワーーー!!おーーーぅい!!」
独特な抑揚の効いた声へ振り返れば、負傷した脇腹からポタポタと血を流しつつ、よろよろと駆け寄るミヤビの姿があった。明るい態度だが、痛々しい様子が表層の剽軽さを台無しにしている。
「ミヤビ・・・大丈夫か?さっき・・・」
「ああ・・なんか光ぶっこまれたかと思ってたんだが、掠っただけかねえ。ほらよ」
「・・・・・」
伸ばされた手を無言で掴み、上体を起こす。
不意に、ミヤビの腹部を一瞥する。穴の空いた制服越しに見える、グロッキーな色をした肌は、見た目は酷くも、確かに傷は塞がれている。もっともミヤビは、その回復結果すら『元々そんな負傷無かった故』として認識しているようだが。
「で、あの女はどこ行った?」
「あっちだ。」
落下時に下になったのはエルシーだった。これに鳩尾への負傷も追加されているのなら、意識など保っていられしない。あるいは・・・・
「まだ・・まだよ・・・・」
「!・・・・とまれミヤビ」
戦闘不能に至ったという、僕の予期は外れた。いや違う・・・今まで失っていた意識が覚醒したのからこそ、僕の心象の読みから外れていたのだろう。
衝突時の土煙が未だ揺蕩うその奥で、エルシーは、力なく立ち上がった。端正な金髪はやつれたかのように崩れ、白衣の裾もアスファルトの黒が擦り付いている。特徴的なその青い瞳は、今までに無いような焦燥をもって、僕らを見据えている。
「まだ終わってない、終わってないのよ・・・!!私は・・・こんな、ところで・・・・!」
エルシーは必死に捲し立てる。しかして、未だ深々と腹部に突き刺ささっている鉄筋は、すでに決着の着いた勝負に横槍はさせまいと、彼女の身を苦しめるばかり。
「もういいです。終わりです・・・僕らは、別にあなたを殺してまで、遺体を回収しようなんて思ってません。敵討を考えているわけでもありません。あなたを突き出すとは言ったけど・・・黙って身を引いてくれるなら、僕らは追うこともしません。互いに・・・」
「黙れ・・・!!!」
声音を荒げる彼女に、少し身構える。エルシーのキセキは状況次第でいくらでも逆転の一手を放てるため、油断ならない。だが、今この距離で立ち向かえるのなら、ミヤビの近接戦闘能力が光るし、僕の心象を読む力も発揮できる。
状況は以前僕ら優勢だというのに、彼女は未だ、自分が逆転し得ることを疑わない。
「あなた達如きに・・・・あの方の・・■■■様の手を煩わせるようなことがあってたまるもんですか・・!!」
「・・・あの方?」
その一瞬、口上にて雑音が響いたため、再度心象を覗いた。執行理由は当然、『あの方』の情報へのアクセス。
しかし、心象で響く『あの方』に、名など無い。それどころか・・・・ただ『あの方』という一単語を覗いた、その誰かに関する全ての情報が存在しない。
まるでその情報だけが検閲されているかのようだ。いや或いは・・・・・自分でも正体不明なソイツに、理由もなしに付き従っているとでも言いたいのか。
「・・・・っぐ・・・!?」
「お、おい・・・何してんだよ!?」
ミヤビの焦った声で、再度意識を現実に戻す。見れば彼女は、首に何か透明な棒を向けている。
「あれは・・・注射?」
「ご名答よ少年。あなた達を覚醒させたものと同じなのよぉ・・・同じだけどねえ、これはブーストさせる機能もあるってこと」
「!?」
針の先にあたる位置・・・彼女の首筋に光る痣があった。色は銀色、僕らのそれと少し異なるも、形もサイズもそう変わらぬ十字架型の痣。
「さあ・・・・これ、で・・・到達するはず。大公以来誰もが到達できなかった・・・・・ステージ4、に!!!」
しくじった・・・・・いやあるいは今から、ミヤビが急げば間に合うだろうか?せめて彼女が攻撃モーションか何かしらをする前に動かなければ、今までの戦闘全てが台無しに・・・
「・・・・・・え?」
パンッ・・・・・・と、風船が割れるような音がしたために、僕は熟考をやめた。音源はエルシーの首・・・・・注射器をあてがった位置が、急にバレー球程に膨張した後、多量の血飛沫をあげて破裂したのだ。
突如として起こった異常事態は、彼女にとっても然り。だからこそ、こんな呆けた声を上げた。
「なんで・・・え?・・・なん・・・?」
止まらぬ出血に戸惑ったのは、彼女だけではない。ミヤビの手を払いのけて、僕は彼女の方へ向かう。
「これは・・・・」
今の時点で、勝リ者の自己再生で治るとは到底思えぬほどの出血量。回復後に生命活動を維持するには、あまりにも血液が足りない。そもそも出血は止まることも知らず、治癒が働く様子もない。
助けることは・・・できない。
「あれ?・・・・何で・・・わた、し・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
見間違えかと思った。
信じられないと心にて呟いたワケは、彼女の心象が今僕が観察していた十秒ほど前と、全く異なる波長をしていたから。まるで、今この瞬間だけは、彼女が別人の誰かになり変わったかのような。
「え?・・・え?・・・あ、ああああああああああああああ!!!!」
今までの態度からは、信じられない叫び。死の恐怖に支配された瞳孔は、出血の源泉地辺りを捉えている。
見ていられなかった。このままにしてあげられなかった。その叫びがあまりにも、川島さんのそれと酷似していたから。無意味とわかっていて・・・・僕は、その出血を抑えようと、首筋にハンカチを押し込んだ。
「え・・誰・・・なの?」
「・・・・・・・・・・・」
先ほどの彼女だったのなら、憎まれ口を叩く・・・・少なくとも手を添えているのが誰かを察する程度できるはず。すなわち今の彼女の状態は、
「僕らの記憶が無い・・・?」
・・・死に際にて人は『本来の姿を見せる』というのは聞いたことがある。もし仮に・・・・・・彼女は急に人格を塗り替えられたのではなく、本来の人格に戻ったのだとすれば・・・。
「・・・・そこに誰かいるの?」
その瞬間、僕の中にあった熟考は途絶える。それは、彼女の心象に映る流転世界に、僕の思考も巻き込まれたから。