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08:楽しい昼食

 2人が挨拶を終えたタイミングでセリーナに急な来客があり、思いがけず2人きりになってしまった。

 

 ジョアンナが少し戸惑っていると、ヴィンセントは遠慮がちにベッドの近くに置かれた椅子を勧める。彼女は少し緊張しながら、その椅子に座った。


 マーランドから来たばかりで疲れてないかなど、雑談を交わしているうちに、お互いの緊張が解けていく。

 そして、ヴィンセントは覚悟を決めたようにジョアンナを見つめると、真剣な表情で切り出した。


「ジョアンナ嬢は、私の身体のことは聞いていますか?」


「はい。セリーナ様からも詳しくお話を伺いました」


「私はすでに1人では起き上がることも、歩くこともできません。この婚約は王太子のセドリックが強引に進めたものでしょう。私から彼に話をして、円満に解消することもできます。ジョアンナ嬢はまだ若く、こんなに美しい女性です。こんな私ではなく、健康で素晴らしい男性と結婚されるべきだと思います。貴方が望むのでしたら、当家で責任を持って良いお相手を探します」


 ヴィンセントは、ひとつひとつ言葉を丁寧に選びながら、ジョアンナの瞳を見つめて話してくれた。

 ジョアンナのことをきちんと考えてくださっているのが、瞳や声などから伝わってくる。

 ジョアンナも、きちんと自分の気持ちを伝えたいと思った。


「私は、昨日屋敷に着いたのですが、セリーナ様や使用人の皆さんにとても丁寧に迎え入れていただきました。用意していただいた部屋には、マーランドの花が飾られていました。きっと故郷を離れたばかりの私が少しでも故郷を感じて、安らげるように用意して下さったのだと思います。夕食には私が口にしたことのない物ばかりが用意されていました。私はそんな温かい心を向けてくださるリネハンの人達が、好きになってしまったのです。ヴィンセント様とも初めてお話しましたが、真っ先に私の幸せを願い、先ほどの提案をしてくださいました。そんなヴィンセント様だからこそ、私は一緒に生きていきたいと思っています」


 ヴィンセントはジョアンナの話を聞いてから、静かに瞳を閉じた。

 右手はキツく握られていて、震えている。

 ジョアンナは、気がつくとその手を両手でそっと包んでいた。




 どのくらい、そうしていただろうか……。

 突然、ヴィンセントがハッとしたようにジョアンナの後ろを見ると、慌てて右手を引っ込めた。彼はほのかに頬を染めて、視線を気まずげに彷徨わせている。

 

 後ろから足音が聞こえてきたので振り返ると、セリーナがジョアンナに勢いよく抱きついてきた。


「母様!」


 セリーナの肩が小さく震えている。きっと泣いているのだろう。

 ジョアンナは、セリーナの背にそっと手を回した。


 セリーナは耳元で、ジョアンナにだけ聞こえる声で「ありがとう」と呟いた。


「ふふふ……ごめんなさいね。なんだか嬉しくって……」

 

 しばらくして、セリーナはジョアンナから離れると、照れくさそうに微笑んだ。


 そして、そのままヴィンセントの元へ行き、ベッドに腰かけてそっとヴィンセントを抱きしめた。

 彼は一度口を開きかけたが、何も言わずに右手をそっとセリーナの背に回す。

 顔がまた赤くなっているが、優しい瞳でセリーナの背を見つめている。


 ジョアンナはそのヴィンセントの瞳を見て「美しいな」と思った。



 ちょうどお昼の時間だったので、ヴィンセントと一緒に昼食をとることになった。

 

 彼は一緒に食事をとることを、少し渋っていた。

 しかし、セリーナが少し強引に手配して、すぐに部屋を出て行ってしまったので、何も言えなくなってしまったようだ。


 困りながらも、顔が少し不貞腐れているヴィンセント。ジョアンナはその顔が子供みたいで少し可愛いと思ったが、それは心に秘めておいた。


 今日のメニューは温野菜とチキンのグリル、野菜のスープ、パン、そしてフルーツのようだ。

 ヴィンセントの皿を見ると、野菜や肉などはひと口で食べられるように小さくカットされているので、片手しか動かせない彼でも1人で食べられるようになっている。


 ジョアンナは黄色の見慣れない野菜から食べてみた。塩で軽く味がついているが、野菜の甘みが口に広がり美味しい。噛むとシャクシャクした食感で面白く、結構好きな味で気に入った。


「この黄色の野菜は初めて食べました。食感が面白くて美味しいですね」


「ああ……それは隣国から輸入している『グリ』という野菜だ。生だともう少し堅い食感になるが、薄くスライスしてサラダで食べても美味しい」


 ヴィンセントは説明しながらグリを1つ食べて微笑んだ。


「昨夜も隣国の食材を使った料理をいくつか頂きましたが、どれもとても美味しかったです。色々な食材があって面白いですね」


「最近、隣国では食用の花が流行っているそうだ。皿に彩りを加えるので綺麗ではあるが、実は私は少し苦手なのだが……女性にはとても人気があると聞いている。もう召し上がったかな?」


「ふふ……はい、お茶とサラダをいただきました。お茶は酸っぱくて驚きましたが、砂糖を入れると美味しかったです。今度、冷たいお茶も飲ませてくださるそうです」


「ああ……もしかして赤いお茶かな? 確かにあのお茶は酸っぱいな。食用の花はデザートなどにも使われているそうなので、色々試してみるといい。母が好きなので、一緒に食べてくれたらきっと喜ぶ」


 半分ほど皿が空いた頃、ジョアンナはヴィンセントがパンにだけ全く手をつけていないことに気がついた。

 不思議に思っていると、ジョアンナの視線に気がついたヴィンセントが少し気まずげに微笑んだ。


「いつも食事は1人でしているのだが、この身体になってから、下品だがパンはそのまま(かぶ)り付いている。ジョアンナ嬢を驚かせてしまっては申し訳ないので、今日は野菜を多めに食べることにしたんだ」


 確かにパンは千切らないと食べれない大きさだ。

 ジョアンナはそんなことにも気がつかなかった自分を恥じた。


「ああ……そんな顔をしないでくれ。こんな風に誰かと話をしながら食事ができて、とても楽しいんだ。もし嫌でなければ、また一緒に食事をしてくれると嬉しい」


 そう言いながら優しく微笑むヴィンセントを見て「本当に優しい人だな」と思った。

 ジョアンナは少し迷ったが、勇気を振り絞ってパンを両手で掴み「ガブリ」と大きく齧り付いた。

 

 そして、驚いてジョアンナを見つめているヴィンセントに微笑み、口を開く。


「それでは、この部屋ではパンはこうして食べましょう! 私たちとダニーしかいないのです。問題ありませんわ」


「ははは……いや―ジョアンナ嬢は面白い! ありがとう。お言葉に甘えて、そうさせてもらうよ!」


 ヴィンセントは目に涙を溜めて大笑いしてから、いたずらっ子のような表情をしてパンを持ち、大きく口を開けて豪快に齧り付いた。

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