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役立たずスキル【ログインボーナス】で捨てられた令嬢が、本当の幸せをつかむまで【11月 コミックス2巻発売】  作者: 碧井ウタ
本編(完結済)

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38/46

38:その後

 ケルヴィンは執務室で険しい表情をしていた。

 彼の瞳には怒りの色があり、手には握りつぶされた紙のようなものが見える。


 ふと、窓の外から聞き慣れた声が聞こえた気がした。

 窓辺へ移動して外を見ると、ヴィンセントとジョアンナが仲良く庭を散歩している。


 ヴィンセントがジョアンナの作ったポーションを飲んでから、すでに1か月が過ぎている。彼は地道にリハビリをして、ゆっくりだが1人で歩くことができるまでに回復していた。


 以前よりも柔らかい表情で笑うようになった息子とその隣で微笑む娘。

 そんな2人を見ながら、さっきまでとは別人のような柔らかい笑みをケルヴィンは浮かべた。


 


 その日の夜、ケルヴィンの執務室にはヴィンセントがいた。

 彼はグシャグシャになった跡の残る手紙に、静かに目を通している。


 全て読み終わると、大きく息を吐き出した。視線を上げると、ウンザリとした表情の父が見える。きっと自分も似たような顔をしているだろう。


 さっき読んだ手紙の送り主は、セドリックだ。

 そこには、この1か月の間に王都で起こった出来事が書かれていた。


 


 ヴィンセントの呪いが解けた頃、王宮で黒い霧に人が包まれる事件が2件起きたそうだ。


 そのうちの1件の被害者がクリフォード。

 事件の翌日、彼の腕に文字が浮かび上がり、身体が痺れて動けなくなった。

 

 話を聞きつけた国王とセドリックが彼の腕を確認すると、そこには見覚えのある文字があった。ケルヴィンから手紙で相談を受けていた、ヴィンセントの腕に現れたという呪いの可能性がある文字だ。


 2人が厳しく問いただすと、やがてクリフォードは真実を話し始めた……。


 

 魔の森でのあの事故は、クリフォードが仕掛けたものだった。

 狙いはセドリックで、王太子の座を狙っての犯行だったようだ。


 セドリックの護衛騎士の中に、母親の薬代が必要で金に困っている男がいた。そこにつけ込み、金で買収して実行させたのだ。

 

 実行犯の騎士は、セドリックの服に呪いの発動に使う蛇が好む香りがする液体を数滴垂らした。そして、魔物との戦闘中に隙を見て蛇を放ち、セドリックを襲うように仕向けたのだ。

 

 しかし、運悪くヴィンセントが助けに入り作戦は失敗する。

 そして、騎士と彼の母親は口封じのために処分された。


 呪いの発動に使った蛇は、王宮に勤務する魔術師が【闇魔法】のスキルを使って育てたものだった。その蛇に噛まれると皮膚が蛇の鱗のようになり、激しい痛みに苦しみながら命を落とす呪いだったそうだ。


 その魔術師は、もう1件の事件の被害者で……黒い霧に包まれた直後に亡くなっていた。

 


 クリフォードは王太子の座を欲する性格でもなかったため、セドリックは彼の犯行が信じられなかった。

 彼に詳しく話を聞くと、どうやら婚約者と過ごすうちに「王太子にならなければならない」という思いが強くなっていったらしい。

 

 ただ、黒い霧に包まれた日から、何でそんなことを思っていたのか自分でもわからなくなっているそうだ。

 彼の様子があまりにもおかしかったので詳しく調べてもらうと、魔法による洗脳の形跡が見られた。

 


 魔術師を紹介したという彼の婚約者を呼び出して調べると、クリフォードを洗脳していたのも亡くなった魔術師だったことがわかった。彼女は父親であるマルサス侯爵に頼まれて、魔術師をクリフォードに何度か会わせたことを認めたのだ。

 

 彼女の証言をきっかけに、マルサス侯爵は捕えられた。その捜査の中で、侯爵がいくつもの事件に関与していたことが判明する。

 

 クリフォードが騎士を使い、セドリックへ危害を加えるように仕向けたのも実は侯爵だった。侯爵は巧みにクリフォードを誘導し、魔術師の洗脳も使って影で操っていたそうだ。


 ついでにヴィンセントに毒を盛っていたパオロも、ケルヴィンの読み通り侯爵の差し金で動いていた。セドリックとリネハンの関係を悪化させるために、ヴィンセントを狙ったらしい。

 

 これをきっかけにこれまでのマルサス侯爵の不正などが、どんどん明るみになっている。

 現在、侯爵の屋敷や領地などは差し押さえられて、関係者の厳しい取り調べが続いているそうだ。



 クリフォードや魔術師に起こったことは、呪いに詳しい者の見立てによると……。

 

 ヴィンセントにかけられていた呪いが解けたことで、術者である魔術師に呪いが戻った。

 そして、彼の命をもってしても足りない分の呪いが、依頼者のクリフォードに戻ったのではないかという話だった。


 


 ヴィンセントは、もう一度手紙にさらっと目を通してから口を開いた。


「王家に恩を売っておきましょう。聖水を渡す代わりに、ジョアンナへの手出しはしないという誓約を取ってきてください。あと、他国からの介入があった際は、王家に盾になってもらいましょう」


「そうだな……彼女の事を考えればそれが一番か。……それでいいのか?」


 ケルヴィンは気遣わしげにヴィンセントを見つめた。


「はい。思うところが無い訳ではありませんが、あの呪いのおかげで彼女に出逢えたのも事実です。悪いことだけでは無かった。それにセドリックには申し訳ないが、恐らく聖水は効かないでしょう」


 ヴィンセントはディーノから聞いた村の話を思い出していた。


「恋した娘を手に入れようとした男の水は光を失い、男は助からなかったのですから……」




 翌日、ケルヴィンは聖水、上級ポーション、状態異常回復ポーションを持って王都へ旅立った。聖水以外のポーションも持って行ったのは、子を持つ親としてのせめてもの気遣いからだ。


 10日後、妹夫婦が暮らす王都の屋敷に到着したケルヴィン。

 

 久しぶりに会った妹夫婦にヴィンセントのことを伝えると、2人は自分のことのように喜んでくれた。

 最近のヴィンセントの様子を話すと、2人はヴィンセントとジョアンナに会いたがった。そして、近いうちにリネハンへ来ることを決めたそうだ。


 

 次の日の午後、ケルヴィンは王宮の応接室でお茶を飲んでいた。

 しばらく待っていると、国王とセドリックがやって来た。

 

 2人の顔色は悪く、国王は昨年会った時よりもだいぶ年老いて見える。


 すぐに人払いがされて3人だけになると、国王が静かに立ち上がり……深く頭を下げた。セドリックも同じように隣に立ち、頭を下げている。


 ケルヴィンは彼らの謝罪を受け取り、席に着くように(うなが)した。

 

 王族が非公式の場とは言え、臣下(しんか)に頭を下げたのだ。彼らの誠意はケルヴィンにも伝わった。

 息子を苦しめたことを許せない気持ちは残るが、この数年、彼らが他国にまで手を伸ばして懸命に治療法を探してくれていたのは知っている。


 ケルヴィンは、場の空気を変えるために最近のヴィンセントの様子を語り出した。

 すでに歩けるまで回復していることを知ると、セドリックは涙を流して喜んでいる。彼もあの日からずっと苦しんできたのだろう。


 ケルヴィンは話し終えると、持ってきた聖水とポーションを取り出した。

 目の前に置かれた聖水に瞳をわずかに輝かせた2人を見て、ケルヴィンは一瞬だけ苦しげな表情を浮かべたが、すぐに顔を戻して静かに口を開いた。


「こちらが聖水です。ただ、クリフォード様が飲んでも症状が改善する可能性は極めて低いでしょう」


 そこから、ケルヴィンはディーノから聞いた村の話。

 ヴィンセントの身体から黒い部分が無くなった日に、聖水から光が失われたことを話した。

 

 2人はそれを真剣な表情で聞いた上で、聖水とポーションを丁重に受け取った。

 


 ジョアンナのことは、すでに王家での方針が決まっていたので、細かい部分の話を詰めるだけとなった。


 ジョアンナには王家は一切手を出さない

 ヴィンセントとの婚約は継続

 他国がジョアンナへ手を出してきた際は、王家が介入する


 ほぼ、希望していた通りの内容だった。

 

 ただ、【ログインボーナス】について、再び研究所の調査が行われることが決まった。


 これはこの国に暮らす者の義務なので、ケルヴィンはすぐに了承する。それにより、近いうちに研究者がリネハンにやって来ることになった。




 ケルヴィンが王都の屋敷に戻る頃、クリフォードの部屋には国王とセドリックがいた。


 聖水の蓋をセドリックが開けると、中の液体が光り輝いているのが見える。

 それを父である国王にも見せてから、クリフォードに手渡すと(またた)く間に液体から光は消えてしまった。


 国王はそれを見ると肩を落として、王になってからは人前で見せたことのない涙を流したのだった。

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