23:友との夜
ヴィンセントは、セドリック達が部屋を訪れるのをベッドの上で待っていた。
王太子でもあるセドリックと知り合ったのは学園だ。
確か、剣術の授業の後に話したのが最初だっただろうか……。
王族には華を持たせるべきなのだが、セドリックが予想外に強かったのでつい熱くなってしまった。そして、気がつけば彼を打ち負かしていたのだ。
授業後に「失敗したな」と後悔していたヴィンセントに、セドリックは明るく声をかけてきた。
それから彼やコンラッドと親しくなり、一緒にいる時間が増えていく。
しばらく彼らと過ごしていると、いつもセドリックが浮かべているあの美しい笑顔が、王族として身につけた彼自身を守る方法だったことに気がつく。
欲を隠そうともせず、セドリックに近寄って来る者のなんと多いことか……。
顔を少しでも覚えてもらおうと、必死に擦り寄る者。
甘い声を出して媚びを売る令嬢。
少しでも対応を誤れば面倒なことになることが、側で見ているだけのヴィンセントにもわかった。
学園では常に王族らしい振る舞いをしているセドリック。しかし、信頼した者しか周囲にいない時の彼は、どこにでもいる普通の貴族の男だった。
年頃の男らしく下品な話をしたり、くだらない話で大笑いしたりもする。意外にも彼は剣が好きで、魔物の討伐に強い興味を示した。
生まれ育ったリネハンは魔の森が近くにあり、ヴィンセントも学園に入る前に魔物の討伐を経験している。そんな話をすると、セドリックは瞳を輝かせて色々と質問してくるので「いつか領地に遊びに来いよ」とつい言ってしまった。
それが叶わないことはわかっていたが、気がつけば口から言葉が出ていたのだ。
学園を卒業してリネハンに戻ると、すぐにセドリックから手紙が届いた。
隣のメホールをセドリックが管理することになったので、視察後にリネハンへ遊びに来ると言うのだ。彼の意外な行動力に驚いたが、彼と一緒に魔の森に行けることが楽しみでもあった。
両親に届いた手紙を見せると、父は王太子を魔の森に連れていくことに難色を示した。しかし、母が面白がって後押しをしたこともあり、最後は父も同行することを条件に許してくれた。
初めてセドリックが屋敷に来た時。リネハンの精鋭の騎士を集めて、仰々しい人数で魔の森へ行った。しかし、セドリックは魔法も使えることに加えて剣の腕も確かで、騎士の出番など全く無かった。
その様子を見た父は、次からは魔の森についてこなくなった。
そして、あの事件が起こった。
セドリックが悪いわけでもないし、自領で王太子に怪我を負わせずに済んだことに、ヴィンセントはどこかホッとしている部分もある。しかし、彼は自身を責め続けていた。
もちろんヴィンセントも「あの時……していれば」などの思いを抱かなかったわけではない。
しかし、この毒をセドリックが受けなくて良かったと心から思ったのだ。彼は有能だし良い王になるだろう。そんな彼を守れたのだ。貴族として、この国に仕える者として、これ以上の誉れがあるだろうか……。
今でもセドリックは熱心にヴィンセントの治療法を探していると聞く。忙しいはずなのに、年に2回はリネハンを訪れてくれている。それだけでも十分だ。
それに……こんな身体になったからこそ得たものもある。ジョアンナに出逢えたことだ。
最初はセドリックが手を回したであろう婚約にウンザリしていた。1日のほとんどベッドの上で過ごしている男が、結婚などして何の意味があるのだろうとすら思っていた。
しかし、彼女が屋敷に来てからの日々は驚きの連続で、気がつけば笑ってばかりの毎日だった。あんな素晴らしい女性に出逢えたことは、幸運以外の何ものでもないだろう。
そんな幸運を与えてくれた友に感謝の思いを伝えることを、ヴィンセントは決めていた。
ドアを叩く音が聞こえ、ダニーが動き出した。
どうやら、セドリックが来たようだ。ダニーとコンラッドの声が微かに聞こえてくる。ヴィンセントは入り口に目を向けて、友の姿が見えるのを待った。
「久しぶり! 調子はどうだい?」
「あんまり変わらないよ。セドリックは少し痩せたんじゃないか?」
それからお互いの近況や他愛のない話を軽くしたあとに、セドリックが不意に真剣な顔をしてパオロの件を謝ってきた。セドリックは作った表情を浮かべてはいるが、本当に落ち込んでいるのがわかる。
ヴィンセントは少し考えて、話を変えることにした。
「解毒薬をしばらく飲めば影響も無いそうだ。それよりもジョアンナ嬢のスキルについて聞いたか? 面白いスキルだろう。最近は毎日一緒に[ガチャ]を回すのが楽しみなんだ」
「ああ、さっき見せてもらったよ。[アイテムボックス]から物を取り出す時に、何もない空中からいきなり物が出てくるから驚いたよ」
それから、ヴィンセントは彼女が来てからの出来事を面白おかしく話していく。
セドリックやコンラッドも笑いながらそれを聞き、まるで学園に戻ったかのような楽しい時間が流れてく。
ヴィンセントに気遣ってパンをそのまま食べてくれたことを話した時は、セドリックは「笑いすぎた」と言って目に涙を溜めながら笑っていた。
ひとしきり話を終えて、そろそろセドリックが部屋を出るという時。
ヴィンセントは彼を真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「彼女と出逢えて幸せだよ。本当に良い縁を結んでくれてありがとう。…………もしも、俺に何かあった時は、彼女が幸せになれるように守ってやってくれ。彼女がスキルで誰かに利用されたり、また傷つけられたりしないように。彼女が望む人生を歩いていけるように……頼むよ」
セドリックはグッと目を閉じて、震える声で「わかった」と答えた。それを聞いたヴィンセントは安心したように微笑んだ。