第8話「“神食”訓練(2)」
廃業したゲームセンターの地下2F。
かつて駐車場だったというコンクリート張りの広いフロアは、現在Vanadiesの訓練場として使われている。
指導役を率先して買って出た兎耳族のカヤ、訓練のサポートを担当する山羊耳族のピオーネとともに、スキル訓練を開始した猫耳族のメネアだったが……想定以上に苦戦していた。
「なんで……なんで、発動すら……してくれないのォ……」
ぐったりとコンクリートの床に寝転がるメネア。
――スキルでやりたいことをイメージする。
――その状態でスキル名を口に出す。
必要なのは単純な2つの工程だけ。
メネアはカヤに言われたとおり、これを忠実にこなし続けているにも関わらず、何度試しても発動の兆候すら見えない。
それでも最初は何とか素直に頑張っていたメネアだったが……1時間近く経ったところで、とうとう心が折れてしまった。
「おっかしいなァ……ウチも他の子も、基本はコレで発動できるようになったのに」
「ピオーネもだよー★」
頭をかきつつ困り顔のカヤ。
同意しつつも変わらず笑顔のピオーネ。
ふと気になることができたメネアは、体を起こしてから、恐る恐る聞いてみた。
「……もしかして、実は私に神食の才能がなかった、なんてことは――」
「いや、それはない。映像で確認したが、昨日のアンタは確実に神食を使ってたワケだし、使えるのは確実じゃん?」
「ピオーネも みたの! メネアは スキル つかえるはずなのー★」
すぐにカヤとピオーネが否定する。
「じゃあなんで発動しないんだろ?」
「ん~……たぶん問題は“スキル発動の条件”だな」
「トリガーって?」
「簡単に言うと『スキルを発動するきっかけ』みたいな感じさ。普通は1つだけじゃなく、いくつかの条件を同時に満たす必要があるんだ」
「それが『イメージする』『スキル名を口に出す』ってことなんだよね?」
「普通はな! でもアンタの場合、それだけじゃ発動不可能だった――ってことは加えて別に“何らかの条件”があるかもしんない。昨日の発動時は、偶然とかで発動条件を満たしてたんだと思うぞ……何か覚えてないか?」
「ん~っと……」
昨夜のメネアは、とにかく必死だった。
暴れる清掃ロボを前に、いつの間にか『イメージ』していた。
スキル名はそもそも知らなかったし、口に出してすらいなかった。
他にやったことと言えば――
「あッ!!」
メネアは思い出した。
必死に願った瞬間、いつの間にか無意識に“御守り”を握っていたことを。
勢いのまま立ち上がるメネア。
昨日のように両手で“御守り”を握りしめ、全身全霊で願う。
――車よ、止まれッ
そして模型車が近寄ってきたところで。
力の限りにめいっぱい叫んだ。
「【同期】ッ!」
――ビカッ!
黒猫少女が金色に輝いたと思った瞬間。
爆走していたはずの模型車がひっくり返り……そのまま動かなくなってしまったのだった。
しばしの沈黙。
「……できちゃった」
黒猫に戻ったメネアがぽつんとつぶやく。
あれだけ失敗を重ねたのちの突然の成功。
気持ちも追いつかないまま、ただただ呆気にとられていると。
「やったじゃんッ、メネアッ!」
「すごいのー♪」
最高潮に興奮して喜ぶカヤと、いつもよりちょっとだけテンション高めなピオーネがメネアを囲んだ。
「んで! 今の成功要因は何だったのさ?」
「えっと、コレを握って試してみたんだよね」
メネアが2人に見せたのは、鎖が付いた金色の指輪。
「指輪、かァ……何か特別なヤツ?」
「まぁ特別っちゃ特別かな……小さい頃にお父さんにもらってから、ずっと付けてる“御守り”みたいなもんなんだ」
「メネアの たからもの なのー★」
「うん……大事な宝物だよ!」
ギュッと指輪を握りしめるメネア。
忘れもしない4歳の誕生日。
彼女が父に渡されたプレゼント。
11年も前のことで、父の顔も声もだんだんと薄れ、今はほとんど記憶にない。
だが渡された瞬間に目を奪われた指輪のキラメキだけは、今も鮮明に覚えている。
ふと、天にかざしてみる。
蛍光灯のまぶしい光を受け、指輪は美しい金色に輝いていた。
それはまるで――“あの日”のように。
「んじゃ続きやるかァ。ピオーネ、よろしく!」
空気を切り替えたのはカヤの号令。
ピオーネは「はいよ♪」と答え、ひっくり返った模型車に手をかざしてニコッと笑った。
「【貼付】、なのー★」
瞬間、ピオーネの体が光に包まれたかと思うと――
――ブオォォ……
止まったはずの車輪が、回り出した。
「よいしょっ……いってらっしゃーい♪」
光が消えて元に戻ったピオーネが車体を持ち上げ、向きを直して地面に置く。
模型車は、先と変わらぬ速度で勢いよく走り去っていった。
「な、なに、今の?」
驚くメネアに、笑顔のカヤが答える。
「何ってピオーネの神食さ。【複製/貼付《コピー&ペースト》】と言って、コピーしておいたシステムを、好きな記憶装置に上書きできる能力でね……事前にピオーネにはあの車のシステムをコピーしといてもらってて、今はそれを上書きして元の状態に戻してもらったんだ!」
「元に戻す……だから動き出したのかぁ」
メネアがうなずく。
「――てことでメネア、車はまた走り出したし、訓練再開だッ」
「ええっ、まだやるのォ?」
「当たり前だろ。まだアンタはスキルを使いこなしきれてないんだからさ。次は止めるんじゃなくて、方向チェンジに挑戦だな!」
「そんなぁ……」
すっかり乗り気なカヤを前に、疲れ切ったメネアはがっくり肩を落とすのだった。