第7話「“神食”訓練(1)」
廃業したゲームセンターの地下1Fフロアに広がる秘密アジト。
緊急ミーティングの結果、猫耳族のメネアは神食者集団『Vanadies』へ新たなメンバーとして加入した。
だが神食者として未熟なメネアは即戦力になる人材ではない。
そもそも戦況を完全には理解できていないうえ、隠密作戦や戦闘などの経験すらないため、他の形で作戦に加わることもできない。
5人の少女が相談した結果。
まずはメネアに、特殊スキル『神食』の使い方を教えることになったのだった。
翌日。
ぐっすり眠って疲れもとれたメネアは、兎耳と山羊耳に連れられて階段を下り、地下2Fへと案内された。
天井の高さは6mほど。
コンクリート打ちっぱなしの殺風景で広い空間。
手前から奥まで均等に並ぶ太いコンクリ柱。
物はほとんど無いが、壁に寄せる形で木箱や機械などが少しだけ置いてある。
「……ここって駐車場?」
「ああ! といっても『ゲーセンが営業してた頃は』だけどな。今はウチらVanadiesの訓練場さっ」
辺りを見回しつつメネアがたずねると、すかさずカヤの説明が飛んできた。
カラッと上機嫌な彼女の様子を見ていると、昨日あれだけ怒っていたのが嘘のようだ。
本日の訓練の指導役を自ら率先して買って出た点も含め、どうやらカヤは自分のことをだいぶ気に入ってくれたのかもな、とメネアは思う。
「じゃ早速はじめるかァ! ピオーネ、アレ出して」
「はいなのー★」
カヤの指示で、ピオーネが壁脇に積まれた荷物の中から取り出したのは、レトロタイプの車の模型。
実際の乗用車の1/10ぐらいだろうか。
小柄なピオーネでも軽々抱えられるサイズだが、割と精巧な造りで、外装はもちろん運転席や助手席などの内装も実在の車にかなり忠実に再現されているように見える。
「コレは模型だが、搭載されたAI機器で自走できる仕様になってるのさ……メネア。今からアンタには、この車を操縦してもらう」
「え!? こんな小さい車、私が乗るなんて流石に無理だと思うけど――」
「誰も“乗れ”とは言ってねぇからッ!」
「違うの?」
「操縦だよ操縦、『神食を使って模型を思い通りに動かせ!』って言ってんのッッ!! アンタの特殊スキル【同期】は『条件をクリアすれば、対象範囲内の機器のシステムを書き換える』って効果があるだろ? だからちゃんと使いこなせれば、こういう機械のシステムを書き換えていい感じに操縦できるはずだよな?」
「あ~……そう、なんだ……?」
カヤに言われたメネアは思い出す。
自分の持つスキル【同期】の効果を。
正直いうと、メネア本人はスキルの効果や用途などに、あまりピンと来ていない。
だがVanadiesの先代リーダーが同じスキルを使っていたらしいので、先代と共に活動していたという彼らなら、自分以上に【同期】について詳しいはずだ。
そのため今日のところは「とりあえず、カヤに言われた通りに動いてみよう」というのがメネアの方針なのである。
「いっくよー♪」
にこにこ笑顔のピオーネが、模型車のスイッチをONにしてから床に置く。
――ギュイ~ンッ……
床に車輪が接した瞬間。
車両は最初からトップスピードで走り出した。
メネアたちが陣取るのは、広い駐車場フロアの端。
そこから逃げ出すかのごとく、模型車は反対側へと走り去ってしまったのだった。
「……あれ? 駆け抜けてっちゃったけど?」
「まァ見てなって!」
首を傾げるメネアに、余裕の答えを返すカヤ。
……まもなくして。
「あ、戻ってきた」
「そういう設定なんだよ! あの車には『近くの生体を感知して、その周りを程よい距離感で周回する』的にインプットしてあってな」
「へ~」
カヤの説明どおり、模型車は3人の獣耳少女から一定の距離を保ちつつ、かなりのスピードをキープしたままぐるぐる駐車場を周っている。
壁や柱にぶつかることなく、さまざまなルートを走っているあたり、ランダム性もあるようだ。
メネアが興味深げに模型車を観察していると――
「……じゃ早速アンタの【同期】を試すか!」
「試すってどうやるの?」
「やり方は人によって違うが、まずは『スキル名を口に出す』ってのが有効だ」
「えっと、昨日のキディみたいな感じ?」
昨夜のミーティングの最中、確かキディは【分析】と口に出してスキルを発動していたな、と思い出すメネア。
「だな。神食者は基本『スキル名を言うこと』が発動トリガーになっててさ~。ま、中には無言で発動できるヤツもいるから全員ってわけじゃないが」
「わかった……やってみるっ――」
「待て!」
素直に試そうとしたメネアだが、慌てたカヤに止められる。
「まだ説明終わってねぇよッ! ……いいか、スキル名を口に出す前に、頭の中で『スキルで何をどうしたいか』って具体的にイメージするんだぞ」
「イメージって?」
「そ~だなァ……例えばまずは、『車の動きを止める』がいいかもな。アンタ昨日、神食使って清掃ロボット止めてただろ?」
「うん」
「たぶんアレ、無意識にスキル発動の条件を満たしてたとおもうんだよな~……何かをやるときは、再現から始めるってのもセオリーだし、成功率高いんじゃね?」
「な、なるほど……!」
昨日のメネアにとって、清掃ロボの暴走に巻き込まれたのも、スキルを発動したのもまったくの想定外だった。
だがあの瞬間、助かりたいがための一心で「お願いッ止まってッ」と無意識に強く願っていた。
イメージってああいう感じなのかも?と1人で納得するメネア。
「ちなみに【同期】は、スキルの対象範囲内が物凄く狭いらしいぞ。といっても1度対象に干渉しちまえば、少しぐらい離れても有効らしい。だから最初は車にかなり近づかないと、操縦は難しいかもな」
「近づくってどれぐらい?」
「『数十cmぐらいの距離なら確実だ』とアイツ――デネボラは言ってたが……ま、とりあえずやってみればいいんじゃね?」
一瞬だけ遠い目をしてから、カヤは笑った……まるで、何かを吹き飛ばすかのように。